「ただいま戻りましたー。帰り道でユノさんの好きな釜飯を買ってきましたので、お昼ご飯にしましょー」
探偵事務所の扉を開ける柏島歓喜。それを閉めてカギをかけていくと、足元の見慣れないサンダルに来客を悟っていく。
ひたひたと歩き、中の様子をうかがった。だが、人の気配と物音は真横の洗面所から感じられ……。
ノックして、「失礼します」と入る彼。そして洗面所の奥に繋がる浴室で蠢いた影を見ると、同時にして「おかえりなさい柏島くん」と反響する葉山ユノの声が聞こえてきた。
「シャワー中のところすみません。あの、来客がいらっしゃるみたいですが……」
「えぇ、気にしないで。今、対応中だから」
「対応中って……」
並べられた、衣類を入れるバスケット。そこに見慣れない女性もののロングスカートが見えたことで、柏島歓喜は「……俺、事務所で掃除してます」と一言告げて洗面所を後にしていった。
去り際にも、浴室から掛けられた「すぐ行くから」の彼女のセリフ。それと同時にして響き渡ってきたのは、聞き慣れない女性の「あっ、やんっ! まだダメ、いるから!」という甘くて甲高い声音の反響。そして蠢く二つの人影が絡み合っていくと、柏島歓喜は背にした喘ぎ声を無視するように事務所へと歩みを進めていった——
「そりゃあ、ユノさんのご活躍は俺が間近で一番見ておりますから、ユノさんに対する信頼は周囲よりも厚く、確実なものではありますよ。……ですからってユノさん、夜に救助した女性の方を真昼から連れ込んで行為に及ぶのも、現場に勤める雑務の人間としては複雑に思うところがあるワケです」
女性が帰宅した後に柏島歓喜はそれを言い、共に釜飯を食しながら向き合うその空間で葉山ユノは凛々しくそう返していく。
「こういう息抜きは必要なの。ヒーローにも休暇は必要でしょう?」
「厳密に言えば、ユノさんはヒーローではなく探偵ですけどね」
「でも人助けをしているじゃない」
「確かに、引き受けた案件に関わるモンスターは、ユノさんがきっちりと対応しております。——昨夜も、お見事でした。俺も帰宅した後、自宅でご活躍を拝見しておりましたよ。それも、ユノさんには珍しくファンサービスもしていたじゃないですか。しかもその相手が男性だったことに、俺は驚きを隠せなかったもんです」
「でしょう? だから、そのヒーロー活動に見合ったご褒美が用意されていてもいいじゃない」
「それとこれとは話が別でありますし、こういう時だけヒーローだという主張で納得させようとしてくるところも、何と言いますか……なんかもう、いいです」
手に持つ箸の尻で頭を掻く彼。それを前にして満足げに笑みを見せた葉山ユノがニヤァとしていく中で、柏島歓喜はふと真面目な面持ちでそんなことを口にし始めたのだ。
「俺がここに来て、それなりの時間が経ちました。最初に勤め始めた頃から今にも続いて、ユノさんの探偵としての矜持や人助けの動機は一切と変化していないという印象を抱いているものではありますけど、それとは別にして、ユノさん最近、やけに人助けの頻度が増えましたよね」
彼のセリフを耳にして、葉山ユノは動かす箸の手を止めていく。
「近頃、そういう気分の日が多いだけよ」
「それも、最近はやけに世間との距離が近くなったように感じられます」
「だからなに?」
「ユノさん、実はヒーロー向いているんじゃないですか?」
柏島歓喜の言葉に、彼女は真顔のまま速攻で返していく。
「イヤよ。ヒーローになんかなりたくない」
「俺、そこが分からないんです。ユノさんは確かに自分の世界を大切にしている方ですし、何よりも束縛を嫌い、自由の身分で伸び伸びと活動なされるタイプであることは理解しております。ですから、こうして法律のギリギリセーフとギリギリアウトを繰り返すグレーゾーンの探偵活動を本職としているんでしょうけれども、俺としましてはやはり、その有り余る力の活用方法——超人として卓越した異次元の身体能力をもっと活かせる場こそが、ユノさんにとっても、我々人類にとっても必要なんじゃないかと思ったりするんです」
それを聞き、葉山ユノはほんの少しだけの間を置いていった。
「貴方は私をヒーローだと買い被ってくれているけれども、私にはそのような意思、微塵も存在しないの。——貴女はとことん真面目な人間ね。超人協会のアシスタントスタッフとして勤めていただけあるじゃない。助手として頼り甲斐あるわ」
「あぁ、いえ……」
「……まぁ、今となってはこの力も持て余してしまっていて、現在における明確な使い道を決めていないのも事実ね。——必死な思いをして身に付けたのに、結果が伴わなくてこの力だけが残ってしまったから、なおさら……」
……え?
問い掛けるような視線を向ける柏島歓喜。それを受けて葉山ユノは自身が口にしたセリフで口を噤み、咳払いで空気をリセットしながら箸を釜飯に走らせ始めた。
「無駄な詮索は不要よ。時間が勿体無いもの。そんな、無益も大概な時間を設けるくらいなら、その時間でこの釜飯をもう二個追加で買ってきなさい。これは上司からの命令よ」
「……随分と強引に話題を逸らしていくんですね。しかも不可抗力の権限まで発動して、オマケに、遠回しにおかわりも要求する完璧な命令じゃないですか。まぁ、俺にとって救いなのは、二個という個数の指定によって、さり気無く部下である俺の分も気遣ってくれているところでしょうか——」
「いいえ、二個とも私が食べるわ」
「ただ食べ足りないだけでしたかー」
日常。二人でテーブルを挟む光景に平和的なやり取りを交わしていく。
と、そんな会話の最中にも、葉山ユノはこんな言葉を投げ掛けた。
「それで、私の自宅は綺麗に掃除してくれたの?」
「え? あハイ、元々そんな散らかっていなかったお部屋でしたので、床と壁を軽くピカピカにして、ダブルベッドや家具の配置などを整えて参りました」
「そう、ありがとう」
テーブルに肘をついて、その手に顎を乗せていく彼女。そして柏島歓喜へと向けた視線を真っ直ぐと投げ掛けながら、葉山ユノはそんな誘いを訊ね掛けていったのだ。
「今晩、私の自宅に泊まっていく?」