宇宙暦763年2月12日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地司令官室
A・ビュコック少佐
『しかし司令官、お言葉ながらそれは統合作戦本部の方針に背くことになるのでは?』
『うん。だが、少佐。君から上がってきた過去の報告、今の収容所の状況、それらを考え合わせるにこれが最も効果的かつ即効性のある解決策だと思うがね。』
『最初に私がタン中将から伺った話では、ある程度の経済基盤がある星に置けば捕虜の不満やらも抑えられるということで…』
『その効果は認めるよ。確かにそうだ。が、実際最初の方はやっていた柵外作業は中止状態、それも原因は脱走計画からじゃないか。で、これまで起こった事件…リーダー格の捕虜の誘拐やらホームガードが流言に踊らされる問題なんかについては、私は君の管理責任を問うつもりは毛頭ない。だから…まぁ言ってしまえば民間人が近くにいるから発生したと言えるな。』
『だからと言って最初の大前提から外れるのは如何でしょうか。』
『その前提とかいう奴だがね、そもそもの話、捕虜の管理体制というのは『心地よい同盟の風土を楽しんでもらうようにする』事じゃないぞ。そりゃあ確かにそういうやり方の方が効く場合もある事はそうだが、今回に限っては観光旅行気分で絆されるような連中じゃないんだろ?そうなると前提は『脱走させないように管理する』になる。しかもそれはタン中将の指針とも矛盾しない。結果としては逃さなければいい、情報を持ち帰らせなければいいんだからな。』
新しい基地司令官、即ち上司たるサー・フィールディング少将が収容所をどうするのかと思っていたら大胆な解決策とやらを提案してきた。つまり、ジャムシードからの収容所の移設だ。
『もちろん費用やら何やらの事は君の心配する所ではない。一応こっちで選定してある候補地が幾つかあるが…これなんかどうだ、ジャムシードと同じ星系の中の衛星だが、ここなら鉄条網や監視塔なんてものを建てる必要もない。警備すれば良いのは宇宙港…といっても滑走路1本だけだが、ここだけだ。君や収容所スタッフの負担は軽くなるし、ホームガードみたいな連中の体たらくに悩む必要もなくなる。』
そういって机の上に映された立体映像を指差す。確かにその通り、反論のしようもないほどの正論だ。だが…
『分かります。が、それでも捕虜を何もない星に置いておくだけにするというのは人道上少し行き過ぎではないかと思います。』
『ふーん…私としては捕虜交換による解放の見込みのない捕虜についてはどのような生活環境だろうと人道主義などとはもう関係ないような気がするんだがな。プール付きの豪邸だろうと何もない荒野だろうと、どっちにしろ敵地で自由を奪われている身には変わらない訳で、その時点で君の言う人道に悖る行為を我々はやっているんではないかね。言い方は悪いが、サファリパークか動物園かの違いだよ。』
『やっているからこそ、やっているからこそ少しの慰めというか、そういった自己満足が我々には必要ではないのですか。それが偽善であろうとも…』
そう反論すると、司令官は椅子をくるりと回して背中を見せる。…前の准将だったらこうなると数秒後には怒鳴り声が飛んできて『退出してよろしい!』だったが…
『必要か。少佐、君は案外ロマンチストの気があるのかな?確かに戦争なんていう非日常…いや、もう同盟の全国民にとっては産まれた時からそうなんだが、人類としては望むべからざる状態に置かれている今、そういうのは支えにはなるかもな。しかし、私は違う。いや、君の考え方やら人生観やらを否定するつもりはないんだ、だが、軍事的ロマンは時に危険だと言うことは覚えておいて欲しい。考えてみれば向こう側の王朝なんかはそれが凝り固まってできたものだとも言えるんだからな。』
正論というのは手強いものだ。全くもってその通り、感情論や下手なロマンチシズムが入り込む隙間もないくらいな論理には頭を下げざるを得ない。
『はい、良く理解しました。…収容所の件は決定事項ですか。』
『9割方そうなる。君に今日来てもらったのは捕虜の移送の手配について話したかったからだ。責任者に事後承諾を取るのはまずかったかな?』
『いえ、軍隊とはそういう所ですから。』
これで様々なトラブルの根が絶たれる事に繋がるのか、はたまた新たなトラブルの火種を生む事になるのか…前者だといいんだが…
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帝国暦454年2月16日 ジャムシード第1捕虜収容所
フォン・オイレンブルク中佐
『急な話だな。引越しかね。』
『はい、第1陣の出発日時は10日後になります。引越し先はまだ言えませんが、私物やらを引き払う準備はしておいてほしいと言う事と、そうですね、この土地はまた星の行政府の管理下に戻る事になりますから…将来的に児童公園にでもなった時に陥没事故なんかが起こると危険ですね。』
『そうか、では部下への伝達だけはしておこう。立つ鳥跡を濁さずとも言うしな。』
所長はじっと私の目を見るとそのまま出ていってしまう。アレくらいのくすぐりはもう慣れっこだし、それについてはいいとしても…さて、面倒な事になってきたな。
「…緊急事態でいいだろう。」
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同日深夜
「ハインリヒはやれます。ですが、リヒャルトは…10日では無理があります。」
「だろうな。…1本で全員が、いや、最悪士官と准士官は除いて脱出可能な時間は?」
「レールは単線しか敷いていませんし、延々列を成して中を這っていくのは逆に時間のロスで、空気の問題もあります。そうなると200人…集合の手間を含めても一晩では間に合いません。完全に日が落ちて暗くなる時間帯で計算するとどう急いでも全員は…」
無理な事をしっかり理由をつけて無理と報告出来るのは賞賛すべき事だ。ここで「それでもなんとかしろ」なんて事は言えない。
「そうか。約束を反故にはできないからな…」
「移送されるというなら好都合です。途中で船が奪えればそのままどこへでも帰れます。」
「所長は第1陣とか言っていたからな。小グループで分けて運ばれるんだろうから途中での反乱は難しい。指揮統制の問題もある。」
「では延期ですか。」
大尉が少し、いやかなりの失望感をたたえた目で言う。他の者も言葉には出さないにしろ、数ヶ月間溜めてきた故郷への希望がこういった急激な形で打ち砕かれるのは辛い、いやそれ以上の感情があるだろう。
「…移送先は不明だ。そもそも私が脱走を考えた理由はここが帝国に近いジャムシードだったからだし、これで次の収容所がそれこそ故郷から1万光年の彼方なんて羽目になれば成功する可能性は大分減る。ゼロになると言っていい。」
「だから我々は今、この場から、ジャムシードから逃げねばならない。いや、ここに至って逃げるというのは消極的に過ぎるな。前へ向かって逃げるんだから…転進か?」
そこで話を切り、ちらりと次の話の主題になるべき人物に目をやると、その端の方で立っていたバウディッシン中尉は何かを掴んだようで、表情に赤みが差してきている。
「装甲擲弾兵は十分お役に立てる状態にあります。トマホークやブラスターがなくても軽い塹壕陣地くらいなら突破してみせます。」
「結構、現在までで備蓄できている物資は?」
「平服やら身分証やらは全員分準備ができています。当面の食糧も十分。しかし、突破となると武器は心もとないですが。」
「殺すとな、向こうも引っ込みがつかなくなる。武器は見掛け倒しのものが有ればいい。あとはやり方だ。人質を取るのが手っ取り早いが、所長は少佐だしな。叛乱軍が我々の捕縛と下級佐官の命を天秤にかけて絶対後者に傾くというのは楽観に過ぎる。」
「いっそ星の権力者辺りが居合わせてくれれば良いんですが。」
「そう上手く転ばないだろうな。何とか収容所内部だけで突破を成功させて、街に潜り込むしかないだろう。外部との連絡手段を最初に押さえて、ここを孤立させることからだな。」
さて、パンの事はパン屋が一番詳しいものだ。細かい事は中尉が上手くやってくれるだろう。私のやるべき事は…祈るくらいかな。
フィールディング少将の人物像としては現実主義者で民間人は守らなきゃいけない存在だけど、だからこそ黙っていてほしいみたいな考え方をしてる人です。某記者との相性は悪そうですね。
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