「ごちそうさまでしたぁ」
全員で手を合わせ、声を合わせる。朗らかに合唱された声は、皆が一様に美味しかったと言っているようだった。
「あたし、洗い物しとくね」
「ありがとう。今度は量が多いから、私もするわ」
雪ノ下と由比ヶ浜はそう言って席を立つと、またカチャカチャと洗い物を始める。
夕食が終わり、またもや食卓にはホワッと弛緩した時間が流れている。美味しい食事というのは心も身体も温めてくれるのか、充足感と多幸感が凄い。あれこれ、雪ノ下さんやっぱり変なもの入れてるんじゃないの? どうなの?
「いろは」
雪ノ下は洗い物をしながら、一色を呼ぶ。急に呼ばれると思っていなかったのか、一色は返事よりも先に視線だけを雪ノ下に返した。
「お風呂を入れておいてくれる?」
「はーい」
今度はすんなりと返事をするあたり、もう全員が何となくこの疑似家族という生活も慣れ始めていた。俺はそもそもの台本指示が少ないせいで、それほど多くの台詞を喋っていないので、正直そこまで慣れてはいないが。
それにしても雪ノ下は、母親という立場だと結構人を使う事が上手いらしい。昼食の時は作るのを小町に手伝って貰っていたし。
何となく雪ノ下は何でも自分でやろうと頑張るのかと思っていたが、それは杞憂というか、彼女を読み違えているのに気付いた。何せあの雪ノ下家だ。母親が相当な権力と裁量を振るう家庭に育てばこそ、演技にしろ母親ともなればあれこれと指示が飛ばせるのだろう。
「お風呂、一応掃除してから入れ始めたよ」
「ありがとう。助かるわ」
風呂場から戻ってきた一色が声をかけると、雪ノ下は茶碗を洗いながら応える。
そう風呂だ。一緒に暮らす以上、風呂は入らねばならない。
「パパは一番最後だよ」
にこーっとなんの邪気も無しに、目の前に座っていた小町がそう言った。言われなくても分かってますよパパの出汁が出ちゃうもんね。疑似家族でも風呂を入れ直されるとか辛過ぎるから、むしろ最後がいい。
一色は小町のその一言に興味を引かれたのか、ソファの方ではなくテーブルの方の席につく。俺はその行動に少々の違和感を覚えつつ、食後のお茶を──。
「それか、久しぶりに一緒に入る?」
「ぶふぉっ」
ちょうどお茶を飲んだ口に含んだところに、強烈なのをぶち込んできやがった。
「パパ、汚い⋯⋯」
「うわ、ちょっと本気にしてるとか気持ち悪い⋯⋯」
マジでやりたい放題な上に言いたい放題ですね、一色さん。機会があればカウンターでもお見舞いしたいものだが、いかんせんロクなアドリブを思いつけない。テーブルに飛び散った飛沫を台拭きで拭きながら、何を言うべきか考える。
「いろは」
「うん?」
とりあえず父親として不用意な行動は控えるように諌めねば、と一色を呼んでみたはいいものの言葉が続かない。というか名前呼びして普通に返事されるという違和感で、浮かびかけていた言葉はどこかに飛んでいってしまった。
「その、だな⋯⋯」
「あ⋯⋯」
ふとそこで、振動音が二つ重なった。小町と一色がそれぞれ携帯を取り出すと、画面を見た瞬間から二人ともが凄く嫌そうな顔をする。
「ね、ねえ小町」
その顔に浮かべた表情そのままに、途轍もなく嫌そうに一色は小町を呼ぶ。
「な、何かな、いろねぇ」
対する小町の方も相当に嫌そうだ。君たち、さっきまでの演技力はどこに行ったのかな?
「た、たまには一緒にお風呂入ろっか?」
「そ、そうだねー。久しぶりに、いいかもねー」
「さっき、疑っちゃったし、背中流してあげる」
「わー、いろねぇありがとーうれしー」
なんだその大根演技は⋯⋯。最後の方なんか初期のヴォーカロイドが喋ってるみたいになってるし。まだSiriの方が上手に喋るぞ。
暫くしてピロリロリン、と耳慣れないメロディーが鳴る。どうやら風呂が入ったらしい。
「じゃ、行こっかー」
「うん。楽しみだなー」
大丈夫かなぁ、この子たち⋯⋯と俺は僅かな心配をのせた視線で小町と一色を見送る。
その数分後に風呂場から叫び声が聞こえてくるのは、もうこの時点から決まっていたのかも知れないが。
* * *
いやいくら台本とは言え、ですよ。
まさか小町がいろは先輩とお風呂に入る展開は露ほども思ってなかったわけですよ、ええ。
「ど、どうかな、小町」
「んー、気持ちいい⋯⋯かな?」
バスルームにはカメラは無いのは確認済み。だけどどうしていいのか分からないので、とりあえず指示通りの演技をするしかないわけで。
小町といろは先輩は文字通り一糸纏わぬ姿で、ふわっふわの泡を作って洗いっこ中なわけです。ただいま宣言通り、いろは先輩のターン。
「それにしても⋯⋯」
「ふぇ⋯⋯?」
「あんた、成長しないね。ここ」
「にゃぁぁ!」
あ、洗うのは背中だけでいいというのに、この女⋯⋯いえ、いろは先輩ったら。前まで洗ってくれるなんてサービス精神旺盛ですね。対する小町の身体にはサービス精神はあってもサービスシーンはまだ無理です。しょんぼり。
「こ、小町これからだから!」
「ふーん、そうだといいけどね?」
勝ち誇っているいろは先輩の身体は⋯⋯からだ、は⋯⋯。不公平だ。たった一年しか違わないのに、なにこの女らしさというか艶やかさは⋯⋯。女体盛りとかしたら、男性目線で最高なのでは。知らんけど。
「も、もう大丈夫だから。今度は小町が洗ってあげるよ」
「え⋯⋯、いやいいし。自分で洗うし」
「いいからいいから、遠慮せずに。ね?」
強引にボディタオルを奪うと、立ち上がった勢いのまま椅子にいろは先輩を座らせる。ふへへ⋯⋯ 今までのその所業、しかと見届けましたよ。ここからずっと小町のターン!
「いろねぇ、すっごい肌綺麗だねぇ」
僅かな窪みを作る肩甲骨の曲線を、すっとボディタオルでなぞる。人の身体つきを揶揄できるぐらいに、いやそれ以上にいろは先輩のスタイルはおよそ完璧に近くて、スキンケアまで完璧。透き通る肌は瑞々しく、水滴すら弾くほどにハリがある。腰のくびれなんて、男の人ならシルエットを見るだけでグッときちゃうんじゃないのってぐらい、妖しいカーブを描いている。
「ま、まあ、ちゃんと手入れしてるからね」
あ、今ちょっと照れた。その反応、雪乃さんっぽくて小町は好きですよ? だからもうちょっとイっちゃいましょう!
「いいなぁ⋯⋯。脚も細いし⋯⋯」
「え、ちょ⋯⋯」
ボディタオルを床に落として、泡まみれの手でその締まった太ももに手を這わす。膝の上から大腿を通って内股へ。ぴくんと揺れた背中に身体をくっつけて、彼女の吐息に耳を澄ませる。
「ウエストも細いし」
「ひぁ⋯⋯」
「こっちも⋯⋯言うだけのことはあるね」
その双丘をそっと包み込む。そう、手を添えただけ。それだけでもいろは先輩の緊張と期待が、僅かな震えとなって手のひらに伝わってくる。ゆっくりと力を入れると、マシュマロのような柔らかさが小町の指を受け入れていく。沈み込む感触と、仰け反る背中。
「⋯⋯んっ!」
くぐもった決定的な声に、思わず愉悦の笑みが溢れた。大丈夫だよ、いろねぇ。小町、こういう事はパパの小説で勉強してるからね。
「いろねぇ、気持ちいい?」
「ふっ、うぅ⋯⋯」
別にこれは、身体を洗われていて気持ちいいか聞いているだけ。だけどその行為から、逃すつもりはない。
左手はその膨らみに添えたまま、右手だけを首筋に這わせて親指と人差し指でその細い喉を挟む。さながらナイフを首をあてるようにそうすると、肩口に顎をのせていろねぇの表情を窺う。その頬は羞恥と悦楽に真っ赤に染め上げられ、ふっくらとした唇は可憐に震えている。
「こ、まちっ⋯⋯。いい加減に⋯⋯っ」
「ふふふっ、素直になっちゃお?」
プルプルとその肩が、背中が揺れている。んふふ、これは墜ちましたね? いいでしょう、これからはちゃんと小町がいろねぇの事を躾けて──。
「いい加減にしろっっ!」
ってまあそうなりますよね。
はい、どうもすいませんでした。
お読み頂きありがとうございました。
というわけでR-15の回でしたが、いかがだったでしょうか?
八幡との絡みを期待されていたらもうごめんなさいとしか言いようがないんですが、こういう百合百合したのは個人的に好きです。
それでは、また次話でお会いしましょう。