では、どうぞ。
帝国暦453年11月13日 ジャムシード第1捕虜収容所
フォン・オイレンブルク中佐
「昨日の大捜索はどうだった?」
「大丈夫です。囮用に用意しておいたものを除いて肝心なもの、痕跡、トンネルその他全く見つかったものはありません。つまり我々は清廉潔白、捕虜らしく暮らしている模範的かつ規律的な帝国兵捕虜という訳で。」
「はは、寒くなってきたからな、猫の皮を十重二十重にかぶっていれば凍死はしなくて済むだろう。…が、それにしても考えが甘かったな。ちょっと考えれば分かる事だっただけに腹が立つ。」
「収容所の誰も思い至らなかったんです。宇宙暮らしが長いと概念自体忘れるものですし、情報が足りなかったので仕方ないといえばそうですが…」
そう言った大尉は窓から見える営庭を恨めしそうに眺める。その様子はまさに銀世界と言ったところだ。ここは雨の星、降水量が多いという事は冬には雪が降るくらいの事は予想できて然るべきだったのに、何故か意識が抜け落ちていた。雨がよく降るならこの星は軍用犬の鼻が使えなくなって好都合だという位に考えていたが、この雪では軍用犬の鼻どころか人間の目でも脱走後の行き先が分かってしまう。
「…いつになったらまともな地面になるか、だな。」
「世間話程度の情報ですが、早くて2月の後半、遅ければ4月まで雪は残るかも知れないとの事です。空からの水が雨になれば溶けるのも早いかもしれませんが、正確な事はなんとも。」
本来の予定なら冬の寒い最中に脱走を決行する予定だった。冬服なら作業服を改造したような少々ごわついていたりするものでも見た目でかけ離れてはいないし、夜が長い季節を選ぶのは暗さを味方につける計画としては半ば当然だと思っていたからだ。
「4月か…繕ってる平服の方はどうするかな。春物みたいに作り替えるか、早めの雪解けを願ってこのまま進めるか。」
「難しい所ですね。…ただ、やはり春服を作るとなると、もし冬のうちに機会が到来とあっても見送らねばなりません。春の初め、夜間であればコートもそれほど不自然では無いでしょうし、叛乱軍の軍服だって衣替え前ですから、折角繕ってるんです。士気の面から考えてもこのまま進める方が良いのではないでしょうか。」
「そう、だな。うん。ではこのままいこう。…そういえばツァーンがやってた例の物の活用法を考えるって話はどうなってるんだ?」
「奴は色々考えてますがね、今回ばかりは上手くいかないと思います。食べられもしない、何かの手違いで異常な量届いたピンポン球を脱走に使おうなんてのは土台無理でしょう。監視員の中にだって嗜好品でもない樹脂製のボールを欲しがるような変人は居ないでしょうし。」
「あんなものを是が非でも欲しいなんてのはそれこそ5歳児くらいなもんだろうしな。有り余っているものといえばあれくらいだから何とかならないかと思ったが…」
雪がちらついてこの方、完成間際の2本のトンネルを前にして脱走計画は頓挫してしまった。人間という動物は何かやる事がなければそれが例えどんなに訓練を積んだ軍人であろうとも緩むものだからその「やる事」を見つけ出すのも一苦労だ。
「今やってるのは営庭の雪かきに赤杖の仕分けに、やってる事は軍人らしからぬ肉体労働だからな。」
「軍人の仕事がそれだけになるような世の中になればいいんですがね。」
「いいのか?そうなったら君は財務尚書の家に婿入りだ。案外あの…布一枚の、何というんだったか…トーガ?似合うかもしれないぞ。」
「……やっぱり考え直しましょうか。」
…軍人の存在意義が無くなった世界など人類が文明を生み出してからこっち、実現した事はないが…それでもそんな時代がいつか来るのだろうか。
ーーーーー
宇宙暦762年11月29日 ジャムシード宇宙港
A・ビュコック少佐
この雨の星駐在の軍人の仕事とは何か。一つ、収容所の管理業務、それはそう、それが我々がここにいる理由の最大のものだ。二つ目、ホームガードの訓練。これも大切なものだ。国民皆兵というと民主国家らしからぬ響きになるが、同盟市民がある程度までの共通認識を持っていてもらわないと緊急事に困る。その他にも色々、挙げればキリが無い位にはある。だが、今日の仕事は絶対に軍人の仕事じゃない!
『『『地球は我が故郷、地球を我が手に…』』』
『おい、いつから同盟軍はあんな怪しい宗教とズブズブな関係になり始めたんだ?』
『ズブズブというか…一応デモの趣意書によれば宗教的行進ではなくて宇宙全体の平和を訴える…って事になってますが。』
『ものは言いようだな。そんな理由で軍やら官憲の警備をもぎ取れるんならそのうちストリップクラブを我々が警備しなくちゃならなくなるぞ。ああ最高だな!』
『ははぁ、確かに…何とかは世界を救うって言いますしね。』
『…例え話に大真面目に納得するんじゃない。第一なんだアレは。人類が宇宙に飛び出して何百年、今更地球なんて知らない人間もいるんじゃないかって時代だぞ。』
『フェザーンの方の小規模平和教団だって聞きました。その、地球がうんたら言ってるって事はスーパー懐古主義団体って所でしょう。』
『スーパー懐古主義団体ぃ?ますます嫌になってくるな、帰ったらダメか?』
『一応フェザーンの民間組織ですから、この前の愛国旅団みたいな『帝国語を使う奴は皆敵だ!』とか言う懐古主義団体より危ない団体による襲撃がないとも言えません。そしたらフェザーンがまたうるさくなる事は間違いないでしょうし…』
『なるほど、結局、我々同盟軍が守っているのは自分達の国民ではなくて、その分厚い面子と謎のプライドや建前って訳かね。』
それにしても、この間からの赤杖の慰問団の件もそうだが最近この星に外部からの干渉がやけに多い気がする。自分自身赴任してまだ1年未満だからはっきりとは言えないが、何かあるような気が…
ーーーーー
『貴方が少佐さんですか?』
『平和のために祈るデモ行進』と銘打たれたシュプレヒコール祭りが終わった後、出来るだけ早く本来の業務に戻るために忙しくしていると、急に背後から嫌に高い声をかけられる。振り返れば、デモの中に混じっていた特徴的なローブを被った…女性?
『ええ、マダム。確かに私は同盟軍の少佐を拝命している者ですが?』
『ああ、よかった、あのお若い将校の方が責任者は貴方だって言うものですから。』
…ヴィドック、マイナス15点。
『マダム、責任の所在範囲は刻一刻と変化するものでしてね、私の職掌範囲は…』
ただでさえ面倒な宗教集団にこれ以上関わられたらたまったものじゃない。信教の自由はいいが、押し付けるなり無理に勧誘されるのは趣味としては悪趣味にすぎる。さっさと行ってくれないかな…
『そうですか。収容所、捕虜に関するお話だとしても…?』
『言っておきますが、収容所内部は基本的に関係者以外立ち入り禁止となっています。もちろん私としても捕虜の信じる宗教やらについては保障してやりたい事ではありますが、布教活動の許可となると一少佐の権限を超えています。帝国兵や亡命者に関する事ならハイネセンに然るべき部署がありますので、そちらにお問合せの程、よろしくお願いします。』
我ながら教科書を読み上げたような完璧な対応だ。向こうには慇懃無礼だと感じられるかもしれないが、こっちとしては丁寧にやった。うん、やった。
『あぁ、そういうお話では無いのです。これは貴方の将来や同盟軍全体の趨勢に関わるかも知れないお話でして、我々としては善意からの情報提供なのですが。』
そう口角を上げて微笑む。なんだ、妻帯者相手に色仕掛けが通じると思ってるのか。だが…
『…では、前置きやらは無しにしてどうぞ。車がありますので、こちらへ。』
一体なんだというんだ。これで地球を同盟が奪還しなけりゃ天罰が下るなんて話だったら女性だろうと我慢できるかどうか自信が無くなるが、さて…
続く
どうも、メーメルです。
ビュコック爺さんは本編で魔術師と喋ってる時に地球教初見みたいな話してましたが、まぁ30年前の一時期の話ですから、記憶の彼方だったってことで。因みに個人的に思うのは、地球教の人達って麻薬中毒顔か悪人顔しかいないんですが、勢力拡大の為にハニトラくらい出来なきゃアレだと思うんです。だから文中の女性はそれなりに美人のつもりです。まぁビュコック爺さんは家族愛が三大欲求を上回ってるイメージがあるので引っかかる事はないんですけど。
今回もご意見、ご感想よろしくお願いします。