では、どうぞ。
帝国暦453年6月16日 ジャムシード第1捕虜収容所
フォン・オイレンブルク中佐
とうとうツァーンは「収容所焼酎」に何種類かのフレーバーまでつけ始めたが、脱走計画の方は報告が上がってこない事を考えるに進み具合が芳しく無いようだ。別に彼が酒造りに躍起になって本分を忘れてしまっているとか言うつもりはないが、理由くらい聞いてみても損は無いだろう。4つの目は両目よりマシという諺もある事だし、知恵を授けるなんて大層な事はできなくてもちょっとした解決策を模索する位の事はできると思う。
「まぁ、そういう訳だ。結局トンネルの進み具合はどうなんだ?」
「正直に言いますと、下の上という所です。」
「もちろん原因は少尉がトンネル工事士から酒造業者に転職したからではないよな?」
「はい、やるべき事はやってますが、どうもリヒャルトとトーマスで浸水被害が出ていまして、掘るたび掘るたび水が滴ってくるんです。1週間くらい雨が降らなければ大丈夫なんですが、ここの所2日おきのペースで降ってますから…」
「汲み出す努力もプラスで必要になってくる訳だ。」
「それに、やはり偽装工作ですね。基本的に腹這いになって掘っているんですが、乾いた土ならちょっと払えば良い所を泥まみれになっていますから、作業が終わるたび苦労して汚れを落とす時間も取る必要があると考えるとその分実動時間を短縮しなければならないという事もありまして。」
「かと言って今から中止するのもな。何か解決策が浮かべば良いんだが。そういえばハインリヒの方は浸水していないんだな?」
「ええ、何故かは分かりませんが。」
「分からないのか?」
「いえ、確かに水は染み出してはいますが、天井から滴って下が泥化するまででは無いんです。築30年目の雨漏りくらいでしょうか。地質が数十m離れただけでがらりと変わるなんて事も無いですし…」
「その雨漏り云々の例えはいまいちピンと来ないが…やはりトンネルより上に何か地表からの水の浸透を防ぐか、若しくは横方向に逃す構造物があるという事だろうな。」
「もしそういう物が残り2つの方にも都合よく有れば問題は解決なんですが、トンネルが長くなるにつれて浸水量も多くなってくる計算ですし、脱走当日はトンネルを潜って行こうって事になる前に…」
「そうなると困るな。解決策がそう簡単に出る訳では無いし…」
頭を抱えているだけで問題が解決するわけではないと言う事は分かっているが、それでも閃きと言うものがない以上はこうするしか無い。
「艦長、やはりクンツェ中尉の案を考えてみるべきではありませんか?」
「…うーん。主経路となるトンネルの方にも障害が出ているとなれば…そうだな。中尉、やれるか?」
「はい、艦長の許可があればいつでも実行可能です。ただ、実行役兼スケープゴートなる者を誰か選ばなければなりませんが…」
「そうだな、やはり危険な任務であることには変わり無いし、志願制にしたい所だ。何人いれば良い?」
「とりあえず3人、連帯責任を取らされることがあると考えると全員同じ棟内から出した方がいいでしょう。」
「分かった、明日辺り志願者を募る事にしよう。…トンネルの方の解決策は作戦の成否によって、だな。」
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6月18日 夜
O・フィンク軍曹
「サーチライト!伏せ!」
「やっぱりもうちょっと待ちましょうよ…まだ眠くなるような時間でも無いですし。」
「いいか、フェルザー、今から這っていって管理棟まで辿りつく時間を考えてみろ。基本的には隠密行動なんだからな、寝床まで帰り着く途中で朝日を拝むなんて事にならないようにするにはこの時間がベストなんだ。黙ってついて来い。」
装甲擲弾兵の仕事は穴を掘る事、地面に這いつくばる事、最後に突撃する事だ。これ位の距離をサーチライトに捉えられないように進む位なんて事は無い、が、出身者ではないフェルザーの方は文句たらたらだ。
「第一、一緒に私がしようなんて言ってきたのはお前じゃないか。俺は別に褒美なんて要らなかったのに…」
「軍曹は悔しくないんですか?収容所焼酎を作ったのは少尉と軍曹と私ですよ。あの苦難の日々を思い出して下さい。外に出れると決まった時からひたすらに砂糖の代わりになりそうな物を集め、無尽蔵に近いイモを削ってやっと出来た酒!それがなんで配給制なんですか?」
「配給制と言ったって、お前他の奴から貰ってるじゃないか。やっぱり70度は強すぎだからな。というか、まさか今回の動機はそれか?」
「もちろんそうです。上手い事管理棟に忍び入って有益な情報が盗み出せれば酒の配給量の増加を艦長にですね…」
…私利私欲も堕落に向かわず士気に繋がるのなら別に良いか。
「今日は呑んできて無いだろうな?見つかった理由が「酒臭い息」だったなんて報告したら配給量の増加どころの話じゃないぞ。」
「本番前には景気をつけるなんて人がいますがね、やっぱり酒はこんなを乗り越えた後にやるから美味いんです。…やはり閉まってますね。」
管理棟区画への門は昼間は鍵をかけずに閉まっているだけだが、どうやら夜は施錠…いや、少しは動くところから見て閂がかけられているようだ。予想通りではあるが、これで鉄条網切りをしなければならなくなってしまった。
「…今日は所長がいない日だが、流石に戸締りぐらいはちゃんとするか。カッター。」
「はい、急造ですが、切れますかね?」
「もっともっとひどい物もあったさ。話したことがあったかな?炭素クリスタル製の筈のトマホークが敵の銃剣を防げなかった話…と、一丁上がりだ。」
切る、というよりかはちぎり取るに近いやり方だが、要するに人1人が通れる隙間ができれば目的達成だ。ここを過ぎれば管理棟まであと少し。
「サーチライトはこっち側は照らさないんだな。走れるか?」
「ええ、足には自信があります。」
「食い逃げでもしてたか?まぁいい。目標、前方管理棟角、躍進距離30。前へ!」
これ位の距離では全速力は出ない。が、這っていくより数十倍は早く動けるし、すぐに冷たい壁に取り付く事が出来た。なるほど、管理棟はコンクリート製だ。暴動に備えてトーチカ的な役割も兼ねているという訳か。
「それで、どこから入ります?」
「このどれかが正面扉に合えば堂々と入場できるんだがな。やってみよう。」
昨日の作戦説明の時にクンツェ中尉から渡された鍵の複製は3本。例の『鍵屋』の腰にいつもぶら下がっている鍵束から型を取ったものだ。つまり、もしかしたら奴の自宅やら金庫やらの鍵かも知れない。
「さて…入らない。…2本目もダメか。三度目の正直と言うな。信じるか?」
「戦場では3回失敗したらもう死んでるとも言いますが。」
「もっともだな。…お?回っ…た!いいぞいいぞ。ゆっくり押せ。」
中腰になりながら室内を見回すと、中央にテーブルが置かれている他は何もない部屋だ。ここから廊下に分かれているんだろう。手分けした方がいいな。
「いいか、お前は右、俺は左を探る。体感で10分後に同地点に集合。別れ。」
左に続く廊下には扉がいくつか並んでいる。ご丁寧にプレートまでかけておいてくれるとは親切な事だ。『第1小隊待機所』…ね。鍵はかかっていないな。更に親切だ、叛乱軍が好きになりかけてきたな。
ようやく暗闇に目が慣れてきた。壁に何か紙が貼ってあるな、兵隊の詰所に貼られた紙といえばプロパガンダポスターかシフト表かのどちらかだろう。前者であって欲しくはないが…よし、シフト表だな。ヴィドックに
リカーニョ、見慣れた名前。複写出来るかな?
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同時刻 第3小隊待機所
A・フーバー兵長
『チェスの極意って言ってもなぁ…そもそも准尉だってそんなにうまいわけでは無いんだし…』
交代時間より少し早めに目が覚めてしまったから、図書室から持ってきた『3次元チェス』というやけにシンプルな題名の本に目を通していたが、『チュメニ防御作戦』だの『カマーセン包囲網』だの、下士官課程の戦史の講義より難しい。…ダメだ。コーヒーでも淹れよう。
そう思ったがコーヒーメーカーはホールまで行かないと無い。准尉が言うには所長が紅茶党だから各部屋に湯沸かし器があってもコーヒーメーカーが無いらしいが、本当なのか…あ?人影?
『よぉ、当直交代の時間はまだだろ?所長がいないからって…ん?』
廊下に張り付いていた男と目が合う。
「Scheiße!」
帝国語に青い作業服!……捕虜だ!
『なっ…警報ーー!脱走だ!総員起きろ!お前!動くな!手を頭の後ろへ!』
すぐに廊下沿いの扉から同僚が飛び出してきて非常ベルが鳴り響く。それにしても一体なんでここに…?
続く
最後の帝国語、読みは「シャイセ」です。
今回はなんだか勢いで書いちゃった感があるのであんまり話す事がないんですよね。あ、途中に出てきたチェスの戦術はある漫画からの流用なので本当にある戦術かどうかは不明です。
今回もご意見ご感想お待ちしておりまーす!