「えぇ、今回のご依頼、ぜひともこの葉山ユノにお任せください。必ずや本件の主犯となる身元を特定し、亡くなられた妹さんが安らかに休めるよう、我々は尽力いたします」
黄昏の夕日が、龍明の防壁へと姿を隠し始める時刻。雑木林が目立つ郊外の地にて、依頼主である十代後半の女性の手を優しく握る葉山ユノが、そこにいた。
即行動。膝丈まである黒色のパフォーマンスブーツを鳴らしながら、彼女は聞き込みを開始した。それは実にアクティブであり、この場にいる依頼主の関係者を始めとして、探偵という職業と美貌に物を言わせた口説きで、警察と会話を交わす姿を見せていく。
また、龍明超人協会から送り込まれたヒーロー数名を相対した際には、彼女は助手としてメモをとらせていた柏島歓喜を引っ張り出してくる。すると、彼女の期待通りに、柏島歓喜は以前の経歴を活かした会話を展開していくのだ。
「あ、どうも。お久しぶりです。え、俺がどうしてここにって? いや俺、そちらのアシスタントスタッフを辞めてしまいまして。あぁいえ不祥事とかじゃなくて、純粋に怪我をしまして、引退を余儀なくされただけなんです。自己管理ができない人間が、ヒーローのアシスタントなんて務まりませんからね。いやいや本当に、厳しい世界です。あはは」
打ち解けたところで、横から葉山ユノが本題を切り出していく様子。これに柏島歓喜は再びメモを構えていく中で、ふと視界の隅に映った“それ”へと意識を奪われてしまった。
「…………雑木林の中。誰もいないところに、人影のような黒い何かが……」
視線を向けた時には、既に見当たらなくなった違和感。何となく気になった“それ”に柏島歓喜は胸騒ぎを感じてしまいながらも、時は過ぎてホテルへの移動を終えていく。
……その日の活動が終了し、湯船に浸かって天井を呆然と見遣る彼。
お湯が溢れる一歩手前の、首から下を温める極楽の一時。初めての現場経験に、多大な疲労を被った彼は頭を空っぽにしていく。
そして、両手に掬ったお湯で顔を濡らそうと、お湯を顔面へと思い切りぶつけていった、その瞬間に開いた浴室の扉——
「私も入れて」
「ぶッ!!!! ユノさんッ!!??」
驚きのあまりに吹き出す柏島歓喜。その勢いで上げた視線に映る、彼の視界に広がった彼女のありのままの姿……。
「俺、まだ入ってますがっ!!?」
「えぇ、だから柏島くんは柏島くんで自由にしていてちょうだい。私は私で入浴を済ませるから」
「そういう問題じゃなくて——っ!! ユノさん、あなたが自分の世界を何よりも大切にしている方であることはこの一週間でよく分かりましたけど、だからって、どんだけ男の人に興味無いんですか!!」
彼の訴え掛けに対して、シャワーから水を流す音で答えていく彼女。そして、ポニーテールを解いてある潤い帯びた長髪をサラサラと流しながら、頭からシャワーを浴び始めた。
「大体ですね、男の俺と女性のユノさんがホテルで同室って時点でも、プライベート的な意味で色々と欠いているところが——」
「柏島くん」
自分の世界を持つ葉山ユノは、思い付いたようにそれを口にしていく。
「依頼主のあの子のメールアドレスは、確保できたのかしら」
「え。まぁ、言われた通りには……。——ちょっとユノさん。まさか、タイプだからって理由であの方にお近づきになろうとしているんですか? だったら、少なくとも今は絶対にやめてくださいよ。いくら何でも、親族が亡くなられたばかりの方をワンナイトラブに誘うのは、モラル的に良くありません」
「私だって、彼女を悲しませるのは本望じゃないわ」
浴槽へと視線を投げやる葉山ユノ。
「心から傷付いてしまった女性の手助けに、私はなりたいの。それが彼女の心のケアに繋がるのであれば、私は自ら望んでこの手を差し伸べたいし、彼女が誰かの温もりを必要とするのなら、私は彼女のすべてを受け止めて、気が済むまで傍に居てあげたい。——ま、実際、赤の他人である私にできることなんて何一つないけれどもね。ただ、こうして探偵としてお仕事を引き受けるのも、そんな、できることの少ない些細な手助けの一環のようなものなの」
シャワーの音が響く空間。湯船から立ち上っていく湯気が柏島歓喜と葉山ユノを包み込んでいく……。
「ユノさん……」
「貴方も、彼女から相談を持ち掛けられたら、真摯な対応を心掛けなさい。時として、異性と会話することで解決できる物事だってあるのだから。——法律のしがらみに囚われない自由な身分を商売に、誰かに必要とされる仕事を必ず完璧にこなしてみせる陰の救世主。それこそが、我々探偵の在るべき姿よ」
と言いながら、髪をタオルで束ねるなり浴槽へと脚を投げ掛けた彼女……。
「は、え。ユノさ——」
「脚を畳んで、柏島くん。このままじゃ窮屈よ」
「い、いやいやいやッ!!!! だから、男の人に興味無いからってなんでそんな躊躇い無いんですかッ!!? ——あ、俺、ちょっとのぼせてきたんで先に失礼しますっ!!」
ザパァッ!!
彼女の身にも降りかかる勢いで浴槽から飛び出した彼。大事なところを隠しながら逃げるよう浴室から出ていった彼の背を、彼女はかかったお湯を全身から垂らしながら見送った——
龍明を護る防壁。それの根本から生い茂る雑木林に紛れ込んだ、宵闇の屋敷。
人知れず悪寒を漂わせる屋敷の内部にて、蔓延る邪悪はワインのグラスを片手にセリフを呟いた。
「んぅ、もったいない、もったいない。絶世の美女も、巷で有名な美男子も、美しくあるがために損なわれるのが実にもったいない。人間、それを欲しがり、求めるからこそ、それの可能性が潰えた時に『あぁ、もったいない』と喪失感に浸り出す。そんな喪失感に、我は虜となってしまったぁ」
波を立てるようグラスを回し、中の液体を混ぜていく男。
と、次にも手を傾け、グラスの中を巡っていたワインを床にぶち撒け始めた。
——ビシャ、びちゃびちゃ!! 床を跳ねる飛沫の音に愉悦の表情を見せる男。体格の良い格好と、金色の民族衣装を身に纏うその容姿で、ニヤッと不敵な笑みを浮かべながら片方の手を突き出していく……。
「あぁ、もったいない、もったいない……。でも、こんなもったいないじゃあ、我は満足できないぞ。——皆の衆、我に、次なる生贄を捧げよ。あぁ、ただし、かの美女がもったいない死に様を晒したことで、ヒーローとなる正義を着飾る面々が付近を徘徊している。我ともあろう者がそのような正義に見つかるなど、断じてならないからねぇ」
男の前に並ぶ、たくさんの人影。そのどれもが二メートルを超えた長身であり、かつ、シルエットは人のようであり、そうでないような、不気味な陰りで塗り潰されている。
「そこの者。次なる我の贄を、ここへ連れて参れ。他の者達は、この屋敷とは対になる位置に存在する街へと赴き、そちらで適当にひと騒動起こしてきなさい。そうすれば、徘徊するヒーローの面々はそちらを厳重に警戒し、我の屋敷から遠のくだろう。——さぁ、今もこうして無益な時間を過ごすことこそが、あぁ、もったいない、もったいない。迅速な行動をお願いよ」
手に持つグラスを手放し、その場から落として割っていく。この甲高い破損の音と共に男が手を叩くと、眼前で並んでいた陰りのすべてがその場から飛び立つよう姿を消し、男の思惑に従うのだった。