では、どうぞ。
宇宙暦762年5月20日 ジャムシード第1収容所
A・ビュコック少佐
『はっはっはっ、甘いな!フーバー!ナイトの使い方がまだまだ未熟だ!』
待機室からヴィドックの上げる勝鬨の声が聞こえてくる。自分が勝てる相手を見つけるのに随分苦労したようだが、それで毎回捕まって負けてしまう兵長も哀れなものだ。…少し釘を刺しておくか。
『あのなぁ、収容所の仕事はチェスに勝って気分良くなる事じゃないぞ。もう自分の小隊のシフト組みは終わったのか?兵長も、自分の仕事があるんならわざわざ上官の暇潰しに付き合わなくてもいいからな。』
『はい、少佐!』
『返事は100点だ。それで、仕事の方は?』
『一応専科の主席ですからね。主席が主席たるコツは2つありまして、1つは課題の提出期限を守る事、もう1つは教官に媚びを売る事です。ちゃんと終わってますよ。』
嘘なんだか本当なんだか分からないことを言いながらシフト表を差し出してくる。私が言った通りに上手いこと時間帯や場所をランダムに設定したシフトが組まれている。参ったな、これでは何も言えなくなってしまった。
『仕事の方も及第点、か。これでは注意した甲斐が無いな。』
『実際、収容所の仕事っていうのはこんなものなんですかね。捕虜は協力的で内部で問題も起こさなければ消灯後には動きもなし、子爵も別段要求という要求もしてこないし…個人的には反抗的な捕虜を無理矢理抑えつけなきゃならないような仕事だと思ってたんですがね。』
『そうだな、エコニアなんかでも捕虜の大規模反乱なんか20年前に起こってから今まで無いらしいし…しかし、何だか最近妙な感じがするんだがな。』
『妙な感じ…反乱の兆候ですか?そんな報告は受けてませんが。』
『そんなにはっきり言える事では無いんだ。…こういう事を言うと自意識過剰気味だとか思うかも知れないが、視線がある気がするんだよ。』
『監視しているのはこっちの筈なのに、逆転してると?』
『そう、逆に捕虜に観察されてる気がする。そういう事だな。君は何か感じないか?』
『…?いや、特に変わった事は。』
『私だけかな?…ちょっと行ってみるか。』
『行ってみるって、どこにです?』
『抜き打ちの巡察って所かな。居住棟を回って、ついでに監視塔でサボってる奴がいないかも見てこよう、兵長、暇なら君も来たまえ。私の帽子…は、あった。』
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管理棟から出て収容区画へ向かうとすぐ帝国語の歌が聞こえて来る。
「「「♪Mein Vater, mein Vater, und hörst du nicht♪」」」
『今日も元気ですね、合唱隊なんか組織して。男声パートしか無いから歌える曲は限られてる癖に中々上手いものですし…』
『ふーん…次の労働報酬が入ったら楽器でも仕入れるとするか。…流石に女性歌手を招待するって訳にはいかないしな。』
『金もかかりますしね…じゃ、1号棟から行きますか?』
『そうだな、ま、アポも取らずにいきなり押しかけて困るなんて事は無いだろ。』
言いつつ扉を開けると、収容人数以上の人数が集まっている。2段ベッドの間の通路は捕虜の背中で奥が見えない程だ。パーティーでも始めるつもりか?
『なんだ、何をやってる?…何?』
やっとの事で棟の奥にまで到達すると、下着姿のツァーン少尉がシャワーを浴びている。その横ではモップを持った奴が立っているし、まるで現代絵画の世界に迷い込んだかのような景色だ。
『君はここで何をしているんだ?士官棟にもシャワーはあるだろうに。』
『やー、誰かと思ったら所長さん!士官棟の方は浴びようと思ったら大尉に占領されてましてね。それに帝国人は綺麗好きですから、一度シャワーを浴びたくなるといてもたってもいられなくなるんですよ。』
『…そうか、で、君は?』
『私?見ての通りモップがけですよ。何しろ帝国人は綺麗好きですから、一度掃除をしたくなるといてもたってもいられなくなるんですよ。』
『賞賛すべき国民性だな。君は?フォルベック君、君のベッドは確か3号棟だったと記憶してるが?ここには何の用があるのかな?』
『私は見てるだけ…いや、実を言うと少尉は泳げないんで、少尉が水場に行く時はいつもついて回るようにしてるんです。専属のライフセーバーって所ですね。』
『…少尉はいい部下に囲まれて幸せ者だな。そうか。ところで、君は転びでもしたのかな?』
『…いえ?別にそんな事はありませんが?所長は私のライフセーバーになってくれるって訳ですか?』
『残念ながら収容所の所長ってのは案外忙しいんだよ。そうだ、ちょうど今もやらなければいけない仕事を思い出したところだ。行くぞ、ウィドック!』
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『巡察はどうしたんですか?やらなければならない事なんてありましたっけ?』
『フォルベック君に質問した時、どう思った?』
『どうって…別に汚れてる訳でも、負傷してる風にも見えませんでしたし、何で転んだかなんて聞いたのかなとは…』
『あいつ、聞いた瞬間に一瞬視線が下に向いただろ?ここから推測できる事は?』
『服の乱れを気にしたとかですか?そんな事言ったらツァーンなんか裸同然だったんだから気にする必要は無かった気がしますけど。』
『なぜ君は大事なところで勘が鈍くなるんだ。転んだ、とか聞かれて真っ先に連想するのは土汚れだろ?で、別にここは晩餐会の会場じゃないし、作業服にそれぐらいの汚れが付いてても不思議じゃない。それなのにわざわざ気にする素振りを見せた。…何か隠してる気がしないか?』
『土汚れを気にする…すると?』
『そう、トンネルでも掘ってるんじゃないかという事だ。もしこの推測が当たれば…まずいぞ。』
分かっている、たとえこの収容所の鉄条網の中から逃げられたとしてもジャムシードからは出られはしない。だが市街地に逃げ込まれたら?あの子爵のやる事だ、人質作戦やビルを爆破するなんて派手な事はやらないと信じたいが、事態がどう転ぶかは全くもって不明瞭だし、対策を打つに越した事は無い。
『今日みたいに奥まで到達するのにまごついているようだと証拠隠滅の可能性が出てくるからな…抜き打ちで全員外に出して、それからトンネルを探すのがいいだろう。』
『分かりました!早速やりますか?』
『いや…今日いきなりやるのは向こうも警戒してるだろうからな。かといってどれぐらい進んでいるのか分からないし…よし、明後日にしよう、君の小隊を第2種武装で待機できるよう準備の事!』
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2日後
E・ツァーン少尉
…『鍵屋』の腰にはいつもどこに使うのか分からない大量の鍵やらそれに1つ1つ律儀に付属しているキーホルダーが下がっている。それがあだ名の由来だが、今日は更に1つ、樹脂製の銃のような物がくっついている。おそらくテーザー銃だろう。
『…軍曹、分かるか?』
『ええ、分かりやすい連中です。名実共にDOOFって所ですね。今日は中止しますか。』
『一昨日も危なかったからな…うん、リヒャルトは今日は休みだ。』
あまり急いで見つかってしまったら元も子もないし、第一リヒャルトの方は補強材が足りていない。この際ほとぼりが冷めるまで休止してしまうのも手だろう。
『お、所長が出てきましたよ。』
『身体検査でもされるかな?…道具を身に付けているようなアホはいないな?』
『はい、しっかり隠してあります。ダミーも用意してありますし…』
『ダミー?聞いてないぞ、余計な事をして疑いを深められても困るが、大丈夫なんだろうな…』
『まぁ、見ていて下さい。我々に不利な事にはなりませんよ。』
そう言っている内に所長の話が始まる。何やら調べたい事があるから全ての棟を点検する、ついては全員外に出るように、との事だ。やはり怪しんではいるんだろうが…案外タイミングが早かったな。だが、偽装は3つとも完璧だ。熟練の手品師位の、隠すのも隠されるのも得意な奴でもない、一朝一夕の訓練を積んだ位の収容所職員には見つけられやしないさ。
続く
捕虜たちが歌ってる歌、あれはそのまま『魔王』ですね。所長用の警告の合図です。
結局リヒャルトは1号棟から伸ばす事にしたようです。うまくいくといいですね。それから、収容所暮らし中は結構劇中日数が飛ぶ予定ですから、急に1ヶ月とか経つかも知れません。あんまりイベントもないですし…
今回もご意見ご感想お待ちしております。