灯籠が並ぶ、砂利道が目立つ山道。訪れた者を妖しく導くよう暗がりをぽつぽつ灯すそれらの道しるべは、和風テイストが放つ独自の不気味さを演出していて専ら評判でもある。その代物だけでたいへん雰囲気を醸し出す光景が好奇心を掻き立てられて、物珍しさを噂した知る人ぞ知る人々が、これら周辺の地域と旅館に足を運ぶのだ。
しかし、現在ではモンスターの出現によって人の足が途絶えた一時の静寂。だがそれも葉山ユノによって討伐されたことから、近い内にも観光客は戻ってくることに違いない。そんな静寂を貸し切ったかのように訪れた柏島歓喜と謎の少女は、彼が若干と不安そうな面持ちを見せたところから会話のキッカケが生まれ出す。
「……モンスターもユノさんが倒してくれたものだし、おそらくは大丈夫だろうと思って足を運んできたもんだけど……こうして夜に訪れてみると、今までに体験したこともないような怖さを感じられてしまって、前に進むのも恐ろしく思えてくるもんだ……。この、石造りの灯りだけでこれほどまでの雰囲気を作り出すことができるなんて、考えた人は本当に天才としか言い様がないな……」
灯籠を眺める柏島歓喜。だが、その足は中々、前に進もうとはしない。
と、手を繋ぐ少女は表情ひとつ変えないサマで彼を見遣っていくと、その手を引っ張るようにしながら少女は山道を歩き出していく。
「——散歩」
「あ、あぁ……それは、そうだったね……」
早く行こう。それを促すよう弱い力で彼の手を引っ張る少女。これにつられるまま柏島歓喜も歩き出していき、灯籠と暗闇に囲われるよう二人でその道を上り出す。
……周囲にばかり気を取られる柏島歓喜。落ち着かない首の動きと、今にも何かが飛び出してきそうな雰囲気ある山道に不安を募らせていきながらも、一方で平然としたまま前を見つめ続ける少女へとそんなことを切り出した。
「……連れてきておいてアレなんだけど、俺、いま相当ビビってるんだよ。手の震えも多分、ミントちゃんに伝わってるかもしれないけど。——ミントちゃんは、ここ怖くないの? 大丈夫かな……? 無理してない……?」
彼の問い掛けに、少女は彼へと振り向きながらそう答えていく。
「楽しい」
「そ、そうなんだ……」
肝が据わっているなぁ……。内心でそんなことを呟きながら、柏島歓喜はただただ少女に感服することしかできなかったものだ。
……二人で歩み進める、灯籠ともる妖しい山道。その道中にもふと思い出したように柏島歓喜はハッとすると、それを確認するべく少女に言葉を投げ掛ける。
「そう言えばさ、この前もこうしてミントちゃんと歩いたりしたけれど、あの後ミントちゃんが急に消えちゃって、俺、心配してたんだよ」
「——心配?」
「そう、心配。ミントちゃん帰ったのかなって。夜なのに女の子一人で帰ったのだとしたら、ミントちゃんは無事にお家に帰れたのかなって、気にしてたんだ」
「気にする……」
ぎゅう。彼の手を握り締める少女の手が、少しだけ強くなった。
「——ごめん、なさい……?」
「あぁ、謝らなくてもいいよ! たださ……ミントちゃん、あの後どうやって帰ったの? ほんと、まるで消えるかのようにいなくなったもんだから、俺、それも気になっちゃってね……」
踏み込んだ話。そうして彼は少女の顔色をうかがうようにしていくと、次にも思い切ったようにそう訊ね掛けていったのだ——
「……ミントちゃんってもしかして、超人とかだったりするのかな……? あぁそれとも、実は瞬間移動できるモンスターだったりしてー……? あはは、なんちゃって——」
「——楽しくない」
「……え?」
繋いだ手を離す少女。そうして逃げるように彼との距離を空けていくと、一切と変えない表情ながらも、どこか避けるような様子で彼のことをまじまじと見つめていく。
「——楽しい、できると思った。でも、楽しくない。それ、やだ……」
「……ミントちゃん?」
「人、違う。楽しい、できない。いつも、ひとり。——カッキー、いやになる……!」
と、少女は一瞬ばかりと悲しげな表情を見せた途端に、柏島歓喜を置いてその先へと向かって走り出してしまった。
それには思わず、彼も「ま、待って!」と言ってすぐさま追い掛ける。だが、見かけによらず足が速い少女は目先の暗がりに紛れ込んでしまうと、柏島歓喜は真っ直ぐ追い掛けた末に辿り着いた、見通しの良い空間で立ち止まってその様子を眺めていったのだ。
数個の灯籠が続く先に、立派な鳥居が建てられたその空間。石を敷き詰めた道がそちらに向かって真っ直ぐと伸びていくと、この山道のゴール地点とも言うべき大きな神社が来客の“二人”を迎え入れてくる。
……神社の前で、俯きながら佇む銀色少女。寂しげとも見受けられる小さな背中に、柏島歓喜は声を掛けながら歩み寄っていく。
「ごめん、ミントちゃん!! 俺、まだミントちゃんのことがよく分かっていないんだけど、多分、俺はミントちゃんが嫌がるようなことを口にしたんだと思う……!! でも、俺はミントちゃんを嫌な気持ちにさせるためにそれを言ったワケなんじゃなくって……!!」
石の道を駆ける彼。コツコツと音を立てながら彼は少女に近付いていくのだが、鳥居をくぐった辺りにも彼が石の音を立てた、その瞬間だった——
——薙ぎ倒される木々。厚みのある大木をもへし折って現れたのは、全長三メートルにもなる巨大な筋肉質の生物。
人型である“それ”は、歪んだ骨格の顔と萎びた灰色の長髪で現れると、すぐにも目についた柏島歓喜へと、手に持つ巨大な包丁のような武器を振り下ろして攻撃を仕掛けてきた。
「ッ!? あれは、ユノさんが倒したハズのモンスター……!? どうしてここに……もしかして、別の個体——!!」
油断した。反射的に両手で防御するよう、彼は受け身の姿勢で目を瞑っていく。
刹那によぎる、死んだ、の言葉。
……だが、最悪の想定をしていた彼がしばらくと佇んでいると、ふと、自身に降りかかるはずの痛みが訪れないことに気が付いた。
目を開ける彼。様子をうかがうような瞳で彼はゆっくりと目の前を見遣っていくと、その開けた視界の中央に展開されるひとつの光景を目にするなり、言葉を失いながらその両腕を下ろして立ち尽くしてしまうのだ——
何も無い空間を殴りつける、筋肉質なモンスターの姿。一歩としてその場から踏み込んでこない様子に彼はよくよく目を凝らしてみると、それの目の前には、透明な質感を持つ分厚い壁が進行の妨げとなって忽然とそびえ立っており、しかも、それがモンスターの前後左右、加えて天井となる上も含んだ長方形の四角形となってそれを閉じ込めている。
そして、四角形の上に着地する少女。ふわっとした浮遊感と共に柏島歓喜の視界の上から少女が降りてくると、少女はそのまま何事もなかったかのようにしゃがみ込んでいき、かと思えば、足元で壁を殴りつけまくるモンスターに一切の興味を示していかない。
と、その時にも、前後左右の透明な壁が、モンスターに向かってゆっくりと動き始めたのだ。透き通った質感が故に距離感がつかめない防壁だが、筋肉質なモンスターの攻撃でさえまるでビクともしない。これによって完全な強度の証明となったそれらが着実にモンスターへと迫り出していくと、直にもそのモンスターは挟まれる形となって、振り回していた腕もその場で固定されて自由が奪われるサマを目撃することとなるのだ。
壁の進行は止まらない。巨体を持つモンスターが圧迫され始めたことで、それは苦しげな顔を見せていく。だが、それでも止まらない壁はとうとう中身のモンスターを押し潰し始めていき、次にもモンスターは、プレスされる形で人型の原型を崩していきながら、途端に噴き出した血肉や骨をぶちまける形で、辺り一面を真っ赤に染め上げていった——
——壁に飛び散った、広がる血痕。透明であるが故に、ぐちゃぐちゃになった肉や骨といった内部の様子も丸々とうかがえる中で、壁の進行はそれでも止まらずにプレスを続けていく。
透明な壁は、それらが干渉してもすり抜けるように進行を続けていた。そうして四枚の壁がすり抜け終えて中の空間を広げつつあると、上に乗っていた少女はしゃがんだ姿勢から平然と立ち上がり、それと共に透明な壁の全てを消すなり少女は地上に降り立って彼の下へと歩き出す。
——少女の背後には、何も残っていなかった。強いて言えば地面に付着した生々しい血痕がそれと言えたものではあったが、中身が噴き出したタイミングでもその周囲は四角形で囲まれていたことから、血痕もまた綺麗な四角形を象ってしまっていて、元からあった地面の模様ともうかがえてしまえる。よってそのバックグラウンドを持つことから、この血痕はとても、生き物から噴き出したそれであることを認識されないことだろう。
柏島歓喜へと歩み寄る少女。……表情を変えない物静かな接近に、一種の不気味さも孕んでいた。だが、それを前にしても一歩たりとも少女から退くことのなかった柏島歓喜は、目の前の存在に対して視線を逸らすといった動作は一切と見せず、むしろ少女と見つめ合う形で向かい合うことで、少女から逃げ出す素振りは全くもってうかがえなかったものだ。
……目の前で立ち止まる少女。それでも一歩も動くことのない彼を上目遣いでじっと見据えて首を傾げると、次にも少女は、とても不思議そうにそれを訊ね掛けていく。
「——怖、かった?」
微塵も動かない表情。ただ口のみが動く少女の問い掛けに、彼は少しばかりと視線を逸らしつつそう答えていった。
「……正直、もうダメかと思った。でもまさか、ミントちゃんに救われるだなんて想像もしていなかったよ」
「——?」
彼の返答を耳にして、少女は首を反対へ傾げながらそう言葉を投げ掛ける。
「——怖く、なかった?」
「え? ……いや、怖かったよ。あのモンスターに襲われた時はさすがに、あっ俺死んだなって思っちゃったくらいだし」
「? 違う。——チョコミント、怖かった?」
え?
少女の問い掛けに、彼は思いもしないといった意外そうな顔を見せていった。
「ミントちゃんが、怖い? いやいやいや、そんな、怖いなんて思わないよ。——むしろ、ものすごく頼もしく思った。だって、あのバリアみたいなやつ、ミントちゃんが出してくれたんだよね? おかげで俺、ミントちゃんに助けられちゃった。本当にありがとう、ミントちゃん」
「——ッ」
彼がお礼を口にしてから、その時初めて少女は嬉しそうに眉と目を上げていった。
そして、少女は少しもじもじとしながらも、何かに躊躇いつつ彼へとそんなことを訊いていく。
「——ともだち」
「? なになに?」
「ともだち、ほしい。楽しい、いっぱい。……カッキー、なれる……?」
……あぁ、そういうこと。
笑みを見せた柏島歓喜。そのまま屈んで少女の視線に合わせていくと、その小さな存在の頭に手を乗せながら優しく撫でていき、彼は頷きながらそう返事をしていったのであった——
「俺でいいのなら、喜んで友達になるよ。じゃ、俺とミントちゃんは、今日から友達だ。これからもさ、ミントちゃんの都合の良い日にでも、俺のところに来てよ。そしたら、俺とまた散歩でもしよう。——だから、これからもよろしくね、ミントちゃん」