色欲の怪物と最上位ヒーロー【4633文字】※お色気シーン有
深夜の路地裏に響かせた、粘つくように絡み合う唾液の音。
酒に酔い、浮つく感情に脳が支配されたその手つきで、その男は抱きしめる女性の衣類を脱がし始めた。
男もまた下半身を露出していくと、唇同士の触れ合いでは満足できない本能に身を任せるように、女性を壁に押し付けていく。
向き合う姿勢。ちょうどいい台に乗せられた女性の身体。
彼女もまた、男を抱きしめた。……両腕に力を加え、その男らしい身体を堪能するように、自身の肌を密着させながら。
熱い抱擁。甘える彼女に高鳴る高揚で、男は求めてくる女性に抱き寄せられていく。
力強く、相手の熱を欲するようなアプローチ。この力は次第とさらに強まっていき、女性は両脚も絡めるようにしながら、男性に引っ付き始めた。
——みしっ。バキ、バキバキッ。
その時にも、男の内部が破壊される音を響かせながら——
「ぐぇ、うェ——!? おまえ、まさか」
「温かい。温かい。……人というのは、どうしてこんなにも温かいのだろう。癖になるようなこの温もりを感じると、心臓が跳ねるように強く弾けだして、身体が熱くなってくる。そう、身体の芯から、じわじわと、ぞくぞくと迫ってくるような、もどかしく、焦がされるようなこの感覚。——あぁ。あぁ!!!!」
ナメクジのような質感の、深いピンク色の肌。ベージュ色だった全身をそれに変色させながら締め付けていくと、次の瞬間にも、男は弾け飛ぶようにして、その原型を失った——
「あぁ、おかえりなさいユノさん。随分と遅いご帰宅でしたけど、何かありました?」
朝の龍明。ニュース番組がヒーロー特集を放送するナレーションが流れてくる、至って平穏な探偵事務所の空間。
ピンク色のエプロンが似合う柏島歓喜は、完成したグラタンを脇に置きながら、玄関から歩いてきた葉山ユノへとそれを訊ね掛けていった。
これを受けて彼女は、ぼさぼさにした髪を掻きながら、凛々しい様で答えていく。
「昨夜、バーで意気投合した女の子と夜通しで遊んで、さっき彼女を駅まで送り届けてきたの」
「バーで、女の子と、ですか。……あぁ、そういうことか」
ピンと来たように、彼は続けていく。
「ろくに眠れてもいないんじゃないですか? 朝食は用意できていますけど、先にシャワーを浴びてから朝食にします? ——昼には依頼主の方が事務所を訪ねてきますから、それまでに仮眠もとれるといいですね」
「あ、いいえ、睡眠は十分に取れているわ。それに、シャワーも既に済ませてあるから」
「え? ——あ、あぁ、そういうことか……」
察しがついてから、彼はどこか気まずそうに視線を外していった。
その間にも彼女は、ライダースジャケットのアウターと赤色のシャツを脱ぎ捨てるようにテーブルへ置いていく。そうして、勝負の日にお似合いな黒色のインナーのみの上半身となると、それさえも取っ払ってテーブルにほっぽり出してから、求めるように彼へと右手を伸ばしていったのだ。
「タオルをちょうだい。汗を拭くから」
「いやいやいや、そんな急に言われましても! ……まぁ、取ってきますから、待っててください」
雑用係の宿命か。彼は取ってきたタオルを彼女へと渡していき、受け取っては裸にタオルを絡みつけ、男の視線も気にすることなくそれを晒しながら身体を拭っていく葉山ユノ。
その間にも、柏島歓喜は脱ぎ捨てられたアウターとシャツ、インナーを回収して洗面所へと持っていった。
もはや、専業主夫である。それらも済ませて、ふぅっと玄関前で佇んでいく柏島歓喜——
——ピンポーーーン。
と、次の時にも、彼の真横でインターホンが鳴り出したのだ。
「おわっ!? ビックリした! ……あ、ユノさん、俺が出ますから。というか、ユノさんは早く物陰に隠れて、服を着てください! そんな姿、来客に見せられませんよ!」
「来客もなにも、朝にそんな予定は無かったでしょう? だったら活動時間外ということで、居留守でいいわよ、居留守で」
「こうして中に人がいるのに、居留守なんてできるわけないじゃないですか! ほら、早く服を着てください!」
物陰に隠れるよう、シッシッと手で催促する彼。これを受けて面倒くさそうな表情を見せる彼女だったが、肩に掛けたタオルで美乳を隠しながら、手に持った替えの衣類と共に移動する。
彼は扉を開け、来訪者と話を交わしていく。
……男同士の声が聞こえてくる。それだけでテンションがだだ下がりな葉山ユノは、裸の上から白色のシャツを適当に身に付けては、目についたグラタンへと手を伸ばしていった。
と、次の時だった——
「お、おわぁッ!!?? な、なんで!?」
玄関先から響いてきた、柏島歓喜の驚愕。
手を止める葉山ユノ。
…………すぐにも、普通の話し声。やり取りに違和感を覚えた彼女は、すぐにも来訪者を迎え入れたのだろう彼の姿を捉えていく。
柏島歓喜の、その後ろ。背丈が百八十三ほどの高身長なそれは、黒色のサングラスに、白色のマスクと水色のキャップ、白色のパーカーに白色のTシャツ、それと水色のジーンズというザ・無難な格好をして探偵事務所へと上がってきた。
体格からして男なのは明らかであるものの、羽のように柔らかな白色のショートヘアーと、マスクやサングラスから覗く美白の肌が、既に一般人ではないオーラを漂わせている。
その顔を見ることなく、彼が美青年であることがうかがえた。
だが、連れてきた柏島歓喜が、葉山ユノへと男を紹介するように並び立つと、その空気を察してなのか男は、彼の紹介を横目にして、それらのアクセサリーを取り除いていった——
「ユノさん。えっと、紹介します。その、まあ端的に言ってしまえば、彼は“ヒーロー”なので信頼できる方です。それも、ヒーローの中でも、龍明超人協会の最上位に君臨する、超大物の……」
小物を取り外した男。
——毛先のカールがオシャレである、羽毛のような柔らかい白色のショートヘアーが特徴的な美形の青年。
黒色の瞳が潤いを保ち、少しと微笑みを見せれば王子様の風格を醸し出す。そうして素顔を晒した瞬間にも葉山ユノは若干と眉を上げ、どこかで見たことある、程度には認知度のある周知の大人気ヒーローの訪れに、彼女は意外そうな反応を示していった。
「光栄ね。こんな小さな私立の探偵事務所に、ヒーロー活動に加えてモデルや役者も兼ねるような大物が訪ねてくるだなんて」
グラタンへと伸ばしていた手が、自然と戻っていく。
朝の日常の光景。彼女が向き合う美青年はそれを目にするなり、少しばかりと申し訳なさそうにしながらセリフを口にしていった。
「突然とお邪魔してしまって、すみませんね。事前に連絡を入れるべきだったんでしょうけど、なにぶん、今朝の予定がドタキャンとなったもので。次のお仕事までそんな時間も残されていなかったものだから、今、こちらに顔を出してみようかと思い立った次第なもんで」
「それで、龍明超人協会からここまでいらっしゃったと。あちらから此処まで、四百キロほどの距離があるというのに」
「あぁいや、ドタキャンになったドラマ撮影の現場から来ました。とは言っても、三百キロほどの距離はありましたけどね」
「“空中を移動できる能力”は、伊達ではないということね」
手を差し伸べ、席に座るよう促す葉山ユノ。それを受けて柏島歓喜は男に椅子を勧めていくと、男はそれに甘えるよう腰かけていった。
葉山ユノと柏島歓喜もそれぞれ、向かい合う形と隣に座る形で椅子に腰を掛けていく。
「それで、世間的にも有名な実力あるヒーローが、わざわざ探偵事務所へと訊ね掛ける用件というものが思いつかないのだけれども」
葉山ユノのそれに対し、男は胸ポケットから名刺を取り出しながら、それを口にする。
「あれだ。その前に、申し遅れた分の自己紹介が必要だろうか。——既にお気付きでしょうが、俺は『タイチ』という名前でヒーロー活動をやらせてもらっている、龍明超人協会所属の、まあ、それなりに順調な人生を歩ませてもらっている超人だ。本名は、“
男こと、桃空太一。彼から差し出された名刺を葉山ユノは受け取る中で、桃空太一は話を続けていく。
「まあ実際、今回ご依頼したい一件は、今まで俺個人で調査をしていたものだったんだが、いやはや、その道のプロに任せた方が良さそうだと気付いてね。で、ちょうどよく、そちらの方面で働いていることが発覚した“知人”の下に訊ね掛けた、というのが今に至る流れなもので。——な、カッキー」
そう言うと、隣で座る柏島歓喜の肩に腕を回した桃空太一。
「いやはや、お前急にいなくなったもんだから心配したんだぞ? そしたらなんだ、先日の騒動で現場に駆け付けたヒーロー仲間から、お前の姿を見たって聞いてさ。それも、美人な女探偵さんと一緒に行動してるって言うもんだから、おぉ、なんだなんだと思って様子を見に来たんだぞ?」
「その件については、タイチさん、ほんとすんません。俺も困惑したんですけど、怪我や失敗が多いという理由で突然解雇されちゃいまして」
「確かにな。カッキーと顔を合わせる度に、お前、新しい傷を負ってたじゃんな。お前は真面目すぎて、何事もそつなくこなそうとするだろ。そういうところがお前の良い所でもあるけど、俺は心配にも思っていた。——カッキーに会えなくなるのは寂しく思うが、ある意味では、協会の判断も間違っていなかったのかもしれない。じゃなければ、この職場とも出会えなかったかもしれないからな」
背を叩き、柏島歓喜との再会を喜ぶ桃空太一。それに対して柏島歓喜自身も悪く思っていないようで、どこか照れくさそうにしている。
と、旧友との再会を惜しむように、桃空太一は葉山ユノと向き合った。
「俺の親友を雇ってくれたあんたさんに、感謝をしている。——でだ。そんな探偵さんに、俺は一つの仕事を依頼したいと考えているんですけど……依頼ってもしかして、予約とか必要だったり?」
「内容によるけれども、すでにご本人が来てしまっているから、依頼を引き受けるかどうかはともかくとして、お話だけでも聞くことはできるわ」
「あぁそうか。それはよかった……」
ホッとした様子を見せる桃空太一。
そんな彼は胸ポケットから一枚の写真を取り出すと、それをテーブルの上に置いて、葉山ユノへと見せていった。
「とあるモンスターを追っておりまして。でも、ワケあって超人協会は、そのモンスターの捜索が許されない状況下に置かれているんだ」
「なにか問題でも?」
「被害は確かに出ている。何なら、ここ最近と似たような事件が多発している。でも、我々ヒーローはそれを捜索してはならない。なぜなら——そのモンスターは、超人協会への忖度によって守られているからだ」
写真に写る、住宅街。一見すると、人通りの少ない真昼のそれを写しているように思われるが、よくよく目を凝らしてみると、地面に転がる何かが血を流す光景という、完全な理解に至らずとも衝撃的に思える様子が、しっかりと捉えられていた。
写真を目にして、葉山ユノは「この、地面のものは?」と訊ねる。
それを聞いた桃空太一は、一瞬とばかりに苦難な表情を見せながらも、渋っていては仕方がないと言わんばかりの抑え込まれた声音でそのセリフを言い放ったのだ。
「この地に住んでいた、住民です。……言われて初めて気が付けるかと思いますが、これら全て、人であることを見分けるためのパーツを失った、元は人間だったものなんだ——」