では、どうぞ。
宇宙暦762年4月24日 ジャムシード第1捕虜収容所
P・アッテンボロー
『よし、リベンジの用意は出来た、ジェニングス!今回はしくじるなよ。』
『今回はもなにも、前回しくじったのは先輩だけじゃないですか。こっちは後ろでレコーダーを構えてただけですよ。』
『そう言う事を言わずに黙ってればお前のイメージは『かわいい後輩』で固定だったんだぞ、今じゃ立派に『生意気かつ反抗的な年下社員』だ。』
『それは身に余る評価ですね。で、今回の作戦は結局どういう事になったんですか?』
『ん?今回は完璧だぞ。まず、質問文は前と同じだろ、そしたらあの准尉に同席してもらう。終わり。』
『えっ…記者の矜持とかプライドがうんたらって話はどうなったんです?』
『それがどうした!』
宇宙で最強の台詞を叩きつけると、収容所の門が見えて来る。
『止まれ!…あぁ、お前らか。所長から話は聞いてるよ。一応ボディチェックするから降りて。』
『いいか、善良な民間人にはもっと丁寧な言葉遣いを選択するべきじゃないのか?しかもこっちは所長のお客…』
『基地内で司令官の弱味を握って歩き回ってた記者が『善良な』民間人なら、どの星にも軽犯罪用の留置所なんか要らなくなるだろうよ。…よし、通ってよし。』
『なんだとぉ…ハイネセンで暴言軍人として有名になりたいようだな!』
『おお、いいね。書くなら派手に書いてくれよ。こっちは首都星の新聞に載れるって事ならどんな内容でも親戚挙げてパーティーさ。じゃ、早いとこ行った行った。』
何故俺はここ最近会うやつ会うやつに舐められるんだ?どうも田舎の連中はジャーナリズムが持つ力と言うものをあまり良く分かっていない節がある。そういう意味ではその力を評価してたのは司令官だけだったって訳か?あれもあれでなんだか違う気がするが…
『捕虜収容所の中なんて初めて入りましたが、案外綺麗なもんですね。刑務所と違って外界との仕切りは鉄条網ですし、ああいう場所よりこっちの方が解放感がありそうじゃないですか。』
『そう思うんなら今からでも志願して向こうの収容所を体験してみたらどうだ?』
『志願するなら先輩の方でしょ?義理の親父さんは…』
『あーあー!ダスティ爺さんの話はやめてくれ!最近家に帰らないなんてシーラが言いつけたからうるさいんだ、余計なところで頭痛の種を増やすな。』
『うるさいのはどっちかな、アッテンボロー君。』
近づいてきたのは所長たるアレクのおっさんだ。監視するのは捕虜であって我々のような善良な民間人ではないだろうに。
『どうも、少佐殿。お招きいただき光栄の至り。』
『…帝国語もそれなりに難しい言語だと思っていたが、同盟語もかなり難解なものだな。『お招き』という言葉に私の知らない意味がまだあるとは今の今まで思わなかったよ。』
『そうですかね。ま、人生で学ぶことは正に無限大と言いますからね。とにかく、約束は約束ですからね。准尉をお借りしますよ!』
『彼を猫みたいに言うんじゃない。ヴィドックなら今丁度士官棟だ。あのゲートから入って、1番左の緑色の建物…』
『分かりました!では!』
『あ、待ちたまえ。…待て!』
後ろから襟首を掴まれる。暴力義父も同じようなことをするが同盟軍人は気に入らない奴の襟首は掴むものなんていう教育をされてるんだろうか?
『待てと言ったら1回で止まりたまえよ。まったく…護衛に兵を1人つけるから、基本的には収容所内では彼の指示に従う事、勝手に建物内の撮影などは行わない事、質問原稿は変えない事。分かったかね?』
『完全に分かりました!この鍵に誓って!』
『…はぁ…もういいか。ではな。兵長、頼むぞ。問題を起こさせないように。』
痩せた兵長に続いて収容区画に入ると、青い作業服を着た捕虜からの好奇の目線が突き刺さる。なるほど、見られている側の立場とはこういう気分になる訳か。通りでスキャンダルなんて嗅ぎつけられたくないな。
『ここが士官棟です。准士官、尉官以上はこの棟で…あっ勝手に入っていかないで!』
『なんだよ、鍵が開いているんなら入ってもいいですよって事だろうに。』
『そんな盗賊みたいな論理を使わないで下さいよ…』
開けてくれた扉に入ると、廊下の突き当たりまで左右に扉が並んでいる。この光景だけ切り取れば集合住宅と言ってもごまかせるだろうな。
『で、誰に会いたいんです?よく喋るのなら副官の少尉がいますよ、奥から2番目の部屋です。』
『やっぱり取るなら大将首からだろ。あの片目の中佐は?』
『子爵ですか?あの人なら突き当たりです。』
そういうと、進んでいって何やら帝国語で扉に話しかけている。多分入室の許可か何かをとっているんだろう。それにしてもあの片目は爵位持ちだったのか…
『ちょうどヴィドック小隊長も中です。どうぞ。』
そう言われて入ってみると、部屋のやや左寄りに設置されたテーブルで准尉ともう1人が3次元チェスをやっている。部屋の主は書物机の椅子で何か読んでいるが…
『ポーンが…ポーンが、可哀想な事に…』
『まだまだだね、ミスターヴィドック。チェスの主役はナイトだけではないよ。…これで、チェックだ。』
『もうどうしようもないですかね…』
『ここで待っても前衛は全滅、後衛も拘束状態だからジリ貧だね。あと5手前に何か対策を講じていれば何とか…ならないかな。』
『…喋ってる…』
ついてきたジェニングスがつぶやく。…!本当に喋ってる!
『あっ!あー…記者の人!そういえば今日来るって話でしたね。』
少し考えてから『記者の人』と濁して俺のことを呼んだが、これは多分俺の名前を忘れてるな…だが今はそんな事はどうでもいい!
『そ、そこの帝国人、言葉が分かるんです?』
『?当たり前じゃないですか。子爵だって…あっ…』
当の本人は『記者の人!』あたりから読み物から顔をあげてこっちを見ていたが、准尉の間抜けな声を聞いたあたりでこめかみに手を当てて下を向いてしまった。
『…仕方ないな、ヴィドック君。帝国でもそうだが、多くの部下の上に立つ身であるほど寡黙という資質は美徳になるものだと思うぞ。まぁ、これに関してはうちの副官もそうだから他人の事は言えないが。』
そう言うと、片目は椅子から立ち上がって近づいてくる。といっても部屋が狭いから1歩半ほど踏み出しただけだが…
『この前はすまなかったね。考えてみればそちらは言葉を合わせてくれたのにああいう対応をとったのは失礼な行いだったと思う。許してくれ。詫びになるかは分からないが、それこそ答えられる範囲の問いには答えよう。』
参った、こういう風に接されると調子が狂う。どちらかと言えば喧嘩腰位で来てくれた方が言葉もポンポン出てくるし、やる気が出るんだが…
『え…あぁ、どうも。』
『まずはどうするかな。ちゃんとした自己紹介はまだだったか。ここに座ってさっきまでヴィドック君をさんざんに打ちすえていたのが我が信頼する主治医にして軍医のクンツェ中尉だ。それで、私が艦長…今や艦そのものは宇宙の彼方だから、最高階級者のフォン・クラークドルフ・ツー・オイレンブルク中佐だ。呼び方はなんでも構わないが、ここの軍人たちは『子爵』と呼んでくれているな。』
『では…私も、子爵、よろしく…』
『クンツェだ。名前はフィクトール。爵位はないから階級でも役職名でも…『チェス王者』でもいいよ。』
『よろしく、軍医さん。…こっちは後輩のジェニングス。ファーストネームはなんだか難しいスペルだから忘れました。で、私がアッテンボロー。パトリック・アッテンボローです。…では、1つだけ。』
『何かな?』
『この収容所に関する独占報道権を私、我が社に頂きたい、つまり、私以外には取材がきても初めての内容は話さないという事ですが。』
『…結構、報道界隈も一番槍というのが大事だというのは理解できる。それはそうと、君らの椅子がないな、中尉、君の部屋から2つ持ってきてくれないか。ツァーンならベッドにでも座らせておけばいい。』
「Jawohl, Herr Kapitän」
軍医さんが部屋を出て行く。ツァーンというのが彼と同室の士官だろうか。何にしろ今回は上手くいきそうだ。これでやっと編集長にせっつかれなくて済むようになるだろう。
『先輩、まさか本当に名前忘れた訳じゃないですよね…?』
『さぁ、どうだったかな。生意気かつ反抗的な年下社員のジェニングス君。』
続く
アッテンボローが途中で言ってる『シーラが言いつけた〜』のシーラという人は彼の奥さん、つまりダスティの娘にしてダスティの母です。元ネタはリチャード・アッテンボローの奥さんです。
最後の方、中尉の台詞がドイツ語(帝国語)で書いてあるのはアッテンボロー視点では意味が分からないって言う演出です。分かりにくかったらすいません。
今回もご意見、ご感想お待ちしております。