由比ヶ浜が昼食のメニューを悩み出して、かれこれ数時間。
いや実際スマホを弄っているだけでずっとメニューを考えていたかどうかは分からないが、未だに決定の一声もない。難しそうな顔でぶつぶつ何か言っているのを見ると、おそらくまだ決まっていないのだろう。
「どう、決まった? 決まったの?」
「パパ⋯⋯」
由比ヶ浜は俺の方を見ると、雪ノ下がよくそうするようにすっと目を細める。
「ウザイ。しつこい」
「そ、そんなにかなぁ⋯⋯」
まだ十回ぐらいしか聞いてないんだけど。聞きすぎですかそうですか。
正直気になって仕方ないのでその辺ご理解頂きたいところだ。小町はメニューが決まるまで何も言わないつもりなのか、我関せずとカマクラに構っているのみ。
小町は由比ヶ浜の料理スキルを知っているから、どこかで手を出すつもりのはずだ。恐らく料理を作り始めてすぐ、ちょっと戸惑っているところを狙って声を掛ける、水際作戦だろう。
「よし」
由比ヶ浜はカタッとダイニングテーブルに画面を点けたままのスマホを置いた。そこに表示されているのは。
「チャーハンにする」
「ほぅ⋯⋯」
誰もが知っている料理、チャーハン。洋食の料理の基本がコンソメスープならば、チャーハンは中華料理の基本と言っていいだろう。その基本かつシンプルであるが故に、その味によって料理の腕が露見する、簡単なようで難しい料理だ。
特にチャーハンとなると温度管理はもちろんの事、段取りと手際の良さが最大のポイントになる。炒めるだけだからと舐めてかかると、返り討ちにあう恐ろしい料理なのだ。
「大丈夫か? フライパン熱いよ? 重たいよ?」
「なに言ってんの⋯⋯。料理するんだから当たり前じゃん」
ええ、それはそうなんですけどね。ハードルの高さを遠回しに表現したとしても由比ヶ浜には全く伝わっていなかった。パパ、別にインスタントでもいいんですけど。
「じゃ、準備するから」
由比ヶ浜がギィと椅子を引いて立ち上げると、それと入れ替わるように一色がリビングからこちらに歩いてくる。俺の目の前に立つと、一言だけ言い放つ。
「ちょっと外出てくる」
「へ⋯⋯? お、おぅ」
俺の返事を聞き届けると、そのままスタスタと一色は廊下の方へ歩いて行ってしまう。てっきりこの撮影はワンシチュエーションドラマだとばかりに思っていたが、キャストの出入りもあるのか⋯⋯。これ、抜け出したら逃げられるのでは?
「どうしたんだろうねぇ」
テーブルに肘をついて事の成り行きを見守っていた小町は、ボソッと俺に向けてそう言った。確かに神妙な顔をしていたから、少し気がかりではあるが。
それよりも俺は由比ヶ浜の料理の方が、心配なんだよなぁ⋯⋯。
* * *
その音を合図に由比ヶ浜は立ち上がると、エプロンをつけてキッチンへ向かった。
調理台の上には卵や具材やらと既に段取りは完了している。小町が声をかけるのなら、このタイミングだろう。俺が小町の方を見ると、分かっているのか「うむ」とでも言うように鷹揚に頷いた。
「結衣ねぇ、だいじょうぶ? 何か手伝おうか?」
「ううん、だいじょぶ。ありがと」
「でも結衣ねぇ一人に任せっきりっていうのもあれだし、ね? 手伝うよ」
「いいの。あたしが一人でやってみたいから」
具材達を前にむんと腕組みをする由比ヶ浜に小町が声をかけるが、あえなく俺たちの作戦は失敗する。ガハマさん、やる気出すと凄いもんね。これはそろそろ胃薬の準備が必要かしら⋯⋯。
小町が肩を下げたまま戻って来ると、ガチャと遠くから扉が開く音が届く。どうやら一色が帰って来たらしい。
「ただいまー」
「おぉ、おかえり⋯⋯」
「おかえりー⋯⋯」
ダイニングテーブルを囲んで意気消沈している俺たちを見て、一色は怪訝そうな顔をしながらも小町の隣に座る。
「急に出て行ったけど、何かあったの?」
「あー、うん⋯⋯」
んんっ、と喉の調子でも確かめるみたいに、一色は小さく咳払いをして続ける。
「ちょっと、部活の先輩に呼び出されて、告白された」
「ほほぅ?」
小町はその話題待ってましたとでも言わんばかりに食らい付く。本当遊戯部の台本、いい加減にしろ。娘たちの色恋話ばかり聞かされる父親の気持ちにもなって欲しいものだ。
「その先輩って、どんな人なの?」
「んー⋯⋯。サッカー部のキャプテンで、超爽やかイケメンみたいな?」
「へぇー。で、性格は女タラシのクソ野郎とかそういうオチなんだね?」
「違うし。コミュ強スポーツマン舐めんな?」
小町の邪推に、一色はなんだこいつと嫌な顔をしながら答える。なーんかこの子たち、部活の時とあんまり変わらないですね。
「それじゃ、オーケーしたの?」
「いーえ? 返事は保留にしてあるけど」
その返答にふむと小町は腕を組んで考え込んだ。次第にあれぇ、と首が傾いでいく。
「元彼はいろねぇの方から振ったんだよね?」
「そうだけど」
「ではまだいろねぇに気があると」
「そうっぽいけど⋯⋯。まあどっちもキープ? みたいな」
「お〜。さっすがいろねぇ、ガチクズぅ〜」
流石と言われてふふんと胸を逸らした一色は、後からあれ? とディスられている事に気が付く。
「あ?」
「ん?」
小町を睨みつける一色に、何か間違った事言いましたっけとすっとぼける小町。
本当仲いいなこいつらと思って見ていると、視線に気付いたのか一色が俺に向き直って問い掛けてくる。
「パパはどうしたらいいと思う?」
ほらー、またそんな無茶振りじみたこと聞いてくる。ちょっと性格悪いぞいろはす。いやちょっとじゃねぇな。
だがもうそろそろ百戦錬磨の肩書きを背負っていてもおかしくないぐらいに、俺はそんな答え難い質問には慣れてきているのだ。ここは絶対普段の俺ならそうは言わないだろう答えで一色の反応を楽しんでやろうではないか。
「そうだな⋯⋯。もうどっちとも付き合えばいいんじゃないか?」
「は? パパ頭大丈夫? 倫理観おかしいんじゃない?」
普通にドン引きされた上にボロカスだった。何これツラい⋯⋯。
「あぁっ」
俺たちの会話の隙間に滑り込むみたいに、小さな悲鳴じみた声がキッチンの方から聞こえてくる。
「なに、どしたの? もうやめとく? 料理は小町に任せる?」
「いや卵の殻が入っただけだしやめないし⋯⋯。なんか言い方も腹立つ⋯⋯」
由比ヶ浜にジト目で睨まれて更に俺の居場所はなくなっていく。
⋯⋯もう胃薬は先に飲んでおいた方がいいかな。
* * *
昼前になると寝室で休んでいた雪ノ下も起きてきて、いよいよ由比ヶ浜お手製の昼ご飯となる。
俺たちの目の前にあるのは即席の卵スープと、ほのかに湯気をゆらめかせるチャーハンだ。
卵はご飯に絡みきらず部分的に焦げているし、やたらとご飯同士はくっついている。ご飯の白い部分と卵の黄色、それに焦げの黒が妙なまだら模様になっていて、中々に強烈な見た目だ。更に口にする前から分かるほどべちょっとしている⋯⋯が、香りからして食べ物だし、食べられるだろう。きっとそう。そうだといいな!
「いただきまーす!」
「いただきます⋯⋯」
作り手と食べ手のテンションの差がやや激しいが、みんなレンゲを手に果敢に挑戦しようとしているのだから、俺もそれに続かねばなるまい。ええいままよとレンゲですくったそれを口に運ぶと、むぐむぐと咀嚼する。
⋯⋯油が重い。若干焦げ臭いし、ちょっと塩気がキツい気もするが、むしろこれで味が薄いよりはよっぽどいい。
「うーん、結構うまくできたなぁ」
由比ヶ浜の一言で、俺たちに戦慄が走る。こらいろは、「この人マジ?」みたいな顔でチャーハンと結衣の顔を見比べるのはやめなさい。
しかし、そうかこいつ⋯⋯。文化祭の時に作ってきたハニトーでもそうだったが、美味しいという感覚に対してとことんハードルが低い。調理スキルがどうこう以前に、味覚にスキルがないのである。
「え、ええ、そうね。上手にできていると思うわ」
雪ノ下はそう言うが、顔に「由比ヶ浜さんにしてはね」と書いてある。失礼なやつだな。いや俺もだけど。
「えへへ⋯⋯。夜もあたしが作ろうかな」
「いえそれはいいわもう十分よありがとう夜はママが作るから」
「こ、小町も手伝う! なんか結衣ねぇ見てたら作りたくなってきたなー!」
小町も雪ノ下も全力だった。ナイスセーブだ。
はむっともう一口食べて、その油っこいのを咀嚼回数を少なめに嚥下する。
⋯⋯胃薬はやっぱり必要かも知れない。
お読み頂きありがとうございました。
ガハマさんの料理はあまり食べたくありませんが、ガハマさんにウザがられるのはやぶさかではないですね。
それにしてもいろはと小町のやり取りは書いてて楽しいですね。
それではまた次話でお会いしましょう。