海賊子爵の航海日誌   作:メーメル

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週一投稿をデフォにしようって訳じゃないんですけど、どうも自由時間が足りなくてこうなってしまうんです。誠に申し訳ございません。

では、どうぞ。


第七十三話 悩みごと

帝国暦453年9月12日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「作戦は成功だ、まさかここまで向こうが思い通りに踊ってくれると思わなかった。帝国に帰って退役したらダンスコーチになるっていうのも悪くないな。」

 

バクスター氏がわざわざ収容所に入り込んで来てまで知らせてくれた顛末をいろいろ調べてみれば、あの出鱈目な報告書は敵艦隊を動かす位までいったらしいという事が分かった。盗まれた事に良心を苛まれていた彼には悪いことをしたと思うが、命令は人情に優先するというのは軍の教育で一番重視されるものだし、仕方ないだろう。

 

「あとはここから逃げ出すだけ、そういう事ですね。」

 

「そう、それをやって人狼作戦は晴れて終了だ。誰か言っていたな、「家に帰るまでが戦争」だって。それで、その後の様子はどんな感じだ?」

 

「ええ、問題ありません。所長はどうも監視の目が増えればこっちが萎縮すると思っている節がありますね。」

 

「確かに数の力は偉大だからな、軍人なら問題発生時にまず考えるのは物量の不足だろうし。」

 

「されども全ての物事がそれで解決するとは限りません。今なんか正にその状態ですね。ちょっと前から追加されたのは新兵らしい態度がなっていない連中とホームガードばかり、烏合の衆とはこのことです。それに、何だか最初にいたメンバーもここのところ不在の者が多い印象です。教育役の古兵も中堅層も数が減れば全体的に見た質的な低下は確実でしょう。」

 

「結構、トーマスの失敗も帳消しになりそうだな。」

 

「そのトーマスについても朗報があります。塞がれた事はそうなんですが、どうも深くした分水の流入口になっているようで、リヒャルトの浸水量がここのところ減少していると。」

 

「災いが随分福の方に転じすぎるんじゃないか?オーディンは呪詛を吐かれた方がやる気が出る性分だったに違いないな…それはそれで嫌だが。」

 

「今日もこれから赤杖の物資が届く予定です。もしかしたら所長よりいい暮らしになりつつあるかもしれませんよ。」

 

大尉の言う通り、赤杖社とやらから届く箱の中身はかなり煌びやかなものばかりだ。考えるとこの間まで苦労してこっそり持ち込んでいたのが嫌になるくらいで、特に様々な種類の缶詰は貴重な金属製品として穴掘りから支柱にまで大活躍してくれている。

 

「それから、ツァーンの方から物資を取引に使う案も出てます。収容所焼酎の方は所長に目をつけられて中止になりましたが、他の煙草やら菓子やらを物欲しそうに見てる奴がいるそうですからそういう連中を狙えば成果を挙げられると。」

 

「なるほど、あいつは人間観察がよくできてるな。ミルクやらコーヒーやらで情報が買えるなら安いものだろうしな。」

 

運命というものはやはり数奇という言葉で表すのが一番適当なんだろう。トンネルが見つかったら監視は緩くなり、緩くなればその分更に他のトンネルが進む。誰かが馬を連れてきた昔話なんてのはよくできたものだ。

 

ーーーーー

同日 A・ビュコック少佐

 

『また削減ですか?こうも続くとこちらも責任が…』

 

『君は帝国の捕虜と喋っているうちに同盟語まで拙くなったのかね。指揮下の人員自体は増やしてやっているんだから削減ではなく増強だろう?』

 

『ホームガードや国民兵が戦力にならないのはご存じでしょう?ベテランの下士官ばかり引き抜かれてこっちは統制も難しい状態に陥りつつあるんです。彼らを戻せとは言いませんから、せめて補充に現役兵を充てるくらいはしてくれませんか?』

 

『…答えを聞きたいのか?』

 

『ええ、ぜひとも。』

 

ふと嫌な予感を感じて端末の音量を絞る。こういう時に咄嗟に働く勘が戦争中に長生きできるコツかもしれない。

 

『ノー!だ!分かったか!?小さな収容所の警備にいっぱしの兵隊が必要ならそれ相応の理由を作ってみろ!なんだ、『規則違反・独房』『規則違反・譴責』『特になし』、『特になし特になし特になし!』そればかりの癖に兵隊がやれるか!』

 

『『特になし』で済んでいるのはこれまでの兵の練度がそうさせていたからです。これからも収容所の平和を維持するためにも…』

 

『今は収容所の平和どころか同盟全体の平和がかかってる時期なんだぞ!

君らだけが唯一特別扱いをされてるとは考えない事だな。…伝達は以上、少佐は可及的速やかに選抜した人員の出発準備を整えること!』

 

いつものことながら雑に通信が切られる。司令官室の切断ボタンが他のものに比べてすり減っているのは私のせいだとかいう噂が立っているらしいが、まぁ概ね間違ってはいないんだろう。

 

『やはりイゼルローン方面が怪しくなってるという情報は本当なのかな?』

 

『どうでしょう。本職の軍人にだって知らせないっていうのは派手に負けてるか、それとも情報自体がデタラメか、どっちかだと思いますがね。』

 

『前者の可能性の方が高そうなのが嫌になるな。そのうち我々も引っ張り出されて、収容所にはホームガードと監視カメラだけみたいな事になるぞ。』

 

『そうなったらどうします?』

 

『そうだな、いっそのこと収容所を捕虜に明け渡して属州の一つにでもしてもらうか。リトル・オーディンとでも名付ければ観光収入だってはいってくるだろ…冗談だよ。』

 

2人揃って大きなため息をつく。幸せと活力が逃げていく感覚ってのはこういうことを言うんだろうな…

 

『でも、捕虜の方は問題も起こす気配はありません。少し前に来た赤杖のお節介焼きも特にこれといって文句を言っていたわけでありませんし…あの時のツァーンの奴の一言には肝が冷えましたが。』

 

『問題を起こす気配がないと言うのが引っかかり続けてるんだ、結局子爵の脱走計画の動機ははっきりしてないんだ。まさか捕虜になったからには脱走計画の一つ位練ってみたかった、そんな子供じみた理由な訳はないしな。』

 

『捕虜になったらどうするか、みたいなハンドブックでもあるんですかね。その中に出来るだけの抵抗しろなんてことが書いてあるとか?』

 

『そんな文化があるとは知らないが…なんたって脱走した所で味方のところまで辿り着ける訳がないんだぞ?それなのに捕まった兵士にさらに無茶なことを強要するってのはいくら帝国でもやらないんじゃないか。』

 

『確かに同盟でも『捕虜になったら情報を吐くな』って教育しか受けませんからね。大人しく捕虜交換の機会を待て、と。』

 

『…捕虜交換ね、そうだな。それが双方にとって一番いいんだろう。』

 

『じゃあ早いとこ奴らに白羽の矢が立つのを祈るしかないですね。それこそイゼルローン方面でこっちが派手に負けて、捕虜が大量に出てるんなら案外近くに追い返す事になるかもしれませんが。』

 

『…うん、そうだな。』

 

どう戦局が転んでも彼らにそういう話が届く事は無い。しかし、その事は子爵には喋っていないし、もちろんうっかり漏らす可能性がかなり高い例の記者やらにも話していないから、それが動機にはならないはず…

 

『それまでの辛抱ですか。休み時間と権利にうるさいホームガードのお相手は。』

 

『…それに赤杖からの物資の仕分けもな。見ろあれ、今日はトラック丸ごと貸し切ってるんじゃないか?金があるとこにはあるもんなんだな。』

 

『今日の積荷は何ですかね?』

 

トラックに群がる捕虜を眺めていると、入った紙箱が破れたのかカラフルな雪崩が起きているのが見える。

 

『凄い量だな。ピンポン球か。赤杖は一体何を考えてあんなものを送ってきたんだか…』

 

『捕虜のリクエストですかね。いや、だとしてもあんな量はいらないでしょうね。発注ミスでしょう。』

 

片や人員の質の低下に悩み、片やピンポン球で遊ぶ余裕のある暮らしか。人類皆平等なんて言ってた奴らにこういう光景を見せてやりたいな。

 

続く




そう言えば赤杖って言うのはオリジナルで、現代で言う赤十字社みたいなもんだと思っていただければ結構です。帝国の病院船にもあのマークがあるんで、国境を跨いだ活動があるんでしょうか?

今回もご意見ご感想お待ちしております。
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