では、どうぞ。
宇宙暦762年4月29日 ジャムシードポリス某所
A・ビュコック少佐
『6番街もダメです!地下道が冠水してまして、迂回しないと抜けられません。』
『分かった、ホームガードの方はまだダメなのか?』
『無理ですね、上流の方の外郭放水路が機能すれば少しはマシになるでしょうが、今はまだ規定の水位に達していないとかで、水防待機が優先されてます。』
『くそっ、お役所仕事はここに極まれり、か。仕方ないな。』
大尉と約束して出てきたものの、強まる雨に行く手を阻まれて、更には唯一の強みとも言える人海戦術も使えなくなってしまった。子爵が捕らわれている場所も分からないというのにこのままではかなりまずい。
『何もこんな日に攫わなくてもいいじゃないか、やはり悪人と言うものは陽の光が苦手なんだろうな!まるでカビみたいな奴らだ!』
『所長!第1小隊からです!』
『ヴィドックか!よし、貸せ!…どうだ、子爵は見つかったか?』
『いえ、まだです。しかし、例の車両の目撃情報は取れました。おそらく目的地は12番街の方かと思われます。』
『12番街!?あそこは半分スラムみたいな所じゃないか。いや、そうだな…』
そういえば愛国烈士旅団とやらの構成員のほとんどは身分が確かな者ではない連中ばかりだし、そう考えてみればスラム街はホームグラウンドといった所だろう。まともな民間人が好んで入って行きたい場所ではないし、誘拐した人物の監禁場所としては最適とも言えるだろう。整合性は十分ある。
『本部隊は12番街へ!兵長、12番街にある奴らの巣は?』
『いくつかありますが… 1番大きい拠点はここ、元からごろつき、失礼、違法ぎりぎりの金融業者の事務所があったビルです。』
『なるほどな。よし、全員乗車!向かうぞ!』
一応政治団体を名乗っている連中だ、正規軍と命をかけてやり合おうなんて事はしないだろう。もし実力で抵抗するようなら…いや、考えるのはよそう。あくまで平和的に、返してもらうだけだ。
『いや、待て。そうだな、第1小隊に繋げ。平和的にやるための下準備位はしといてもいいだろう。』
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フォン・オイレンブルク中佐
『なんだ、団長とやらを刺した私が憎いか?』
団長は入ってきた部下を怒鳴り散らした後、宥めすかされて出ていった。当面の命の危険は去ったようだが、おかげでやけに明るい部屋に残されたのは双子の片割れだけだ。しかも手錠ははめられたままだから脱出の手段を探す事もできない。不釣り合いに小さい目がジロジロ見てくるし…
『いやぁ、憎くはないね。帝国人にしては中々な根性だと思った。亡命者なんかとは違うな、帝国軍ってのは皆お前みたいな生意気な奴ばかりなのか?』
『そうかね。では敢闘精神と反骨精神に敬意を表して、この忌々しい手錠を外す訳にはいかないかな?そうすれば…感謝はしないが少しは君に対する感情がプラス側に傾くと思うが。』
『ははっ、プラスに傾くね。ますますいいじゃないか。お前、芸人にでもなれば十分に食っていけるぜ。』
『いや、私は軍人だからな。副業は禁止なんだ。』
『そうかそうか、それにしてもお前、頭が悪いな。』
気を許したんだかなんだか知らないが、急に馬鹿にしてくるのはいただけない。いや、こういう風に罵詈雑言を飛ばし合うのが彼らなりのコミュニケーションなのか?だとしても嬉しいものではないな。
『頭が悪い、か。名誉は誰にでもあるものだろうに、それを命をかけて守ろうとする行いはそんなにも愚かな事か?君だって…弟か兄か知らんが、あの兄弟が侮辱されたりしたら黙ってはいられないと思うが、どうだ?』
『その名誉だって誇る場所がなけりゃあ、それこそハリボテさ。お仲間内だけで喋り合う分にはいいだろうがな。』
『誇る場所ならあるさ。宇宙の向こう側だ。君も1度来てみればいいんじゃないか?こんな汚い場所で見たこともないような敵を攻撃し続けるよりよほど良い経験だと思うぞ?帝国としては叛乱軍からの自主投降はいつでも歓迎だ。』
『…分からない奴だな、その向こう側に帰れない癖にって言ってんだよ。』
『帰れない?捕虜交換について知らないのか?…いいか、捕虜は一度捕われたからといってずっと留め置かれるものではないんだ、民間人は知らないかも知れないが捕虜交換という…ま、半分非公式だが制度があって…』
『馬鹿にするなよ、それくらいの事は俺だって知ってる。実際、親父の知り合いは戦死したと思ってたのがひょっこり戻ってきた。墓も建ててあったってのにあれには参ったね。』
『では分かるだろう。いつになるかは分からんが、本国に帰る事を考えれば誇りや名誉は大切なものなんだ、特に私のような責任ある立場ではな。』
『…?どうも噛み合わないな、お前らは一生飼い殺しだって話を聞いたぞ?死ぬまで収容所暮らしだって。』
『…その情報はどこから?』
『なんだよ、急に本気の顔になりやがって…サインする気になったのか?』
『いいから教えたまえ。我々が帝国に帰れない、そういう情報があるんだな?』
『そうだ、団長が言ってた…党首からの又聞きらしいから詳しくは知らんよ。』
『団長は何と言ってた?冗談やブラフの類いとは違うのか。』
『あぁ…?あー、確か、党首がずっと帝国の捕虜が下手すりゃあ6、70年もジャムシードに居座る事になるって話から始まって…後は何だったかな、そうだ、だから帝国人と距離が近くなって市民の奴らと仲良しこよしになられでもしたら、俺らの言ってる事が空回りする、それが良くないって事になったんだった!だから今のうちにお前を裁判にでもかけて、って話だ。』
『そうか、そうかね。…分かった。』
考えてみれば、捕虜になっても何年か経てば本国に帰れるだろうという予想は敗北主義的だし、楽観的であったとも思う。…多分この片割れは私の心を折るために嘘をつけるような頭の出来はしてないだろう。そういう意味では信用できる証言だ。
『なんだよ、知らなかったのか?ま、この後団長がお前をどうするかは知らないが、楽になりたいなら早くサイン位した方がいいと思うぜ?』
『残念ながら軍人を志した時から楽をするとか、安楽な余生を過ごすとかいうのは考えないようにしてるんだ。』
『そうかぁ、ま、死なないように気をつけろよ。死体を埋める作業ってのは息がつまる…んあ?』
なんだか外が騒がしいようだ。…お迎えのご到着か、それとも死神かもしれないが。
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A・ビュコック少佐
『子爵がここにいる事は調べがついてる!私があの収容所の責任者だ!即刻、我々の管理下にある捕虜を引き渡してもらおう!』
建物に囲まれた中庭状になっているスペースにはヴィドックが言った通りの特徴の地上車が停まっているし、まずこの建物のどこかに子爵がいる事は間違いないだろう。
『なんだ、あんたら。こっちは内務大臣の許可を得て、捕虜の取り調べの代行をしてやってるんだ。市民の善意からの行動を軍が邪魔立てして、私有地にまで乗り込んで来るってのはちょっとばかし、いや、かなりまずいんじゃないか?』
奥から出てきた右手に包帯を巻いた男が反論してくる。他の奴らの態度から推測するに、これが首領だろう。
『ではその許可が下りたという証拠は?何かあるのか?』
『はー、証拠!それを言うならそっちにはこの私有地内に入り込んで犬みたいに嗅ぎ回ってもいいって令状でもあんのか?』
『君らの事は少々調べさせてもらっていてね。ジャムシード愛国烈士旅団、第3波郷土防衛戦力に登録してるな?』
『…それがどうした。』
『強度防衛戦力は有事の際には正規軍の指揮下に入る事になっている。そして今は、知ってるとは思うが帝国との戦争中だ。十分有事の範囲内、そして君らのリーダー、君か?君の扱いは中尉相当官だ。つまり私の命令に従うべき理由がある。』
『軍ってのは書類を読み飛ばすのが得意の様だ、いいか、有事の際には確かに軍の指揮下に入る。が、隷下では無いんだな。つまり少佐、あんたにそんな絶対的な命令権は無い!』
『いいや、中尉相当官!君には軍の統制に従う義務がある!指揮下と言うのはそういう事だ。それに私はこの星の地表面上の最高階級者だぞ!これ以上無意味な問答を繰り返すようなら命令不服従で処罰する事も出来る!』
『なんだと!?やれるもんならやってみろ!明日の新聞が楽しみだな!『同盟軍、私有地に押し入って暴行』か!こっちとしては文句は無いな!』
やはり簡単にはいかないな。ここはヴィドックが上手くやってくれるのを待つしかないか…
続く
政治家が捕虜交換がないことについて知っているのは土地の利権問題とかいろいろ絡んでるからです。それにしてもあまり軍内部の情報を自分の部下に喋って欲しいものでは無いですが…
指揮下と隷下については小笠原兵団みたいな感じのイメージです。一応栗林中将の命令には従うけど、基本の命令系統が違うからごにょごにょ…みたいな。
今回もご意見ご感想お待ちしております。