満席となったオシャレなカフェの店内。一貫校から歩いて十五分ほどのそこには、一気に解散を告げられた多くの学生が押し寄せていた。
自身らの通う学生に多発する、最近となって発生し始めた生徒の殺害事件。しかしそこで展開された光景は、自身らには無関係と言わんばかりに早期解散を喜ぶ、外を出歩く生徒の面々がうかがえた。
……一つのテーブルに運ばれてきた、キウイをふんだんに詰め込んだ大きなパフェ。それを前にして少女は生唾を呑み込んでいくと、先ほどまで不愛想にしていた表情がわずかに崩れ、少しばかりと頬を赤らめながらスプーンでいただき始めた。
蓼丸菜子。そう名乗った少女に同行する、葉山ユノと柏島歓喜。彼は蓼丸菜子から聞いた話をメモにまとめていく中で、隣の席に座る葉山ユノは、少女の様子をじっと眺めつつ、腕と脚を組んで座っている。
メモに一通りとまとめ終えた柏島歓喜。崩した服装と相反するお行儀の良い姿勢でパフェを頬張る蓼丸菜子へと、彼は訊ね掛けるように確認をとっていった。
「では——じゃあ、菜子ちゃんが言うには、その時に出会った殺人鬼は間違いなくモンスターだったんだね。で、そのモンスターは液状のような触手で、同じクラスである男子生徒に取り付いていたと……」
「そ。で、その触手みたいなやつで、同じ学校の生徒を次々と殺し回ってた」
「場所は、ここからだいぶ離れた所にある廃墟のビルの中でした——だったんだっけ?」
「ここから最寄りの駅に乗って、五個か六個くらい乗ってった先にある駅を降りたトコ。そこから二十分くらい歩くとビルが見えてくるんだけど、外から見てもボロっちいし、そんなとこにヒトなんかいやしないだろうから、ある意味では好都合だったのかも。——告白するのにさ」
パフェを食べるスプーンをぷらぷらと振る蓼丸菜子。他所を見つめる視線で適当な喋りをする少女の証言に、柏島歓喜は踏み込んでいく。
「その、告白っていうのは……」
「あの男子。モンスターに取り付かれてるっていう、あの」
「菜子ちゃんは、その男子生徒に呼び出されたということでしょう——ということなのかな」
「呼び出された。フツーに来てほしいってだけの連絡だったけど、あからさまに告白しようってカンジがした。でも、だからってあんなトコに呼び出す? ムードの欠片もないのにね」
「……それで、菜子ちゃんが呼び出されたビルに向かったら、そこで……」
「なんか、同じ学校の生徒がいっぱい死んでた」
淡々とした調子。まるで興味が無いといった声音で蓼丸菜子はそう言うと、パフェを三口ほど頬張ってから、言葉を続けていく。
「なんかね、不良グループに後をつけられてたみたい。あの男子、普段からいじめられてたから。だから、前にアタシが声を掛けてみたんだ。良かったら相談に乗るよって。それからかな、なんかやけにアタシに積極的になって。それで、告白しようってなったんじゃないのかな。で、誰もいなさそうなトコでアタシを待っていたら、何かを察していた不良グループが後をつけてきて、絡んできたみたい」
「……よくあるいじめの実態も、今回の事件が引き起こされた原因と関係あるかもしれませんね。聞いているだけで胸糞悪く思いますよ」
呟くように喋る柏島歓喜。手に持つペンの尻を唇に当てながら渋い顔をしていくと、疑問に思ったそのことを蓼丸菜子へと訊ね掛ける。
「では——じゃあ、その時には既に、その男子生徒はモンスターに取り付かれていた、と」
「じゃないのかな? だって、アタシがビルに着いた時点で、相当な数を殺してたし。十人ちょっとくらい?」
残していたキウイを一気に頬張っていく少女。……と、そのセリフに柏島歓喜は新たな疑問を抱いた。
「……それにしても、菜子ちゃん。そんな現場を目撃したというのに、何というか、すごく冷静でいるというか……そんなこと普通、こんな平然と喋ることなんかできませんよ」
「そう?」
首を傾げる蓼丸菜子。スプーンを舐めてクリームを舌で味わいながら、そうセリフを続けていく。
「別に、勝手にしてってカンジだし。誰かを殺すんなら殺すでアタシは別に構わないし、倒れてる連中の顔にアタシもムカついてたから、むしろスッキリしたよ。代わりに始末してくれてありがとうってカンジ」
「そ、それもある意味で肝が据わっているというか……。いや、それよりも菜子ちゃんが無事だったことについても不思議に思うというか……」
「そこで告白もされたかな。こんな自分ですが、どうか、お付き合いできないでしょうか。って」
「そ、それで……?」
「だから、『無理』って答えた」
パクッ。スプーンでパフェを掬って、食べていく。
「で、無理って言ったら、その男子が触手みたいなのでアタシを襲ってきてさ」
「そ、それでどうしたんですか……?」
「だから、傍に落ちてた鉄パイプで一発殴ってから、家に帰った」
え、えぇ……。
言葉を失う柏島歓喜。蓼丸菜子は平然とパフェを食べ続けていく。
「菜子ちゃんって、もしかして超人だったりします……?」
「超人? 違うけど、それが何?」
「いや……そんな局面と出くわしたら、誰もが命の危機を感じたりして怯えたりしますから……」
「別に、死ぬ時は死ぬし、生きる時は生きるんでしょ」
適当さに拍車がかかった返答。少女は言葉を連ねるようにセリフを口にする。
「アタシ、死んでも別にいいから。“あっち”に会いたい人もいるし、死ぬことなんて別に怖いだなんて思わない」
「ですが、そんな簡単に死んでもいいなんて言ったら、菜子ちゃんのご家族が心配しま——」
「柏島くん」
唐突。隣から掛けられた葉山ユノの声に、彼は言葉を止めて疑問のハテナマークを浮かばせた。
……だが、そこから言葉が繋がらない。待っていても何も起こらないこの場の空気から、柏島歓喜は持っているペンで頭を掻きながら仕切り直しをしていった。
「と、とにかくですね、菜子ちゃんはモンスターと接触しています。そして、もしもそのモンスターが嗅覚に優れた個体である場合は、菜子ちゃんの匂いをモンスターに記憶されてしまっている可能性も考えられます。その場合、菜子ちゃんの居場所の特定から、お住まいの住居が襲われてしまう可能性も十分にあり得ますので、今回の件を龍明超人協会に相談しましょう。こういった件などで身が危険に晒されている場合は、その対象となる人物やペットを超人協会に保護してもらうことができますから」
手振りを交えて説明をする柏島歓喜。そんな彼を前にして、蓼丸菜子は興味無さげにパフェを食べ続ける。
「別に、今のままでいいから」
「い、今のままって……そうすると、菜子ちゃんのご家族が危険な目に——」
「だから、それでも構わないってこと」
切り捨てるよう放たれたセリフ。
柏島歓喜は、一瞬と思考が停止した。次にも彼は、もう一度と説得を試みる……。
「そしたら菜子ちゃん、最悪の場合、菜子ちゃんのご家族がモンスターに——」
「もういいわ、柏島くん」
姿勢を直す葉山ユノ。彼女へと振り向く柏島歓喜が目で疑問を訴え掛けるものの、そんな彼の目を一切と見ることなく、葉山ユノはそれを口にしていった。
「菜子ちゃん、私達に時間を割いてくれてありがとう。ご協力に感謝します。菜子ちゃんから教えてもらった数多くの情報は、私達が今回の事件を解決するためにどれも必要となる重要なものばかりだった」
「そう? じゃ、今回の情報料として追加でなにか注文してもいい?」
「えぇ、この場のお代は全額、こちらで支払うわ」
「うそ、ほんと!? やった! じゃ、いつも手が出せない高いやつ頼も」
ワクワク。興味無さげな喋り方とは裏腹である目の輝きで、メニューを手に取ってそれを眺めていく蓼丸菜子。
その少女の様子を葉山ユノはじっと見つめながらも、少し間を置いてから続きの言葉を発していく。
「ただ、今回の犯人が菜子ちゃんに少なからずの好意を持っていることも事実。それならいずれ、彼は再び菜子ちゃんの下に舞い戻ってくる。——だから、この件が落着するまで、私達は菜子ちゃんを護衛しようと考えているの」
「護衛?」
メニューから顔を上げる蓼丸菜子。
「え、そんなのいらないよ。アタシのプライベートが見張られるってことでしょ? ヤだよそんなの」
「そこまで踏み入ったものではないわ。登下校で外を移動する際に、遠目からちょっと見守るだけ。——もしも登下校の時間に暇しているのであれば、私達が話し相手にもなれるけれども、基本的には菜子ちゃんに干渉はしないつもりでいるから安心して」
「ん…………話し相手……」
呟く少女。ちょっとだけ寂しさを含んだ声音でそれを口にすると、少しだけ考えてから、葉山ユノへと返答した。
「……ま、それくらいなら、別にいっかな……」
「決まりね。それじゃあ菜子ちゃん、数日間だけのお付き合いになるけれども、私と柏島くん共々、よろしくお願いね」
「ん……」
少しだけ俯く蓼丸菜子。
……と、上目遣いで前の席の二人を見つめ、すぐに視線を外して黙り込む。
——心なしか、少女の眉が少しだけ上がっていた。頬も少しだけ赤く染めながら口を噤んでいくと、手に持つメニューを立てて顔を隠すようにしながら、蓼丸菜子はオーダーまでに少しだけ時間を掛けていった。