情熱、恋情、欲情。
心臓から送り出された血液の熱が、煮え滾るように脈打つ感覚をもたらす人間の
今宵も、焼けるほどの熱を求めて路地裏を徘徊する、一人の“人間”。
赤色のドレスに身を包みながらも、焦げ茶のウェーブが可愛らしいその女性。だが、彼女の姿は路地裏には見合わぬ艶やかが特徴であり、しかし、醸し出す色欲の雰囲気が、一夜を共にする相手を探し求めていることをにおわせる。
人類が蔓延る、表通り。それと繋がる、建物の照明が灯りとなった細道に訪れる彼女。そこで、外構の石壁に寄り掛かる黒ずくめの大人を発見すると、女は標的を定めたかのように接近した。
脇を通り抜けようとする素振り。
だが、その肩が相手に当たってしまう。
「あ、ごめんなさい!」
相手の気を引く女性。慣れた声音で相手へと振り向くと、その相手もまた、女へと振り向いてきた。
——灰色混じりの、白色の分厚いポニーテール。赤色のシャツがワンポイントであるクールな装いの“彼女”を見て、女は想定外といった表情を見せていった。
「あっ、いや。ホントにごめんなさい。失礼しました。じゃ——」
「男の人を探しているのかしら」
来た道を戻ろうとした途中。そんなことを訊ね掛けられ、ドレスの女は焦りながらも振り返っていく。
「そ、そうね! 男らしい体つきの、素敵な殿方!」
「貴女の目当てはワンナイトラブ?」
女と向き直ってくる、その人物。——百七十九の背丈は、この女から見ても高身長として映えていた。
「わ、わんないと……?」
「そう。一夜限りの愛を育む営みのことよ」
それを口にしながら、今度は相手から女へと接近する。これを前にして、女は若干と戸惑いを見せていった。
「あ、愛? ……愛って、あの、ぎゅっとしてくっ付くと、心臓がとっても温かく感じてくる、あの愛?」
「そうね。お互いに寄せ合った気持ちと身体を共有し合って、それらを絡め合い、求め合う行為。貴女が想像する愛もきっと、相手と何度も交わったことによって育まれたもののハズ」
女性の肩へと、そっと伸ばした相手。
……どこか火照った頬の赤み。これに、女は一歩後退るような反応を見せていく。
「あ、愛は、殿方とじゃないと、育めない……」
「あら、貴女はストレートなのね。だったら、先走ってしまってごめんなさい」
女の対応に、相手は伸ばした手を引っ込めながらセリフを続けていく。
「失礼したわ。どうもね、私はコッチ側の人間だから、貴女のような女の子としか愛を育めない性分で、つい」
「……女としか、愛を? ——女とも、愛を……?」
「愛の形は、人それぞれってことよ。……素敵な殿方が見つかるといいわね。それじゃ」
軽く上げた手で別れを簡単に示すと、その相手は街中へと向かって歩き出す。
と、その時にも女は、こんなことを訊ね掛けたのだ。
「……女と育む愛も、ちょっと気になる。今までそんなことがなかったから、分からなかったけど。相手が女でも、あのような温かい熱を感じられるのかどうか、知ってみたい……!」
温かい。その温もりが今、欲しい。
女と向き合う相手。足を止め、直視してくる女の視線を真っ向から受け止める。
「その最初の相手が、私ということかしら。本当にそれでいい? 二言は無いわね? ——気持ちが肯定されてしまった以上は、もう、止まれないわよ。けっこう大変な仕事を請け負ってしまって、今、溜まりに溜まっているの」
速めた足で、吸い寄せられるように女へと近付いた相手。
そして、女の肩へと伸ばされた両手が、撫でまわすように触れていく。——我慢できない。脳みそと、心臓と、下半身のそれぞれが、目の前のパートナーを求める熱で満たされ始めた彼女のアプローチ……。
「でも、後悔はさせない。今日、体験する新しい愛の形に貴女が満足できるよう、私は尽くしてみせるから……」
「女の人なのに、手の温もりが、すごく温かい……! ……温かい。温かい。この熱が、もっと欲しい……!」
「行きましょう。この近くで休める場所を、私は知っているの」
女の手を取り、すぐにも路地裏から飛び出すように歩き出す相手。
次にも場面は、大きなベッドが特徴的であるホテルの一室へと移った。
「部屋の中、温かい。ピンク色の床とか壁が、見ているだけでも心臓が身体をノックしてくる……」
「今の内に飲み物を飲んでおくといいわ。ほら、これをどうぞ」
相手から差し出された、青いラベルのペットボトル。それを受け取った女は言われるままに水を飲み、そして相手に促されるままベッドへと招かれる。
相手は、女の緊張を和らげるよう頭を優しく撫でかけた。その同時進行で女のドレスを脱がせると、身に付ける赤色のインナー姿でベッドに横たわらせる。
相手もまた衣類を脱いで黒色のインナー姿となっていくと、次にも色白な手で、女の全身を味わうように撫でまわし始めた。
すらりと滑らかな感触が、女の気持ちを昂らせていく。
……あぁ、すごい。温かい。熱い。燃え滾る。と——
相手が、女に覆い被さるように抱きしめてきた。
これまでとまるで変わらない、全身の表面から身体の芯にまで伝ってくる、焦げてしまいそうになるほどの熱いもの。
求めていたものはこれだ。それも、今までに感じてきた熱の中でも際立って感情が高揚し、今にも心臓が張り裂けてしまいそうになるほどの、跳ね上がるような熱い鼓動が伝わってくる——!!
「温かい。温かい。——温かい温かい温かい温かい温かい!! 熱い、熱い……!! あぁ!! なんてことなの!! 煮え滾る熱湯に放り入れられたかのような、灼熱に晒されて骨までドロドロに溶かされていくこの感覚……ッ!!!! こんなの経験したことがない!!!! こんなの経験したことがない!!!! もっと。もっと。もっと欲しい。もっと欲しい。もっと欲しいもっと欲しいもっともっともっと欲しいッッ!!!!」
豹変。ベージュ色の肌が変色し、深いピンクの体表となってその女は相手に抱き着いた。
両腕と、両脚。絡ませるようにロックした対象へと、女は本性からなる怪力で圧し潰す。そうして、対象の内部から噴き出した大量の血と内臓の温もりを堪能するまでが、彼女の欲求を満たす一連の流れだった。
今回も、昂る感情に身を任せ、最高の熱を教えてくれた相手の身体を容易く圧し潰してやった。それはまるで、パンパンになったビニール袋の空気を一気に抜くかのような、中身が噴き出すほどの抵抗ままならない圧迫によ……る——?
「…………?? ……???? ——!?」
潰れない。
相手に絡みつく女。その両腕、両脚には確かに、自身が振り絞れる限りの全力を注いでいる。
女は、相手の顔を見遣った。
——恍惚。豪勢なメインディッシュを前にして、長時間と「待て」を指示された犬のように蕩けた表情を、女へと向けていく……。
「とても強い力ね。それも、女の子の姿をとるモンスターと交わるだなんて、私もこんな経験は初めてよ。——こんな機会、滅多に巡ってなんかこない。女の子の姿をしたモンスターも、人類の女性と似たような感覚を共有しているのかしら? それとも、ほぼ一緒? ……あぁ、もっと知りたい。試したい。触りたい。探りたい。撫でたい。愛でたい。舐めたい。突っ込みたい。……愛したい」
顔を近付ける相手。未だ全力を注ぐ圧し潰しに一切もの表情を変えず、むしろ、女の拘束を意に介さない前のめりの動作と共にして、“それ”は目の前のメインディッシュをいただき始めたのだ——
その夜、甲高い悲鳴が鳴り止まなかった。
それは甘くも切ない響きであり、かつ、人の身体が備え持つ感覚の限りが奏でる、本能の悦びにも聞き取れた。
夜遅くまで可動する、とある工場。
巨大な球体のタンクを製造する現場では、残る作業員が目の下にクマをつくりながらも働き詰める、過酷なお勤めの様子がうかがえた。
皆が帰りたいとぼやくその空間。
と、次の瞬間、工場内には高らかなサイレンが鳴り響き出した。
天井の警報ランプが、赤く回転を始める光景。工場内も赤く黒く染まる視界に、現場の皆が焦りで目を覚ましていく。
「おい!! さっきの報告には、異常は何も見つからなかったと言っていただろう!? どこで、何が起きたんだ!?」
中年の男性が、若い男へと怒鳴るように訊ねる。だが、その男も訳が分からないまま、パニックしながらそう返していくのだ。
「い、いえ!! だって、本当に異常なんてなかったんです!! 何なら、今だって異常が何も見受けられません!! その証拠に、工場の安全管理を行うこちらの端末には、何も——」
証拠となる端末を取り出していく男。だが、その先にいたはずの中年の男性は、端末を取り出す動作の一瞬で姿を消していた。
あれ? あれ? サイレンが鳴り響く工場内。焦りに駆られるまま男は周囲を見渡していくと、ふと、足元の違和感に気が付いて、そちらを見下ろしていく——
——転がる物体。それと、目に焼き付くよう紅く広がる、大量の鮮血によって生み出された血だまりの光景……。
工場内のあちこちから響き渡る悲鳴。それと共にドサドサと倒れ込んでいく音に、男は青ざめた顔で景色を眺めていく。
見知った顔が、何者かに粉砕されたかのような、人ならざる物体となって転がっていく様子。
現場にいる人間ひとり残らずと変貌を遂げる地獄絵図。
……帰りたい。
そう願った男は、既に存在していなかった。
落下する端末。それが血だまりで水没する中、赤い警告を回し続けるランプは現場を照らしていく。
……もはや、警告する相手も存在しない閉鎖的な空間。可動する機械音だけが虚しくと床を伝うその中で、サイレンだけは活き活きとした不協和音を奏で続けていった————