奇超人JUNO   作:祐。

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正義執行【3357文字】

 宵闇に紛れるよう、雑木林に佇む薄汚い屋敷。人目を避けるようひっそりと存在する屋内には、座る椅子の手すりに、指の貧乏揺すりをコツコツと鳴らす男が苛立ちを見せていた。

 

「んぅ、ヤツらは何に手間取っているとでも言うのだ? 遅い。遅すぎるぞ。こうして贄を待ち続ける時間こそが、もったいない……!」

 

 体格の良いシルエットと、金の民族服をまとった男のぼやき。その眼前では、黒き触手を蠢かすモンスター数体が自由に歩き回っている。

 

 ——と、次の瞬間にも屋敷の屋根が突き破られた。

 

 ッ。

 突撃した爆音。これは爆発しない爆弾の如く、衝撃のみの音を屋内に轟かせ、何かが降り立つ。

 

 風圧で吹き飛ばされてきた破片が降りかかり、男は慌てて立ち上がりながら退いた。

 同時に、これを受けて周辺から黒きモンスターが集まり、降り立った何かを包囲していく。

 

 ……天井に開けられた穴から差し込む月明り。それが薄黄色いわずかながらの光源をもたらすと、次第と鮮明になりつつある“紅”の姿が、ゆっくりと身体を起こしていくのだ。

 

 ——真紅の分厚いコートと、紅が光る漆黒の仮面。無言を貫く“それ”はガントレットをガチガチと音立て、目の前の男を真っ直ぐと捉えながら歩みを進める……。

 

「な、なんだねチミはっ!? わ、我の屋敷をこんなにして——せっかくのこだわりの造形がっ、なんてもったいないっ!!」

 

 咄嗟にかざす右腕。それを合図として黒きモンスターが一斉に“それ”へと襲い掛かると、鳴らすガントレットで拳をつくるなり振り抜いた一撃によって、屋敷共々モンスターを塵へと帰してしまう。

 

 ——背後に現れる、龍明の防壁。隕石が横殴りに衝突してきたかのような一撃は、後方の壁に拳型の凹みを刻み込むほどのもの。

 その、真横。開いた穴で絶句する男。……本能が訴え掛けてくる危険信号に、思わずと鼻水を垂らしながら一歩、後退った。

 

 瞬間、一気に距離を詰める“それ”。蹴るようにして音速の接近を図る前方に対して、男は堪らずといった具合に背中から複数の黒い触手を伸ばしながら、怒れる表情で“それ”を迎撃したのだ。

 

 無数の攻撃を掻き分ける。だが、周囲の子分とは格が違うことを知らしめるよう、“それ”をわずかながらに足止めしたその一瞬を見極め、男は開いた穴へと飛び込むようにして脱出を図った。

 

 それと連携するように周囲から現れた、黒きモンスターの群れ。どこに隠れていたのか、真っ黒な大波をつくり出すように“それ”へと飛び掛かる。

 だが、握った拳で波は容易く打ち破られ、原型を失った黒い塵が屋敷の破片と入り混じっていく——

 

 ——逃がした。

 跳躍で天井をぶち破る“それ”。屋根に降り立って周囲の雑木林を見渡し、すぐにも再度の跳躍で宵闇に溶け込むことで、瞬く間にその姿を消していく……。

 

 

 

 

 

 龍明の郊外。街とは異なる、村に近しい環境。

 ホテルの屋上を踏み台に地上へ降り立つと、そこで待ち構えていたのは、恐怖で悲鳴を上げる民衆の光景だった。

 

 ……地面に張り付く、粘液混じりの黒い跡。それは伝うように伸びていくと、先まで“男”を象っていた、体格の良いタコのような人型の黒色軟体生物が、目についたのだろう二人の人物を触手で拘束して“それ”へと向かい合っていく。

 

 二人の男女が、まとめて触手に締め上げられる様子。女が口から流す血で絶望に打ちひしがれた表情を見せていく中、男はそのオレンジ色の瞳を真っ直ぐと“それ”へ向けながら、セリフを口にしていった。

 

「すんません……!! 依頼主を安全な場所へ運ぶことはできましたが、住民の避難が間に合いませんでした……! 俺には、町の皆さんを動かせるほどの影響力が無く……! 本当に、すんません……!」

 

 無念。そんな様子で謝る彼の姿。それも、囚われの身となったことで、彼は申し訳なさそうにしていく。

 

 この彼を傍らに、二人の人質をとった軟体生物のモンスターは得意げに喋り出した。

 

「んっふっふぅ、いくら貴様のような“超人”であろうとも、さすがに無関係のか弱い人間様ごと殴りにかかるだなんてことはできないだろう? あぁ、もったいない、もったいない。せっかく実力が伴っているというのに、こんな、地上に蔓延る虫けらのような脆弱生物に肩入れするなんて。それでは存分に、自慢の拳も振るえやしないんじゃないのかねぇ? あぁ、もったいない、もったいない」

 

 今にも零れそうな笑いをこらえる様子。力を持つ者に対抗する知恵を持つモンスターを相手に、“それ”は微動だにせず、ただただ佇んでいた。

 

 ……触手に拘束されている二人を見遣る。

 諦めず、真っ直ぐとこちらに力強い瞳を向けてくれる男。一方で、不幸にも身内を亡くした心の傷を負い、その上に命も狙われる不運に晒された女性が次第と青ざめていく。

 

 ——ガントレットが鳴り、拳が握りしめられる。

 

 “それ”が手出しをできずにいる様子に、軟体生物のモンスターは高らかに笑い出した。

 

「我らを容易く屠る力を持っていながら、有り余ったそれを手持ち無沙汰にしてだんまりを決め込むその姿!! あぁ! なんてもったいない! 実にもったいないねぇっ!! 我はそういう、羨まれるものを持ちながらも、それを有効に活用することのないまま、持たざる者を嘲笑うかのように秀でた才を無に帰す無駄な行為が実に大好きなのだよ!! あぁ、もったいない、もったいない……。同胞を守れる力を持っていながら、満足にそれを振るえないなんて、実にもったいないねぇ」

 

 触手が女性の頬を撫で掛ける。

 

 口から流す血を拭うようにすると、その代わりとして黒くべたつく粘液を付着させていき、女性の口と鼻を覆っていく。

 

 ——と、次にも目をひん剥いた女性。窒息に陥った彼女は足をじたばたと動かし始め、苦しみもがく様子を見せながら、涙をボロボロ零して“それ”へと訴え掛けた。

 

 助けて。

 

 おねがい。

 

 死にたくないよ——

 

 

 

「…………」

 

 一歩。無音を踏みにじる。

 

 張り詰めた空気に身構えた、右腕を引き絞る“それ”の行動。

 

 対象は、前方に蔓延る邪悪の権化。

 

 今も勝ち誇り、頬まで届くニヤけ顔を晒すモンスターへと、一つの照準が合わせられた。

 

 

 

 待ってて。今、助けるから——

 

 

 

 空間に風穴が開く。

 全身を捻じりながら振り抜かれた渾身の拳が、円盤型の立体な衝撃波を生み出した。

 

 無を殴り飛ばす荒業。空間からくり貫くように一点の大気を殴りつけると、振り抜くと同時に標的へと到達する異次元の砲丸となって、軟体生物のモンスターに直撃する——

 

「っ——。ッ、!!!! ??!!」

 

 着弾点を中心に、吹き飛ぶ周囲。悲鳴を上げていた人間達も揃って地面から浮き上がり、大気を伝った衝撃が、町の表面に走り出して埃を巻き上げていく。

 

 ——軟体生物のモンスターは、柔らかな身体に救われた形で、地面を転がっていた。

 一瞬ばかりと記憶を失った刹那。気付いたら転がっている状況に、理解が追い付かないようでハテナマークを浮かばせる。

 

 と、次にもモンスターの姿は消え去った。

 

 通りすがりに走り抜けてきた、音速の“それ”に連れ去られたからだ。

 

「なッ、貴様——」

 

 速度をまとい、軽快な動作で斜め上へとモンスターを投げつける。

 

 そして軽い跳躍を行うと、“それ”は容赦の無い拳の一撃で軟体の身体を殴りつけ、神経の芯にまで響く衝撃で前方へと吹き飛ばした。

 

 その先にあるのは——龍明を護る防壁。

 瞬時にして、町から離れる速度。雑木林が生い茂る見慣れた場所で打ち付けられたモンスターは、強固なそれで跳ね返ると、この止まらぬ運動と、制御の利かない身体で、前方の光景に焦燥を見せ始めた。

 

 迫る紅。拳を握り、構えていく姿勢。

 

 周囲を気にすることなく、気兼ねなく殴ることができる絶好の場所。

 引き絞り、繰り出していく。両手にそれが垣間見え、瞬間ながらもモンスターは叫び上げた——

 

「な、何をする、っ、そんな、我なんぞのちっぽけなモンスターに、そんな力、もったいな——や、やめろ。やめろぉぉォォオオオオオォッッ!!!!」

 

 大気を貫く機関銃。

 空間が歪むほどの衝撃を伴う拳が、連射という形で一点に集中する。

 

 軟体を粉々に砕く破壊力。

 一ミリもの原型をも残さない。そんな、殺意を凌駕した無慈悲な鉄槌の嵐——

 

 〆の一発。身体にめり込む拳が突き抜け、次の時にもモンスターだったそれは、龍明の加護である絶対的な防壁をぶち破りながら吹き飛ばされていったのだった。

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