奇超人JUNO   作:祐。

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プロローグ
その女、最強につき【4099文字】※お色気シーン有


 ピンポーン——

 

 ——鳴らされたインターホン。立ち並ぶ建造物に紛れた、朝の日差しを避けるビルの四階の裏側にて、それは響き渡った……。

 

 

 

 いつの日からか、架空の生物として馴染みのあった“モンスター”という存在が、現代に現れるようになった世界。

 人類というか弱い生物を容易く屠る“それ”の登場と共にして、人類にもまた、“超人”となる常軌を逸した身体能力を持つ個体が、生まれ出るようになった。

 

 モンスターと超人による攻防。その末に、外部からの侵略的な脅威を絶つべく、常人である人類が造り上げた百メートルほどの巨大な防壁。それに囲まれながら発展したのが、現代とそう代わりない姿で広大な平原に佇む、大都市『龍明(りゅうめい)』だった。

 

 見上げる高さである防壁をも越えるビルの数々。土地の広さも相まって、防壁に囲まれた窮屈さよりも、未だ発展を続ける建造物に挟まれる形で息苦しい。その光景を横切るよう大都市の上空を駆ける、近未来的な平たいジェット機の姿。

 

 その機体が、ビルから離されるよう設けられた、くびれのような形が特徴的なタワーの屋上に降り立った。

 ……乗り物の中から姿を現す、武装した数名の人間と、それらとは打って変わってラフな私服姿の人間。ラフな人間に関してはその生身の身体こそが武装そのものであり、彼らは執行した正義を報告するように、迎えてくれたタワーの人間達に何かを喋っていく。

 

 そんな光景が、大都市『龍明』ではごく当たり前の日常として成り立っていた。

 

 

 

 

 

 ——五階建ての、ひと昔前を思わせるビル。付近の住宅街からは、学校へ向かう児童達の元気な声が響いてくる。

 

 それが背景ともなる、ひと気の無い建物の集合地。そこで鳴らされたインターホンは、反応が無いまま溶け込むよう虚しくと周囲に消えていった。

 

 ……首を傾げる青年。百七十五の背丈で、黒のショートヘアーとオレンジ色の瞳が快活さをうかがわせる。彼から見て左目に刻まれた古傷が生々しいものの、藍色のアウターと白色のシャツ、黒色のパンツに同色の靴という、至って無難な格好が傷跡の荒々しさを感じさせない。

 

 彼は腕時計を確認する。……午前の七時半。予定より三十分も早い到着だったものの、さすがにこの時間なら“部屋の主”も起きているだろうに、なんて思いつつ……。

 

 腕時計からずらした視線。立てかけられた看板に書かれている、『葉山探偵事務所』の文字。

 もう一度、インターホンを鳴らしてみようか。そんなことを考えながら手に掛けてみたドアノブに、彼は違和感を覚えてゆっくりと引いていく——

 

 ——ガチャ、リ。

 開いた……。動きを止めて思考停止する彼。次にも、薄暗い中の様子をうかがうようにドアの隙間から覗き込みながら、彼は心配する声音でそれを訊ね掛けていったのだ。

 

「あの、すみませーん。俺、“柏島(かしわじま)歓喜(かんき)”と言いますー。ドアの鍵かかってませんでしたが、あの、大丈夫でしょうかー? ——てか、中に誰かいます? その、少し失礼しますよー?」

 

 そう言い、柏島歓喜と名乗った彼は警戒するように足音を殺しながら、玄関にあった赤いパンプスを確認しながらも、恐る恐る入っていく。

 

 ……モンスターや超人といった、常軌を逸した存在が蔓延るご時世なのだ。それらが持つ特異的な能力によっては、個室への侵入などいとも容易い非常識なものもあり、彼はそういった脅威を警戒しつつ、ビルの一室を借りた探偵事務所のオフィスを眺めていった。

 

 部屋の中央で存在感を醸し出す、縦長のテーブル。それらの周囲に並ぶ八つの椅子と、テーブルと並行するよう壁に沿ったキッチン。また、テーブルの奥には事務机があり、ノートパソコンや大量の資料を挟んだファイルなどが置かれている。

 

 そして、事務机の真後ろに存在する仕切りのパーテーション。この奥で何やら影が蠢くと、直後にもそこから一人の女性が飛び出してきたのだ。

 赤い眼鏡と茶色のふわふわなカールが特徴的な、大人の女性。彼女は花柄のロングスカートを揺らし、どこか慌てた様子を見せながら足早に出口へと向かい始める……。

 

「あの、勝手に入ってきてすんません。ドアの鍵が開いてましたけど、あなたが“葉山さん”ですか——」

 

「し、失礼します……っ!!」

 

 火照った頬と、柏島歓喜から目を逸らしていく様子。女性は彼の横をすり抜けるように真っ直ぐ出口へと向かうと、足元に垂れている液体に気を遣いながらも赤いパンプスを履くなり、「お、お邪魔しました……!」と短く告げて事務所から出ていってしまった。

 

 ……唖然とする彼。すぐにもパーテーションの裏から伝う足音に彼は振り向くと、そこから姿を現した“もう一人の女性”と目が合った——

 

「午前八時から、午前十時までの二時間の間。私が電話越しに貴方へと告げたはずの、雇い主が希望した指定の時刻。無論、行動力のある人材は探偵事務所に是非とも迎え入れたいと心底歓迎する反面、希望していない時刻にプライベートの領域へ土足で踏み込んできた新顔さんを、私はどういった面持ちで迎え入れればいいのかどうか。——ヒーロー組織を束ねる“龍明超人協会”に、アシスタントスタッフとして所属していたとても真面目な優等生くんなら、今の私の心情もきっと、手に取るように読み取れるハズよ」

 

 身長百七十九。彼が若干と視線を上げる背丈の彼女は、灰色混じりの白髪を腰辺りにまで伸ばし、分厚いポニーテールを揺らしながら、快活な黒色の瞳と、健康的な色白の肌が織り成す美貌を彼の前に晒していった。

 

 ライダースジャケットのような黒色のアウターに、美乳とも呼べる適度な豊満のそれを覗かせる、はだけるようボタンを開けられた赤色のシャツ。黒色のバイクパンツも相まってクールな印象を与える容貌は、彼女から見て左目にあたる目元のほくろがそれをより印象付けていく。

 

 大人の女性として落ち着きのある凛々しい声音が、淡々とした調子で言葉を連ねていく。それと共に、彼はふと目についた違和感へと視線を向けていった。

 

 ……彼女の右膝部分。黒色のバイクパンツを濡らす、何かしらのシミが広がる様子。そのシミの正体はすぐにも判明し、かつ、パーテーションに寄り掛かるように佇む彼女の右手にも、べったりと存在していた。

 

 ——“体液”。麗しい手先を濡らす“それ”を、彼女は嗅いでいく。

 そうしながら事務机へと歩き始めていくと、ペロッと出した舌で“それ”を舐め回しながら、しれっと会話を始め出したのだ。

 

「三十分早いけれど、ようこそ柏島歓喜くん。改めまして、ここは『葉山探偵事務所』。これから雑用係として貴方に勤務してもらう新しい仕事環境は、従業員が探偵を本職とする私のみという、私立の探偵稼業を一人で営む女探偵と二人きりの、もの寂しい静かな職場となるでしょうね。——自己紹介が遅れたけれども、私の名前は“葉山(はやま)ユノ”。よろしく、柏島歓喜くん」

 

 凛々しい風貌で椅子に座る、女探偵“葉山ユノ”。続けて彼女は長い脚を事務机に乗せていくと、その上で脚を組むようにして、柏島歓喜へと視線を投げ掛けていく。

 

 ……凛々しく麗しく、だが、ミステリアスな雰囲気をまとった女性だ。彼の記憶における断トツな美貌を誇るそれを前にして、彼はたじろいでしまう。

 

「ど、どうも。面と面で向き合っては、初めまして……。俺のような、怪我をしてしまって止む無く“龍明超人協会”から撤退してきたような人間を拾ってくださって、ありがとうございます……。こんな曰くつきの人間に声を掛けてくださったこと、感謝しかありません」

 

「雑用係兼探偵助手を希望する応募者の中で、貴方の名前と存在感は何だか際立っていた。そこでビビビッと直感が降りてきた私は個人で身元調査を行い、そこで得られた柏島歓喜という男への信用に納得して、貴方を採用した。ただそれだけ。お礼を言われる筋合いは、謝礼と報酬が関わる物事以外では全くもって無縁よ」

 

 柏島歓喜へと投げ掛けられる、葉山ユノの真っ直ぐな視線。

 

 それを受けた彼がどこか気恥ずかしくしていると、彼女は淡々とした調子でそれを口にした。

 

「残念だけれど、期待感だけは貴方に与えたくないの。私は男の人というものに興味が無いわ。だから、貴方に求めている要素は、たった一つだけ。それは、名誉的な意味合いで世間の誰もが羨むとされる、ヒーロー組織“龍明超人協会”のアシスタントスタッフを務めた貴方の、そこで培った雑用係としての技量。ただそれだけ」

 

「あぁ、いや……期待というか何というか。でも、これだけは言わせてください。——葉山さんって、お綺麗な方ですよね」

 

「どうせなら、若い女の子に褒められたかった。優しく温もりを帯びた天然の柔い肌を、この両腕で抱き抱えることこそが、私が生きる上での喜びそのものでもあるのだから」

 

 右手をかざす彼女。既に拭き取った艶に見惚れるよう手先を眺めると、彼女はおもむろに立ち上がって歩き出すなり、彼へとそれを指示したのだ。

 

「そういうことで、この瞬間から貴方には雑務に徹底してもらうから。……そうね。じゃあ、さっそくだけれど、朝食を作ってちょうだい。貴方と私の、二人前」

 

「え。……え!? 雑用係って、コックもやらされるんですか!?」

 

「私は、事務所備え付けの浴室でシャワーを浴びてくるから。その間によろしくね」

 

 と、彼がいる空間でシャツのボタンを開け始めた彼女。そのまま事務所の出入口近くにある浴室への扉を開いていくと、バタンッと閉じられて静けさがもたらされる。

 

 ……参ったなといった調子で、頭を掻く柏島歓喜。ただ、一人残されたこの空間で、彼はひとまずエプロンを探すところから行動を始めたのであった。

 

 

 

 この時にも、葉山ユノという一人の女探偵の物語が幕を開けた。

 

 しかし、この物語は決して、探偵という立場における彼女の活躍を描くものではなかった。

 

 それは、探偵という日常よりも、ずっと過激で、暴力的である物語だ。

 ……そう遠くない内にも明かされる、彼女の正体。それでいて、ここで描かれる彼女の物語は、今も彼女が世間に隠し通している、裏側に秘めた“もう一つの顔”による、冒険譚としての活躍を描くものである————

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