夜の街に騒ぎをもたらす飛行生物。発展する都市部の上空に姿を現した“それ”は、体内に蓄えた大勢の人間を触手に送り出して地上を侵略する。
既に、多くの人々が“それ”に連れ去られた。絡まった触手から腕を伸ばす人間の死体が、欠損した身体で生者を引き摺り込んで上空へと輸送する悪夢のような光景。
地球外生命体。まるでUMAに分類されるような外見と攻撃。飛行機とエイの姿が混じる意思を持った液状が優雅に泳ぐそのサマは、騒ぎを聞きつけた数機によるメディアのヘリコプターによって追跡が開始されていた。
ヘリコプターから身を乗り出した女性リポーター。脇のカメラマンと共に中継を繋いで現場の様子を説明し始める。
「これは——宇宙からの来訪者とも言えるでしょうか!? 従来のモンスターとは一線を画す、我々の常識を覆すかの如く龍明に舞い降りた異質な存在……!! 不吉の象徴とも見受けられる風貌や造形に、もはや同じ世界に生きる生物とは思えない不穏さを感じさせます……!!」
声を震わせる女性リポーター。遠目から眺める“それ”に、心の底から恐怖する声音が中継に反映されていく。
と、彼女が一区切りをつけた言葉の直後。次のセリフの合間を縫うように宵闇から姿を現したのは、真紅の軌跡を描きながら龍明に降り立つ最強の超人——
地上に着地した紅は、仮面越しに見上げた視線で上空の“それ”を眺め遣る。それと同時にメディアのカメラは一気にそちらへ向けられると、「あれは——
大地を蹴り出す紅。それが逃げ惑う人々の隙間を駆け抜けていくと一気に跳躍を行い、常人の視力では追い付けない速度を以てしてビルの側面を駆け上がり出した。
そこから壁を蹴って一直線の軌道を描いていくと、今も人間を連れ去る触手の一本をぶち抜いて飛沫を散らし、それを身にまとう速度で振り払いながらも着地を行って、助け出した成人女性を優しく下ろしていく。
彼女のお礼は、一切と聞かない。その人が言葉を口にしようとした瞬間にも、その場から消え去るよう刹那の速度で駆け出した紅。ぶわっと巻き起こる疾走の風圧と、真紅のコートが象る残像のみを街中に残して巡り出した紅の軌跡は、上空から次々と伸びてくる触手のほぼ全てに対応し始めた。
連れ去られる寸前の男性。息子だろう小さな男の子が泣き叫ぶその脇を残像が通り抜け、子供共々その場から男性らを攫っていく。その残像が地上を駆けるなり跳ね出すと瞬く間に遠くのビルを蹴り出して高く跳び、軌道上に存在する三本ほどの触手を一気に貫いて地上に降り立った。
男性とその息子。その他の男女が呆気にとられた表情で地面に座り込んでいた。
目の前に立つ紅。目と口を紅く光らせた仮面を向け、ガントレットを装着する右手で軽く手を振ってみせるなり、その場からすぐに飛び出していって次の対象者へと駆け付ける。
地上に伸びる触手を片っ端からぶち抜いていく紅。そのついでとして捕まった人々を抱え込んで地上を駆け抜けていき、急カーブと共に彼らを投げ出すように手放して、付近に張られたテントに跳ね返らせる。それが衝撃を吸うことで助け出された人々がほぼ無傷で済んでいく中、紅はビルの側面に一直線を描くと、発出するような勢いで上空へと飛び始めたのだ。
途中で触手に追い付き、女の子を救い出す。——だが、“それ”に目標を定められた紅は大量の触手を仕向けられ、空中という自由の利かない状況で集中砲火の突き攻撃を受けることとなった。
尤も、紅にとっては然したる問題ではなかった。上空を目指す紅の運動はそのままに、少女を強く抱きしめて触手を迎えると、迫ってきたそれの攻撃に合わせて液状に足を置き、不安定なそれが足に沈むその前に駆け出すことで、液状の上を走り出すという離れ業を見せ付ける。
一本の触手を駆け抜けて、その道中に連れ去られる男性へと手を伸ばす紅。そして、彼を連れ去る死体の腕がもげるほどの勢いで男性を触手から取り出すと、すぐにも迫ってきた攻撃を寸前で避けるよう空中へ身を投げ出し、真っ逆さまとなりながら地上へと落下した。
脳天からぶつかる。眺めることしかできない皆が、肝を冷やしながら見守ることしかできない。
だが、直撃の前にも紅は高速の半回転で地上に脚を向けていくと、高所から落ちた衝撃で両脚を地面にめり込ませながら、助け出した人物らをその衝撃から守るよう抱え込み、その場で解放してあげた。
男性と女の子が、この世のものとは思えない体験に腰を抜かしたりする。それを傍に紅は両脚を地面から引き抜いて上空を見上げると、飛行する“それ”が逃げるよう離れていく様子から、数歩と歩いてみせて凛々しく佇んだ。
上空のヘリコプターから、リポーターの女性がうかがうようにそれを口にしていく。
「華麗なる救出劇……!! 人間業ならぬ超人業で、開いた口が塞がりません……!! ですが、さすがに
雲が泳ぐ位置にまで到達する高度。夜空を気持ちよく流れる暗がりの雲を目指して突き進む“それ”を紅は眺め続けていくと、直にしてまた数歩と歩き出し、そして——
——大気に、足を掛けた。
「な!? 何ということでしょう……ッ?!
透明な階段でもあるのだろうか。次にも展開された光景は、大地を蹴り出した紅が、大気にできた階段を上るかの如く駆け出したその様子。
落ちる前に足を動かし、大気に足を掛けてそれを踏み越えていく。
規格外。常識に囚われない空中の疾走で“それ”を目指す紅へと、液状は迎え撃たんとばかりに触手を総動員させて一斉攻撃を仕掛け始めた。
迫りくる、数の脅威。一つ一つが意思を持つかのよう不規則に蠢いて惑わせてくる。
だが、紅にはまるで通用しない。段差を上る動作から、大気を一歩ずつ蹴り出すような動きへとシフトさせていくと、前方から襲い掛かるそれらを受け流す構えとして、軽い横回転を始め出したその姿。
降りかかる攻撃を、紅は上昇しながら次々と避けていく。横回転の動作で攻撃を掠めるよう華麗に避けていき、触手と触手の合間をくぐるようにして確実に距離を詰めてくる仮面の超人。
——右腕を引き絞る。
目前にした対象の腹部分。多くの死体に紛れるよう、その中を漂う連れ去られた生者の人々が紅へと手を伸ばしていく。
——ここだ。
突き出された、絶対強者の破壊的一撃。液状を突き破るように通り抜けた紅の姿と共にして、束の間、“それ”は生き物ならざるこもった音を悲鳴としながら爆発するよう四散した。
弾けだす中身。龍明の夜空に放り出された大量の人影に、駆け付けてきた地上のヒーロー達は目を疑うような見開く表情で見上げるばかり。
——両腕、両脚を広げた紅。この遥か上空であろうとも、我が身は自由自在である。そんな、解放とも見受けられる大の字で落下を始めた、その瞬間だった。
軽く回転して大気を蹴り出し、発出するよう飛び出した紅は、上空に放り出された人々や死体の救出劇を繰り広げることとなる。
一人一人落ちる人々や死体を数名と搔き集めては、テーマパークの絶叫マシンを遥かに凌ぐ高速の落下速度で地上を目指す。そして地上に降り立っては彼らを地面へと放り出し、大地を跳ねてビルを駆けては、発射するような軌道で次の人々を搔き集めていくのだ。
多くの者は、その最中に失神していた。屋上に降り立ってはそこへと置いて空へ駆け、地上に降り立っては野次馬に任せてビルから跳び、近くのヘリコプターへと真っ直ぐ突っ込んできては、驚きで悲鳴を上げたリポーター達に任せてすぐ身を投げ出し、団体でまとまりながら落ちる数人に対しては、彼らを一斉に地上へと投げ遣ることで、地上のヒーロー達に受け止めさせていく。
……降ってくる?
生きている人々が、こちらに向かって落ちてくる彼らの視界の中——
「——お、落ちてくる!! 生存者と思しき人々が!! 一つの塊になって!! う、受け止めろ!! 受け止めろッ!!!!」
一人のヒーローが叫び上げると共にして、ヒーロー達は慌ただしく動き始めた。
個々の能力を活かす場面から、図体のでかいヒーローがその身体で受け止める場面まで、その模様は様々。その場に居合わせたヒーローの人数分だけの塊が、彼らに向かってピンポイントに落下していくと、彼らもヒーローの名を冠するだけあって見事、一人も取りこぼすことなく生存者を受け止めてみせていった。
数分にも満たない、宵闇に描かれた真紅の軌跡。空に刻まれる紅の残像が瞬く間に落ち往く人々を救出し、そんな奇跡のような様子に、地上の彼らは言葉無き感嘆で上空を見上げるばかり。
そして、最後の仕上げとして紅は、四散した液状の身体の、その一部分だけが逃げようと上空を漂っていたところへと向かって、真っ直ぐと、大気を駆け出していったのだ。
生存者や死体は全て、地上へと救出された。そうして動力源とも言える全てを失った今、その一部分を活かしているのだろう“最後の動力源”が、紅の目と合っていく。
——学生服。最近になって見慣れたそれを着用する一人の少年が、おぞましいものを見るような目で視界のそれに恐怖を示した。
……だが、同時にして少年は手を伸ばしていた。
この恐怖は、紅を恐れてのものではなかった。——それは、今現在と置かれた自身の状況における、死を間近に迎えたことで湧き上がる恐怖の表れ、とも受け取れるかもしれない。
助けて。手を伸ばす少年。
液状の中、取り込まれた身体と共に迎える滅びの運命に悲観する様子。
俺も、みんなのように助けてほしい。訴え掛けるその悲痛な目。自分もまた真下の皆のように混沌の闇から救われて、いつもの平穏な日常に戻れることを心から望む生への執着を思わせる。
想いが伝わったのだろう。少年が必死になって伸ばすその手を見ると、紅もまた掴み取ろうとするかのように少年へと手を伸ばしていった——
——が、その手はすぐにも引き下がり、狙いをつけるように引き絞られる。
瞬間。夜空が歪む破裂の轟音。大気中の衝撃が地上にまで伝わる、破滅をもたらす正義の拳。
目指していた雲は、塵にもなれず宵闇へと消え失せる。同時に、その威力を直撃で食らった液状とその中身は、最期に働かせた知能によって瞬間的な走馬灯を脳裏によぎらせた。
同級生を殺し回ってきた、殺戮を繰り返す場面の数々。冷酷かつ残忍につくり出した亡骸を捧げるそんな日々の中、自分に向かって一つの強力な蹴りをかましてきた漆黒の存在が、ふとよぎり出してくるのだ——
——自身の行いが、とある正義の怒りに触れていた。そして、このような存在に救いは要らないという世間とは異なる独自の判決を下し、信条とする己が正義に突き動かされるまま、こうして裁きの鉄槌を下しに来たのだろう……。
飛沫の一滴も残さない一撃。概念ごと屠る裁きの鉄槌が炸裂したことにより、此処に在ったハズの一つの存在は、上空の彼方と共に歴史の闇へと送られた——