今回からやっと同盟領に入ります。よかったよかった。
帝国暦452年 12月24日 ゾンタークスキント艦内 オイレンブルク中佐
全くひどい宇宙嵐だった。航行不能宙域に突っ込んでしまったんではないかと思うほどの規模だったと思う。おかげで一時的に艦内空調が止まって蒸し焼きになる所だった。だが、苦難の後には必ず幸福が訪れるものだ。我等の眼前に広がる広大な宇宙。今いる場所全体が我々の狩場であるのだ。叛乱軍の国境艦隊などの姿も見かけない。ザル警備とはこのことだ!
「素晴らしいだろう、諸君!演技指導は無駄だったかもしれn」
「3時方向、プラス40度に反応、接近中の艦影あり!距離、遠距離!」
余裕の台詞はシュタールス准尉の報告でかき消される。最初の獲物がかかったのかと、艦長席の下に隠されてある「襲撃部屋」と呼んでいるスペースに入る。ここには強行偵察艦に搭載されているような超高倍率の拡大装置があり、これなら接近してくる船の詳細を目視で確認できる。
「どれどれ、記念すべき最初のお客さんは、と。」
ーー淡い緑色一色に縦長の機関部、全方位に突き出た通信アンテナと、艦後部の特徴的な純水タンク。それに艦首に6門のビーム砲。ーーー
あれは…敵の巡航艦だ!
「警報!!接近中の艦艇は敵の巡航艦!」
大丈夫、バレているのならば最大戦速で向かってくるはずだ。しかも単艦行動だし、こちらの正体は現時点ではまだ露見していないとみていいだろう。艦内放送のマイクを取る。
「全艦に告ぐ、当艦は間もなく敵と接触する。諸君らには冷静な対応を期待する。まず、"フェザーン人"以外の乗員は全て所定の位置に隠れる事。貨物になりきって物音一つ立てるな。もし露見した場合は全火力を集中して敵の戦闘力だけでも無くして逃走する。機関科と砲術はいつでも最高の仕事が出来る様にしておくこと。それからツァーンは女装だ。君は船長夫人の"ジョゼフィーナ"なんだからな!」
数分後、艦橋モニターにも拡大すればわかるレベルにまで敵艦が近づいてくる。もう敵艦砲の射程距離内だ。もし今砲撃されたらシールド展開機構のない我が艦はひとたまりもない。
「敵艦、交信を求めてきました。」
「よし、音声回線のみ開け。後ろの連中はフェザーン訛りでの会話を忘れるなよ。内容はなんでもいい。」
「回線、開きます。」
『こちらはシュパーラ星系哨戒戦隊所属の巡航艦、イソタケル。同盟軍基本法第26条に基づき、貴船への臨検を要求する。機関を停止して、こちらの指示に従え。』
『了解した。機関を停止、現在位置を固定する。だが理由を聞かせて欲しい。』
『それについては移乗するこちらの担当者が説明する。暫く待たれよ。』
と、通信が切られる。
「大尉、同盟軍基本法第26条の内容はなんだったかな?」
「少しお待ち下さい………ありました。えー、『1.臨検機能を有する同盟軍軍艦は、艦長又は当直責任者の判断により不審船舶への停船、移乗の呼びかけを行うことが出来る。これに従わない場合、敵対行動又は犯罪活動中と見做し、3回以上の万人にわかる形での攻撃警告の後、攻撃が許可される。2.臨検により、不審な物品や人物が発見された場合は、艦長若しくは三科長の判断によって当該船舶の航路又は目的地の変更を申し渡す事が出来る。これに従わない場合、当該船舶の責任者及び運行能力者の拘禁が認められる。』とあります。」
「大体は我が方の軍法と同じか。即時撃沈じゃないだけ向こうさんの方が有情かな。」
また少し経って、巡航艦が隣につけ、シャトルが発進するのが見える。どうやら敵の艦には接舷機能は備わっていないようだ。仕方ないので誘導ビーコンを出してやる。シャトルが着き、気密室が開くと、10人ほどの兵士の中から20歳そこそこに見える士官が前に進み出る。
「あー、ご協力を感謝します。私はヴィドック准尉といいます。こんにちは。今日は…」
『…同盟語で結構ですよ。士官さん。独立商人で食わせてもらってる以上、フェザーン人に同盟語を喋れない者は殆どおりませんし、その方がスムーズでしょう。』
『え、そうなんだね。ありがとう船長。経験がないもので…』
ゴホン、と咳払いを挟み、
『えーまずは、この船は武器・麻薬・商品としての人間は積載していないだろうね。』
『もちろんです。真っ当なフェザーン人は真っ当に稼ぐことで信頼を培うものですから。これが積載物のリストです。』
『ありがとう。それと、不躾ではあると思うが、少し船内を見せてくれるかな。』
『ええ、どうぞ。こちらへ。』
大丈夫だ。相手は新米のようだし、こちらを特別視している雰囲気も感じられない。だが、それならなぜわざわざ平和な旧式貨物船に臨検なぞするのだろう?
『ご苦労様ですな、士官さん。ところで、最近は交通違反の取り締まり月間でしたかな?』
『ああそうだ。理由を説明しなきゃいけないんだった。すまない船長。ここ半年、"向こう側"からのフェザーンを通さない亡命者が増えていてね、理由が帝国の圧政を逃れる為ならまぁ、いいんだが、どうやら最近増えているのは政争に敗れた末の奴等らしいんだ。そうなると来るのは向こうの貴族様連中だし、そういうのは大体護身用だとか財産だとか言って私兵や…向こうでは"農奴"って言うんだったか、身分証もない人を連れてくるもんだからね。こちらとしては、はっきり言って措置に困るんだ。だからそういうのの事前説明だったり、もしなら亡命拒否なりをする為にこういう事をしてるんだ。分かってくれたかな?』
なるほど、そういえば今年、リヒャルト皇太子が急に廃嫡されたという話があった。消息不明になった門閥連中はどうせ社会秩序維持局がいつも通り行方不明にするなりしたかと思っていたが、亡命するような勇気のある奴もいたんだな。我々には迷惑この上ないことだが。
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そのあと、兵隊を3、4人艦橋に残して船倉を見回ったり"我が愛しのジョゼフィーナ"に会って顔を赤くしたりしながらやっと気密室の前に戻ってきた。ツァーンは「こんにちは、お若い士官さんと兵隊さん。」などと言って愛想を振りまいていたが、正体を知っているこっちからすると可笑しくて仕方がなかった。ヴィドック准尉の方も、イントネーションが少しおかしなフェザーン訛りで
「美しい女の人、ありがとうございます」と言っていた。どうやら本当に騙されてくれているようだ。こんな事じゃこの後どれほど女に苦労するか知れないが、そんな事を忠告してやる義務も責任も私にはない。
『では船長、書類も、安全運行基準も全てOKのようだから、航海を続けてよろしい。今日はご協力ありがとう。あー、「さようなら」』
『ええ、士官さんも、また縁があったらお会いできるといいですな。』
気密扉が閉まり、シャトルが離れていくと同時に肩の力が抜ける。全く常にニコニコして腰を低くしているのは精神にくる。だが、今度こそ苦難は終わりだ。さて、艦橋に戻ろう。
「お疲れ様でした。艦長。大丈夫でしたか?」
「ああ、大尉、なんとか切り抜けられたようだ。そっちはどうだったかね?」
「ええ、兵隊の方はロクに調べもせずに愚痴やらをこぼしていっただけです。どうやら司令部の副官がまともなのになったから仕事が増えたとかなんとか。『アレクのおっさん』とか言ってましたが。」
「敵が勤勉になるのは面倒な事だな。だがあの青二才が"安全通行通知"とかいうのも置いていった事だし、しばらくは大丈夫だろう。」
「敵艦、離脱します。」
「幸運な航海をとでも送ってやれ。できるならもう二度と会いたくないがな。」
一難去って、もう一難が去った。次こそはツキの方が寄ってくるだろう。海賊稼業の本格始動だ!
続く
12月24日は今でこそクリスマスイブですが、銀英伝時代にはキリスト教が衰退している事もあって、祝い事なんかはやらないんでしょうか。何故か残っている描写があるのが、「千億の星、千億の光」中の精霊降臨祭(ペンテコステ)の日なんですが、それをやってるという事はクリスマスも意味がわからないまま残っている可能性はありそうですね。
途中で出てきたアレクのおっさんはこの時代だと35歳くらいのあの人です。再登場はあるかもしれませんし、このままひっそりと死に設定になるかもしれません。
今回も、ご指摘、ご感想、ご意見などお待ちしております。
6/23追記・准尉の語学力を上方修正しました。