シャンフロとか   作:ふゆみ

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脱獄

 

 

 そのコーヒー・スタンドは、無人だった。

 

 のそり、と、優に2メートルは越えているだろう漆黒の鎧がスタンドに入り込んでいく。

 出てきた鎧は、なみなみとコーヒーの注がれたプラスチックのカップを手にしていた。Lサイズのカップが、まるでコーヒー・フレッシュのポーションのように儚く見える。

 

 鎧は、備え付けられているテーブルにどっかりと腰を下ろし、スタンドのある広場を睥睨した。

 

 広場も、すっかりと無人だった。このケイオース・シティの住人達は、2ブロックほど向こうのドームスタジアムに避難しているのだろう。

 摩天楼を隔てた遠くから、火災らしき煙とサイレンの音が響いている。まあ、大した事ではない。ちょっと警官隊の白バイが燃えて、応援のパトカーと消防が集まっているだけだ。

 

「……ち。"また"か」

 

 遠い喧騒の中に、子供の泣き声が混じる。

 広場の中心に立っている樹木の根元に、まだ幼女と言って差し支えない年頃の女の子が一人へたりこんでいた。

 

「妙な因縁が出来ちまったな」

 

 コーヒーカップを置き、再びスタンドに潜り込む。二倍の時間をかけて出てきた鎧の手には、特大コーンに栗きんとん味のアイスが三段重ねされていた。

 

「おい、ガキんちょ」

「ふえぇ……?」

「ここは危ねえぞ。これ食ってさっさと逃げな。ママはたぶんあっちだ」

 

 巨大な手から小さな手へアイスが渡され、巨大な手は避難場所のドームの方を指差した。

 

「アイス、同じのばっか……」

「この状況で言う事がそれか。大物になるぜお前。ほれ、さっさと行け」

「うん……おじちゃん、ありがと」

 

 涙を引っ込めた少女は、指示された方へ駆け出していく。

 その背中を見送りながら、コーヒーを再び手に取った鎧男―――白バイ隊を襲撃し、街に混乱を及ぼしている元凶の怪人ヴィラン【カースド・プリズン】は、シティの広場を貸し切った優雅なコーヒー・ブレイクを再開した。

 

 

 

 【カースド・プリズン】……その名称は、"彼"本来の名ではない。この漆黒の鎧は、"呪われた牢獄"の名の通りの拘束具であり、彼を縛り付ける枷だった。

 

「ふん」

 

 手の中のプラスチックカップを兜の口元に当て、流し込む。生クリームとコーヒーの乱暴なマリアージュ。悪くはない。

 

 この鎧は、着ているわけではない。鎧そのものが今の彼の体なのだ。

 "染み込んでいる"、というのが近い表現だろうか。鎧というよりも、魂を封印されたゴーレムのようなもの、というのが適切かもしれない。

 

 重く分厚い鎧の枷は、自在に天駆ける本来の彼にとっては、一時すら耐えかねる重圧だった。だから、それを取り戻す事以外の、この世の全ての悲喜交々など、彼にとっては些事に過ぎなかった。

 だが。

 

「ふン」

 

 飲み終わったカップをぶん、と適当な手つきで放り投げる。それはスタンドの横にあるゴミ箱の真ん中に、寸分違わず吸い込まれていった。

 

 ここでは、このふざけた街では、それが"ゆるい"。

 あのクソ野郎の力が届きにくいせいなのか、鎧そのものの窮屈さが、いつもほどではない。少し気合を入れれば、ほんの少しの間だけだが、この忌々しい鎧を脱ぐ事すら出来る。

 倒すべき奴もここにいる。積極的に離れる理由はなかった。泥水を楽しむ余裕すら出来た。

 

 

「―――……」

 

 広場を眺めていた鎧が、ふと無造作に右手を上げたかと思うと。

 

 

「―――ァァっ!」

「……!」

 

 がぎぃん、と、鈍い音。

 

「どうした。ご自慢の必殺技じゃねえとは、舐めてンのか、ヒーロー」

「…………」

 

 鎧の腕に遥か上空からの蹴りを加え、その反動でくるんと空中で一回転した蒼い影が、コツ、と広場の石の床に降り立つ。

 

 ミーティアス。夜を切り裂く流星の名を与えられたその蒼いヒーローは、ヴィランの口上に何の反応も示さず、鋭い視線だけを向けている。

 

 

「本気を出せ」

「ふん、また"それ"かァ? 都会に来て悪い遊びを覚えちまったか? 俺様なんかと遊んでると、こわーいこわーい親父様に怒られんぜ?」

「ギャラクセウス様は、関係ない……!」

 

 ぎり、と、拳が握られ、歯を軋らせる。それは、悪しきを挫く正義の発露ではなく、仇敵を相手にした闘争心の表れであった。

 

「【カースド・プリズン】じゃない……"お前"に勝たなければ、意味がないっ!」

「呵々。スカしてたヒーロー様が、いいツラになってきたじゃねえか。なら、リクエストにお応えしてやろうかねェ!」

 

 脱獄(プリズン・ブレイク)

 弾けとんだ鎧の中からは、目の前のヒーローを全て反転させたような、緋色の男の姿が現れる。

 

「僕はお前を、越える!」

「遊んでやるよ。来な、シャバ僧!」

 

 蒼き流星と緋い彗星。異邦の街でぶつかり合うのは幾度目か……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -note-

 

 

 もちろん、この短編は、ある一つの映像によってもたらされた閃きだ。

 

 先日のグローバル・ゲーム・コンペティションでのGH:Cエキシビジョン・マッチは、あまりに強い衝撃を各方面に与えた事だろうと思う。僕もその一人だった、というわけだ。

 

 ミーティアス、というキャラクターは、つまりは作られた優等生なんだ。ヒーローとしての力も使命もね。その中で彼自身が突き詰めていくテーマとなると、やはり【オリジナル越え】という事になる。

 ギャラクシア・ヒーローズシリーズにおけるカースド・プリズンは、残念ながらそのテーマに沿っているとは言い難いところもあったけれど、GH:Cという新たな世代のゲーム、そして偉大なるプレイヤー達によるあのマッチは、そのテーマが行き着く先という、僕もまだあやふやに考えている程度の核心部分に重大なインスピレーションを残してくれた。

 

 つまりは、与えられた使命という歩みを、求めていくテーマという疾走が抜いてしまった場合はどうなるのか、ってね。

 

 カースド・プリズンは、例えばクロックファイアのような(例えでこのキャラが出てしまう時点で、どれだけ僕があのマッチに影響されているかがわかると思う。あの『名前隠し(ノーネーム)』氏のプレイは本物だった。今度の【リベンジャーズ】の新作映画に彼女がクロックファイア役で出てきたとしても僕は驚かないね)、明らかな邪悪じゃあない。自らの欲求に忠実なヴィランである事は疑うべくもないけれど、そこに他者を嬲るような悪徳がない事は、僕の作品の読者ならばわかっていただけている事と思う。

 ギャラクセウスも扱いかねるイレギュラー……地球を正反対に進んでも一周回れば同じ場所に辿り着くように、ある意味で彼は全能存在と同一でもある。

 

 だから、彼が不思議な因縁のあった少女を気まぐれで守るという事も(ギャラクセウスがいらん事をしてトラブルが起こるのと同じ確率ぐらいには!)、きっとあるんだ。

 そして、ミーティアスが、人々を守るという使命よりも、自分は"言う事を聞きやすいようダウングレードされた彼なのだ"というコンプレックスに飲み込まれ、オリジナルを打ち倒すという自らの欲求の方を優先してしまう事も、また。

 

 戦いに夢中になったミーティアスの必殺技に巻き込まれた少女の盾となるプリズンブレイカー! あのシーンを見た時の僕の衝撃ときたら! 心臓を掴みあげられて、これをコミックにするまで寝る事は許さないと神に脅されたような気分だったよ!

 今回の見開きにも描いたそれは、描き上げた僕自身も震えるほどのエモーショナルな光景だった。この【入れ替わり】によって、彼らの魅力がさらに掘り下げられたと確信できたんだ。

 

 

 最強のプロゲーマーと、最高の傭兵に、彼らの産みの親から最大の感謝を込めて。

 

 

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