海賊子爵の航海日誌   作:メーメル

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お待たせしました。週刊誌じみた頻度になってきましたね。もっとやる気がある時に時間があるようになれば良いんですが…

では、どうぞ。


第六十九話 煙

帝国暦453年7月14日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「慰霊祭」も盛り上がりつつある時、保安担当のバウディッシン中尉が何か言いたそうに近づいてくる。

 

「『義手』は娯楽棟方向へ移動中です。警戒度を上げますか?」

 

「…まさかバレてるとは思わないが、いや、転ばぬ先の、だな。そうしよう。レベル4に。」

 

「了解、レベル4。」

 

中尉の腕が4度回される。知らない者が見たらただ肩を回しているようにしか見えないが、装甲擲弾兵には言葉と同じ、もしかしたらそれ以上に理解しやすい伝達手段の一つだ。了解の仕草をした者が、1人は娯楽棟の壁際へ、他数人が所定の配置へそれとなく移動する。もちろん『義手』と後ろにくっついてきている兵に気付かれている様子はない。他人からの視線とか注目というのは意識しないと案外分からないものらしい。

 

「どうも、最近はああやってDOOFがトンネルに近づくだけで冷や汗が出るようになってきましてね。何か手違いはないか、見落とした事はないか、と毎度毎度考えるんですよ。」

 

「歴戦の装甲擲弾兵にもそういう感情はあるか。大丈夫さ、偽装はツァーンに見せてもらっただろう?それにバレたとしたって…アレはどういう符号だ?」

 

娯楽棟の窓の下、へばりつくようにしていた兵が右足を曲げたり伸ばしたりを繰り返している。

 

「少々まずいかも知れません。監視対象はトンネル入り口の真上にあり、最大限の警戒を、ですね。」

 

「ツァーンはどこだ?一応「ムラサキ」の準備をさせよう。」

 

「了解しました。…もしやるとして、上手くいくんですかね?」

 

「それはあいつの計算にかかってるな。自爆システムなんてものに収容所に入ってまで世話になるなんてハメにはなりたくないし、今はDOOFがその名の通り間抜けなのをオーディンに願うしかないな。」

 

 困った時に神やら天やら超常現象に頼りたくなるのは権威主義の最終形態と言えるかもしれない。やはり人間は精神のどこかで自分より上の存在を欲しているのだろう。

 いや、口は災いの元とかいうし、あまりネガティブな事は考えないようにしよう。指揮官たるもの、泰然とあれ、だ。

 

「中佐殿、どうもまずい事になりそうです!」

 

中尉の声に、横目で娯楽棟を見れば監視兵がポケットから出した紫色のバンダナを肩に巻いている。口に出していないのにどうして悪い予感ばかり当たるんだ?艦を失った経緯といい、大神オーディンは本気で私が嫌いなようだ。こうなったら地球教にでも宗旨替えするか?

 

「…「ムラサキ」か。仕方ないな。すぐに始めろ!」

 

これであのトンネル…トーマスに費やした時間も人手も無駄になってしまった。問題はこの後所長が我々に対してどういう処分を下すか、だな。

 

ーーーーー

同時刻

A・グレイ曹長

 

どうやら穴の始点は物入れの下だ。扉を開けてみれば、片付けが最高に嫌いな奴が詰め込んだかのような惨状が展開される。普通だったら見なかった事にしてそっと閉める所だが、今この状況ではそうはいかない。上から一気に豆やら備品やらの袋を引っ張り出していく。

 

『なるほどね、中は空っぽか。やるなぁ、実はあいつら麻薬の売人でもやってたんじゃないのか?』

 

 あの手この手を使って犯罪組織が麻薬やら武器やら、いわゆる『ヤバいブツ』を隠すのは知っているが、そういう手口に近いものを感じる。脱走経路なんて言う後ろめたさの塊みたいなものを隠すとなると、やはりどんどんやり方も近づいてくるんだろう。物入れの中に入ってみると、すぐ下には人1人が通るくらいの穴が開けられている。中は真っ暗で、地獄まで真っ逆さまに落ちる穴ですと言われても信じそうな位だ。

 

『すごい、これが連中にとっては希望への脱出路という訳だ。…ん?』

 

 何か顔に蜘蛛の巣が当たるような感触がある。いや、トンネルを掘っている以上は出入りは頻繁にあるはずだし、蜘蛛が巣を張るなんて事は…いや…どこかでこんな話を聞いた事があるような…

 記憶の蓋が開かない内に、穴の底から薬剤のような匂いと共に白くて濃い煙が立ち上ってくる。反射的に後ろに下がれば、娯楽棟内の角、テーブルの下、あらゆる場所から殺虫剤の煙が特徴的な箱から吐き出されてきている。まるで霧の中にいるようだが、この煙は煙草の煙と違ってあまり吸い込んで健康に良いものじゃない。とにかく換気をしなければ…!

 

『!?くそっ、開かないのか?ご丁寧なやりようだな、自分達の監視者を虫扱いとは…!』

 

いちいち窓を試していれば、本当に害虫と同じ目を見るようになるかもしれない。煙はまだまだ勢いを増しているし、それを感知した火災警報は耳障りな音を立て始めている。穴一つ見つけた位で大層なやりようだ。とはいえ、本気で脱出しなければ燻されてしまう。燻製肉は好きだが、だからといってなりたいとは思わないからな。

 

『入口はどっちだ…?はっ、流石に非常灯くらいは残してくれてあるか。』

 

白い煙の中で薄ぼんやりと光る緑色を目当てに突進する。フェートンが沈んだ時の煙だってこれほど酷いものではなかった。涙で霞む視界の中で何とか見つけたドアノブを押し下げ、半ば倒れ込むようにして陽の光の下へ帰還した。

 

『はぁ、うぇっ…だから薬は嫌いなんだ!』

 

『曹長、大丈夫か!?これは一体何だって言うんだ?』

 

肺の中に入ってしまった人工的な匂いを追い出すために肩で息をしていると、目の前に所長が立っている。

 

『はっ、娯楽棟の端にておそらくトンネルと思しきものを発見しました。しかし、急に虫退治が始まりまして、先がどこに繋がっているかまでは確認できませんでした。』

 

『…そうか。トンネルか!やっぱりやってたんだな、そうだ、それ位の事はしているんじゃないかと思っていたんだ!曹長、頭はもうはっきりしてるか?よし、第2小隊に戦闘配置命令!非番の人員も呼び出して、慰霊祭をやってる奴らは全員屋内へ押し込めろ!』

 

何だか所長の目に闘気のようなものが宿っている気がする。確かに捕虜が脱走用トンネルを掘っていたというのは管理者側としては大変にまずい事だが、所長も心の中のどこかであの連中が大人しくしている筈がないというのを思っていたんだろう。悪い予想でも、当たった時の何とも言えない気持ちは彼も同じのようだ。

 

『はっ、第2小隊、集合だ!捕虜を動かすんじゃないぞ!それから、娯楽棟の煙をなんとかするんだ!どうせ暫く使わせはしないんだから窓でも壁でもぶち壊して構わないぞ!』

 

ーーーーー

暫く後 娯楽棟内

 

捕虜の連中は火事だなんだと騒いでこっちの注意を逸らしたり何だりするつもりだったんだろうが、後方地域の軍人というのは群衆整理が本職ともいえる集団だ。それ位の怒鳴り声で萎縮したり動揺したりするような奴はいない。おかげで今は大人しくなったし、今頃はどんな処分が下るか震えて…いや、そんなタマじゃないか。

 

『やっと煙の方もマシになってきたな。うん、これは中に虫がいたとしたら酷い有様だろうな。致死量ってレベルじゃないぞ。』

 

視界は晴れ渡っているが、これでは暫く匂いが取れないだろう。どこからあんな大量の殺虫剤を集めてきたのかも謎だし、トンネルの様子も自分が見た時とは違っている。懐中電灯と一緒に上半身を穴に乗り出している所長も反響する声で唸っている。

 

『まるで井戸だな。…中には入れないし、行き先も規模も不明か?』

 

『はい、元からこうだったとは思えません。自分が燻り殺されそうになってる間に何かやられたのだと思います。』

 

『…とにかく汲み出せるか試してみよう。行き先は…まぁ鉄条網の外側だろうが問題は規模だ。まずはどのくらいの捕虜が関与してるのかだな。』

 

『いつからやっていたのかにもよりますが…とりあえず誰に処分を?』

 

『…それも含めていろいろ考える必要があるな。よし、現場検証は終わりだ。娯楽棟は封鎖、夜も番兵を立たせて捕虜を近寄らせるな。』

 

そう言うと、所長は立ち上がって側面の窓から士官棟を薄目で眺める。

 

『収容所に入ったからと言って戦争が終わった訳じゃないぞって言いたいのか?手袋を投げつけられたようなものだな。』

 

続く

 




グレイ曹長はタバコの煙が体にいいみたいな事を言ってますが多分そんな事はないと思います。匂い自体は好きなんですけど、なんだかいざ吸おうとなると二の足三の足って感じです。
煙がもうもうと出る殺虫剤、そう、バ○サンをイメージしていただければ結構です。今は匂いも残らない種類とかも発売されていますが、同盟は実用第一なので、虫がいなくなれば良いやくらいの商品です。

今回もご意見ご感想お待ちしております。
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