真夜中の月明りも届かない、工事中の地下道深部。響き渡った悲鳴が暗がりに溶け込んで、それらの姿さえも見分けがつかない残骸たちを、少年は引き摺っていく。
液状の触手を中途半端に身に纏う、学生服を着崩した男の子。まだまだ未来ある少年が血濡れのそれらを運んでいくと、奥深くで蠢く“何か”へと献上するように手渡していくのだ。
「今日も獲ってきました……。それなりの収穫だと思うんですけど、どうでしょう……」
虚ろな目の少年。彼が触手のそれらを“何か”に渡していくと、“何か”は蠢く液状の触腕から口のような形状を象って、残骸を次々と食らい出す。
……無言で眺める少年。まとう触手が地面に項垂れる。
直にして、“何か”は触腕で少年を突き離した。
「え……。まだ、ですか。まだ、足りないんですか……? 俺、こんなにも“皆さん”に献上しているのに……!」
と、次の時にも地下道に強烈な灯りが射し込んだ。
駆け寄る大勢の人間達。警察やヒーローといった面々の彼らが武器を片手に構えながら、「動くな!!」とけん制をかけていく。
眩しがる少年。——だが、彼らはむしろ、そんな異形な少年より、その後ろに存在していた“何か”に激しい恐怖を抱いたのだ。
重量のある、巨大な雫のような形状。だが、それはドス黒い赤色と、深海の如く深い青色の二色が混じり、“それ”の内部には、大量に詰め込まれた人間の姿が漂っている。
いや、泳ぐように蠢いていた。“彼ら”は生きている。精気を吸い取られたゾンビのように両腕を上げ、液状をまといながら、雫の身体から飛び出すように次々と“それ”から伸びて外敵への威嚇を始め出したのだ。
この世のものとは思えないおぞましさ。目にした生命体に多くの警察関係者が慄く中、“それ”の前に立つ少年は身に纏う液状で触手を象り、右手を構えながらそのセリフを口にした——
「現実なんて、つまらないことしかないさ。生きていても、何も良いことなんかありゃしない。——そんなことを呟くと、皆が口を揃えて、同じ言葉を俺に言い聞かせる。『生きているだけで幸せ』だ? そんな他人事のような言葉、とっくの昔から聞き飽きてんだよッ!!!! ……生きているだけで幸せだと言うのなら、俺が今までに過ごしてきた人生は一体何だったんだッ!? 俺は生きていて一ミリたりとも幸せだと感じたことはねェ!! それはつまり、俺はまだ、この世に生まれてきていないって意味にもなるんだよ!! 勝手に俺の存在を否定すんじゃねェッ!!!!」
昼下がりの校門で少女を待つ二人。木陰で佇む葉山ユノと柏島歓喜は、学校から出てきた蓼丸菜子の姿を捉えてそちらへと歩み寄った。
三人で歩く帰路の途中。寄り道して龍明の街を散策する彼女らは、巨大な噴水が目印であるショッピングモールへと訪れる。
人工芝の広場や、大きなフードコート。バウムクーヘンのような建物で学校帰りのショッピングを楽しむ蓼丸菜子は、着崩した不良系の制服姿をしながらも、二人の手を取ってはあちこちと店内を駆け巡っていくのだ。
「ユノさんユノさん、こういうクール系のドレスとかもユノさんに似合うんじゃない? ほら、ユノさん背がおっきいし、ほら、このマネキンと頭の高さお揃い。試着室とかないのかな。ねぇカッキー見てきてよ」
「お、俺、さっきからそういう雑務ばかりやらされてないですか……?」
「だって、雑用係で事務所に就いたんでしょ。だったらこういうコト慣れてるよね。ほら行って」
「いや、まぁ確かにそうですけど……。でも俺、最近は料理ばかりやらされているから、実質コックなんじゃないですかユノさん」
「探偵たるもの、多彩であるべき。私だって料理くらいできるのだから、助手の柏島くんにはそれくらい慣れてもらわないとでしょう?」
「な、なんか、上手く受け流されたような気が……というか、ユノさん料理できるんですか!? それ初耳なんですけど!?」
「面倒だから、貴方を雇って任せているんでしょう」
「え、えぇー……」
そんな二人のやり取りに、蓼丸菜子は「ぷふっ、あは」と音を捨てるように笑い声を上げた。
「あは、あはは。——あ、ねえ、アタシちょっと足が疲れた。休みたいからどっか座ろ。あ、カッキーはアタシとユノさんの飲み物買ってきて。アタシはキウイソーダ。ユノさんは?」
「俺、ユノさんの雑用係であって、菜子ちゃんのパシリってワケでは——」
「私も菜子ちゃんと同じものを貰うわ。さぁ柏島くん、男の人としてしっかり、女の人達の要望に応えなさい」
「ユノさんまで、そんなぁ……」
しょぼくれる柏島歓喜。彼のその様子に女性陣二人が微笑しながら、三人は昼間の一時を満喫していった。
——巨大な噴水が視界に映る、人工芝の大きな広場。そこのベンチに腰掛ける葉山ユノと蓼丸菜子の下に、三人分の飲み物を持ってきた柏島歓喜が合流する。
葉山ユノを中心にして、左右に二人が座る光景。木陰のベンチで並ぶ三人は飲み物を含み、その後にも柏島歓喜がセリフを口にし始めた。
「菜子ちゃんの護衛を開始して、三日くらい経過したでしょうか。てっきり菜子ちゃんの登下校を見守るだけかと思っておりましたが、まさか毎日このように遊び歩くだなんて想像もしませんでした。——菜子ちゃん、アタシこういうのに憧れてたんだって初日に話してくださいましたもんね」
「ぎゃ!! それ忘れてって言ったでしょ! 恥ずいな!」
「ですが、俺としましてはむしろ安心しましたよ。菜子ちゃんは不良系で怖いタイプの方かと決め込んでいたものですから、ふたを開けてみればとても関わりやすく、第一印象からは想像できない人間性で愛嬌さえも——」
「だから、そういうのが恥ずいんだって! てか、カッキーまた敬語になってる。そういうのやめて。疲れるから」
「あ、すみませ——ご、ごめん。どうしてか、他人と話をするとなると敬語になってしまいま……なってしまいま。なってしまいま……う、ので。しまう、から。つい」
「ぷふっ、だからタメ下手すぎでしょカッキー。おもしろ人間じゃん」
足をぶらぶらさせる蓼丸菜子。少女にからかわれるよう言われた柏島歓喜は「あ、あれー……」と頭を掻いてみせ、そんな二人に挟まれる葉山ユノもまた、脚を組んだ涼しいサマで微笑んでいた。
と、少女はブルッと身震いさせた。
「ぁ、トイレ……。ちょっとトイレ行ってくる。ユノさん、これ持ってて」
立ち上がる蓼丸菜子。そうして手に持つ飲み物を彼女へと渡していくと、蓼丸菜子は駆け出してその場から離れていった。
……二人になった空間。柏島歓喜はストローで飲み物を吸ってから、そうセリフを口にした。
「菜子ちゃんのような子が、こういう遊びに憧れていたっていうのが、俺にとっては意外に思えて仕方がないです。まるで、こういうお出掛けをしたことがないっていうような口ぶりで。菜子ちゃんのような子ほど、こういう遊びに慣れてると思っておりましたから」
「人は見た目だけではないのよ、柏島くん。どんなに強そうな格好を繕っていても、その中身までは外見と一致するわけではない。——その人物の中身を探るスキルもまた、探偵には必要不可欠よ。今からでも鍛えなさい」
「うぐぐ、俺はまだまだですね。精進いたします……」
視線を投げ遣る葉山ユノ。その目先は途方を向いており、これに気が付いた柏島歓喜が訊ね掛ける。
「どうかされましたか? 何か問題でも?」
「貴方はまず、周囲の気配を探るスキルから身に付けた方がいいわね」
「?? どういうことですか?」
「尾行されている」
……!?
思わず立ち上がる柏島歓喜。だが、葉山ユノが彼のズボンを引っ張ってゆっくりと座らせると、持っていた二つの飲み物を彼に手渡し、その言葉を続けていった。
「護衛の初日から、ずっとつけられていた。でも、その気配がついさっき遠のいていったわ。——これ持っててちょうだい」
彼に渡す飲み物。それらを手放したところで、葉山ユノは目星をつけた場所へと向かうよう、広場の中を真っ直ぐと走り抜けていった。