海賊子爵の航海日誌   作:メーメル

74 / 78
お待たせしました。今回は久しぶりにあの禿頭が出てきます。

では、どうぞ。


第七十四話 反対側で

帝国暦453年10月5日 帝国本土 軍務省の一室

E・シュテファン大佐

 

「これが第254巡航艦戦隊?前も同じ名前のがいたじゃないか。…巡航艦戦隊と巡航戦隊とで違うって?何て面倒な名付け方をしてるんだ向こうの連中は。」

 

少し前から始まった例の「要塞建設に伴う戦線の押し上げと叛乱軍部隊の漸減を目的とした回廊部戡定作戦」という長ったらしい作戦は近年稀に見る成功を収めつつある。どうやら帝国軍の勝利は作戦名の長さと難解さに比例して大きくなるらしいというのを誰かが言っていたが、今回はその前例に合っているからこまる。実際、既に先鋒の艦隊はティアマト星系からアスターテまで進出し、目立った損害無く哨戒線を伸ばしている。…一方その勝利のおかげで情報部は大忙しだ。鹵獲艦から、捕虜から、制圧した敵拠点からのあらゆる情報を収集し、翻訳し、選別し、今後の戦争に役立てねばならない。つい昨日会った翻訳部門の分室長は、

 

「咄嗟に帝国語で返答が出来なくなる気がするから出来るだけ社会秩序維持局の連中には会いたくない」

 

とまで言っていた。さすがに哀れだったので少し仕事を手伝ってやろうと思ったが、やはり同じ情報部といえども翻訳なんていう畑違いの事はするものじゃない。

 

「今度は何だって?向こうの新聞か…こんなものはフェザーン経由でいくらでも入ってくるんだからわざわざ引っ張ってこなくてもだな。」

 

編成書一式の次に運ばれてきたのは新聞やら雑誌のようなものがこれでもかと詰め込まれたファイルが数個。前線の奴らが情報部の言う通りに色々回収して後送してくれるのはありがたい事ではあるが、このようではやはり1個分隊くらいは前線で情報の質を判断する者が必要かもしれない。これではパンク寸前になるのも当たり前だ。

 

「大佐、でもこれなどは初めてみる新聞です。地方新聞ですね。」

 

紙の山の中から部下の一人が摘み出して持ってきたのは確かによく見るタイプのものではない紙質の一塊。表面が部屋の照明に反射しているが、防水仕様の新聞とは中々珍しい。

 

「『ジャムシード…日報』か?そんな星があったかな…凄い、天気予報が雨ばかりだぞ。住みにくそうな土地だな。……ん?」

 

流し読みしていたら、社会欄の下、目立たないコラムに『捕虜による外部活動中止のお知らせ』なんてものがある。所長と肩書きがついた少佐の話もついでのように書かれているが…

 

「おい、向こうの捕虜収容所にジャムシードなんて場所があったか?担当は誰だったかな。」

 

「ジャムシードですか?聞かない名前ですね。エコニアやらバンドーとかはよく帰還捕虜の話で出ますが。」

 

「…ここのところというか、この作戦中に消息不明になった将兵の中で皇位継承権を持っている貴族とか、前線視察中の物好きな門閥はいなかった筈だよな?」

 

「ええ、行方不明の中で最高階級者は…あー、フォン・ヴェークマン大佐ですね。爵位は伯爵ですが、辺境伯家の傍流です。貴族社会への影響力はあっても地方官僚に知り合いを斡旋するくらいではないかと。何か気になる点でも?」

 

「気になる訳じゃないが、少し、ね。ちょっと席を外す。」

 

彼らからの連絡が途絶えて数ヶ月、中央の方は今回ね大作戦にかかりきりで小さな仮装巡航艦が敵地へ単独潜入してるなんて事は忘れてしまったらしいが、私はそうではない。そう、沈むにしろ捕まるにしろ、ああいう任務をしていた艦を敵がどうにかして宣伝に使わないという事はそうするだけの理由があると言うことだ。新しく作られた捕虜収容所、それなのに向こうからの公表もない。戦争犯罪人としての拘束ならそれこそ大々的に宣伝に使うはずだし、VIPが捕まった訳でもない、となると何かあるな。戦功章の勘でしかないが、何かあるはずだ。

 

ーーーーー

暫く後 フェザーン本星高等弁務官府

フォン・ライネファルト技術中佐

 

「反対側じゃあ君のお仲間が大攻勢をかけてるというのに、優雅なコーヒーブレイクとは羨ましい限りだね。」

 

花の軍工廠の技術担当部門からフェザーンの敵技術観測担当官という閑職に回されて、更には嫌味な上司ことレムシャイド伯爵に文句をつけられるんだからやっていられない。そもそもあの練習艦の改造に関わってからこの方不運続きだ。急な転属に加えてこの前は財布をすられるし…

 

「はい、伯爵閣下、いえ、これでも小官は仕事中でありまして、日々他の駐在武官が命をかけて収集してくる情報を集めて…」

 

「そうかそうか。フェザーンに来た軍人は皆同じようなことを言い始めるな。言っておくがここはある意味反対側の最前線より敵に近いとも言えるんだぞ。向こうは数光秒離れていて至近距離かもしれんが、こっちの敵は数ブロック先に旗まで掲げている。それなのに、はぁ…」

 

それぐらいの事は世襲官僚にわざわざ言われなくても分かっている。「そう言っても仕事が無いんだから仕方ないじゃないか」とは爵位の上でもあり、職位の上でもある伯爵には言い返せないし。何かうまいことこの場を逃れる手はないものかな。

 

「中佐!…伯爵閣下もおられましたか。駐在武官は詰所に集合との伝達であります。」

 

ありがたい、これで小うるさい上司とはおさらばできる。が、今後は休憩場所を伯爵が通りかかるか通りかからないかで選ばなきゃならないな…

 

ーーーーー

 

狭い駐在武官詰所内は煙草の煙で霞むくらいだ。行けば既に連絡が始まっているようで、武官長の大佐と実務大隊長が額を突き合わせている。

 

「また工作艦を仕立てろ、ですか?しかしこの前の航路局警備隊の臨検体制強化の件もあります。大作戦中ですから叛乱軍の方の動きは鈍いかもしれませんが…危険ではないですか。」

 

「意見でも何でも情報Ⅲ課、即ち軍務省からの直接命令だからな。いつもアイツらは真意を隠して指図してくる癖に「出来ませんでは良心が無い」なんて言ってくるから嫌われているんだ。」

 

「…それで、工作艦を出してまた電波でも発信して帰ってこいと?」

 

「いや、今回は違うそうだ。向こうが言うには、だ。「ジャムシード」についての情報を出来るだけ集めろ。そう言ってる。つまり今度は電波を発信する側ではなく、拾う側になれと言うことかな。」

 

「わざわざ工作艦を出してまでやる事ですか?叛乱軍の有人惑星の情報なんて、それこそ自治領主府にでもかけあってやれば情報くらい出るでしょうに。」

 

「それでは不十分だって話なんだろ。全く現場の苦労も知らないで…」

 

どうやら議題は私をフェザーンに飛ばした情報部の連中がまたもや無理難題をふっかけてきた話のようだ。こういう時は貧乏くじを引くのを避けるためにも黙っているのが一番。

 

「…!ライネファルト中佐!いたのか。」

 

迂闊だった。こういう煙が充満してる部屋の隅というのは逆に目立つものなんだ。

 

「貴官は確かまだ工作艦への乗組経験がなかったな?」

 

「はっ、しかし、小官は工作艦どころか一般の戦闘艦の乗組経験も皆無でありますから…」

 

「それはどうでもいいんだ。逆に変な癖がつかなくていい。どうだ、乗ってみないか?」

 

軍隊と言う謎の組織において、「〜してみないか?」とか「〜に興味はないか?」のように上官から聞かれた場合、それはつまり「〜をやれ」というのと同義だ。我ながらとんでもない職に就いてしまった。

 

「はっ、何事もやってみる価値はあると思います。」

 

「いや、良かった、肩の荷が降りた。じゃあ決まりだな!運用などの引き継ぎは大隊長からしてくれ。」

 

肩の荷は降りた訳ではなく、そっくりそのまま、いや、重さを少々プラスして私の肩に乗せ替えただけなんだが…

 

続く

 

 

 

 

 




フェザーン高等弁務官のレムシャイド伯は正統政府首班のレムシャイド伯の先代です。ああいう職まで世襲されるのかは分かりませんが、ラインハルトさんがすぐには更迭できないくらいの地縁というか、フェザーンに根ざした何かがあるかなとか思ったので世襲で高等弁務官やってる事にしました。

今回もご意見ご感想お待ちしております

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。