鬱エロゲみたいな世界観で悲惨な運命を辿る魔法使い(少女)を助ける話 作:ヤンデレになる過程を楽しむ人
魔方陣の中心に辿り着いた瞬間だった。
ぐらり、と突然に怪人の体が揺らめいた。一つ遅れて乾いた破裂音。
それと同時にハクの体を支えていた力が抜け、落下し屋上の床に叩き付けられる。
受け身も取れず、息が詰まる程の衝撃を受けて意識が一瞬飛びそうになる。
「っ……ぁっ!」
「ふっ!! ぐぅ……ヌゥンッ!!」
怪人の苦悶の声が、何かを我慢する声がハクの耳に届く。
ポタリ、とハクの目の前に何かがこぼれ落ちた。
それは液体、ジョイと名乗った怪人の体から零れ落ちた生命の源。
そしてハクはようやくこの怪人が撃たれたのだと気付いた。
いや、最初から気付いていた。ただそれがどれだけ夢物語で、可能性の低い事なのかよく分かっていたから。
だから奇跡を切望しながらも起きた事実をしばらく信じることが出来なかった。
再び銃撃の音がなる。それよりも早く腕を振るったジョイの腕が銃弾と衝突し決して僅かでは無い程度に体勢を崩す。
三度目の銃撃、ジョイは落ち着いて対処しようとして目を凝らし……不意に照らされた複数のライトに目を焼かれた。
「何っ……!? ォォォオオオ!!」
僅かに目測がずれる。
防御のために差し出した腕をすり抜けて、更にもう一つ体に風穴を開けることになった。
体がよろめき、仰向けに倒れていく。
ハクはその光景を見ていることしか出来ず、助かったという安堵を心の底に抱いた。
あの時と同じ。
悪夢の終わり。
それを予感させる四発目の弾丸、ただ倒れ行く怪人にはどうすることも出来ない……筈だった。
「嘗めるな……!」
怪人の倒れ行く体が止まる。
飛来する弾丸を寸で避け、一つ後ろに跳んで仕切り直す。
構えを取り、全身から血液のようなものを垂れ流すその姿は瀕死にしか見えない。
その足取りは重く、腕の動きは鈍い、口のようなものからは体液を垂れ流し、そこから漏れ出る呼吸は虫のよう。
もう一撃、もう一発直撃させれば確実に死に至らせる事は簡単に予測出来るその姿に……更なる弾丸は飛来して来なかった。
代わりに地響きのような音がハクとジョイの居るビルから聞こえてくる。
それも複数。
それでも一切の集中を途切れさせず構えるジョイに、どこからか声が届く。
『死ぬか、逃げ帰るか。選べ』
ノイズ混じりの息が切れた男の声。
(スピーカー……? いやそれよりもこの声はやっぱり……!)
空成ハクは歓喜する。それと同時に切なく求める思いが胸に込み上げる。
(安心したい。助けられたい……こんなこと、思っちゃ駄目なのに)
全身がドクンドクンと跳ねているのかと錯覚した。
初めての感覚に戸惑い、落ち着くように努力する。体の内面に意識を向け、気持ちを落ち着かせているとあり得ないことに気がついた。
(何故? あり得ない、
その力無い体に、ほんの僅かにだが魔力が宿っていた。
原因を探ろうと更に意識を深く沈めようとして……
「なんだ、笑わせるなよ。この私を、この程度で殺せるつもりか? 魔法使いでもないただの人間風情が」
その行為はジョイが動き出したことで強制的に中断させられる。
(そうだ、逃げないと……少しでも、離れないと)
ハクはジョイの意識が少しでも逸れている間に少しでも行動を起こすために体を持ち上げようとして、失敗しまた地に伏せる結果となる。
その動きは中途半端に糸の切れた操り人形のように酷く歪で、見る者を不安にさせるものだったがその疑問を口にする者がここに居なかったのは幸か不幸か。
ハクが何も出来ない間にも
間隔を開けた狙撃は幾度もジョイへと襲い来る。
不意打ちでもなんでもないただの銃弾は怪人に通じない。
ジョイにはそれがわからない狙撃手ではないと理解していたが妙な間の開く狙撃は止む気配がない。
(位置は大体把握した。投石呪術を使えば一息に始末できるだろう。他の魔法使いが近くにいた場合知覚されるだろうがこれ程銃声をならしている時点で今更、複数のライトには既に慣れたが……この聴覚を阻害する音の意味も理解出来ない。時間を掛けるのは愚策だな)
そう判断したジョイの行動は早かった。
即座に片足を足元のコンクリートへめり込ませ砕いて
いくらジョイが武術の達人であったとしても瀕死の状態で狙撃にさらされながらという状況ではそう簡単に出来る事ではない。だがそうできたのは、二つ要因があった。
まず一つ、初撃含め四発目までの狙撃の精度が非常に高かったのに対し距離を空けた後の狙撃の精度が著しく落ちていること。
距離の問題もあり確かに体に直撃する弾丸ばかり飛んで来るのだがそのコースは甲殻に守られている場所だったりし、回避行動を取るまでもなかった場合が幾つかあった。
そしてもう一つの要因、これはジョイ以外預かり知らぬ事、というよりも知るよしも無いこと。
ジョイは邪魔が入った時点で損切りを決意したただそれだけだ。
そしてその時は来た。
十一発目となる弾丸がジョイの肩を掠める様に撃ち抜かれ、コンクリートで出来た床に着弾し、同時に手に握った石礫を放とうと呪術を起動した。
弾丸に砕かれたコンクリートの破片が飛び散るまでに準備は整えられた。
腕が振り上げられる。
ジョイの異常な聴覚へ、投石呪術を放とうとした方向から息の飲む音が届く。
それはあらゆる雑音から望む音を取り出す呪術。人は自分の聞きたい言葉しか聞かない、そういう特性を強化する呪術は膨大な雑音、妨害の音の中からあらゆる音を切り捨て、聞き分け、望む音を確かに聞き取った。
そう、望む音だけを拾った為に……その他の音を雑音と切り捨てた。
ジョイが投石呪術を投げ放つ寸前、濃厚な血の匂い、僅かな煙草の臭いを嗅ぎ取った。
ジョイは刹那に思考する。風の強いこの場所で強烈な血の匂いを感じる条件を。
既に無くなった筈の汗腺から汗が流れる幻覚をする。
「カァッ!」
何かを打ち払う様な気迫を持った声と共に振り返り、呪力の込めた石を放つ。
(匂いからして真後ろ。寸でで握り潰した為上に対象を変えたため威力は落ちるが例え魔法使いだとしても人一人吹き飛ばすには十分、ただの人間ならバラバラになる衝撃。狙撃に警戒しながら正体を確かめる!)
いくつもに別たれた小石や砂利とも言うべきコンクリートの破片は
薄ぼんやりと照らされる月の光の元ジョイの視界の隅をなぞるように暗い影が移動していた。
▲▼▲▼▲▼▲
夜の闇に紛れて動く。
僅か数メートル横で粉砕される使用済みの包帯。
怪人は驚いている様だがまだ本格的に気付かれていない。
怪人の意識の半歩外を、無意識の境目に歩き続ける。
数秒程度のアドバンテージ。
死にかけているからか、それともあの変な夢を見たからか、今は何故か恐怖を覚えずに動ける。
巻き戻しをするための保険すらないままに、大量のスピーカーと放送機器等を使った大音量で音割れするくらいに流し続けて聴覚を封鎖、念のため裸足になり足音を後は暗闇に紛れるだけ。
流石にスナイパーライフルで意識を奪い続けている贄沼の協力が無ければここまで近づくのは不可能だったろうけどな。
すぐ側に倒れ伏している空成ハクは少し身じろぎするだけで動かない。
助けには入らない。
それは俺の役目じゃない。
懐から拳銃を取り出し、もう片方の手で煙草を咥えながら銃口をジョイへと向ける。
「そこかッ!」
「
同時に反動を押さえ込もうとして傷口が酷く痛んだ。
少しだけ収まっていた痛みがまた、油に火をつけたかのように燃え上がるよう。
だが俺の苦しみと撃ち放たれた弾丸は一切関係ない。
「効かんわ!」
腕で弾かれるが足が止まる。
狂った様に足を動かして後数歩。後数歩程度の距離が埋まらない。
虚仮威しの射撃はもう通じない。怪人に対して正面から放つ拳銃程頼りにならないものはない。
このイカれた体じゃ無茶な挙動も出来ない。
届かない。
届いたところで逃げきれない。
「惜しかったな、だが、届かん」
息も切れ切れの声。
それは俺も同じか、お互い体を致命傷を負っている。
違いを挙げるのなら奴は俺をこの状態でも簡単に殺せて俺はそれに抵抗できない位だ。
意を決して振り向く。
ジョイが狙撃への意識を残しながらも俺へとステップを刻みながら近づこうとしている。
その動きは早く、不規則に動く為に正確に掴みきれない。
次の段階に移った事を認識し視線をまた正面へ。
空成ハクと目があった。
逆光になって詳しい表情はわからない、だが確かにこちらを見ている。
不安なのだろう、恐ろしいのだろう。
俺はヒーローにはなれない。一人の力には限界があった。
だからこそ虚勢を張り続ける。
ここで朽ち果てるとしても。
安心させるように笑みを形作る。
目の前のビルのガラスが砕け散る。
同時に黒い影がこちらのビルへと飛び移る。
「狙撃手か!?」
ジョイの疑問と驚愕。
まさか安全とは言えなくとも危険度が低い遠距離からこちらに乱入してくるとは思わなかったのだろう。
「当たんじゃねぇぞ!」
「出来れば当てないでくれ」
「貴様ら正気か? 同士討ちすら厭わんのか!?」
気迫の籠った叫び声と共に贄沼は
連続するマズルフラッシュは見詰めていたら目が焼ける。視線を下へ向け、至近距離を掠めながら通り過ぎていく銃弾に当たらないように祈りながら怪人へと振り返る。
弾倉の交換、まだ半端に弾が込められている弾倉を吹き飛ばしながら新しい弾倉へ。終わると同時にライターで煙草に火をつけて、地面へと落とした。
たっぷり10秒程の休憩時間。呼吸四回分。
アサルトライフルの全弾掃射に当然のように耐えたジョイはステップを踏みながら今度は贄沼へと標的を向けた。
脅威度の高い方から始末しようという腹つもりなのだろう。
早すぎる為に目で追い付く事は不可能、だから先読みして銃弾を置いておく。
この体じゃヒビの間を通すような精密射撃は難易度が高い、だから足止めに専念し顔と足元へと弾を送り込む。
激痛に視界が歪まされながらも発射された二発の弾丸は、期待通り甲高い着弾音を響かせてジョイの移動を阻害する。
「な、に……?」
まさか撃たれるとは思っていなかったのか混乱、幸運で更に数秒を稼げる。
「確保!」
「予定通り動け」
「信じるからな!」
装填もせずに弾切れ状態のアサルトライフルを肩に掛けたままの贄沼が叫んでいる。
確保、と言うことは俺の後ろで空成ハクが贄沼に回収された……ということ。
これで
これより
先程の予測射撃はもう通じない。
出来るとバレていれば怪人にとっては簡単に防げるものだから。
開いた傷口から赤い雫が幾度と無く溢れ落ちる。
俺の足元に落とした煙草の煙は俺の体をくぐらせながら天へと昇っていく。
この煙草に意味があるかはわからない。
そもそも煙草を多用しているのは嗅覚潰しの他にもう二つ、希望的観測になるが意味がある。
煙は古来では神聖な力があると言われており、その煙は神へと届けられる。
その他にもシャーマンと呼ばれる部族達の中で煙草の煙は特に神聖視されていたり、邪なものを払う力があるという考えもある。
全く馬鹿げたファンタジーな話だが……魔法使いも怪人も同じようなファンタジーの存在だったんだ、だから試してみる価値はあると考えた。
今のところはその効果を実感したことはない。
だが確かに嫌悪していた。魔女も、怪人ですら。
ジョイが動き出す。
装填の隙はない。
俺を殺しに来た場合と贄沼を殺しに来た場合のパターンを想定し2ヵ所、予測できる移動場所に弾丸を撃ち放つ。
甲高い金属音。贄沼を殺しに来たパターンだ。
だが大した妨害になっていない。精々俺がジョイがどちらに向かったかの判断材料になるくらい。
そうか、贄沼の方へと向かったか。
なら後は祈るだけ、妨害札は既に使い切った。
使い回しで誤魔化すしかない。
痛む体に鞭を打ち声を上げる。
「そっち行ったッ!」
返事は聞かない、お互いにそんな暇はない。覚悟はしてる。
ジョイが嫌がるであろう場所に弾丸を送り込む。
少しでも満足に動けなくなれば良い。
そんな目的で撃った弾丸が空を切る。
予測を外した。有り得ないことじゃない、むしろ当然な事だ。こんな曲芸が何度も成功する筈がない。
しかし今撃った弾丸は
ジョイはどこにいる?
視点を変えようとして踏み出した筈の足が、意思に反して勝手に崩れ落ちる。
体を支えようとして付き出した筈の腕は半場から消失していて、バランスを崩して倒れ込んでしまった。
目の前に拳銃を握り締めた肘までしかない俺の右腕だったものがある。
そしてその腕のすぐ側に立つ怪人の足。
成る程、遅れながらにして気付いた。
この怪人は俺を殺しに来た。空成ハクを回収するという最短のメリットを捨てて。
辛うじて動く目だけを使って贄沼へ視線を向ける。
脇目も降らずに屋上に設置された落下防止フェンスへ駆け抜けていく。
フェンスを跳躍と片手を使いハクを担ぎながら器用に飛び越える。
器用なものだ、筋力も。だが何れだけ早く登ろうと必ず隙が出来てしまう。それを押さえるのが俺の役目……だったのだがそれも出来なくなってしまった今、その無防備な背中をジョイに狙われる。
だがジョイは動かない。じっと立ち尽くし俺だけを見ている。
そして遂に、贄沼とハクはフェンスを乗り越えて屋上から落下していった。
その寸前、ハクが何かを喋っていたような気がする。それどころか他の音も拾えなくなってきた。覚えのある欠落、慣れた死の気配。
だがもう大丈夫だ。第三段階は達成された。
この高さのビルから落ちた場合普通は助からない。助かったとしても致命的な怪我を負う。
だが贄沼は助かっていた、最初の出会いの時足を挫いただけで済んでいた。
なら再現できると踏んだ、このビルの屋上から、怪人との戦闘中、魔法使いを助けるために、特定のフェンスから落下する。
これだけの条件を揃えれば後は
そう考えた上での作戦だった。
落ちた後何か問題があれば叫ぶかチャンバーに直接弾をぶちこんで銃声を鳴らしてでも知らせてくれるだろう。
いや、俺が死に体になった今はそれも怪しいか。
ここまで成功した後、下に用意してあるバイクで最終関門であるジョイからの逃走、時間稼ぎの筈だったのだが……どうやらジョイにその気は無いらしい。
うっすらと聞こえる無事を知らせるバイクのエンジン音すら無視して、ジョイはしゃがみこみ俺へ顔を近づける。
なんだ? 喰われるのか? こいつらまさか体力回復の為に、とかで人を喰うのか?
「貴様がギアの言っていた『奴』か」
返事が出来ない。時間稼ぎしたいのに声の代わりに漏れでるのは掠れた呼吸音だけ。
「煙草など用意しおって、シャーマンのつもりか? 資質もないのに無駄なことを」
寒い。
「何を考えているのかは知らんが……貴様は殺せる内に殺しておけと俺の勘が言っている」
手足が凍り付いたかのようだ。
幻覚すら見えてきた。今までと違う真実の死だからか。
ジョイの背後に誰か居るように見える。
それはどこかで見た人間の少女のような姿をしている。
何処かで見掛けた紫色の髪を携えて、片手を上げたその少女は、俺にトドメを刺そうとするジョイごと世界を氷で染め上げた。