龍明に無差別な虐殺をもたらす人工生命体。権力を持つ超人協会への忖度によって野放しとなった“それ”は、今日も新鮮な殺戮を求めて空間を漂う。
現に、一帯の地域を血の海で染め上げていた。
殺戮を厭わない行動。それこそが本能とも言える姿無き元凶は、次の時にも、“鋭利な殺意”を向けられたことで戦闘態勢へと移行する——
「そこだろ?」
気配を殺した存在感。察知することのできなかった背後の“彼”に、“それ”は咄嗟に透明な回避行動を行っていく。
自身がいた場所を通り過ぎる、無数の刀身。“それ”が攻撃を仕掛けた張本人を捉えていくと、次にも“それ”の視界には、生成する刃の上を滑る形で空中まで追ってきた、異能力使いの男が映し出された。
——毛先のカールがオシャレである、羽毛のような柔らかい白色のショートヘアー。黒色の瞳が潤いを保つ中で、襟のある真白のシャツと、真白のボトムス、そして着物のようなボリュームを誇る、丈の長い白色と青色のアウターを羽織る、一人の美青年。足元から生成される刃に、スケートボードの要領で滑りながら接近を図る姿が、“それ”の視界の中央で捉えられる。
刀剣の欠片を散らしながら、両腕をかざすなり刃の氷柱を伸ばして攻撃を仕掛ける彼。見えない対象の気配のみを頼りに繰り出した攻撃は、“それ”に回避を強要させる程度には精度の高いものだった。
だが、“それ”が波動を放ち始めたその瞬間。彼は身の危険を察知するなり自身の手前に刃の束を集中させる。
ほぼ同時にして繰り出された、人体を破壊する音波の波動。目に見えて大気を伝うそれを間近で受けた彼は、鉄製の壁を介しながらも、退散と言わんばかりに波動の衝撃に乗って地上へと落とされていく。
着地し、地面を転がって体勢を立て直す彼。そうして顔を上げた、その瞬間だった。
視界いっぱいと広がる波紋。——いや、空間の歪みだと認識するそれこそが、姿の見えない敵の本体とも言えた。
「っと、ヤバいなこれは」
『面白い』。身の危険によぎった、不敵な笑み。
クロスさせた腕でガードしようとした時にも、一つの拳が上空から打ち付けられる。まるで隕石が衝突してきたかのような、この世の終わりのような衝撃が割って入ってくると、眼前の衝撃にビクともしない彼はすぐに腕を退けて、前方の光景へとその口を開いていったのだ。
「……どうしたどうした。おいおい、何だなんだ。殺るか殺られるかの瀬戸際の、とても面白い場面で豪快な乱入をかましてくれたな」
でも、それもまた『面白い』。
ニヤりと笑みを見せた彼の前方。立ち上がる砂煙から姿を現したのは、気分屋として世間に知れ渡る紅の暴風。
「心からの敬意と共に、俺からはこの言葉を送らせてもらいたい。——光栄だぜ、超人“
紅が光る、漆黒の仮面。素顔を隠した白髪ポニーテールの英雄は、彼の言葉に耳を貸すことなく脅威へと拳を繰り出していく。
砂煙に混じるよう、迫っていた透明の“それ”。だが、紅もまた気配でその居場所を想定すると、回避行動を強要させる正確な渾身の一撃で、“それ”を退けていくのだ。
「寡黙な
怒涛の攻撃。透明でありながらも、“それ”の身体の一部と思われる伸縮自在の槍が、二人に襲い来る。
それらを受け流し、反撃として刃や拳を交差させていく二人の姿。攻防一体とも言える優劣が定まらない戦況を展開する空間にて、英雄と名高い二つの希望が今、背中合わせとなって佇んだ。
「まず、“ヤツ”の正体は音だ。音という波状の姿を成していて、それを攻撃にも運用できる素晴らしいお体の持ち主だ。そんなもんだから、おそらく物理攻撃は効かないだろ。つまり、この時点で俺の刃やあんたさんの拳は“ヤツ”に通らない。現時点で、我々は詰んでいる」
生き残りのスピーカーから響き渡るサイレン。それにすぐ反応した彼は、腕から刃を伸ばして瞬く間に破壊していく。
「あと、どうやら“ヤツ”は、“音に反応する”らしい。俺が音もなく接近してみたところ、“ヤツ”は見向きもしなかった。だが、試しに音を出しながら攻撃を仕掛けてみたところ、“ヤツ”は真っ先とこちらを察知した。だから、敢えて呟いてみたりもした。そしたら、呟いた地点に向かって、“ヤツ”は接近してきた。尤も、その直後にあんたさんが隕石みたいに降ってきたワケだが」
物理攻撃が通らない。その性質から、二人は一切もの反撃を“それ”に食らわせられずにいた。
その間にも、世間話をするかの如く言葉を連ねる彼。余裕さえもうかがえるサマで背中の
その間にも、中継のヘリコプターが数台と現場に現れた。遠くからカメラを向けるそれらは、二人の姿を映して遠くからリポートを始めていく。
「おいおい、何だなんだ。こんな状況でも中継が大事ってことか。今も地上には、重傷を負った市民の人々が助けを求めているっていうのにな」
慣れた光景に、ボヤくよう言葉を口にする彼。だが、すぐにも意識を目の前へと戻しながら、そんなことを背中の紅へと訊ね掛けていったのだ。
「で、どうする
彼のすぐ脇を通り抜ける、気配だけ突き出された槍のような攻撃。感覚のみで回避を行っていく彼だが、降りかかる無数の攻撃に、徐々と掠り傷を増やしていく。
紅もまた、与えられない破壊の一撃を何度も空振りしていっては、一向と変わらない戦況にただただ攻防一体を繰り広げるだけだった。
——いや、紅には確かに、たった一つの勝算が見えていた。
だが、その勝算が見えていようとも、相手の姿が見えない以上は迂闊に繰り出すことができない攻撃……。
この状況下において、紅だけが有する勝利の可能性。
もどかしく立ち回るばかりの、進展の無い戦況。加えて、姿無き即死攻撃が襲い来る絶体絶命の状況に、実力者である二人が苦戦を強いられる、その時だった——
「ゆの!! いた!!」
!?
思わずと振り返る彼。背中の紅もまた声の主へと振り向いていくと、二人の視界には共通して、ベージュ色の肌を保つ女の姿が映し出されていた。
「騒ぎに便乗してあいなから逃げようったって無駄! ゆのは、あいなが殺す! 絶対に! 必ず! あいなの腕で、ゆのの温かいを噴き出させてやるから!!」
「お、おいおい、何だなんだ? なんかよく分からないが、アイナ! あんたさんの探すユノ——葉山さんは、生憎とここにはいないぞ!」
「は? なに言ってんの? だって、あいながゆのに付けた“温かい”が、その人から——」
『あと、どうやら“ヤツ”は、“音に反応する”らしい。』
紅の脳裏によぎる、彼の声。すぐにも、お気に入りの彼女へと駆け出そうとした、直後のことだった。
「ぐェ、ぼァっ——!?」
胴体に穴が空く、女。透明であるが故に断面が晒され、生々しい音を奏でながら女は血を噴き出していく。
……ベージュ色から、ナメクジのような質感を持つピンク色へと変化した表面。貫かれた攻撃が引き抜かれると、女はどこかへと手を伸ばしながら、地面へと倒れ伏した。
剛速のダッシュで駆けつける紅。彼もまた目撃した光景と、察した空気感と共に辺り一帯の民家を刃で破壊し、豪快な物音を立てていく。
このアクションによって、“それ”の気を引いていく彼。
——時間稼ぎのつもりなのだろう。彼は、民家から地面までの広範囲で次々と破壊を繰り返し、“それ”を引き付けて空中へと刃で滑り出していく。
その間にも、倒れる女を抱き抱えた紅。……モンスターである彼女の身体を容易くぶち抜いたその威力こそが、目に見えない身体を持つ“それ”の脅威を体現していたことだろう。
「ゆ…………の……」
人ならざる質感。……多くの男を手にかけていながらも、反撃の形で半ば強引に営み、愛が芽生えた、“彼女”にとって少なからずの存在。
「も……う…………わか……ら……ない……。“温かい”は…………一つにしか……付けられない……から…………」
呼び掛けるように、女を抱き寄せる紅。
……止まらない出血。くり貫かれるよう、ぽっかりと胴体に空いた空洞。
首を横に振る紅。だが、女は最期を悟りながらも、力を振り絞って人差し指を立てていく。
「“温かい”は……ゆの……に、付いて……ない…………。——刺し違えて……やった……から…………!」
先にも、攻撃を受けた瞬間に、どこかへと伸ばした手。それと同じ手であることを紅が勘付くと、抱えられた女は最後に、そのセリフを口にしていった。
「ゆのを……殺すのは……あいな…………。他のヤツに……ゆのを、殺させて……たまるもん……か…………!!」
——『標的』を仕留める可能性を孕んだ対象。それを確実に排除してもらうべく施した、彼女なりの最期の抵抗。
……息を引き取ったモンスターを、紅は優しく下ろしていく。
額に触れ、ガントレット越しにピンク色の独特な質感を撫で掛けた。そして、すでに帰らぬ存在となったモンスターに暫しと無言の別れを告げていくと、紅はゆっくりと立ち上がり、戦場へと振り返っていくのだ。
「
彼の声。それが耳に届く前にも紅は、視界に捉えた“太陽のような温もりのモヤ”を見据えていた。
付与した“温かい”。GPSとしての機能を果たす彼女の置き土産は今、音という波状の身体さえも浮き彫りにさせる強いモヤとなって、紅の視界に残り続けていた——