昼間の炎天下、小型のデジカメでシャッターを切る。それを、覗き込む壁の向こうへ向かって数回と繰り返し、先にいる二人の男女が部屋へ入る様子を盗撮していくのだ。
二人が完全に姿を消した、閉じられたドアの様子。その動向をうかがい、赤色のシャツに黒ずくめの彼女が白髪ポニーテールを揺らしながら早足で歩み寄ると、〆にドアのナンバープレートを撮影してから敷地外へと速やかに歩き去っていった……。
遊具が置かれた、広大な公園。子供たちも数名と集まってキャッキャと遊ぶ様子を背景に、彼女は脚を組みながらベンチに座って悠々と存在し、遊ぶ子供の女の子を眺めていっては、獲物を捉えるかのような瞳で頬を染めていく。
しかし、手元にあるデジカメも忘れていない。業務に戻って撮影した写真をすべて目視で確認していき、その内容に満足といった様子で頷いていくと、彼女は立ち上がって背を伸ばし、脱力させて腕をぷらぷらさせながら戻るべき場所へと足を向かわせ始めた、その時だった。
……歩む先の、自動販売機。飲み物と並んでアイスクリームも販売しているその機械の目の前で、一人の少女が物欲しげな視線を送ってただただ佇むその光景。今の季節には珍しい炎天下であることからか、はたまた対象が少女であったからかは彼女のみが知る動機だったものだが、彼女は凛々しい歩き姿でそちらへ向かっていくと、少女もまた彼女の存在に気が付いてそちらへと駆け寄っていったのだ。
「——アイス」
色素が薄い、生気をうかがわせない色白の肌。胸元辺りにまで伸びたもみあげに、緩く巻かれるよう絡まる黒色の紐のリボンが特徴である銀色のショートヘアー。
透明感のある存在感に、彼女はふと眉を上げて屈んでいった。そうして視線の高さを合わせた彼女の目を見ると、少女は自販機に指を差しながらそれを続けていくのだ。
「アイス、欲しい。チョコミント。チョコミント……!」
「チョコミント? チョコチップが散りばめられた、ミント味のアイスのことね。——アイス、食べたいの?」
「——うん。うん」
「そう。それじゃあ、お姉さんが買ってあげる。今日はすごく暑いものだから、貴女のような可愛い女の子が倒れちゃったら、とっても大変だわ」
ニッと笑みを見せて立ち上がる彼女。そして棒付きのチョコミントアイスを購入して少女へと手渡していくと、少女もまたパァッと嬉しそうな表情を見せながら、それをもぐもぐと食べ始めて彼女へと視線を投げ掛ける。
そんな彼女はと言うと、少女と合った視線に、もう我慢できないといった調子で頭を撫でながらそんなことを訊ね始めたのだ……。
「お外はこんなに暑いと言うのに、貴女はずっとひとりで居たの? お父さんやお母さんは一緒じゃないの?」
「——いっしょ、無い。ひとり、ずっと」
「たとえ明るいお昼であっても、お外に一人でいるのはとても危ないわ。だから、今は私が傍についていてあげる」
少女の肩に手を乗せて、彼女は恍惚といった具合に赤く染めた頬の表情で続けていく。
「ハァハァ、それにしても貴女、本当に可愛いわね……。でもね、こんなに可愛い女の子がお外に一人で居ると、すごくアブないのよ? じゃないと、貴女のような可愛い可愛い女の子が大好きで仕方のない、とっても危険な大人の人に連れて行かれちゃうんだから……」
「——? ひとり、だめ?」
「そうよ、一人でいるのはアブないの。だから、私がついていてあげる。ハァハァ……。それにしても貴女、綺麗なおめめをしているのね。顔立ちも可憐ながら不思議系の透明感あるいたいけさで可愛らしいし、ほっぺたも、吸いつきたいくらいもちもちで可愛らしい……。こんなにカワイイ子が一人で歩いていちゃあ尚更、ワルい大人に連れてかれちゃう……!! そんなのはダメよ絶対! だから、私が保護してあげる! そうしましょう!!」
「? ——怖、い……」
少し離れようとする少女。だが、彼女は少女へとそれを続けていく……。
「大丈夫よ、安心して。私なら、ワルい大人の人なんてすぐにやっつけちゃうんだから……!! ——あ、アイスならいっぱい買ってあげる!! 貴女が望むなら、ここにある全種類のアイスも買ってあげるわ……!! あ、でも、全部食べちゃったらお腹が冷えちゃって大変かも……。でも大丈夫よ!! おトイレならあっちにあるから、おトイレに行きたくなったらすぐ私に言ってね!! そしたらお姉さん、急いで貴女をおトイレの中まで連れていってあげるから……うふふ……」
にじりにじり。妖しく光らせた彼女の瞳に、少女は圧倒されるかのようにゆっくりと退いていく。
だが、それでもなお表情を一切と変えないその様相。アイスを食べる口を止め、少女はしばらくと暴走気味の彼女を見遣っていくと、そんな少女に見つめられて余計に興奮する彼女に対して、そのセリフを放っていったのだ。
「——気を付けて」
「? 気を付けて? ……私なら大丈夫よ。どんなに強くて怖いモンスターが貴女に襲い掛かってきたとしても、私が絶対に、貴女を守ってあげるから——」
「強いの、来る。——“あなたが負けた、あの男も”」
——ッ。
見開く目。全身に迸った寒気を受けて、炎天下に紛れる冷や汗を流した彼女は数歩と退いて少女を見遣っていく……。
「…………貴女」
「——“
一言を告げる少女。手にアイスを持ちながら、それを続けていく。
「五人の超越者、ここ狙ってる。——ひとりは、ここにいる」
そう言って、自分を指差す少女。
「でも、壊すのやだ。だから、教えにきた。——あなただけ。四人を、止められるの」
「……その、貴女も含めた『超越者』って呼ばれる五人の中に、“あの男”もいるのね……?」
口元を手で押さえ、恐ろしく低い声音で少女へと訊ね掛けるその彼女。これを受けて少女はうんうんと頷いていくと、説明を続けるよう口を開き始める。
「いる。——“あの男”は、あなたの因縁。でも、三人も強い。“あの男”と、同じくらい」
「…………ッ」
その時初めて、彼女は青ざめた。だが、色素の薄い健康的な色白が動揺を隠し切っていくと、彼女は荒げた興奮を何とか整えながらも冷静さを装って、未だ息切れる呼吸を抑え込むよう静かな声音で訊ね掛ける。
「……貴女はどうして、ここを壊したくないと考えているの? “あの男”の存在を引っ張り出してきて、それも同類である事実をほのめかした以上は、私は貴女のことを信用することはできない」
「——友達」
一言を口にする少女。そして少女はアイスを見つめながら、そのセリフを彼女へと伝えていくのだ。
「ここで、友達できた。初めての、楽しい。——人としての、楽しい。とても、嬉しかった。ずっと、ひとり。寂しかったから……」
「…………」
「人に、なれた。やっと、楽しい知れた。その人、友達になった。ずっと、楽しいしたい。——でも、ここ壊れたら、友達消える。だから、あなたに教えた。友達のために……」
「…………」
無言。炎天下の猛暑も忘れるほどの冷や汗で全身を冷やし、眼前に存在する脅威と相対することで持続した警戒を表情に乗せながら、彼女は腹部辺りで軽く腕を組んでそう言葉を口にする。
「……ありがと、少し考えさせて。……でもね、先に貴女に伝えておくのだとすれば、本来なら私にはもう、戦う“動機”というものが存在しないの。その様子なら貴女も知っているでしょうけれども、以前の私には“動機”があったものだから、どんなに強い相手だろうと私は命を懸けて戦うことができていた。でも、その“動機”は既に、この世に存在しない。それが失われてしまった今の世界には価値を感じられないものだから、私としてはもうね、この星が消し飛んでしまおうとも別に構わないの。——ただ、“あの男”だけには個人で用があるから、これだけは約束してあげる」
そう言い彼女は、少女という幼い女の子に対して低い声音で伝えていくと、次にもドス黒く、しかし瞳孔のみを真紅に染め上げた魔獣の如き眼光を宿しながらそれを口にした——
「——気が向いたら、手伝ってあげる。ただそれだけよ」
滾る力。今にも地盤を叩き割りそうな感情を秘めた彼女のセリフを耳にして、少女は一切と変えない表情で「——ありがとう」と呟くと、瞬間にもフッと消え去って跡形も無くその姿を晦ましていった。
……空を見遣る彼女。真紅と漆黒の目をそのままに見上げた真っ直ぐな視線で大空を貫いていき、太陽の強い日差しをも遮る視界中の黒い靄で彼方を眺めていきながら、握りしめた拳の力で両手にドロドロと血を流し始めて、彼女は暫しとその場に佇み続けていった——