奇超人JUNO   作:祐。

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不公平な世界を憎む【4383文字】

 トイレの個室。閉鎖的な空間で一息ついていく蓼丸菜子は、手に持つ小型のナイフケースを眺めながらひとり呟いていく。

 

「……ユノさんに渡されたコレ、違和感しかなくて気持ち悪いんだよね。学校でバレないかも心配しなきゃいけなかったし、本当にコレ、要る……?」

 

 事を済ませ、立ち上がって衣類を身に付ける少女。その動作にナイフケースを仕込む様子をうかがわせながら、蓼丸菜子は個室から出て二人の下へと向かい出した。

 

 ショッピングモールからトイレにまで続く、石壁が陰りを作り出す狭い通路。表のひと気とは裏腹に静まり返ったこの空間が、不気味な印象さえ抱かせる。

 

 と、蓼丸菜子は思わず足を止めていった。

 ……背後の明かりが逆光となる人影。少女に立ち塞がるよう正面に佇む、見慣れた学生服の見知った少年の姿——

 

 蓼丸菜子は、その適当そうな表情を全く変えずに訊ね掛けていく。

 

「なに、何の用? ここ女子トイレなんだけど」

 

「もう一度だけ、告白させてください」

 

 異常なほどに落ち着いた声音。周囲の静けさよりも冷たい彼の調子に、蓼丸菜子は肯定も否定もすることなく、ただ佇んで少年の言葉を待ち続ける。

 

「蓼丸さん。あなたに声を掛けられた時から、俺はあなたに惚れてしまいました。この気持ちは、この先にも変わることは生涯ありません。そう、先日にもあなたにフラれてもなお、こうしてあなたのことが好きである気持ちが全く変わらないように——」

 

「無理」

 

 バッサリ。突き離すわけでもなく、本当にただ少女の本音が飛び出してきただけの、あまりにも興味を感じさせない淡々さ。

 

「別に、アタシのタイプじゃないからとか、そういう好き嫌いの問題じゃないから。んー、なんだろ。アタシがそういうのに興味無いっていうか、そういう付き合いが苦手なだけというか。友達のままなら別に話し相手になったりするけど、それじゃダメ?」

 

「…………ダメです」

 

 やっぱりダメか。そんな表情で徐々に項垂れていく少年は、心に受けたダメージで決心したとも受け取れる自暴自棄で、蓼丸菜子へと飛び掛かっていったのだ。

 

 服の隙間から巡り出す、液状の触手。そして飛び出すように少女へと伸びていくと、それは瞬く間に蓼丸菜子の首と脚に絡まって締め付ける。

 一歩退くことも叶わない速さ。常人では追い付けない速度を以てして少女を拘束した少年は、蓼丸菜子の前で着地して両肩に手を掛けていく。

 

「ならば、俺のために死んでください。あなたがこうして存在する以上、俺はあなたのことを諦めきれない。だから、今ここであなたに死んでもらわないと、俺はあなたのことをずっと好きでいてしまいます」

 

「フラれたから、その相手を殺して満足するってこと……? アンタ自己中すぎない……?」

 

 首を絞められ、脚も強い力で締め付けられて身動きがとれない蓼丸菜子。しかし窮地に追い込まれてもなお変わらない声音で、少年へと言葉を続けていく。

 

「アンタが酷い目に遭わされていたことは、アタシも知ってる。そんなアンタに同情したから、アタシは慰めようと思って声を掛けてみただけなの。だからアタシにはそれ以上の他意は無いし、アンタへの好意も無いから……」

 

「だったら、なおさらのこと死んでください。俺はもう、人生が上手くいかないことにうんざりしているんです。そして俺はまた、失敗をしました。いいえ、俺は失敗しかしてきていません。……もう、こんな世界なんて嫌いだ。蓼丸さんのような、生まれもっての勝ち組でしかない人間しか得しないような、こんな不公平だらけの偏った世界、消えて無くなってしまえばいい。——いや、それだったら俺にだってできるのか。……そうだ。そうじゃんか。何なら俺にはこの力があるんだから、それはつまり、俺がこの世界を直々に消し飛ばしてもいいってことなんだよなァッ!!?」

 

 少年の首から現れる触手。それが蓼丸菜子へと向けられると、触手は躊躇うこともなく少女の顔面へと突き出された。

 

 ——と、その直前にも動き出す蓼丸菜子。

 

「あ、っそ……! だったら、アタシにだって“コレ”を使う権利くらいあるよね……っ!」

 

 スカートへと手を伸ばす蓼丸菜子。そして豪快にめくり上げて白色と水色のショーツを見せていくと、そのゴムに挟む形で忍ばせていたナイフケースから刃物を取り出し、躊躇う様子もなく少年へと突き付けていった。

 

「!?」

 

 パキンッ。

 弾かれる蓼丸菜子の手。手放したナイフが地面に転がり、それを払った触手が少女の上半身をグルグルに締め付けて窒息させていく。

 

 息ができない。首と合わさる人外的なパワーを受けて、蓼丸菜子はその場で宙に浮かされながら遠くを見つめる。

 抵抗は、全くもって行わない。……これまでに見たこともないぞ。そんな少女の様子に、少年は不思議に思いながらそれを訊ね掛けるのだ。

 

「……なんで、どうして蓼丸さんは、苦しんだり、もがいたりしないんですか……? 俺が殺し回ってきた憎たらしい不良グループの連中なんかは、俺の触手に怖がって命乞いもしてきたというのに」

 

 手をかざす少年。それは、もがく様子を一切と見せない蓼丸菜子の顔へと向けられる。

 

 そして蓼丸菜子もまた、すべてに身を委ねるかのように無気力なサマを見せながら、いつもの適当な調子でそれを口にしていったのだ。

 

「っ……死ぬことなんか、怖くなんか、ない。アタシは、いつでも、死んでいいと思いながら、生きてきた……。——死んだところで、“あっち”でアタシを待ってくれている人が、いる、から……。だから、死ぬなら死ぬで、アタシは、別にいい……!」

 

 睨みを利かせる蓼丸菜子。

 

 ——早く殺せ。訴え掛ける力強い目を前にして、少年は威圧さえも感じ取れてしまい一瞬ばかりと怯んでしまった。

 

 瞬間、大気に迸った轟音。

 空間が歪む、この世の終わりのような衝撃。それが少年を一直線に吹き飛ばし、伝った広範囲の衝撃波で周囲の施設が崩落し始める。

 

 宙に投げ出された蓼丸菜子。——何が起きたのか分からない。そんな呆気にとられたサマで落ちていく自身の身体は、すぐにも抱き留められる形でその場に留まった。

 

「……ユノ、さん?」

 

 右足を地面に擦り付けながら、お姫様抱っこの要領で蓼丸菜子を抱える葉山ユノ。

 その間もずっと地面に靴の裏を擦り付けつつも、彼女は蓼丸菜子へとそう言葉を掛けていく。

 

「余計なお世話だったかしら。でも、命の危機に瀕する貴女を見捨てられるほど、私は冷酷になんかなれないの」

 

「いや、んと……ありがとう……?」

 

「お礼は、貴女の笑顔で十分よ。——さぁ、騒ぎに巻き込まれない内に戻りましょう。それと、近くの水道でこの靴の汚れを洗い流したいわ。なんだか汚らわしいものを蹴飛ばしたみたいで、どうも足の裏が落ち着かないの」

 

「え、っと……あれ、ユノさんってそういうタイプの人だっけ……? ——まぁ、いっか」

 

 弾かれたナイフを拾い上げる葉山ユノ。それと共に、崩落した周囲の光景を飛び越える跳躍でその場から姿を消すと、すぐにも駆け寄ってきた人々の目に映ることもなく、彼女は蓼丸菜子を元の日常へと帰していったのだった。

 

 

 

 

 

 ——腹いせ。引き摺る死体がいつもの倍近くとなった、地下の道中。土の匂いが充満する工事中の通路を通り抜け、その深部で力を蓄え続ける“親分”に食料を献上する少年の姿。

 

 虚ろな目は一段と濃い闇を落としている。ずっと項垂れた姿勢を液状の触手が支える中で、差し出した学生服の死体を取り込み終えた“親分”が、触腕で少年を突き離していった。

 

「!? ……まだ、ですか? まだ、食べ足りないと言うんですか……!?」

 

 ぐったり。無気力といった具合に少年は放心すると、そう直ぐにして少年は言い返すかのよう、そのセリフを言い放ち始めた。

 

「——俺は。俺は、怪物にさえ認められないと言うのか……!? これだけっ、あんだけのことをしてやってきて、どんだけ、俺が頑張ってきていると思ってるんだッ!!!! この力をくれた代償として、こうして地下の奥深くで隠れていなければ成長できないあんたの代わりとなって、俺が毎日毎日、頑張って頑張って憎い連中を殺し回ってその死体を献上してきたというのに!! それなのにあんたも、俺という存在を全く認めようとしないッ!!!!」

 

 溜まりに溜まった鬱憤を、すべて解き放っていく勢い。怒号が響く地下道に少年が地団駄を踏んでいくと、もう我慢できないと言わんばかりの怒りをぶつけるように少年は言葉を続けた。

 

「今日限りで、俺はあんたの世話をやめるッ!! それで!! この力でこの憎たらしい世界を滅ぼして!! 俺は、新しい世界を創り上げてみせるッ!!!! ——この力は、ありがたくいただいていくぞ!! だから、後のあんたの世話は、別の奴隷にでも任せておきなッ!! 本日限りで、俺はあんたの奴隷からおさらばする!! じゃあなッ!!」

 

 滅ぼす。滅ぼす。この世のすべてを滅ぼしてやる。

 過信とも見受けられる少年の態度。そして“それ”から背を向けて歩き出す少年。

 

 ……その足取りは軽く、そして怒りに満ちた力強さで突き進んでいた。だが、それは直にも段々と重みを帯び始めていき、次第と少年が思うように上げられなくなったその足は、終いには一ミリと持ち上げることも叶わなくなる。

 

 少年は、足元を見遣った。

 ——へばりつく、液状の触手。少年がこれまでに身に纏っていた“それ”は、今や錘となって少年の自由を奪っていたのだ。

 

「な、なんだ、これはっ。お、おい。おい!!」

 

 少年の全身が、背後からの陰りで一層と暗くなる。自身の姿も見えなくなったそれに少年は恐る恐ると上半身で振り返っていくと、そこには、口を生やした触腕で頭からかぶり付こうとする“それ”の姿が映し出されていた。

 

「な、なんだよっ。役に立たなくなった駒は、用済みってことなのかよ……!? そんな話聞いてねぇぞッ!! おいッ!! おいてめぇッ!! おいゴラ、この腐れモンスターがッ!!!! やめろ。やめ」

 

 ばくっ。

 

 ッゴク。

 

 重量のある、巨大な雫のような形状。そこに加わった一つの人間が、スルスルと頭から突っ込んでいく。

 ——ドス黒い赤色と、深海の如く深い青色の二色が混じる身体。大量に詰め込まれた人間の死体が漂う透明のそれが不気味に震え始めていくと、次の時にも、ドス黒い青色の飛沫を散らしながら、“それ”は羽化するかのように翼を生やし始めた。

 

 そして、地下道の中を高速で真っ直ぐ進み出す。その様子はまるで離陸前の飛行機のようであり、そうして地下道から飛び出していった後もまた、飛行機と海洋生物のエイを融合したかのような形状を成して、夜の龍明の空へと高く飛び立っていく。

 

 機体の下半分から伸び始める触手。それらの先端まで移動させられては、両腕を伸ばすことで自ら獲物を捕らえようとする人間の死体の数々。

 あらゆる観点で恐怖を孕んだそのモンスターは今、夜空という暗がりを泳ぐようにして龍明へと牙を剥き始めた——

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