雨上がりの龍明。柔らかな陽の光をもたらす早朝の時刻にて、ひと気の無い開けた木々の空間に二つの足音が訪れる。
大都市には珍しい、自然に溢れた手つかずの大地。その入り口となる山道には『KEEP OUT』のホログラムが張られており、続けて、『モンスターに注意』となる警告の板が張り出されている。
一般的には立ち入りを禁じられた区域。龍明に侵入したモンスターが度々と息をひそめる一帯として、ヒーロー関係者の巡回以外では基本、ここは踏み入れられることのない地域として知られる場所だった。
——開けた高台。龍明の町並みを眺めることができる、見晴らしの良い環境。
建てられた墓石へと歩み寄る、一つの足音。その手には水が波打つ桶を提げており、それを墓石の上からかけていっては、目の前でしゃがんで手を合わせていく。
……風に吹かれる白髪ポニーテール。瞑っていた目を開けてゆっくりと立ち上がっていくと、その後ろで待っていた助手の男へと振り返っていって、静かにこの場を立ち去った。
「何と言いますか、ユノさんってこういうところは律儀ですよね」
高台から龍明を眺める、二人の人物。内の一人である彼はオレンジ色の瞳を朝日で光らせながら、隣で凛々しく佇んでいる彼女へと言葉を続けていく。
「先日の人工モンスターとの戦闘。あれを倒すための決め手を遺してくれたファインプレーこそは大手柄ではありましたけど、そもそもとして、あのアイナというモンスターもまた同様に、既に人類に手をかけておりました。つまり、MVPとも言えるアイナも、我々にとっては害を為す危険な存在であることには変わりなかったということです。それでもなお、ユノさんはわざわざアイナのお墓を作ってあげて、こうして墓参りにも訪れている……」
吹く風に髪を揺らす、柏島歓喜と葉山ユノ。撫で掛けるような心地よいそれを受けながら、柏島歓喜は疑問といった首傾げで彼女へと訊ね掛けた。
「俺が人道を見誤ってしまっているだけなのか、それとも、ユノさんが特殊なだけなのかは分かりません。ただ、それでも俺はユノさんを不思議に思えてしまうんです。——どうして、人殺しの経歴を持つアイナというモンスターに、ユノさんは、これほどの肩入れができるのでしょうか? アイナとは、共にいた時間もぼちぼちで、先の戦いでは人類の勝利に大きく貢献してくれました。ですが、正直な話、それでも俺はアイナに対して、弔いの気持ちを抱くことができないんです」
腕を組んで佇む葉山ユノ。遠くを見つめる目線は、ゆっくりと隣の彼へと向けられていく。
「貴方は、貴方のままでいいわ」
「……と、言いますと?」
「無理に、私を理解しようとしなくてもいいの」
高台からの景色へと、数歩と近付く葉山ユノ。眺め遣る光景へと投げ掛けた視線のまま、遠くを見つめるようにセリフを続けていく。
「世間の常識を重んじることもまた、その人が成せる一種の才よ。私にはそれが欠落しているからこそ、貴方には、その常識的な観点を大事にしてもらいたいと思ってるの」
「ですが、俺はユノさんについても理解したいです。ユノさんの考えを頭で理解して、共に思考を分かち合うことができれば、こんな非力な俺でもきっと、ユノさんのお役に立てるかと思いますので」
「柏島くんは本当に真面目ね」
龍明の防壁から姿を現す、昇り始めた太陽の真ん丸。それが射し込むと同時にして世界に眩い光がもたらされ、彩色豊かな自然の地域が照らされ始める。
彼女の色白の肌が、光によって鮮明な白色を彩った。健康的で、美麗で、凛々しいハリとツヤが光を反射する。
——この、惨くも荒く、そして残酷かつ熾烈な世界が産み落とした、奇跡的な容姿を象る一つの存在。もしもこの世に神が存在するのであれば、彼女はきっと、“女神”の生まれ変わりであるだろうと確信さえしてしまえる、容姿と実力が伴った奇跡の超人……。
「私には、私なりの正義があるわ。でも、この正義は決して、世間が常識とする考えに基づくものではない。——自分自身、それを理解している。だからこそ、割り切ることができるの。……私という存在は、世間に相容れることはないイレギュラーで異端なものであるということを」
「…………」
「私の考えや行動に理解を示す人間は、ほぼ皆無でしょうね。でも、それでいいの。現に、私は今もこうして存在している。そうして世間や私が存在する以上、世間には世間の常識と正義が存在していて、私には私なりの常識と正義が存在している。ただそれだけのことよ」
視線が絡み合う二人。次にも穏やかな笑みを見せてきた葉山ユノのそれに、柏島歓喜は若干と納得するように軽く頷いていった。
「……そうでした。俺自身、何度も口にしていることでしたね。——ユノさんは、自分の世界を何よりも大切にしている方だ、って」
と、彼は少し寂しそうにそんなことも口にした。
「俺は多分、この先もユノさんという人物を理解することはできないんでしょうね」
「お互い様よ、柏島くん。私にとっても、“貴方達”を理解することは難しいのですもの」
シリアスな雰囲気。だが、穏やかな陽の光がお互いに諦観混じりの笑みを浮かばせていくと、葉山ユノの「探偵事務所に戻りましょうか」という言葉と共に、二人は納得し合いながらこの場を後にしたのであった——
「歴代の最高傑作が、いとも容易く粉砕されてしまった。この結果に、人類にもまだまだ繁栄の余地ありと胸をなで下ろしたものだが、同時にして、試作品を試す機会に多大なリスクが付き纏うようになってしまった。……