八幡、パパになるってよ。   作:滝 

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あーしさんぶっ込んでいくんで、よろしく。

 昼食を食べてしばしの後。

 由比ヶ浜のスマホが振動したかと思うと、もう何を言うか決めていたのかすぐに俺と雪ノ下に声をかけてくる。

「あのさ、今から友達家に来てもらってもいい?」

 その一言に俺と雪ノ下は顔を見合わせた。明日の由比ヶ浜の彼氏来訪以外に、キャストの追加はないとどこかで思っていたからだ。

「別に、構わないと思うけれど⋯⋯」

「ああ⋯⋯」

 ね、と視線で問われて俺も肯定の頷きを返す。ダメって行っても来るんでしょう? 抵抗するだけ無駄なんだよなぁ。

「ありがと、もうちょっとで来ると思うから」

 それから数十分の後、由比ヶ浜の宣告の通りにインターホンが鳴った。由比ヶ浜は「ちょっと待ってて」とインターホン越しに声をかけると、早足にその客人たちを迎えに出る。

「お邪魔しまーす」

 その声と一緒に入って来たのはあーしさんこと三浦優美子と、海老名姫菜の両名。まぁ由比ヶ浜経由でお願いすると、こうなるよなって展開だ。

 三浦はリビングに入るなりその中の様子を睥睨する。一瞬リビングにいる一色と目が合うが、どちらもすぐに目を逸らせた。

「どうぞ、かけて。紅茶でいいかしら?」

「あ、お構いなくー」

 海老名さんが答えると、雪ノ下は立ち上がって紅茶の準備に取り掛かる。

 さてここは娘とその友だちの歓談スペースを提供する為にお邪魔なパパは退散するかな⋯⋯と立ち上がりかけたところで先に三浦と海老名さんが座った。⋯⋯この状態から立ち上がったら明らかに避けてる感じがしてしまうではないか。

「あ⋯⋯そうだ結衣、これ」

「おー、ありがとー」

 三浦が床に置いたトートバッグの中から箱を取り出すと、由比ヶ浜の目の前に置いた。その箱の雰囲気から察するに、お菓子か何かのようだ。

「いやー、偶然優美子と会ってさー。お茶したところのお菓子がすっごい美味しかったら、これは結衣にも食べて貰わなきゃって思って」

 海老名さんが補足すると、そういう事かと俺は小さく頷いた。ストーリー上何がしたいのかは未だ不明だが、急に遊びに来る口実としては多少雑だが一応筋は通っている。

「どうぞ」

 間も無くして雪ノ下が紅茶のカップを並べ出すと、少し早めのティータイムの始まりだ。

 椅子が足りないからかそれとも静観を決め込んでいるのかは分からないが、一色も小町も紅茶とお菓子を受け取りには来るがリビングのテーブルまで持って行ってしまう。故に俺と雪ノ下の目の前には、長女とその友達二人が座って対面している格好になる。

「いやー、それにしても驚いたね。結衣のママ、メッチャ若くない?」

「だねー、なんていうか⋯⋯美魔女?」

 海老名さんに続く三浦は雪ノ下を褒めるのに抵抗があるのか、若干表情が固い。一方褒められたはずの雪ノ下は美魔女と言うキーワードに喜んでいいのかどうか迷っているような、微妙な表情を浮かべている。

 それにしても娘とその友だちが食卓を囲うって、違和感しかない。普通は友だちと娘の部屋に行くなり、それとなく親の方から引っ込んで行ったりするものだと思う。なんか気まずいしね。よし、トイレに行くふりして引っ込んじゃう作戦でいくゾイ!

「本当だねぇ。⋯⋯ね、お父さん? 奥さんが綺麗って鼻が高いですよねー」

 腰を上げかけた俺を逃すまい、とでも言うように引き留めてくる海老名さんが、眼鏡の奥をキラリと光らせる。いや、いくら台本でも無理矢理感がすげぇな⋯⋯。

 海老名さんのその一言が合図なのかはたまた台本上のセリフだったのか。三浦は待ってましたとばかりに俺と雪ノ下を交互に見ながら言い放つ。

「あーし、結衣のパパとママの馴れ初めとか聞いてみたいなー」

 あーしさんの唐突なぶっ込みに、俺も雪ノ下も格安で組んだBTOパソコンみたいに一瞬でフリーズする。本当、普段よく使うモノにはコストをかけようね。八幡との約束だ。

「おー、それ興味あるね〜」

「あ、あはは⋯⋯」

 乗っかってくる海老名さんに、由比ヶ浜は止める気配もない。何もかもが台本通りという事か。冷や汗をかいてくるこっちの気など知ってか知らずか、三浦の追撃も止まらない。

「で、どっちの方から告ったんですかぁ?」

 あーしさんも意外にノリノリというか⋯⋯普段雪ノ下に対して攻勢に出られることもあまりないから、凄い楽しんでないか? バレンタインデーのお料理イベントやらプロムやらで結構仲良くなって来たと思っていたのは俺だけかしら⋯⋯。

「ど、どうだったかしらね⋯⋯? あなたの方からだったと思ったけれど」

 ねぇ? と雪ノ下は俺の方を見て首を傾げた。こいつ⋯⋯、俺に丸投げする気だな?

「お父さんの方は、どんな風に告白したか覚えてますよね?」

 海老名さんは俺の逃げ道をことごとく阻んでいく。こう言う手合いが一番やっかいだ。こっちの手を読まれ切っていたら、あっという間に袋のネズミ状態になってしまう。

「そ、そうだな⋯⋯。ちょっと長くなるんだけど」

 俺が言いかけると、正直に話すのが意外なのか海老名さんも三浦も少しだけ目を見開いた。⋯⋯甘いな、二人とも。

「あれは俺がアフガンを放蕩している時の事になるか⋯⋯。当時の情勢はとにかく不安定だった。ロシア⋯⋯当時のソビエトが介入した直後で、町中の至る所で散発的に起こる衝突に、常に緊張の糸が張り巡らされていたんだ。そんな中、旅先で気が合ってよく行動を共にしていたシンガポール人のウェイジェンが、俺の入り浸っていた食堂に駆け込んできた。ハチマン、聞いたか、大統領が暗殺され」

「あ、そう言うのはいいんで」

 くそぉ⋯⋯海老名さんのキャンセル能力が高過ぎる⋯⋯。

 雪ノ下に出会うエピソードまで数時間かけて「あっ、もうこんな時間だ」作戦、あえなく失敗である。

「国道十四号の陸橋の上で告白したって、前に言ってましたよ!」

 ⋯⋯ちょっと小町ちゃん? これ以上なく裏切るのやめてくれませんか?

 こいつマジかよ、みたいな目で見てくる雪ノ下の視線が痛い。全部終わったらちゃんと話すって小町と約束した手前、言っちゃったんですよねぇ!

 しかしこれは完全に年貢の納め時というやつではないか。適当な嘘で煙に巻こうとしてもすぐに問い出されて根掘り葉掘り聞かれてしまう。

 であればなるべく短い言葉で、嘘がなく説明するのが一番ダメージの少ない方法だろう。

「その⋯⋯。俺の人生とかいろいろやるから、お前の人生に関わらせてくれ、みたいな感じの言い方だったかな⋯⋯」

 俺が今にも消え入りそうな声でボソボソと言うと、海老名さんも三浦もその答えは全く想像していなかったのか、パチクリと目を瞬いだ。

 

「それって⋯⋯」

「プロポーズじゃん」

 

 やめろ。

 いやそのマジな反応やめて下さいお願いだから。三浦さん、演技忘れてタメ口になっちゃってますよ?

「⋯⋯で、結衣のママは何て応えたんですか?」

 気を取り直した三浦が、更にぶっ込んでくる。対する雪ノ下はそこまで聞かれると思っていなかったのか、うぅっとたじろぐ。

「あ⋯⋯」

「あ?」

「あなたの人生をください、みたいな答えだったと思うわ⋯⋯」

 演技に没入していればイケイケどんどんだったはずの雪ノ下は、もうほとんど素だったし顔も朱に染まっている。こっちまで恥ずかしくなってくるからやめて欲しい。

 

「それって⋯⋯」

「プロポーズじゃん」

 

 やめろ。

 いやもうやめようよこの話題地雷が多過ぎるから。言われて気付いたというか薄ら分かってて思い至った時に死にたくなってのたうちまわった所存だが、改めて言葉にすると完全にプロポーズですね。っべーほどプロポだわ。っべー。

「じゃあ、本当のプロポーズはどんな感じだったんですか?」

 そこまでは台本になかったのか、海老名さんの発言に三浦は「え」と小さく声をだした。え、はこっちの台詞である。

「プロポーズはママの方からだったんだよねー?」

 とそこで想定外の方向からぶっ込んで来たのは一色である。

 昨日の雪ノ下の「あなたはなんだかんだ言ってパパが好きだから」発言の、意趣返しだろうか。雪ノ下の方からプロポーズって、無理があるだろ⋯⋯。

「へぇ⋯⋯。そーなんですねー。なんてプロポーズしたんですかぁ?」

 これ幸いと三浦も一色のぶっ込みにのっかって、更なる攻勢に打って出る。

 今度はアドリブでプロポーズのエピソードを捏造しなければならない雪ノ下は、すぐに言葉が出てこない様子だった。

「ま⋯⋯」

「ま?」

「毎日お味噌汁を作ってあげたい、って言ったわ⋯⋯」

 発想がレトロ過ぎる⋯⋯。

 雪ノ下の答えに微妙な空気が流れると、リビングの方から小町が続きを促す。

「それで、パパはなんて答えたの?」

 ああそうね⋯⋯聞いている方からしたらこっちの返答も気になるところなんですよね⋯⋯。

 全然考えて無かったしパッとその答えが出てくるはずもなく、なんだったかなーと俺は思い出すふりをしてたっぷり十秒は経ってから答える。

「ちゃんと出汁を取るところから作ってくれよ、って言ったな⋯⋯」

「なにその関白宣言⋯⋯」

 雪ノ下の答えがレトロなら、由比ヶ浜のツッコミは昭和だった。

 っていうか知ってるのかよ関白宣言。まあ最近十代で昭和歌謡が流行ってるらしいしな。カラオケに行ったら履歴が完全にタイムスリップ状態とかよくある事だとか。

 けど何なのこの微妙と微妙を重ねてもはや絶妙な雰囲気。だれも感想を言わないとか逆に辛いんですけど⋯⋯。

「⋯⋯ところであなたのその腕時計、凄く素敵ね」

 雪ノ下はすっかり湯気の消えてしまった紅茶を一口飲むと、三浦の手首を見やりながらそう言った。

 ザ・京都的迂遠な表現。意訳すれば「時計を見て! お前長居し過ぎだからな!」って事だ。こう説明すると京都人が凄い嫌な人たちに思えてしまうが、大体の人たちははんなりしているので安心して欲しい。

「え⋯⋯」

「あー、優美子。私ちょっと本屋さんに寄りたいんだった! そろそろ行こっか!」

「いや、あーしまだ紅茶飲んでな」

「いいから」

 海老名さんはぐいぐい引っ張って三浦を立たせると、由比ヶ浜に付き添われて玄関の方へ連れ去られていく。身長差の無いエイリアン捕獲写真みたいで、中々にシュールな光景だった。

 ようやく平穏を取り戻したダイニングで俺と雪ノ下がほっと胸を撫で下ろしていると、一色が俺たちの前に座る。

「ねえ、ママ」

 んふふ、と言わんばかりに心底楽しそうな笑みを浮かべると、演技に(かこつ)けてやりたい放題の彼女は言う。

 

「今日の朝ご飯、お味噌汁なかったけど?」

「黙りなさい」

 

 本当にもう、みんな黙った方がいい。

 今からでも無声映画に切り替えてもいいかな。映像研究部さんたちよ。

 

 

 





お読み頂きありがとうございました。
本編のあの告白シーンって、完全にプロポーズだと思うんですよね。
それをあんなに迂遠に言うところが最高に八幡らしくて名シーン中の名シーンだと思います。

それではまた次話でお会いしましょう。
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