旧王都の遺跡で発生した水晶の怪物との戦いから既に数日が経過した。俺はオルトリンデ公爵から頼まれていた通り、遺跡の壁の文字を端末から紙に焼き付けていた。こいつは『ドローイング』という無属性魔法だ。BTに提案され、こいつで端末から画像データを取り出し、紙に焼き付ける。
そしてある日の朝。俺は皆に一言言ってからゲートで公爵家に向かったのだが、邸宅の門の前に出るとちょうど屋敷の中から馬車が現れた。
ん?何だ。出かけるところか?などと考えていると、突然中から公爵が現れた。
「おぉっ!ジャック殿!良い所に来てくれた!」
そして、公爵は何やら『慌てていた』。俺はすぐにただ事じゃ無いと察した。
「何かあったんですか?」
「あぁっ!国王陛下が、兄上が毒を盛られた!」
「ッ!?何だと!?」
「頼む!私と一緒に来てくれ!エレンの目を治せたジャック殿だっ!頼む!」
「分かってる!」
俺はすぐに馬車へと乗り込み、公爵と共に王城へ向かった。その道中に、色々話を聞けた。
「毒を盛られたそうだが、容態は?」
「幸い処置が早かったので今は持ちこたえているそうだが、長くは……」
「そうか。……犯人に心当たりは?」
「無い。ただ、以前君たちも遭遇したスゥの誘拐未遂事件と無関係ではあるまい」
「まさか、同じ黒幕だと?」
「恐らくね」
「そうか」
と、俺は頷き少し考える。
「しかし、そうなると犯人はこの国の貴族か?」
「……あぁ。恐らく。可能性としては、ミスミドとの同盟に反対している連中の1人だろう」
「ミスミド?」
俺は聞き覚えの無い単語に首をかしげた。
「パイロット、ミスミドとは、ガウの大河と呼ばれる河川を挟んだベルファスト王国の南部に隣接する国家の事です」
するとBTが教えてくれた。
「流石はBT君だ。詳しいな」
そう言って公爵はBTを褒める。
「公爵。そのミスミドが問題、と言うのは?」
「あぁ。ミスミドは亜人の国なのだ。代表である国王も獣人でね。……古い貴族達の間では、亜人に対する差別意識が今も根強く残っているんだ。加えて、もし兄上が亡くなれば王位は一人娘のユミナ王女へと移る。となれば、そう言った保守派の貴族達が自分の息子などとユミナ王女を結婚させて実権を握り、亜人排斥に動き出すだろう。実際、ミスミドを攻め滅ぼし、属国にすべきだ、などと喚く貴族連中も少なからず存在する」
成程。一部の傲慢な人間達が権力や地位欲しさに色々しでかすのは、こっちも同じか。
「それで、俺は国王陛下の毒をどうにかすれば良いのですね?」
「あぁ。頼むぞ、ジャック殿」
「分かりました。どこまでやれるか分かりませんが、最善を尽くします」
そうして話をしている内に、馬車は王城へとたどり着いた。俺は公爵に続いて陛下のところへ急いでいたが……。
「これはこれは公爵殿下、お久しぶりでございます」
階段を上っていると、上段の方から降りてきた1人の男。
「ッ!バルサ伯爵!」
どうやらあの男は貴族のようだ。しかし、公爵の視線から察するに、どうやら忠臣という訳ではなさそうだな。
「ご安心だくさい。陛下の命を狙った輩は既に捕えております」
「ッ?!?何だと!?その犯人とは一体!」
「ミスミドの大使ですよ。陛下はミスミドの大使が贈ったワインを飲んで倒れられましたので」
「バカな!」
「大使は別室で拘束してあります。獣人風情が大それた事をしたものです。私としては、即刻首をはねてミスミドへ送りつけて……」
「ならんっ!全ては兄上が決める事だっ!」
「左様ですか。獣人風情にはもったいないお言葉ですな」
そう言うと、俺達とすれ違うように階段を降りていくバルサ伯爵。俺はそれを後ろから睨み付けている。しかし公爵が歩き出したので、俺はそれに続いた。
「ジャック殿。どう思う?」
やがて静かに、公爵が俺に問いかけてきた。
「できすぎてるな」
「何?」
「ミスミドの大使が毒入りのワインを贈ったとしても、今回のようにすぐにバレる。自らの命と引き換えに陛下を殺す覚悟のある大使のふりをした暗殺者なのか、或いは獣人、もっと言えばミスミドへ罪をなすりつけるために、王国の反対勢力に目を付けられ大使は利用されたか。まぁ、このどっちかだろうな」
「つまり、ジャック殿は後者だと?」
「あぁ。ミスミドにベルファストと戦争する意思が無く、そんな自滅覚悟の暗殺者を送ってくる理由が無ければ、だがな。まぁ今はそれより陛下だ。犯人を捕まえても陛下が死んでしまっては意味が無い」
「最もだ。急ごう」
足早に陛下の部屋へと急ぐ。そして公爵はバンッと音を響かせながらノックも無しに中へ飛び込み、俺も続く。
部屋の中には豪華な天蓋付きのベッドがあり、そこで公爵に顔立ちが似た男性が横たわっている。恐らくあれが陛下だろう。その傍には、陛下の手を握り、涙を流す女の子。恐らくその子供の母親で陛下の妻らしき女性。医師らしきローブ姿の老人。緑色の髪をロングヘアにした金の錫杖を持つ女性。そして髭の立派な軍人風の男性の、合計5人が控えていた。
「兄上!気を確かに!兄上を治せるかもしれぬ人物を連れて参りましたぞ!」
「あ、アル」
公爵の言葉に陛下は弱々しく声を上げるばかりだ。
「ジャック殿!頼む!」
「了解したっ!BT、今すぐ国王陛下の容態をスキャン。リカバリーで治癒出来るか調べろ」
「了解」
俺は手首の端末に声を掛けながら陛下の傍に立つ。そして陛下に端末を向けるとスキャナーの光が陛下の体を調べる。
「ッ!?何をっ!」
それに軍人らしき男が反応するが、公爵様が止めてくれている。
「どうだ?BT」
「スキャン完了。やはり毒物でした」
「そうか。リカバリーで治せるか?」
「はい。しかし容態の悪化が顕著です。可及的速やかに治療を推奨します」
「分かってる」
俺は陛下の胸の辺りに手を当てると集中し……。
「『リカバリー』」
無属性魔法を発生させた。
すると、真っ青だった陛下の顔色が落ち着き、呼吸も穏やかな物へと変化していった。そして、少しすれば陛下が自分で体を起こし、自分自身の体を見つめている。
「あなたっ!」
「お父様っ!」
すると傍に居た少女と女性が陛下に抱きつく。やっぱり妻と娘だったか。
しかし念のため。
「国王陛下、僭越ながら、少々失礼します」
俺はもう一度、BTに陛下をスキャンして貰う。
「どうだBT?」
「問題ありません。体内毒素の除去完了。また、汚染による後遺症等は認められません」
「そうか」
どうやら問題無いようだ。
「ところで、君は一体?」
自己紹介もすっ飛ばしていたからか、陛下は俺を見て首をかしげている。
それを前に、俺は咄嗟に敬礼を取る。
「申し遅れました。俺の名はジャック・クーパー。縁あって国王陛下の弟君であるオルトリンデ公爵殿下と親しくさせていただいておりました。本日は訳あって公爵殿下の元を訪れていたのですが、奇しくもこちらへ向かわれる公爵殿下と遭遇し、今し方陛下を治療したリカバリーの魔法が使えた事もあり、公爵殿下の希望によりはせ参じました」
「そうだったのか。あぁ、楽にしてくれ。君は命の恩人だ」
「はっ、失礼します」
俺は敬礼を解き、休めの態勢となる。
「ジャック・クーパー殿。貴殿の事は弟のアルより聞き及んでいた。アルの妻のエレンや娘のスゥまで世話になったと聞いている」
「いえ。自分は自分に出来る最善を尽くしただけであります」
相手は自分より明らかな格上の存在だ。そして、上官の存在は絶対と言っても良い軍隊で育った性か、どうしても口調が格式張ってしまう。ましてや相手は一国の王だしな。
「しかし陛下、部外者の自分が口にするのもあれですが、1つよろしいですか?」
「ん?何だね?」
「これは間違い無く陛下を狙った暗殺未遂事件です。しかし陛下が無事である事が犯人に知られれば、第2、第3の事件へ発展する可能性があります。可能であれば早急に犯人の逮捕、或いは討伐をするべきかと」
「そうであるな」
俺の言葉に頷く陛下。
っと、そうだ。
「実は、先ほどバルサ伯爵という人物の口から、ミスミドの大使を犯人として捕縛。別室で監禁中との事でしたが……」
「ッ!?何!?」
「陛下はこのことについて、如何様にお考えでしょうか?」
「ありえぬっ!今のミスミドに私を殺して何の得があるっ!」
どうやら陛下はミスミドによる殺害を真っ向から否定しているようだ。
「しかし、陛下が大使から送られたワインを飲んで倒れたと言う事実が事実としてあります」
「む?」
「この事実がある以上、例え陛下がミスミド大使の無実を叫んだ所で、今後のミスミドとの同盟に必ず支障が出るかと。加えて、ミスミドの大使が陛下に毒を盛ったかもしれない、程度であっても、同盟に反対する者達にとっては格好の批判材料になります」
「むぅ。確かに」
俺の言葉に、隣に居た公爵が頷く。
「僭越ながら、この状況の打開するためには犯人の特定と逮捕を急いだ方がよろしいかと」
「うむ。君の提案も最もだ。ジャック殿」
「いえ。部外者の身での提言、失礼しました」
そう言って頭を下げる俺。
「とにかく、まずはミスミドの大使と会おう。すまないが、ここへ呼んできてくれ」
「分かりました」
陛下の言葉に公爵が頷いて、すぐにミスミドの大使を連れてくるようだ。それを待っている中で、1人の少女、確か、ユミナ王女が俺の方を見つめていた。
「俺に何か?」
「あ、えっと。お父様を助けていただいて、本当にありがとうございます」
そう言って彼女は俺に頭を下げた。
「いえ。どうかお気になさらず。それに、これは偶然でもあります。俺が公爵家を訪れる時間があと少し遅れていたらどうなっていた事か。ともかく、陛下がご無事で何よりです」
と、俺は形式的な返事を返すが、何から王女様は顔を赤くしながら俺を見つめている。
な、何だろう?俺、顔に何か付いてるのか?と思って顔を触るが、特に何も無い。じゃあ何でだ?とか考えながらもう一度お姫様の様子を見るが……。
「あの、年下は、お嫌いですか?」
「は?」
俺は彼女の質問の意味が分からず首をかしげてしまった。
「それはどういう……」
意味を聞こうとした。が、ドアが開く音がして、大使がやってきたのだが、その大使というのが……。
「あなたは確か、オリガさん?」
いつぞや、迷子のアルマを助けた時に知り合ったオリガ・ストランドだった
「えっ?あっ!あなたは確か……!」
「む?ジャック殿は大使と知り合いなのか?」
「あ、いや。知り合いというほどでも。以前迷子になっていた妹さんを助けて知り合った程度なのですが……」
まぁその事は良い。犯人の逮捕について、この世界には無い科学的な捜査ができる俺とBTが居れば、少しは役に立つだろう。
「陛下。俺に犯人捜査をやらせてくれませんか?」
「何?ジャック殿が?」
「えぇ。このままではオリガさんの容疑は濃いままですし、乗りかかった船です。俺にも捜査をやらせて下さい」
その言葉に陛下は少しばかり迷った後。
「分かった。ジャック殿に任せてみよう」
「ありがとうございます」
って事で、俺は早速陛下が倒れた現場に向かった。改めて状況を聞くと、現場は要人との会食用の大食堂だと言う。現場はレオン将軍によって保存されている。ワインは検査のために持ち出されているが、内部から毒物は検出されていないという。念のためそれも持ってきて貰ってBTにスキャンさせたが……。
「ネガティブ。国王陛下の内部より検出された毒物は、このワインには混入していません」
やはり、か。ワインが違うとなると……。
その後、俺はBTにスキャンをさせまくって、毒が『どこ』にあったのかを突き止めた。そう言う事か。となると、城内で給仕や料理、それに毒味をしていた人間が怪しいな。
俺は『レオン・ブリッツ』将軍に頼んで給仕や料理、毒味に関わる全員を呼び寄せて貰った。そして、俺は威圧目的もあってジャンプキットにパイロットスーツ、ヘルメットと言ったフル装備のまま、全員をスキャンしていった。
そして……。
『ピピッ!』
1人の男の前でBTが反応した。直後。
『ドゴォッ!』
俺は有無を言わさず目の前の男の腹を殴りつけた。
「うげっ!?」
男が呻いた次の瞬間、首元を掴んで投げ飛ばし、床に倒すと男の首を締め上げて気絶させた。
もちろん殺してはいない。重要な証人だ。生かしておく。
と、俺が男の拘束を緩めた直後。
「ひぃっ!?」
もう1人の男が逃げ出した。どうやら犯人は2人いたようだ。だが、逃がす気は無い。俺はナイフホルスターからデータナイフを抜き、男の足目がけて投げつけた。
『グサッ!』
「ぎやぁっ!?」
左足の膝裏をナイフで貫かれた男はその場に倒れ込んだ。
「お、おいジャック殿!これは一体!?」
その一部始終を見ていたレオン将軍が驚きの声を上げる。更に回りに集められていた人達もガタガタと怯えている。
「その男と、ここで気絶している男が陛下に毒を盛った犯人ですよ。いや、実行犯というべきか」
「何!?こいつらが!?」
「えぇ。まぁですが、捕まえてしまえば誰に指示されたかを吐かせるのは簡単な事だ」
その後、俺はレオン将軍に衛兵を呼ばせて犯人の男2人を連行させた。その後、拷問が必要なら俺を呼んでくれ、と将軍に頼んだのだが、起きた男ともう1人は捕まって観念したのかスラスラと自白したと言う。
まぁ、なら良いか。さて、最後の仕上げだな。俺は将軍に頼んで関係者を大食堂に集めて貰った。陛下は王妃様、ユミナ王女達も。そしてあの、バルサ伯爵も。付け加えるのなら俺は今もフル装備のままだ。
で、全員集合させるとバルサ伯爵は陛下が無事な事に心底驚いていた。色々丸わかりだが、まぁ良い。
「さて。今回皆さんに集まって貰ったのは、今回の陛下の暗殺未遂事件の犯人と犯人が陛下に毒を盛った方法が分かったからだ。それをこれから説明する」
「ふんっ!何を言い出すかと思えば!犯人はこの獣人で間違い無かろう!」
「違うっ!私は毒などっ!」
「黙れっ!この獣人風情がっ!まだシラを……」
「shout up(黙れ)ッ!!!」
2人が言い争いを始めそうだったので、俺が声を張り上げてそれを止める。すると2人ともビクッと体を震わせて押し黙った。咄嗟に英語がでてしまって、皆意味が分かっていないようだが、まぁ良い。
「安心しろ。オリガが犯人じゃない事は分かってる」
「ッ!?本当ですか?!」
「あぁ。今からその事を証明する。これから俺が話すのは、毒を飲ませた方法、つまり『どうやって』という疑問と、黒幕は誰なのか。つまり『誰が』という2つの疑問だ。犯行の動機、つまり『何故』の疑問は、まぁ俺が言うまでも無いだろうから後回しにする」
そう言うと、俺は用意されていた、オリガが贈ったと言うワインを手にした。
「オリガ。これはアンタが陛下に贈ったワインで間違い無いな?」
「え、えぇ。確かに私が贈ったワインです」
「これがアンタの手から陛下の手に渡るまでに誰かがこのワインに触る、もっと言えば毒を入れる機会はあったか?」
「い、いいえっ!そのワインは私が直接陛下に献上しましたっ!それ以前は誰もそれに触っていません!それに、お渡ししたときもワインの封はちゃんとされていましたっ!」
「成程。ならワインに毒を入れる事は実質的に不可能だ。加えてそれを証明するようにこのワインからは一切毒物が検出されていない」
そう言うと、俺はワインをテーブルの上に置く。
「だがそうなると、毒はどこにあったのかと言う疑問が出てくる。そして、その答え。つまり暗殺の方法、どうやってと言う疑問に対する答えは、『こいつ』だ」
俺が手にし、皆の方に見せたそれは『グラス』だった。
「それは、グラス?」
「あっ。もしかして、グラスに毒が……!?」
首をかしげる王妃様。それに続いて、ユミナ王女がハッとした表情で叫ぶ。
「正解だユミナ王女。……俺が調べた所、陛下が使う予定だったグラスの全てに毒が塗布されていた。更に、毒物の成分が陛下の体内から発見された毒素と一致した。まず間違い無く、これが暗殺に使われた毒の一部だ」
「で、では犯人は?方法が分かっているのなら犯人は特定出来たのか?!」
公爵様がまくし立てるように声を上げる。俺はそのすぐ傍でバルサ伯爵が震えているのに気づいているが、今は無視する。
「えぇ。どうやらこの毒はかなり特殊な物のようですね。宮廷医師を持ってしても治療出来なかった事から見ても、よほど陛下に対する強い殺意を持っていたのでしょう。しかし、その分の反動、と言うべきか。毒を塗布したと思われる犯人達の衣服や体から、ごく微量ながらも同種の毒物の反応がありました」
「おぉっ!ではっ!」
と陛下が驚いた様子で声を上げる。
「えぇ。レオン将軍」
「オウッ!任せろっ!」
将軍は一旦部屋を出ると、隣の部屋で拘束されていた、俺がさっき捕まえた男達を連れてきた。
そして男達を見た瞬間、バルサ伯爵が強ばるのを俺が見逃さなかった。いや、今も震えている。もう、チェックメイトだな。
「どうしました?バルサ伯爵」
俺はわざとらしく声を大きくして伯爵に声を掛ける。すると奴はビクッと体を震わせ、大汗を掻きながら俺を見つめている。
「その2人が何か?」
「い、いや!何でも無いっ!何でも無いぞっ!?この2人は、私と何の関係も無いっ!」
どうやら最後の最後まで諦めが悪いらしい。
「ハァ。……もう無駄だよ。アンタが今回の事件の黒幕だって事はそこの2人から既に聞いてる」
「ッ!?な、何だとっ!?」
「尋問して口を割らせる必要も無かった。そいつらはペラペラと喋ってくれたよ。毒は、アンタが用意していた事もなぁっ!」
俺が声を張り上げれば、奴はビクッと怯えたように体を震わせる。
しばし、周りの皆は押し黙っていた。が……。
「バルサ伯爵。これまでだ。大人しく投降を……」
と、陛下が呼びかけたその時。
「クソォォォォォォォォォォッ!」
ッ!?野郎、ナイフを隠し持っていたのかっ!?奴はナイフを両手で握りしめ、素人丸出しの構えで陛下に向かっていくっ!
「お父様っ!」
「ッ!?ユミナっ!」
その時、咄嗟にユミナ姫が陛下を庇うように前に出る。
その場に居た誰もが最悪の状況を予見しただろう。だが……。
『グサッ!』
刃が肉を貫く生々しい音が響く。だが、刃が貫いたのはユミナ王女じゃない。
俺の左掌だ。
「ッ!?貴様っ!?」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
俺は右手で思いっきりバルサ伯爵を殴りつけた。バキィッという音と共に殴り飛ばされた伯爵は倒れてそのまま動かなくなった。殴った感触からして、死んではいないと思うが、顎は確実に粉砕しただろう。
「いっつ」
それを確認したのも束の間。左手に鈍い痛みが走る。俺は二~三度呼吸を整えてから……。
「ぐっ!?」
歯を食いしばり、ナイフを引き抜いた。ブシュッと言う音と共に俺の鮮血が飛び散る。俺はナイフを近くのテーブルの上に置くと、自分自身に治癒魔法を掛けて傷を塞いだ。
「ふぅ」
俺は左手の感触を確かめると、振り返った。
「国王陛下、ユミナ姫。お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ。大丈夫だが、ジャック殿。手は大丈夫か?」
「えぇ。治癒魔法で傷は塞いだので。それより、ユミナ姫は大丈夫ですか?」
「は、はい。大丈夫、です」
そう言って頷くが、ナイフを持ち、殺意を滾らせる男の前に飛び出したのだ。恐怖を感じたのかカタカタと震えている。
『パイロット、彼女の脳波が乱れています。彼女を安心させるため、何か言ってあげた方がよろしいかと』
BTからニューラル通信が届く。
『何かって何だよBT』
『私にはその何かが分かりません。私にはセラピー機能はありません』
『ったく、言い訳が上手いなお前は』
『≪皮肉≫を検知』
ったく。まぁしかしBTが言っている事は最もだ。ここは……。
「もう大丈夫だ」
俺はそう言って、血の付いていない右手で彼女の肩に手を置いた。
「ここにお前を傷付ける奴はもう居ない。居ても、俺がぶちのめしてやるから。だから、安心しろ」
俺がそう声を掛ければ、彼女の体の震えは止まった。そして、今はどこか赤くした表情のまま、俺を見上げている。しかし視線はやがて左手に向く。
「あ、あの、左手、大丈夫、なんですか?」
「あぁ。大丈夫だ。だから気にするな」
「で、でも、ジャックさんは私を守って」
「大丈夫だって。俺は兵士だ。傷付くのが仕事みたいなもんだ。それに、兵士は誰かと戦い、誰かを守る存在だ。これくらい慣れてるから気にするな」
そう言って俺はヘルメットの下で笑みを浮かべていた。
その後。俺は応接間のような所で色々話を聞いていた。今ここに居るのは、俺、公爵殿下、国王陛下と王妃のユエル様。ユミナ姫。レオン将軍に、宮廷魔術師の『シャルロッテ』様。
何でか知らないがユミナ姫は俺の隣に腰を下ろしている。
で、話題と言うのが……。
「そう言えば、ジャック殿の手にしている物から何度か声が聞こえていたが、それは?」
っと、そう言えばBTの紹介してなかったな。
「BT、皆に自己紹介だ」
「了解。はじめまして。私はパイロット、ジャック・クーパーをサポートする自立式AI、BT―7274です。よろしくお願いします」
端末から聞こえるBTの声に皆驚いている。
「驚きました。それは、ゴーレム、か何かなのですか?しかし人の言葉を……」
「いいえ。私はゴーレムなどではありません。私は、パイロット、ジャック・クーパーの行動を支援するAIです」
シャルロッテの質問にBT自身が答える。
「え、えーあい?」
まぁ分からないであろう単語に隣のユミナ姫が首をかしげる。
「AIとは、Artificial Intelligenceの頭文字を取ったものです。人工知能という意味があります」
「人工、と言う事は人の手によって作られたと言う事ですね!?」
シャルロッテは興奮気味に問いかけてくる。
「はい。私は人の手によって生み出された存在です」
そしてBTが肯定するもんだからシャルロッテが興奮して色々聞いてくるが……。
その時、部屋のドアがノックされ衛兵らしきものがやってきてレオン将軍に何かを耳打ちしている。
「そうか。分かった。下がって良いぞ」
「はっ、失礼します」
兵士は礼をすると部屋を後にした。
「今のは?」
「あぁ。バルサ伯爵について報告があった。奴の屋敷から陛下の暗殺のために使われたと思われる毒物が見つかった。それと、以前あったオルトリンデ公爵殿下の娘、つまりスゥシィお嬢様を狙った誘拐未遂事件も、バルサ伯爵の差し金だったようだ。奴の自白が正しければ、陛下との取引材料として使おうと考えていたようだ」
俺が問いかけるとレオン将軍が説明してくれたが……。
「何故スゥを狙ったんだ?こう言っては何だが、国王陛下に対する人質ならば家族であるユミナ姫やユエル王妃の方が効果があると思うが……」
「恐らく警備が厳重であった事から諦めたのだろう」
「推測ですが、当時スゥは王都を離れていました。王都での誘拐となればすぐに問題となりますが、帰路についていたあの時は警備の数も少数でしたから」
レオン将軍が答え、BTも推測を述べている。しかし、最もだな。
「相手の戦力が最低限の時を狙い、尚且つ狙える中で最も陛下に近しいのが、姪であるスゥだった、と言う訳か」
俺はそう呟いて出されていた紅茶に口を付ける。
「しかし、そうなればジャック殿には二度に渡ってバルサ伯爵の野望を阻止した事になる。私や姪のスゥの命まで助けられたとなれば、ジャック殿はベルファストにとって影の英雄という訳だな。本当に、感謝してもしきれぬ」
そう言って笑みを浮かべる陛下。
「ご冗談を。俺は英雄などではありませんよ。それに、スゥの一件も今回の一件も。俺はたまたま遭遇しただけです。感謝なら、その事件と俺を引き合わせた神様に言って下さい」
「むぅ。そうは言うが、何か謝礼をと思うのだが、どうだろうか?」
「それもいりません。俺も、自分の食い扶持を稼げるくらいには冒険者として仕事をしていますし。金や物に対する執着も今の所ありませんから」
「ふぅ、相変わらず無欲だなジャック殿は」
「無欲というか、前から豪遊とか豪華とか、そう言う単語と無縁の生活でしたからね。それに俺は兵士として、いろいろな場所で命がけで戦っていましたから。あまり金や物に興味を持てる環境にもありませんでしたし」
フロンティア戦争の真っ只中なフロンティアでは、生きていくのも命がけだ。だから金や物に執着なんてしてられなかった。それよりも生き残る為に戦うしか無かったからな。
「そうか。時にジャック殿は、冒険者と言う事だが。どうだろうか?我がベルファストの騎士になる気は無いか?」
そう誘いを掛けてくれる陛下。
「騎士、ですか。生憎ですが、お断りさせていただきます」
「ほう?理由を聞いても?」
「生憎、俺はどこまで行っても兵士です。残念ながら、騎士道がどうのと言う環境には合わないと思いますので」
「そうか。それほどの強さを持っているのなら、ユミナや妻、私と言った王族を警護する近衛兵にでも、と思ったのだが」
「申し訳ありません。ただ、今の俺にも共に旅をする仲間が居ますし、それに俺も、今はどこか一箇所に落ち着くよりは旅を続けたいと思って居るので」
「そうか。ならば止めるのは野暮というものだな」
「すみません。ただ、こうして知り合ったのも何かの縁。何か力になれる事があったら、俺に声を掛けて下さい。戦いくらいしか取り柄の無い兵士ですが」
「そうか。分かったよジャック殿。何かあれば、貴殿を頼らせていただこう」
と、そんな話をしながら俺はもう一度紅茶に口を付けるが……。
『ジーーーーーーーーっ』
何かさっきから隣のユミナ姫から見られてるんだよなぁ。
『警告、先ほどから数分に渡ってユミナ姫の視線はずっとパイロットを見つめています』
『それだけ俺に注目してるって事か?何か警戒されるような事したかな?』
と、クーパーとBTがニューラル通信で話していた時だった。
「あのっ!お父様!お母様!」
「ん?どうしたのだい?ユミナ」
急にユミナ姫が立ち上がった。何だ?と思って居ると……。
「私、決めましたっ!こ、こちらのジャック・クーパーさんと、け、結婚させていただきたく思いますっ!」
「えっ!?」
突然のユミナの発言に、俺は戸惑った。いやだっていきなり結婚って!?ちょっと待て!突然の発言に驚く以前に、どうしてそうなった!?俺達は出会って、それこそ数時間が精々の関係だぞ!?
「そうか。時にユミナ。理由を聞いても良いかな?」
呆然とする俺を他所に優しい声で問いかける陛下。
「そ、それはその。お父様を救っていただいたと言う事もありますが……。私自身もまた、伯爵の凶刃から身を挺して守っていただいた事もあり、これほどまでに心強い男性に出会った事が、初めてで、その……」
そう言って顔を真っ赤にするユミナ姫。
「こ、この人を人生をともに歩んでいきたいと、本気で思えたのですっ!」
如何にも人生最大の告白のように、顔を真っ赤にして叫ぶユミナ姫に対して親である陛下やユエル王妃はニコニコと笑みを浮かべるばかりだ。
「あらあら。ユミナったら。まぁでも分かるわぁ。あんな風に守って貰えたのなら、女の子が一目惚れするのも頷けるわ。幸せになりなさい、ユミナ」
「うむ。ジャック殿の力強さもあれば、ユミナが困ることは無いだろう。私も構わないよ」
「お父様っ!お母様も!ありがとうございます!」
何やら、俺と姫が結婚する前提で話が進んでるが……。
「待ってくれ。俺は反対するぞ?」
割って入るように挙手をしながら俺が声を上げると、隣にいたユミナ姫が絶望にも似た表情で俺を見つめている。
「あら?ジャック殿はユミナとの結婚に反対なの?」
「反対も何も、俺は平民ですよ?それに王女であるユミナ姫ならば、既に結婚の申し入れがたくさんあるのではないですか?他国の王族や、国内の貴族連中から。そいつらはどうするんですか?仮に俺との婚約を発表したとして、全員がそれを『はいそうですか』と納得するなんてありえない。確実に王家に対する反発を生みます。それに俺は冒険者としてあちこちを旅している身です。決まった収入も無ければ、定住地があるわけでもない」
あれこれと否定を並べてユミナ姫の思いを拒んでいる事が、彼女を傷付けている事になるかもしれないが、これだけは行っておかないといけないんだ。
「正直、告白されたことを嬉しいかそうで無いかと聞かれれば、男として嬉しくは思います」
「で、ではっ!」
ユミナ姫が何かを言おうとするが……。
「だが今の俺は、平民や、冒険者である前に『兵士』だ。……既にこの体は、多くの人の血で汚れている」
惑星タイフォンでの戦い。それ以前の戦いでも、俺はいくつもの戦争を、戦場を経験してきた。
そして、俺はユミナ姫の方に右手を差し出す。ユミナ姫は戸惑いながらも首をかしげる。
「俺の体は人の血で汚れているし、恐らくこれからも、人の血で汚れ続ける。そんな汚い俺のこの手を、ユミナ姫。あなたはこの薄汚れた手を取ってともに歩んでいきたいと言うんですか?」
俺の言葉に、姫はしばし沈黙し、周囲の者達も何も言わない。だが……。
「はい。構いません」
何と、ユミナ姫は笑みを浮かべながら俺の右手を、自分の両手で包み込んだのだ。
「ッ!?」
これには、俺の方が驚かされる。
「例え、血に汚れていても。それは、ジャックさんが何かを守る為にその手を汚したと言うのなら、この手を私は汚いとは思いません。むしろ、どれだけ汚れようとも、誰かを守る力強い手だと、私は思います」
そう言って笑みを浮かべるユミナ姫。あぁ、これは。
「ハァ。OKだ。俺の負けだな」
「え?」
「すまないユミナ姫。君の気持ちを少しだけ確認させてもらった」
「と、と言う事は?」
「正直、今さっきまでの姫は俺の事を殆ど知らなかった。だから警告の意味で色々言わせて貰ったんだが、そこまでの思いがあるのなら、俺が断る理由はない」
「じゃあっ!」
「ただし。今言った通り俺は兵士で、それに加えて平民だし冒険者だ。俺と婚約することで、君の身に何が起こるか、この先想像も出来ない。それでも良いんだな?」
「はいっ!」
俺の言葉に彼女は怯えるどころか、笑みを浮かべながら即答する。やれやれ、とんでもないお姫様だ。
『とまぁ、そんな訳だ。BT、俺にも春が来たみたいだな』
と、冗談交じりに相棒へ投げかけるのだが……。
『……そうですか』
あ、あれ?何か相棒からの返事が素っ気ない?
『お、おい?BT?何か怒ってるのか?』
『……何でもありません』
『お、おぅ』
結局、俺は相棒の機嫌が悪化している理由が分からず内心困惑しているのだった。
第5話 END
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