では、どうぞ。
宇宙暦763年1月4日 シュパーラ5同盟軍哨戒基地
ヴィルヌーヴ准将
司令官室の机の上に積もる書類の山は決して自分が片づけが下手くそであるとか、怠慢が故に仕事を溜め込んでいるからであると言うのが原因では無い。この内の殆どが無駄に勤勉、かつ病的に心配性なある部下から上がってきたものだ。普通捕虜収容所の報告書なんてものはこんなに嵩張らない。
『大尉!この山まとめてシュレッダーにかけとけ。こっちは新年のあれこれで忙しい時期にこんなものに目を通していられるか!』
『いいんですか?これなんか封蝋までしてあって司令官宛になってますが。』
『どうせまた正規兵を送れだのいう要求だ。奴はどうやらオオカミ少年の昔話を聞かずに育ったらしくてな。何事も繰り返すうちに言葉の価値ってのは暴落するし、信用をなくすんだよ。だからああいう手合いがこれ以上出世するような事はない訳で、それが世の中の仕組みさ。』
我ながらいい例えができたものだ。さて、そんな些事は忘れてポマード頭向けのおべっかでも考えるとしよう。軍人ってのは忙しい職業だ。
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数日後 同盟首都星 ハイネセン
P・アッテンボロー
『くぁ…眠い。』
「収容所日報」の連載終了以来、またもや大事件もスクープもない状態が続いている。あったことといえば帝国軍が宇宙要塞を作り始めるらしいとかいう眉唾物な噂だけだ。こっちを叛乱勢力呼ばわりして討伐するって公言する連中がわざわざ回廊に蓋をして引きこもりを決め込もうなんて予算と人員の無駄遣いはしないだろうし。
『おはようございます、また朝からご機嫌斜めですか?』
『…その理由はある生意気な年下社員J君の登場にあるかもしれないな。』
『どうだか。どうせ編集部辺りに新しいネタを探すか何かしろって言われたんじゃないですか?それか夫婦間の感情のもつれ、若しくは…』
『概ね合ってるのが腹が立つな。で、そこまで分かってるんならお前はネタを持ってきたんだろうな?』
『ネタかも知れませんし、そうじゃ無いかも知れません。いわば内部告発文ですね。』
内部告発!いい、実に甘美な響きの言葉だ。まぁ、そういうものの精度には多少の問題点がある事が多いが、その辺りは文章に少し手を加えてやればいい。いや、決して切り取り報道とかそういうのではなく、一部の人間にとってはそうとも思えるかも知れない独創的な解釈をするだけだ。それをどういう眼鏡をかけて読み取るかは読み手側の責任だ。うん。
『いいぞジェニングス!で、どこからのやつだ?内容は?』
『シュパーラ5、あのフェザーンの近くの哨戒基地です。司令官と先輩が『友誼』を結んだあそこ。』
…なんだか一気に熱が冷めた気がする。
『あぁ…分かったぞ。つまり、締まり屋の司令官が物資を横流ししたとかそれくらいのレベルって事か?今時そんなの細かい事は3行記事にもなりゃしないぞ。どうせ軍内部の情報を民間に流そうってんならもっと危険なものを流して欲しいものだな。』
『他人事だと思うと好き勝手言うんですから…いいですか、内容はあの司令官に帝国との内通の疑いがあるって話です。証拠も幾つか添えるからって。』
『ほー…いいね。だけどなぁ…アレがスパイ容疑だ?そんな大それた事の出来る男だと思うか?俺がちょっとカマをかけただけで『友誼』を結んでくれるようなのがそんなバカな…』
言いながら封筒の中身を見てみると、なるほどそんなような事が書いてある。曰く、ヴィルヌーヴ准将に明確な不審点が幾つかある、例の収容所から上がってきたフェザーン情勢に関する報告を意図的に握り潰し、更には報告を上げた所長の更迭を考えている云々…そのフェザーンに関する内容というのも、捕虜からの一次情報をまとめたものでこっちからみると信頼度は高いとは言えないものだし。
『いやぁ…無理があるだろ。第一内部告発したいんなら国境艦隊の司令部なり情報部なりにすればいいのに、それを俺に持ってくる時点であんまり事態を重く見てないって事じゃないか?』
『ある意味先輩が信頼されてるんじゃないですか?突然ひょっこり基地に現れた首都の記者が、司令官との短時間の交渉だけで内部通行許可証を与えられて自由気ままに振る舞っていたとなれば、みる人間が見れば記者の皮を被った然るべき機関の査察に見えなくもなかった…とか。』
『ふーん…喜ぶべきか否かだな。面倒な事を背負い込んだモンだ…いや、いい事思いついた。ジェニングス、お前封筒ごとこれ捨ててこい。』
『…不法投棄は犯罪ですよ。』
『これは驚きだ、まだお前に遵法精神なんてものが残っていたとは。俺が国防委員長なら自由戦士勲章をやりたい所だ。…嫌なんだから仕方ないだろ。俺が軍隊批判の記事を書くのは軍隊が嫌いだからじゃなくて真の愛国者だからだ。それなのにそんな怪しい情報に馬鹿みたいに飛びついて胡乱なものを発表してみろ。そんなのは俺のプライドが許さん。』
『で、なんでプライドが許さないからこれを不法投棄するって話になるんですか。』
『それはそれ。なけなしの勇気を出して内部告発なんて事をしでかした例の大尉の意思を少しでも汲んでやるのさ。なんと言ったか、そう、こちらのドアが開けば向こうのドアは閉まるって奴。』
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宇宙暦763年1月20日 ジャムシード第1捕虜収容所
A・ビュコック少佐
『司令官が交代する?…こんな時期に?』
軍隊というのは急な転属やら昇進なんて事がままある組織ではあるが、戦死や行方不明が日常茶飯事な前線では兎も角、後方地域で特にイベントもないのに将官級が転属するというのは珍しい。
『転属というか更迭というか…ですね。表現を少し変えれば予備役送り同然ですよ。補充部隊付き兵站管理官なんて。』
『それくらいの方がキリキリしなくて逆にあの人のためで、我々の新たな上司は?』
『えー、階級は少し上がって少将ですけど、これまた曰くありそうな人ですよ。サー・フィールディング。』
『サー?』
『そこまで合わせて本名だそうで。両親が酔ってつけたんだか帝国の「フォンの称号」に憧れがあったんだか。』
『どっちでもいいが、収容所の体制がこれ以上悪くならない事を祈るよ。フェザーンと捕虜が内通してるなんて言う与太話を信じてしまうようなホームガードがこれ以上増えると困る。』
『結局その報告はどうなったんです?』
『返事はなし。珍しく体裁を整えてやったんだがなぁ。これ以上噂が広がるとジャムシード全体にとっても悪い影響が起きかねないって忠告も入れたのに…』
『他の書類と一緒にシュレッダー行きみたいな事になってなきゃいいですがね。で、フェザーンの話は新司令官殿にも?』
『まぁ、仕事だからな。前やってて反応なしだからもうやらんというのも無責任な話だし…実際ホームガードが浮き足立ってきてるのは確かな話でもある。で、そんな話が通じそうな人間か?』
『そうですね、階級は少将、士官学校の成績は中の上。戦歴は立派なもので巡航艦の艦長時代には戦隊を率いて単身突出、敵哨戒戦隊の撃滅に成功して殊勲記録に記載あり、他にも…』
『前線勤務での果敢な行動で殊勲章ね。そういう成功体験があると私みたいな『弱腰』は印象悪く見えるかもな。』
『確かに見ると慎重派って評価は無さそうですね。だからこそ我々みたいな縁の下の力持ちが大切だって思ってくれてるタイプだといいんですが。』
『そんな将官は少数派だろう、今どき。それぞれの専門家といえば聞こえは良いかもしれないが、縦割り体制ってのはだからいけないんだ。もしかしたら辺境なのを利用して捕虜を『無かったこと』にしろなんて言ってくるかも知れないぞ。』
『そんな!』
『いや、それは言い過ぎか。ちょっと捻れば名誉毀損だしな。だが体制変更ってのは何が起こるか分からないからな。何が起きてもいいようにしておくに越したことはないだろ。とりあえず…』
『なんです?』
『謎の雪像作りは捕虜だけにやらせておくように言ってきてくれ。なんで仕事以外のことになるとみんな急に元気になるんだ…』
続く
ヴィルヌーヴ准将がなんで転属になったかは色々あったんじゃないですかね。ジェニングス君は先輩に言われた通りに書類丸ごとバス停のベンチ裏に封筒ごと置いてきたらしいですが、次に見たら無かったって言ってたので誰の手に渡ったのか…詳しくは一部の人しか知らないと思います。
今回もご意見、ご感想お待ちしております。