鬱エロゲみたいな世界観で悲惨な運命を辿る魔法使い(少女)を助ける話 作:ヤンデレになる過程を楽しむ人
三者
音も動きも何もかもが凍り付いて止まっていた。
ムーヴの腕から流れ出る大量の出血も、全身の開いた傷跡も全てが固まっていた。
それは怪人ですら例外ではない。
ジョイの姿は振り向いた姿勢のまま固定され、微動だにすることもない。完全な停止状態。
生物の発する呼吸の音すら凍り付いた世界にその支配者が舞い降りる。
その存在は異質。
全てが凍り付く極寒零度の世界でその支配者たる少女だけが凍らず、異常な程平常を保っていた。
一歩、二歩と歩を進める事に凍結が強くなる。
そして怪人ジョイとの距離が零になり、その体を軽く叩いた。
「凍結魔法『ゴクラクヒョウド』」
凍ったままのジョイの体に無数のヒビが走る。
更にもう一度、今度は先程よりも強くジョイの体が叩かれた。
崩壊した。強靭な肉体を持つ怪人と言えどこの世界の中では意味はなく、ただ無意味に砕け散った。
それを為した少女は特に気にすることもなくその視線をその奥へと移す。
凍り付いたムーヴの肉体。
少女はムーヴのすぐ側に体を近付けるとその体を優しく抱き止める。
そしてすぐ足元に落ちてあった腕を拾い上げるともとあった場所に押し付けた。
泣別れとなった腕は、形だけは元のとおりに繋がりを取り戻す。
少女は息を一つ溢す。それは何かを堪え、内に秘めた感情を押さえつけているようだった。
「見つけた」
何秒か少女はムーヴを見詰め、ゆっくりとその体を手で叩いた。
怪人の体を砕いた姿を幻覚させる行動だったがムーヴの体はひび割れない。しかしその体を覆うように大きく大きく氷が造形されていく。
「『コオリノヒツギ』」
完全な氷の固まりとなったムーヴを凍らした床の上を滑らして移動させる。ムーヴと少女が通った後、氷はひとりでに消えていく。
そうして少女は凍ったままのムーヴを連れて闇の中に消えていった。
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氷の少女とムーヴが姿を消したビルの屋上を、ヘクスが無表情で見下ろしていた。
一帯に転がる氷片には一切目もくれず、ムーヴが居たその場所をじっと見詰めていた。
そこには何もない。ただおびただしい量の血液が固まっているだけで、その姿も、何もかもが存在しない。
腕を振るう。
無数の糸がヘクスから放たれてそれらは全てムーヴが居た場所に集まって動きを止める。
それを見ながらヘクスは僅かに目を細めた。
「やはりここで一度心臓が止まっている。先ほど見回った薬屋から数えて二度目……しかもこちらは追跡も出来ない」
ヘクスは一度糸を絶ち切るとふわりと、更に高く、月の光を浴びるように空へと浮かぶ。
「契約が絶ち切られた……?」
それはムーヴとヘクスを結んでいる糸のようなもの。
お互いの存在を繋げる魂のライン。
ヘクスがその糸を辿れなくなっているということはつまり、
「呪詛返し、ペナルティの類いは無し。となれば正規の方法で……正しく契約を満了したということになる。それはつまり……いやあり得ない。二つ考えられるが……彼が死んだなんてあり得るものか」
その言葉は半分願望染みている。
魔法使いと怪人の戦いに、ただの人間が本来立ち入ってはいけない。
簡単に死ぬ、当たり前に死ぬ、立ち向かうことも出来ずに死ぬ。
「あぁ、そんな事は理解しているとも。何度も何度も見てきたんだ。でもね、何故だろう、君が死んだなんて思えないんだよ……少なくともこの目で死体を確認するまでね。それまで私はアクションを起こさない。これは君のせいだよムーヴ、勿論私を騙して何かをやろうとしていたことは知ってたさ、けど最後には戻ってくると信じてたから私は君に従ったんだ」
ヘクスの姿が月明かりに溶けて消えていく。
元々そこに居なかったかのように、全てが無かった事のように消えていく。
「君は私と契約したんだ。私の許可無く契約を満了? 許さない。私に希望を見せた責任は取って貰う。最後の時まで付き合って貰うよ。必ず、ね」
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『空』の少女は揺られている。
贄沼に背負われて、力無く体をだらんと投げ出している。
ぼんやりと虚空を見つめるその瞳には数分前の光景が強く、深く、焼き付いている。
それは少女にとってのヒーローの姿。
願えば必ず助けに来てくれたちょっとだけ怪しくて、でも優しく微笑んでくれたヒーローの姿。
その姿が今は記憶の中で赤黒く染まっている。
心に闇が渦巻く。
自責と後悔の念が何重にも取り巻いている。
ようやく動くようになった口を開いて、息と共に言葉が溢れた。
「あの人は……」
死んでしまったのだろうか。
少女はそこまで口には出せない。認めたくない、口に出せば確定してしまう気がして。
「多分、生きてるよアイツは」
「……え?」
贄沼から返事があると思わなかったのか、それとも予想していた返事と違っていたからか、空成ハクはすっとんきょうな声をあげた。
贄沼は足を止めて少しだけ乱れた呼吸を整えるついでに話し始めた。
「絶対死んでるって俺も思ってる。元々あの場所に行くまでに死んでてもおかしくない状態だったんだ。それに加えてあの状況じゃぁな……むしろ死んでない方がおかしい」
「なら、なんで?」
「あのバケモンが追いかけてきてない。音を消すためにバイクを乗り捨てたけど、それにしたって静かすぎるだろこんなの」
そう呟いて贄沼は周囲を見渡す。
空は変わらず暗闇に閉ざされ、ビルの間を通り抜ける風の音だけがこの場所に変化をもたらしている。
「まっ、アイツも多分人間だろうからサックリと死んでるかもしんねぇけどな」
「……ちょっと?」
「俺にそういう心遣いを期待すんな、事実と思ったことしか言えねぇ」
会話が終わり、贄沼はまた足を動かし始めた。歩く度に痛みが強まる捻挫を我慢しながら目的地へと急いだ。
空成ハクの心のしこりは残り続けている。それはここで晴れる事はない。僅かに、確実にその心を燻らせながら。
二時間後、大事な宝物である妹分二人と再会し囲まれてもその心が晴れることは無かった。