では、どうぞ。
宇宙暦762年12月2日 ジャムシード第1捕虜収容所
A・ビュコック少佐
『資料は渡ったか?私としても考えたが、やはり情報の出どころが出どころだけに独断で動くのが憚られてな。意見が聞きたい。』
この前の…宗教団体の女から聞いた話は、最初はこちらの不安を煽り立てて心の隙間やらを作ってから壺でも売りつける為の作り話かと思っていた。が、送られてきた証拠とやらは私1人を宗旨替えさせる為にしては手がかかりすぎている。
『赤杖社とフェザーンの駐留帝国軍関係者の"親密な"関係書類に物資受け渡しについて…?それにフェザーン方面での情報活動の活発化ですか。イゼルローン方面の帝国軍は攻勢限界点に達したらしいって話が出てましたが、今度は内部から切り崩しにかかってると?』
『それなんだが、帝国側が接触を図ってるのは赤杖の地方支部らしい。で、彼らが関係してる帝国にとって工作するだけの価値がある目標といえば、フェザーン国境の弱小警備艦隊は目じゃないだろうし、残るはこっちの気も知らないで雪合戦に興じてる連中くらいなものだな。』
数日前から捕虜の間でブームになりつつあるらしい子供の遊びは白熱していて、お陰で時々こちらまで雪玉の流れ弾が飛んでくる。どうせ春には溶けるものだしいいが、いい加減飽きないんだろうか。
『脱走計画の支援ですか。でも赤杖から届くものに脱走計画に使えそうなものはありませんよ。リストと物品も合致、タオル、下着、歯磨き粉、それにボードゲームが役に立ちますかね。』
『なんでも使いようさ。火災現場からシーツを垂らして脱出なんてのはよく聞く話だし、歯磨き粉だって…いや、こういう事を考えると連中の生活を石器時代にまで戻さなきゃならなくなるな。』
『第一、定期でも抜き打ちでも脱走計画の証拠は見つかってません。私としては怪しい宗教団体の情報より我々の目の方が幾らか信用度合いが高いんですがね。』
『しかし前科というか、前のトンネル未遂の件もあったしな。完全に無いと言い切れるかというと疑問符をつけざるをえないだろう。』
『それにしてもですよ。やっぱり部下に対するメンツか何かあるんじゃないですか?一回位は脱走計画を立てとかないと臆病だとか消極的だって評価されて、後で人事考課に響く…みたいな。』
『…それはそれでなんだか帝国だけにありえないとは言えない話だな。だが他の所ではともかく、子爵の人気を考えるとそんな小細工は必要ないんじゃないか?讒言なんてのはそういう言葉すら知らなそうだし。』
『では他の動機としては何がありますかね…あー、実は捕まったのはわざとで、捕虜になった後に帝国本国側と内通して革命扇動とかをやるつもりだとか?』
『回りくどいにも程があるぞ。しかし、元から捕虜になる事を見越した作戦計画って言うのはありうるな。同盟軍も確かやった事があるはずだ。』
『ビッグXの話って本当にあった事なんですか?プロパガンダだと思ってました。』
『実際はどうだかハッキリしないっていうのが落とし所だな。脱走プラス撹乱計画があった…らしいがそれが命令の上でやった事なのか自発的にやった事なのかは不明で…話が逸れたな。でだ、証拠的には脱走計画は無い。だが胡散臭い宗教団体からの情報はそれがある事を示唆している。こんな時我々が取るべき行動はいかに?』
『フェザーンとの繋がりが見えてきたとなると問題は一収容所で対処できる範囲を超えています。シュパーラ5に報告を上げて指示を仰ぎましょう。』
『筋としてはそれが一番通りがいいんだがな…あの事勿れ主義の締まり屋が宗教団体の報告をどうみると思う?我々でさえ半信半疑な所なんだぞ。』
『では何も行動せずに現状維持ですか?それでは…』
『困る。何かコトが起こってから後悔するのは簡単だが、それでは我々が税金で食わせてもらってる意味がない。』
『いっそ正直に聞いて見ますか。『脱走をするらしいですけどどうやるんです?』って。』
『…うん。』
『冗談です。しかしやれる事は限られてますし…』
『いや、カマをかけるのはアリかも知れない。脱走についての情報は得られないまでも、少しでもその意気を挫くなり、もしかしたら計画自体を諦めてくれるというのもあるんじゃないか。』
『…自分はそうスムーズに行くとは思えません。無害な商船のふりをして海賊じみた真似をした連中が、つまり我々よりよほどカマ掛けや詐欺まがいの事に対する耐性がついてる彼らが簡単に引っかかってくれるとは楽観的過ぎると考えます。』
『それもそうか。まぁ妖怪同士の化かし合いは勝負の付け方が難しいというしな。』
手詰まりになりそうになった所でグレイ曹長が義手を上げる。
『彼ら全員をその「妖怪」と考えるのはどんなものでしょうか。人間である以上は何か弱みはあるはずですし、士官級はそういう騙りの訓練を受けていても、下士官兵には徹底されている訳では無いという事もあるのでは?』
『何か心当たりでもあるのか?』
『いや、確かに少尉の意見の通り、芝居をやってのけたのはそうですが、あの艦の全員がそうではなかったと聞いています。特に外には見えない艦載機関係の者は襲撃行動中は息を潜めてるのが億劫だったとか。それで、一つ弱みというのを思い出しまして。』
『弱みを握って強請るのは外聞が悪いが…まぁダムも蟻の穴から崩壊するというような諺もあるしな。…やってみて損はないか。』
これで何か見つかったら、それはそれで同盟軍が宗教団体に借りを作ったことになりそうな気がしてならないが、優先すべきは自分の職務だ。情報の出どころがどこだろうと活用せねばならない…因果な商売だ、全く。
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同時刻 士官棟
フォン・オイレンブルク中佐
「ふー…だ、そうだ。どうする?」
少し前にメガホンやら幾つかの電子部品を繋ぎ合わせて作った盗聴器は早速ありがたくもあり、厄介でもある情報をもたらしてくれた。
「胡散臭い宗教団体の情報ですか。まぁ、脱走計画を立ててるのは間違ってませんが、別に赤杖からの物に直接使えるものがあるかと言われると…」
「それが無いんだな。…案外フェザーンの駐在武官の誰か当たりが我々とは関係ない点数稼ぎの為にやってるんじゃないかとも思うな。」
「…帝国を過大評価してくれるのは結構ですが、それでこっちの内部崩壊なんて狙われたら敵いませんね。そういえば「義手」の言っていた弱みって何でしょうか。」
「艦載機搭乗員でそうくれば…そうだな、ケンプ曹長はまだ自分の息子に会ったことがない。普通に考えてみれば「息子に会わせてやるぞ」なんかは常套手段かな。」
「それについての対策は大丈夫でしょう。下士官兵は我々に命令されて計画に加わっている、といえばそうですが、目的は故郷に帰ることです。少し揺さぶられた位ではびくともしないと考えます。」
「それについては同意する。が、折角だし一つ撹乱に使えないかな。」
「わざと誤報を掴ませて、ですか。面白そうですな。どんな風にやりますか?」
「どうせやるならトンネルから目を逸らす以上の事をしたいな…聞いてる限り、どうやら勝手に我々とフェザーンの繋がりなんて事にまで想像力を働かせてくれたようだし、その辺りを利用してでかい陰謀を立ち上げるか!」
「所長の胃に穴が開きそうですね。掴もうとしてるのは脱走計画のはずなのに、宇宙を股にかけた作戦に巻き込まれてるとなったら…」
「それも作戦のうちさ。どうも所長だけは油断ならないからな。厄介な敵にはどういう形であれ退場してもらえればそれに越した事はない。」
「では所長の噂も流しますか?…実は我々と彼が繋がっていて、スパイじみた事に利用しているとか。」
「…そこまではやめておこうか。名誉は胃の穴と違って戻るものではないからな。」
さて、この悪巧みが雪が溶けるまでの単調な日々をいくらか刺激的なものにしてくれる結果になるといいが。
続く
胃に穴を開けることを願っているかと思えば名誉毀損には二の足を踏む、ちょっと矛盾がすぎる考え方な気もしますが、人間はそう言うもんだと思います。常に矛盾を抱えて渡るしかないんですねぇ。
今回もご意見ご感想お待ちしております。