鬱エロゲみたいな世界観で悲惨な運命を辿る魔法使い(少女)を助ける話 作:ヤンデレになる過程を楽しむ人
それは、高層ビルと肩を並べる程の大きさをしていた。
それは、銃弾どころか爆弾すらも無為にする体を持っていた。
それは、あまりにも唐突に現れた。
平和な日常を終わらせた
その異形の巨体が窓から見える。
深呼吸。
あの時俺は逃げ出すことしかできなかった。
違う、今でも同じだ。
何もできることはない。
れいらを探して逃げるべきか……?
「君にはあの化け物が何に見える?」
特におびえた様子のない御門医師。
落ち着いている?
対策がある……さっきの会話、れいらか。
確かに魔法使いは怪物に対抗できる。
それはこの目で見たことがあるからわかっている。
だがそれが危険なことには変わりない。
落ち着け。
あの時の会話、あの怪物は何度も襲撃してきているはずだ。
つまり、繰り返し対処している。
心配する必要は、ない……
「不定形な黒いスライムに見えている」
「
「どういう意味だ?」
「あの怪物は
「……詳しく頼む」
意味がわからんぞ。
見る人物によって姿を変える?
変身でもするというのか。
「私の目にあの怪物は、
「……は?」
「事実、今も腕を振り回し街を破壊しているように見えるわ」
俺にとっては黒いスライムが触手を伸ばして二十階建てのビルを破壊し、無人の街を呑み込んでいるようにしか見えない。
「ある人物は靄がかった蜘蛛、ある人物は顔の見えない獣。他は割愛するけど、共通点は全体像が把握できない、強い恐怖を感じるってことくらいかな」
随分と多種多様に変わるものだ。
確かに見続けていると不安感のようなものが.
いや、不安感というよりどうしょうもない達観のようなものが浮き上がる。
あれ何で始末できるだろうか。
最初に見た怪物は何十人もいる軍人の一斉射撃を物ともしない皮膚を……あれ?
あの怪物、
思い出せない。
そんなはずはない。
あの衝撃を忘れるはずはない。
「どうかした?」
「……何でもない」
手帳は手元にない。
もしかしたら怪物に関してメモしていたかもしれないが確かめることはできない。
思考を切り替える。
今無駄なことを考えている時間はない。
「続けるよ。あの正体不明の怪物を私達は『アンノウン』と呼ぶこととした」
「『
「あの『アンノウン』がいる限り、私達はここを動けない。外に物資を取りに行くことすら困難だってわけ」
「Boooooooooooooo!!」
病院が揺れている。
イカれた肺活量――声量だ。
今の雄叫びは最初に現れたときのものは大きく違っていた。
強い敵意を感じる絶叫だった。
目を凝らす。
俺に見えている『アンノウン』に目のような器官は存在していない。
だがその体に大穴が開き、口のように見える部位がった。
その正面に彼女がいた。
「れいら」
空中に立っている?
違う、氷で足場を作ってその上に立っているのか。
わかりやすく。
怪物に自分の存在を示すために。
『アンノウン』の触手を全身から射出する。
それも一つや二つではない。
空を埋めつくような無数の触手が、れいらに迫る。
あれはヤバいんじゃないか?
「落ち着きなさい」
いつの間にか腰に回していた左手を御門医師に掴まれていた。
いつもの装備なら
「あれくらいでやられるのなら私は氷室を行かせたりしないわ」
御門医師の言葉に振り返る。
時が止まっていた。
そう錯覚するほどの光景。
ビル一つ分、簡単に飲み込めそうな質量の触手が全て美しい黒色の氷像と成り果てていた。
同時、脳に響くパチン、という乾いた音。
『アンノウン』の半身は粉々に粉砕される。
「強過ぎる」
『氷』の魔法を目にした正直な感想。
あのレベルの魔法は、災害に等しい。
あれを連続して放つことができるのなら、怪人ですら相手にならない。
「随分と張り切ってるね、氷室」
「御門医師」
「なに?」
だからこそ。
「
俺は知らなければならない。
あれだけの力を持つ氷室れいら。
そんな彼女は、十二日後。
守ってきた人たちに裏切られ、非道な目に遭い、そして誰にも看取られず死んでいく。
そんな
それに辿り着くまでの
運命は既に覆っている、そう確信できるまで。
「これがアンタの銃って、いつから気づいてたの?」
「俺の銃だ、一目見ればわかる」
何百と扱い続けた相棒だ。
細かな傷。
質感。
色味。
しかも一回触れたんだ、気付かないわけがない。
「悪いけど駄目よ。私もこの銃に用があるの」
御門医師は銃を再び白衣の下に仕舞う。
ただの拳銃だぞ。
この病院、武器がないのか?
普通はないか。
「なら俺のナイフでいい。武器をくれ」
「
「それでも、あるとないとでは話が変わるんだ」
御門医師は困った様に眉をひそめる。
でも、選択肢というのは何時でも広げていたい。
たとえ広げた選択肢の先が、奈落の底だったとしても。
「BUUUU……BOOOOOO!!!」
「……」
「ぅっ!」
病院が怯えたように震えた。
硬質なものが砕ける音、叫び音や重厚な物が地面に叩きつけられたような音も。
病院中からありとあらゆる悲鳴が聞こえる。
「……はぁ、何でアンタは何ともないのよ」
「なんでだろうな?」
頭を押さえながら御門医師は立ち上がる。
「あれ見てまだ抵抗する意志があるのは称賛物だね」
「唯一の対抗手段、の可能性があるんで」
「意味がわからない。けど仕方ないか、ある程度の要望を通すと言ってしまったし」
御門医師は手に持った拳銃をそのまま白衣の中へ。
よく見ると白衣の中は私服か?
ノースリーブに短パン。
俺がつけていたベルトを調整し巻いているのだろう、背面にホルスターがあるようだ。
「ナイフ、今渡せるけど剥き出しになるし後で届ける。それでいい?」
「構わない」
「はい。じゃあ交渉成立、今度は私の頼みごと」
さっき言おうとしていたやつか。
「氷室れいらのメンタルケアをしてほしい」
メンタルケア?
何を頼まれるかと思えば……俺が?
「必要なのか」
「
なるほど、その理屈はわかる。
責めることはできない。
御門医師は正しく現状を認識し、手を打っているに過ぎない。
だが――
「答えになっていない。その内容だと俺にやってほしいのはご機嫌取りと言ったほうが自然だ」
「……」
「何が起きている? あの子の精神状態に異常でもあるのか」
「…………」
御門医師は目をつむり天を仰ぐ。
無音となった病室、怪物の暴れる振動が地響きとなってよく聞こえてくる。
また怪物の身体が凍らされている。
あれだけボコられてまだあれほどの元気を有するのには感心するがそれだけだ。
御門医師の言葉を待つ。
「あの子……氷室は――」
一呼吸。
視線を天井に向けたまま、ゆっくりと言葉を零した。
「――氷室れいらはその体を氷へと
「……ぁ?」
「彼女の体温は零度未満だ」
ついに耳がおかしくなったか?
あり得ない言葉が羅列される。
「その置換現象の原因は分からない。なぜ生きているのか分からない」
体を、
いや、まさか……だがあの体の冷たさは……
「少し前までは低体温症程度の体温だった。珍しい体質だなと思っていた」
「だが今、0度未満って言ったよな」
「ここ数ヶ月で急速に下ったの……病院に隠すのは大変だったわね」
「……で、メンタルケアっていうのはつまり、その置換現象はれいらの精神に左右されているのか」
「確たる証拠はない、けれどこの症状が進んで行くにつれてあの子の感情の起伏が小さくなっていることは確か」
俺と話しているときは普通に見えた。
だから俺に頼んでいるのだろう。
だが問題のなぜ俺に執着するのか、それはわからないままだな。
「俺にできることなら何でもやるが、メンタルケアとかしたことないから期待されても困るぞ」
「普通でいいんだよ、普通で。ただあの子を否定しないであげてほしいってだけ」
「それはないから安心しろ」
ひときわ甲高い音が耳を貫く。
窓の外の戦いはついに決着がつき、
もう、跡形もない。
残っているのは破壊痕だけ。
「終わったか」
「『アンノウン』は死んだ様に見えるが、また来るのか?」
「あぁ、丁度十二時間後にまた現れる。どういう理屈かは全く分からないけどね」
……現状は非常にまずそうだ。
『アンノウン』について調べる必要があるだろう。
これならの予定をまとめようとしこうをめぐらせていたのだが――戦闘の音が消え去り、静かになったはず病院内が騒がしくなっていく。
怒声?
喧騒?
心当たりがあるのか、御門医師は不機嫌をあらわに舌打ちをした。
「何事だ」
「これもいつものこと、氷室が帰ってくるまでに静かにさせてくるから。ムーヴ、あなたはここに居て」
「いつものこと?」
かなり荒れているようだが……気になるな。
「俺も行っていいか、確認しておきたい」
「怪我人連れて行くわけないでしょ」
御門医師はそう言うなりツカツカと扉へ進む。
そうして凍りついた扉に手をかけ……何事もないかのように扉を開いた?
「あの子のこと、頼んだわよ」
扉が閉め切られる。
もしかして普通に開くのか?
試してみるべきか。
――後でな。
ノックの音が聞こえる。
扉からではない。
窓から。
視線を再び窓の外へ戻すと、すぐそこに氷室れいらが立っていた。