青雲、限りなく灰色へ 作:うるち米
「いやあ島長がいうちょったけん、珍しい客さね~」
「客……って言うよりは、これからの住人なんですけどね……」
飛行機を降り、空港で待っていたのは迎えの老人だった。一応話には聞いていたので、誰かはすぐに分かった。
というのも、空港を降りた先は自然に包囲された山中であり、私と同じ飛行機に乗っていた先の老婆以外に人は存在していなかった。
予想してはいたけれど、ここまで静かだとは思わなかった。本当に200人も人口もいるのだろうか? 怪しくなってしまった。
「そういえば姉ちゃん、ウマ娘やろ。何でこんな島に来よっと? おいちゃんが言うんも変ばってん、何もない静かな場所ぞ」
「……何もかも、嫌になったから……かな。一人になりたかったのかもしれないねぇ」
「うはは、若もんが変なことばいうもんじゃなか!」
私を軽トラの荷台に乗せ、ゆっくりと細道を走らせるその老人が、突然私に会話を吹っ掛けてくる。
今日初めて知り合ったというのに、結構フレンドリーに接してくる。これもまた田舎の良い所の一つなのだろうか?
でも確かに、この時の会話を私は一度も嫌だと思わなかった。寧ろどこか楽しんでいる様な感覚さえ覚えた。不思議だ。
自然と、私がトレーナーと初めて出会った時の頃を思い出す。『芦毛は走らない』とさえ言われていたにも関わらず、あの人は真っ先に私をスカウトした。
理由を聞いた、その時返ってきた答えを、私は今も覚えている。
『変なこと言わないの、私は君が気に入ったからスカウトしにきた、ただそれだけの事!』
『芦毛なのに?』
『そんなの関係ないよっ』
最初はその言葉に疑心を覚えた。負けが続いて、向こうから私との縁を切ってくるに決まってるだろう、と。
それでもあの人は、私が負けてもずっと付き添って、改善策を考えてくれた。周囲から馬鹿正直と言われてしまう程に、その表情は熱心そのものだった。私を勝たせようとする心持が感じられた。
その日々を来る日も来る日も続けた結果、私は遂に重賞で1着を勝ち取る事が出来た。当時のあの人の表情は、感無量と言った感じに涙で濡れていた。私も遂に悲願を達成したんだ、と一緒に抱き合いながら泣き喜んだものだ。
この人の為なら、私は何度だって走ってやる、楽しく走ってやる、喜ばせてやる。そういう感情が何時しか無数に湧きあがり、トレーニングも適度に頑張った。あ、本気にじゃないよ? さすがに本番以外で疲れるのは嫌だからね。
そんな時に襲い掛かった今回の大きな骨折。立ち直れって言う方がなかなか難しい話だろう。
「……それにしても、静か故ののどかさだね、ここは……」
「そうじゃろそうじゃろ? 今日天気は快晴じゃけ、何時も以上の良い景色ぞ?」
「快晴、なのかな」
何でだろう、私にはただの晴れにしか見えない。曇り空が少しだけぼやけて見える、ごく普通の晴れ。
セイウン、なんて名前を持っているのにもかかわらず、晴れと快晴の区別も分からないんて、自分でもどうかしてると思う。
その事実に少し悔しい気持ちはあるが、今となってはどうでもいいことだと言って開きなおる。
「何で疑問に思うと? 雲一つないから快晴じゃろ、分かっとらんねえ」
「雲……ありませんか? 一つ、二つ……程」
「無い無い、そがん少なければ無いのと一緒。難しく考える必要はなかっとぞ」
「……そんなもの、なのかなあ」
田舎の常識というのに慣れるには、まだまだ時間を要しそうだ。この時点で意見が食い違ってしまうのだから。
いや、もしかしたら私以上の呑気な田舎人だからこそ、こういう細かい事は気にしなくなっているのかもしれない。
レースでは、曇りが数点確認出来たら快晴ではなく晴れだ。そういう常識は、田舎には関係ないのだろう。不思議と羨ましく感じてしまった。
その会話以後ずっと空を眺めていた私だが、突然車が止まり、荷台の淵に背中が勢いよく衝突する。
「ぐえっ!?」
「おいちゃんはここまでだ。ここば右曲がって真っすぐぞ」
「……あ、ここまで有難う~……ぁ、ございます」
「ははは、敬語はいらんと。これからの島仲間じゃけん、仲良くばしよっと」
そう快活に告げ、彼は軽トラを走らせ去っていった。それを見送った私は、改めて周囲を見渡す。
砂浜には海が波打ち、そよかぜがぴゅ~と吹いて私のこめかみを夏日の風鈴が如く小さく揺らす。これから幾度となく感じるであろう心地のよさだ、今の内に沢山味わっておきたい。
とはいっても、引っ越しの身となれば時間は余り残されていない。荷物の運び出しに島長へ挨拶、中学の手続きに……やる事が多い。
まさか母も、私の面倒くささを分かって承諾したのだろうか? いやまあ、自分から決めた事だし、別に問題ないのだけれど。
「とりあえず、自分の新しい家に行こ」
***
「荷物はこれで以上になります」
「うん、有難うね~。中に入れるのは……いや、さすがに自分でやるかな」
「ほんじゃ、そしたら~」
運送便の人が去った後、私は自分の荷物を眺めるが、こうしてみると自分ってあまりこだわりってものがないんだなってことを再認識する。
質素なベッドに机、本棚に装飾品。うん、普通だなあ。いやでも、それが自分らしいってことだし、別にどうでもいいのだけど。
「よっ……し、じゃあ運ぶとするかな。……あ、家の鍵聞くの忘れてた……」
「鍵ならここにあるよ」
「うわっ!? ……えっと、誰?」
「ああすんません、最終確認してましてね? ここの島長です」
「あ、島長さん、か」
突然横から声をかけるのは心臓にに悪いので今後止めていただきたい。もしかして今まで私が横から声かけた時のスペちゃんの心境もこんな感じだったのだろうか? だとしたら少し申し訳ない事したなあ。
それでも島長さんはニコニコ笑顔を絶やさず、家の扉へと歩み寄って鍵の開けかたをさらりと伝授する。古い家とのことで、無理に開けようとすると壊れてしまうらしい。
「はい、これが鍵」
「ど、どうも……」
「便所は和式、浴室はバランス釜式だけど、大丈夫?」
「便所は大丈夫だけど、バランス釜って……何?」
「じゃあ軽く教えておこう」
古びた家屋の中へと入り、浴室へと案内されるが、私はその光景を一目みた時から圧巻された。
まさに見た目は現代とは思えない風貌だった。小さな浴槽の隣には、長方形型の機械が設置されており、その歪すぎる形は、恐らく都会の人だと実際に見るのは初めてだって言う人が殆どだろう。
だが見た目に反して使い方は案外簡単そうでよかった。回して火をつける、と言った事だけ覚えておけばいいのだとか。火をつけて湯を沸かすという点は、いかにも古い何かを感じさせて風情が良い。私好みだ。
「……何かあったら、おいに何時でも相談してくださいね。都会から来て、かつ珍しいウマ娘となったら、島民もわらわらやって来るでしょうし」
「ですよねぇ。まあ、多分大丈夫だよ。きっと、最初だけでしょうからね」
「そう? なら安心だけど。それじゃ、失礼するよ」
なんか色々と嵐のような人だったなあ、と小声で漏らしておく。
「……でも、静かでいい所っぽい」
畳にごろんと寝転がり、木製の天井を仰ぐ。トレセン学園では絶対に味わえないようなこの古びた光景、静かな環境も相まって、今ではここが天国の様に感じられる。
ずっとこうやって、のんびり過ごせたらいいのだけれど……。
……。
ガシャンッ!!
「うわっ!?」
突然家の中から何かが割れる音が響く。ネズミ? いや、島長がさっき最終確認したって言ってたから、それはない筈。
幽霊? もしそうだとしたらこわ――……いや、興味あるな。
「……厨房の方から、だよね」
私はひょいッと身体をのけぞらせながら飛び起き、急いで厨房の方へと向かった。
バリバリ方言使わなくてもいいんじゃないかとさえ思った。
こっちの方がやりやすかね。