では、どうぞ。
宇宙暦762年6月19日 ジャムシード第1捕虜収容所 管理棟
A・ビュコック少佐
またもや休みの日に呼び出しをくらったと思ったら今度は脱走未遂らしい。もし捕虜が私の不在時を狙って何か事件やらを起こしているんだとしたら、やはり家族との同居は悪手だったかもしれない。しかし捕虜がいなくなった訳ではなくなぜか管理棟の中をうろうろしていた状態で拘束した、とはどういう事なんだ?
『少佐、申し訳ありません。ご自宅にかけても不通でしたから…』
『いいんだ、曹長。ちょっと病院のほうに用があってな。それで?』
車を降りてすぐにやってきたのは第3小隊長のクシモト。同じ小隊長のヴィドックやグレイとはあまり仲が良くない、というか接触自体が少ないようだが、それでも仕事でこれまで目立ったミスは無い。人事考課表には誰の評価か『頭の中には同盟軍基本法と教本の内容が一言一句漏らさず記憶されていて、その通りの行動しかしないし出来ない』なんて書かれていたが、まぁ、収容所の管理にはそういう人材も1人ぐらい必要だろう。
『はっ、昨日23時20分、第3小隊のフーバー兵長が警報発出。管理棟内にて第7棟捕虜、ヴィルヘルム・フェルザーを拘束しました。同捕虜の行為は消灯後の外出、管理棟及び閉鎖区画への侵入に当たるものであり…』
『それはもう聞いたぞ。で、事情聴取は終わったのか?』
『いえ、まずは他に居なくなっていない者がいないか調査しまして、その後に事情を聞こうと考えていました。結果としては、侵入経路は鉄条網を切って、そこから這って入ったようです。他に所在不明の者は無く、全ての捕虜には屋内待機の命令を出しています。動機は不明ですが、おそらく単独犯ではないかと推察されます。』
『…そうか。フェルザーは今どこに?』
『拘束の上で第3小隊の控室にいます。見張りは3人つけていますし、特に暴れるような兆候も見せていません。処罰その他の決定は上長のそれを待つべしとの規則に従いました。』
『ふーん…なら君は本人の事情聴取の方を頼む。』
当直時間帯の最高責任者は自分だという意識が欠如しているのは問題だと思うが、とにかく今はっきりさせなくてはいけないのはこの事件が子爵を中心とした捕虜全体の行動によるものか否かという点だ。捕虜全員が団結して脱走の意思を持っているとすれば…それはできるだけ考えたくはないが、非情な手段も必要になってくるかも知れない。
『子爵に会いに行くぞ。私の帽子と…拳銃も取ってくれ。』
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『ああ、そうだ。確かに私が指示した。』
いつものように書き物机に向かっていた子爵に事の顛末を伝えて関与を問うと、彼は何がいけないのかとでも言うようにそう言った。何か言い訳や、最悪実力での反抗を企てるかもと思って覚悟はしていたが、こんなにあっさりと認めるものか?
『…子爵、それは貴方が脱走を主導していると取られても仕方の無い発言ですね。そうなると我々は捕虜全員に対して今までのような扱いをする訳にはいかなくなります。外出作業も制限されますし、場合によっては独房以外の罰則規定の導入も…』
『脱走…?うん。なるほど。どうやら君と私の間には重大な認識の齟齬があるようだな。』
『齟齬?どういう事です?』
『私は確かにフェルザーに言った。「取り返したいものがあれば自力でまずやってみろ」と。彼に聞いても同じ事を言うはずだがね、私と彼と両方の名誉のために言っておく。彼の目的は脱走では無くて、所有物の奪還だ。』
『所有物の奪還というと?』
『そちらも連絡体制が整っているとは言えないようだね。フェルザーが言うには先週あたりに外出作業先から持ってきた物が危険物判定されて取り上げられたから、それをどうにかするという話だったが?』
確かに前の家探しの一件以来、ちょくちょく持ち込み禁止品の押収があると言う旨の話を聞いてはいたが、危険を犯して管理棟に侵入してまでも取り戻したいと思わせるような貴重品類は無かったはずだ。
『因みにその所有物が何かは彼から聞いていますか?』
『さぁ?責任者とはいえ個々の秘密まで把握しなければ我慢ならないような趣味は無いのでね。…しかし、どちらにせよ私の部下が収容所の規則を破ってしまったのは事実だ。監督不行き届きな責任者としてはそれなりのケジメをつけないと収まらないだろうし…独房かね?それともさっき言ったような、より重い罰則規定とやらの最初の体験者になるのかな?』
『処罰については本人の事情聴取後に検討して決定します。では、子爵も間接的な関与を認めたという事でいいんですね?』
『私が部下にだけ責任を押し付けるような指揮官だと思われていたのならかなり心外だね。君の中での帝国軍のイメージがそうであるなら、早めの修正を期待するが、まぁ、それでいいよ。』
…飄々と言ってのけるものだ。完全に子爵のペースに乗せられてしまった感じがする。本当にフェルザーは子爵の言った事を拡大解釈してしまっただけなのか?これまで大人しくしていたのに、そんなちょっとしたきっかけだけで鉄条網破りなんていう大胆な行動に出られるものなのか、それに前々からあったトンネル疑惑もあるし、これだけでこの件を一件落着としていいものかどうか…
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翌日
フォン・オイレンブルク中佐
結局捕まったフェルザーは20日間の独房行き、私自身は『自分の発言の影響力の高さを考えて、あまり不注意な言動は取らないように』との所長からのありがたい厳重注意を食らって、関係があるのか知らないが茶葉の供給も暫く停止される事になった。訓告処分を受けるなんて士官学校での門限破り以来のことだが、それとフェルザーの犠牲とを足しても十分元がとれると言える情報を脱出に成功したフィンク軍曹は持って来れたのだろうか…
「これが第1小隊のシフト表の複写です。それから、これは机の上にあったんですが、誰かさんの財布です。」
「結構、一流の空き巣狙いになれるな。」
たかが1個小隊のシフト表といえど価値あるものだ。これが有れば暫くの間3日に1度は監視の手間を大分省く事ができる。が、財布の中身はどうだ…?
「『鍵屋』のかな。…すごい、身分証に給与明細書まで入ってます。これは…軍籍照会情報?なんでもかんでも財布に突っ込むのは不用心だという良い見本です。」
「必要な物だけカメラで撮って、後は財布ごと監視塔の下にでも落ちていた事にしよう。これはなんだ?」
「チキンの割引券ですね。…随分安いものを食べてるんだなあいつ…チキン1セット5ディナールというのは中々良心的な価格設定です。」
「敵の安月給にまで気を遣ってやる必要は無いな。しかし、これがあれば偽造の方も捗るんじゃないか?」
「ええ、やはり実物をじっくり見れるだけでも出来栄えに差が出てきますからね。クンツェ中尉が喜ぶでしょう。しかし、当初の目的は達成できませんでしたが…」
「大丈夫、トンネルの話ならまだまだ竣工に時間もかかるし、情報が入手できる可能性も途絶えた訳じゃない。浸水問題は最悪雨が降らなければ解決とも言えるからな。脱走時に使えるものが増えただけでも今回の作戦をやった価値はあったと思う。よくやった、軍曹。」
「褒美はフェルザーの方にお願いします。私は彼が叛乱軍の注目を集めているうちに逃げてきたようなものですから。」
「そうか。確か彼の希望は酒の配給の増加だったな。懲役が明けたらバレないように増やしてやるよう取り計らおう。」
彼の動機は不純なものと言えるかも知れないが、それでも義務を果たした者にはそれなりの見返りが無くては成り立たない。自己犠牲の精神だけで人間は生きてはいけないのだから…
続く
カメラで撮って、なんてサラッと言っていますが、こういう細々したものは外に出た人達がこっそり持ち帰ってきています。今後も色んな便利グッズが出てくる時は、外出班の努力の成果だと思っていただけると彼らも嬉しいんじゃないでしょうか。
今回もご意見ご感想お待ちしております。