海賊子爵の航海日誌   作:メーメル

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カシスってクロスグリの事だったんですね。世の中には知っているようで知らない事が溢れています。

では、どうぞ。


第六十話 決意

帝国暦453年5月6日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

 正しい行いとは何だろうか?一般の軍人としては祖国と皇帝陛下と国民に尽くす事、軍艦の責任者としては部下の事を知り、そして最大限の戦果と部下の生命に対する保証を与える事。家庭人としては家族や、より身近な人々の幸福と栄達を考える事。…だが、捕虜の、一生故郷に帰れないと分かった部下達の長としての正しさとは?

 正直にありのまま聞いた事を伝える事か。「君らは捕虜交換の対象にはされず、故郷に残してきた家族と生きていながら二度と会うことは叶わない。この収容所で寿命が尽きるまで、ただ生きているだけの人生を送る事になる。」と?あまりに惨い、死刑宣告に等しい言葉だ。

 では逆に隠し通すか?誤魔化しが効く時間はそう長いものではない。帝国では何か祝日がある毎に恩赦があるし、その中に数回は捕虜交換も含んでいる。あまりに長い期間音沙汰がなければ不審に思う者が増えてくるのは必定だ。そして時が過ぎるうちに故郷に見捨てられた、死んだ事にされたと考えるだろう。生きながらにして他人に忘れられるとは、誰かがそうなる事こそ本物の死だとか言っていた。どちらにしても部下達には経験させたくない感情だ。ならどうする?

 

「逃げるしか、ないか…」

 

 ぽつりと呟いた自分の言葉にはっとする。まさか、脱走などという選択肢は思いもよらない事だ。戦争が始まって数百年、何十万という数の軍人が捕虜の身となりながら、脱走して帰ってきたなんて前例は1つだって無い。まず星の重力から脱出せねばならず、その後も叛乱軍の追跡を躱して最低数百光年の逃避行をやるなど正気の沙汰ではない。もしこのまま収容所にいれば…それこそ成功する筈のない試みを実行して命を落とす結果になるより、相対的にはいい暮らしが…

 

「艦長、よろしいですか?」

 

扉の外から聞こえる大尉の声に頭を切り替える。今の時点では大尉にだってこの悩みを察知される訳にはいかない。

 

「ああ、大丈夫だ。どうした?」

 

「捕虜宣誓の件です。とりあえず希望者の中から30名選抜しました。明日の朝から市街に出る事になります。これがリストです。」

 

「…最高階級者はツァーンに…なんだかいつも一緒にいる連中が多い気がするが、何か企んでるんじゃないだろうな。ま、酒が入っているはずもないし大丈夫か。問題は私と同じような目に遭わないかだが。」

 

「初日は監視も兼ねて兵がつく事になってますから、いきなり道端で車に引きずりこまれるなんて事は起こらないでしょう。時間が経てばどうか分かりませんが…」

 

「そうだな、なら当分は心配ないな。…可憐な少女のように引き込まれて震え上がるなんて者もいないしな。」

 

「ツァーンなんかは別の意味で引っ張り込まれそうですがね。」

 

「…犯人も嫌だろうな、蓋を開けてみたら味音痴のウワバミなんだから。期待外れどころじゃない、おっと、話が大分逸れたな。他に懸念は?」

 

「現状、特にありません。仲間内でも、兵とも、衝突があったとは報告されていませんし、食事に関してもこっちの味に艦にいる時から慣れていたせいもあるでしょうが、不平不満の類は出ていません。」

 

「結構。…そういえば、今日はこれからまたあの記者達が来るそうだが、大尉も同席するかね?」

 

「遠慮しておきます。いや、大体の事情は分かってます。若い方が艦長の無事帰還の為に協力したのも又聞きながら知っていますが、どうも他人に質問をぶつけられるというのは苦手でして。」

 

「そうか、無理強いはしないさ。それにしてももう話す事なんぞ無いと思うが、一体何を聞くつもりなんだろうな?」

 

ーーーーー

 

『だから、所長から言われてるでしょう?収容所内では私の指示にですね…』

 

『少し走った位で文句を言うな、こっちは子爵の命の恩人と言ってもいい立場なんだぞ?』

 

『え、先輩…』

 

『そうだよな?ジェニングス?』

 

『…ハイ、そうだった気がします。』

 

初対面の時からそうだが、こちら側の記者はこんな風にずっと喋っていなくてはいけないとか、そういう決まりでもあるんだろうか?閉まった扉の向こうからでも会話の内容が聞き取れるんだから中々のものだ。

 

『こんにちは、子爵。今日も来ました。』

 

『やぁ、ま、座りたまえ。紅茶でいいかな?所長がこの前の詫びにと言うんで茶葉をくれたんだ。アルーシャ…とある。どうやら彼は紅茶派のようだな。』

 

『ありがとうございます、では遠慮なく…』

 

『それで、今日はどうしたかな?私としてはもう話せる事は話したし…ジェニングス君、君にも感謝はしているが、生憎有用な情報はやれそうに無いんだが。』

 

『いや、子爵、こっちとしては大満足ですよ!何と言っても報道で一番難しいのは切り口、突破口を作る事ですから、いつもは陰でコソコソしてる様な、ああいう奴らが軽率に動いてくれたおかげで首都の方も面白い事になってますよ。来期の評議会選挙は右派団結なんてとても無理でしょうね。』

 

『何だ、お前、所長と書く、書かないって話してた癖に結局書いたのか?』

 

『ええ、あの団長と所長がしたのは『口約束』ですからね。』

 

『子爵、こんな腹黒い奴に感謝なんかすると後が怖いですよ。』

 

『…で、君の用事は何だね。』

 

『そうでした、やっと頭の中がダイヤモンド級の編集部が折れましてね、新企画が始まる事になりました。題して「収容所日報」!』

 

『わざわざ帝国語で書く意味があるのかどうか私には分からんが、それで?』

 

『ここには色々不満な事があるでしょう?飯が不味い、不親切な兵隊、うるさい所長その他諸々、そういった様々な事をインタビューする訳です。週刊誌連載の予定ですから嫌になる頻度でもないし、全部子爵に聞く訳でもありません。如何です?』

 

『それで次第に民主共和制の良さに啓蒙されていく様を、という魂胆か?悪いが我々は…』

 

『いやいやいやいやいや、それじゃ困…困、りませんけど困ります。こっちが書きたいのはこっちの軍の弱い話ですから、逆に子爵や捕虜の皆さんには『強大な敵軍』として振る舞って頂けると助かります。』

 

『君、前から思っていたが…自分らを守ってくれている軍隊に対して誇りとか尊敬の念とか、そういうのは無いのかね。』

 

『いえ、ちゃんとありますよ。子爵を前にして言うのもなんですが、同盟軍には最終的には勝ってほしいし、戦争なんか早く終わるに越した事はないと思ってます。でも、その為にはジャーナリストが軍の言う事を水道管みたいに伝えるだけでは不十分だと思ってまして…』

 

『つまり君が我々を『強大な敵軍』に仕立て上げてまで味方の悪口を書くのは、言ってみれば愛の鞭だと、そう言いたいのかね?』

 

『まぁ、そんなものですね。自浄効果が完璧とは言えない組織ですから、外からの適度な刺激が無いと、とね。それで…』

 

『えぇ、先輩、義理の親父さんへの当てつけでやってるんじゃ…痛っ!』

 

『話に割り込むな!…で、どうですか?名前も出しませんし、写真にもしっかり修正をかけますよ。表題も『任務中に捕らえられた帝国軍捕虜であるが、同盟軍も決して完璧なホストとは言えない、帝国軍は未だ彼らの使命を忘れていないのだ!』という風になります。』

 

『『使命を忘れていないのだ!』か。…そうだな。まぁ、私としては構わないよ。部下にインタビューする時はそれぞれ話したくない事もあるだろうから気を付けてくれればそれでいい。』

 

『やった!…いや、失礼、ありがとうございます。じゃ、早速、子爵がこの収容所の体制について思う事は…』

 

ーーーーー

 

 『使命を忘れていないのだ!』…敵である筈の人間の、それも民間人に言われて気づくとは、全く鈍ったと言うべきか、捕虜という身分に甘えがあったというべきか。そうだ、確かに我々ゾンタークスキント乗組員は、艦を失った。だからと言って任務が終わった訳ではない。通商破壊はやったが、追加命令にあった後方撹乱が十分に出来たかと言われれば、疑問符を付けざるを得ない。まだ途上と言うべきだろう。そしてこの収容所、星、叛乱軍の領域から200人以上の捕虜が脱走する事が出来れば…その時は胸を張って後方撹乱の任務を達成したと言えるだろう。

 

「我ながら屁理屈だな…だが…」

 

任務の延長上にある事なら軍人としてやるべきだ。そもそも潜入行自体、最初は不可能だと思っていたことが可能だったんだ、逆が出来ない可能性だってゼロではない。それに部下を故郷に帰すという願いも叶える事が出来る。この前はオーディンに嫌がらせをされたが、今度は…無理矢理にでも振り向かせてみせる。

 

続く




人が死ぬのは人に忘れられた時って言葉、個人的にはワンピースの印象が強いんですが、何だか他の媒体でも見た気がするんですよね。何だったでしょうか…?

アッテンボローの動機は本当かどうか分かりません。案外義父が嫌いだからそうしてるって言うジェニングスの予想も合ってるかも…

今回もご意見ご感想お待ちしております。
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