滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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忠誠の儀

 【こうしてお姫様は幸せに暮らしました。】

 

 ……もし自分の人生が御伽噺(おとぎばなし)となるならば、間違いなくこの言葉で締めくくられるだろう。

 

 そんな事を考えながら、そして〝幸せに暮らし続ける〟ためには今まで以上の努力が必要であると自分を律しながら、ナザリック初の現地人領域守護者、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、今正に幸福を噛みしめていた。

 

 

「はい、クライム。あ~ん。」

 

「ら、ラナー様!わたしはもう食事程度なら自分で食べられる程度には回復……」

 

「だめよ。クライムはまだ小悪魔(人外)になって日が浅いのですから。人間の身体から突然変化したのだもの、何があるかわからないでしょう。」

 

「で、で、でわ!お言葉に甘えまして!」

 

 (かゆ)の入った(さじ)と一緒に悲し気な笑顔を向けてあげると、可愛らしい子犬は赤面しながらもぎこちなく口を開き、粥を咀嚼(そしゃく)する。リ・エスティーゼ王国第三王女だった時の部屋よりなお一層絢爛豪華な一室。

 

 ラナーとしてはベッドがひとつと机がある程度の狭い部屋がよかったのだが、このナザリックという場所で一番狭く粗末な部屋が――拷問目的の牢獄や他の階層にあるという樹や氷で造った部屋は別として――この部屋らしい。

 

 余計な装飾品は全て排除して、もっと狭くならないだろうか……。なんて思うが、掃除にやってくる一般メイドたちからそれとなく得た細やかな情報を分析したところ――もちろん悟られるような真似はしていない――【至高の御方々】が定めた部屋を勝手に改造することは大罪にあたる事がわかった。

 

 ただ、自分はあの魔導王陛下へ正式に臣下の儀を行った後、この部屋の【領域守護者】という地位が与えられるらしい。どの程度の自由が許されるか確認しておく必要があるだろう。もし自分の功績がアルベド様や魔導王陛下に認められ、ナザリックへ膨大な利益を献上出来たならば【褒美】が与えられるかもしれない。

 

 ……事実、魔導王陛下は家臣たちへ【褒美】を与えることに対し寛容で推奨している節がある。これも一般メイドや上司であるアルベド様の言葉の端々から得た情報を基に導き出した結論だ。

 

 本来は魔導王陛下が如何に慈悲深いか、そしてどのような点を気を付ければ良いか、どのような困りごとが予想されるかという話だったが、情報のねじれをほぐしてみれば(おの)ずと違和感が累積され真実が見えてくる。

 

 とはいえ、ここは比喩でも何でもなく〝化け物の巣窟〟。自分の常識は今まで以上に疑ってかかるべきだろう。何より直属の上司たるアルベド様のご機嫌を損ねる真似や、智謀の怪物たる魔導王陛下に失望される真似だけは絶対に避けなければならい。

 

(いけないわね。わたしはこんなに満たされて、こんなにも幸せなのに、どんどんとワガママになっている。)

 

 クライムの瞳を堪能しながら、ラナーは今後について更なる夢を膨らませていた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 ラナー様があの悪辣な魔導王と取引をしたのは自分の助命……否、復活のためだったという。代価は〝ラナー様の全て〟。永劫の時を生きる小悪魔(インプ)となり、魔導王のため働くことだ。ラナー様はあのアダマンタイト級冒険者【蒼の薔薇】が頼りにするほど聡明な頭脳を持たれている。

 

 魔導王はその頭脳と叡智を自らのために欲したのだろう。

 

 自分の何処がラナー様を御護りする従者だと叫びたくなった。万死という言葉さえ稚拙に思える大罪だ。しかしお優しいラナー様は、一従者に過ぎない自分だけでも生き延びて欲しいと考えて下さった。自分もラナー様の為に、永劫の時を人外として生きる。それこそラナー様に出来る、唯一の贖罪だ。

 

 復活によって力が出ない自分を献身的に看護して下さり、ある程度力が戻った段階で、自分にも【人外化】の術が施された。眠らされて行われたので、どのような術式であったかは解らない。

 

 ラナー様は小悪魔(インプ)と化してもそのお優しさ、慈悲深さに変わりはなく、化け物の巣窟で疎外の目に遭っても宝石のような笑顔を湛えておられる。ならば自分も〝ラナー様の従者〟として変わらない立場を貫けばいい。

 

 あの魔導王に従属するとラナー様が決めたのならば、自分も従うだけだ。自分の全てはラナー様のためにある。何も変わりない事ではないか。

 

 小悪魔(インプ)化に身体が慣れていないため、小さな翼もぎこちなくしか動かせず、身体の自由も上手くいかない。ラナー様は、そんな自分に変わらず手厚い看護を続けてくれている。

 

 もし不死を得た自分に命の終わりがあるならば、この女性のために捧げたい。

 

 クライムはラナーの笑顔を見て、決意と覚悟を固めた。

 

 

 

 ●

 

 

 

 アインズはナザリックにやってきた、色々な意味で頭のおかしい女とそのペットとの【臣下の儀】を1時間後に控え、憂鬱な溜息を吐いていた。

 

 

「デミウルゴスやアルベド並みに優秀って……。もう俺が凡人ってバレるの怖いよ。最悪殺すって手も簡単に打てないし、頭脳労働がアルベドやデミウルゴスに偏り過ぎていたのは確かに問題だったからなぁ。」

 

 正直ナザリックの利益を考えればラナー(あの頭のおかしい女)を受け入れることはメリットしかない。しかしNPC(仲間たちの子供)がアインズに忠誠を誓う意味と、あの女が忠誠を誓う意味はまるで異なる。

 

「それにアルベドの言っていた〝あの女のペットに従属の試練を〟って何すりゃいいんだよ。」

 

 ラナーのペットが本当にナザリックへ従属したか確かめるため簡単な儀式を――なんて直前に言われたのだが、アインズからすれば「そんな話聞いてないよ!?」と問い詰めたくなる一言だった。

 

 一番簡単なのは、セバス叛乱疑惑でも行った事……。そのペットに〝横に居る女(ラナー)の首をこの剣で斬り落とせ〟と命令し、横にコキュートスやセバスあたりを控えさせるか、あの女をパンドラズ・アクターに化けさせておくことだ。

 

 しかし歯向かわれれば厄介なことになりかねないし、失敗した場合デミウルゴスたちの計画を台無しにしてしまう。

 

 そして悩んでも答えが出ず時間が無い時、自分はどうすればいいかアインズはこの長い長い支配者ロールである程度学んでいた。

 

「アルベドか?あの女のペットに対する試練だがな、演目はあの女に書かせろ。そうだな……〝わたしが満足する内容〟を実施出来る能力があるか、あの女への最後の試練でもある、臣下の儀の5分前に伝えておけ。」

 

 ……そう、丸投げだ。

 

 

 ●

 

 

 

 玉座の間で、ラナーとクライムは玉座に鎮座する死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンに跪いていた。

 

「拝顔の栄に浴しなさい。」

 

 アルベドの言葉と共に、二人が同時に顔を上げる。

 

「ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。御身の前に。」

 

「ラナー様の従者。クライム。御身の前に。」

 

「ふむ。二人の忠誠、嬉しく思う。しかしわたしは未だ二人を完全に信用している訳でない。何しろ貴殿らからすればわたしは母国を滅ぼし、人外へ変えた張本人だ。特にそこの少年とは殺し合いをした仲であるからな。」

 

 クライムの身体が無意識に震える。ここまではアインズの思った通りだ。問題はここから……

 

「そういう訳で、貴殿が本当にわたしへ忠誠を誓ったのかテストをしたい。アルベド。」

 

 アインズは顎をしゃくり、アルベドへラナーの発案した〝ナザリック入りテスト〟を話すよう促す。どんな内容かはアインズも聞いていない。アルベドは一礼をして、クライムへ凛とした威厳ある声で内容を告げた。

 

「あなたは今からアインズ様が〝良い〟と言うまでこの縄を持ち続けていなさい。」

 

 その瞬間、ラナーの身体が浮き上がった。空を飛んだわけではない、突如首に縄が掛かり宙に吊られたのだ。そして空中には滑車があり、ラナーを縊死させうる絞首刑の荒縄はクライムが握っている。

 

「がぁ……いや……はぁああ!」

 

 ラナーがその細腕で抵抗しようとするも、藻掻けば藻掻くほど縄は首へまわり声にならない悲鳴だけが木霊する。

 

「ラナーさ……」

 

 クライムは自分が握っている縄が護るべき主を苦しめている事に一瞬で命令を忘れそうになるが、ラナーの瞳を見て歯を食いしばり、荒縄を握り続ける。そして一瞬目を背けかけ、覚悟を決めたのか悲壮な面持ちでラナーを見つめた。

 

「どうした?苦しそうだな?わたしがその縄を持ってやっても良いのだぞ?」

 

「いいえ、結構です!魔導王陛下!」

 

「無理をするな。自らの主を自らが苦しめるなど、わたしとしても心が痛む。」

 

「問題……御座いません。」

 

 とりあえず悪役ロールをしてみたが、「うん、こいつら何やってるんだろう?」というのがアインズの正直な感想だ。この女にアインズでは一生理解できないだろう倒錯的な性癖があることは情報として得ていたが、レベルが高すぎてついていけない。

 

 しかしアルベドをみれば〝滑稽ですねアインズ様〟と言わんばかりの視線を送っている。ある意味アインズの最初に考えた〝ラナーを斬ってみろ〟に近い忠誠の確かめ方だが、どんな脳みそをすれば5分でこんな真似思いつくのやら。

 

「ふむ。もうよい。手を放せ。」

 

 アインズの言葉と共に、クライムは握っている縄を手放し、ラナーは地に落ちる。そして喘鳴に近い深呼吸を行っていた。

 

「よかろう。これを以って貴殿の忠誠に偽りなしと判断する。今後、ナザリックのために励んでくれたまえ。」

 

 アインズは鷹揚な言葉の裏で〝ヤベーのが来たなぁ〟という認識を強めていた。

 

 

 ●

 

 

「ラナー様!ご無事ですか!わたしは……わたしは……。」

 

「最初に言ったでしょうクライム。忠誠を確かめるために、あなたは傷つくかもしれない。でも躊躇はしないでと。」

 

「しかし……。なんてことをわたくしは!」

 

 ラナーとクライムだけが残された玉座の間。ラナーは自分を苦しめた罪悪感に押しつぶされそうなクライムの瞳にゾクゾクとした快感を覚える。なにより、クライムは自分を絞首刑にしている際も目を背けなかった。ラナーを以ってしても読み取れないほど様々な感情を宿した瞳も捨てがたい。

 

 ああ、幸せなお姫様の生活はこれから始まるのだ。そう思うとラナーは演技ではない笑顔が漏れ出そうで仕方が無かった。

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