滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

13 / 36
避難訓練 ④ 墳墓での暗闘

【背後から刃を突きつけられた状態で、地雷原を全力疾走させられている。】

 

 それが現在ラナーの覚える率直な精神状態であり、与えられている任務だ。ラナーは後ろから浴びる強烈な殺気で遠のきそうな意識を、心の片隅でクライムの瞳を想い何とか支えていた。

 

 冒険者組合長プルトン・アインザックとの謁見を無難に終えたラナーは、ンフィーレア・バレアレとの謁見時刻まで時間があるため〝魔導王陛下〟と共に一度ナザリックへ帰還していた。待っているのは【守護者統括代理】の仕事……ナザリック(化け物の巣窟)の管理だ。

 

 玉座の間でしか発動出来ないと言う<ますたーそーす>なる空に浮かぶモニターから――流石に訓練でナザリックの心臓部となる重大機密を扱う権限までは与えられず、高度に造られた模造品だが――ナザリックに属する者やナザリック内の把握をおこなう、本来魔導王陛下とアルベド様以外あのデミウルゴス様やパンドラ様すら代理で操作したことがないという、望んでもいない大役中の大役を任されていた。

 

 誰か一人でも精神支配などの状態異常に陥っていないか、空欄(死亡)となっている者はいないか、シモベの種類や数に変化は無いか、ナザリック維持コストに急激な変動は起きていないか、起動中の様々なトラップに異常はないかのチェックを行う。

 

(黒字となっている者が精神支配などによって反旗を翻した者、空欄は死者。……こちらに問題はないわね。維持コストについてもパンドラ様から得られた情報を分析するに大きな変動はみられないみたい。)

 

 ラナーは今まで書類上の仕事として自分に与えられた情報と自習で得た知識を総動員させ、情報分析を行っていた。少し後ろではデミウルゴス様が紳士然として立っているが……

 

(玉座の間での会議なんて比較にもならない殺気だわ。模造品にわたし(部外者)が触れることにさえ、これほどの嫌悪感を抱くなんて、それほど特別なものなのでしょうね。)

 

 いや、それこそパンドラ様が最後までナザリックの玉座に座らなかったように、自分だけでは無く、それこそ階層守護者クラスの御方でも本来であれば触れるなど畏れ多い、万死に値する行為なのかもしれない。だが命令である以上遂行するほかない。ラナーは焦らずに、急がずに、だが休むことなく<ますたーそーす>と格闘していた。

 

 

 ●

 

 

「落ち着けアルベド、この女がショック死してしまう。」

 

「申し訳御座いません、アインズ様。不肖の部下が粗相を起こそうものならば、如何に玉座の間を汚すことなく殺すべきかと力が入ってしまいました。」

 

 アインズとアルベドは玉座の間で、課金アイテムまで用いた完全不可視化を用いラナーの動向を目の前で見つめていた。この女のことだ、ただの不可視化では感知される危険がある。流石にこればかりはモニター越しで吞気に見ている訳にはいかない。

 

 ……何しろラナーが操作しているのは、正真正銘本物の<マスターソース>であり、偽物と思っているのは操作している本人(ラナー)だけなのだから。

 

 これはアインズの実験であり、正直今回の避難訓練で1番大きな収穫だ。

 

(ラナーに<マスターソース>を開くことは出来ず、デミウルゴスに開いた振りをさせたが、結局<マスターソース>をオープンさせることが出来たのは不可視化したアルベドだった。玉座の間でなければ開けないのは実験で確定していたが、【守護者統括代理】を任せたラナーでは開くことは不可能……。しかし一度開いてしまえば、意図的な操作はこの女……元現地人でも可能なのか。他の者……例えば明確な敵対の意識を持つ者や他の異形種でも同様に操作が可能か実験を行う必要があるな。精神支配のワールドアイテムが確認されている以上、対策は絶対に必要だ。)

 

 ユグドラシルではどこでも開けた<マスターソース>が玉座の間以外で開けなくなったことを始め、どの程度転移による変化が起きているか未知のままとするわけにはいかない。ただでさえこの世界には<生まれながらの異能(タレント)>というぶっ飛んだ能力がある。情報の心臓部を覗き見されるなど、崩壊と同義だ。

 

(それにしても、この女の処遇はどうするべきか?)

 

 実験のためとはいえナザリックの最高機密を操作させているのだ、しかもあの女の頭脳ならば一度目に通した内容を忘れるなどあり得ないだろう。<記憶操作(コントロール・アムネジア)>で偽りの記憶を植え付けるか、そもそも忘れさせるべきかというところだが……。

 

(最後まで偽物と思い込んでいるか本物と看破しているか……。デミウルゴスに要相談だな。それにしても<マスターソース>の扱いがどんどん早く正確になっているな。呑み込み早すぎだろ!!)

 

 最早アインズには超高速で流し読み……いや、デタラメにキーボードを叩き画面をスライドしているようにしか見えない速度でラナーは<マスターソース>を扱いきっている。横に居るアルベドが何も言わないあたり、扱いについても正確なのだろう。

 

 急事の際【アルベド代理】が本当に務まるかもしれないと本気で思ってしまう。そう考えれば記憶を消してしまうのはもったいない。玉座の間でしか発動できない特性上、アルベドを玉座の間から離す時間が作れることはナザリックにとっても大きなメリットだ。しかしデメリットも大きい。どのみち今のアインズでは判断がつかない。

 

「これ以上の実験は不要だろう。アルベド、中止させろ。」

 

「畏まりました。アインズ様。」

 

 アルベドが心底安堵した様子で一礼し、デミウルゴスに<伝言(メッセージ)>を送る。

 

 

 ●

 

 

「そこまでで結構です。さて、ご報告を頂いても?」

 

 ラナーはデミウルゴス様の言葉で操作の手を止め、3度深呼吸を行う。その間に自分の結論に対し理由を求められた場合、提示する根拠を数千億ほど脳内でまとめる。

 

「現在ナザリックは魔導王陛下へ緊急の報告を行う急変事項はなく、正常に機能していると愚考いたします。」

 

「なるほど……。…………。まぁ及第点でしょう。お疲れさまでした、守護者統括代理殿。」

 

 デミウルゴス様が手をかざすと<ますたーそーす>を模倣した画面がパチンと消える。何とか地雷を踏むことなく走破出来たようだ。そのまま膝を折りたい程の疲労感がラナーを包む。

 

「ありがとうございます。デミウルゴス様。」

 

「そろそろ謁見の時間。パンドラズ・アクターが待っているはずなので行ってあげなさい。」

 

 ……クライムに一目会う時間すらないか。と、ラナーは内心項垂れるが、態度には出さず深々と一礼をして、本日最後の謁見者、ンフィーレア・バレアレとの謁見に際し幾多ものシミュレーションを行っていた。

 

 【ンフィーレア・バレアレ】……今までの知識を総合して考えると<ナザリック特異点の一人>といっていい。

 

 〝ありとあらゆるマジック・アイテムが使用可能〟というな類いまれな<生まれながらの異能(タレント)>を有し、この世界に無かった新たな水薬(ポーション)を発明した天才薬師。また既にナザリックの一員となった自分を除けば〝モモン〟の正体が魔導王陛下であることを知っている唯一の現地人。

 

 正直最初は何故ナザリックに監禁し幽閉して研究に従事させないのか、魔導王陛下の深淵なる御考えがサッパリ理解出来なかった。〝感謝と言う鎖で縛る〟と魔導王陛下は仰っていたが、ンフィーレアをカルネ村に放置する事だけを考えれば、メリットとデメリットがまるで釣り合わない。

 

 しかし視点を変えればお考えに届かないまでも、見えてくるものは多数ある。

 

(だからこそカルネ村にあれほど強力な軍備とドワーフの技術力を下賜されたのでしょうね。様々な実験を行う場所として機能する他、敵対勢力にナザリックの存在を仄めかしつつも決定的な情報を秘匿できる。カルネ村の住民は魔導国だけでなく、他国への移動も自由に行わせることが可能。利益を追従させ、尚且つ現地人としての行動が出来るメリットを優先された……。また、カルネ村にはンフィーレア・バレアレを初めとする重要人物が揃っており、襲撃の予兆を読み取る事が出来る。なるほど、魔導王陛下はカルネ村を言うなれば〝第0階層〟とみなしていらっしゃるのかしら。)

 

 となればこれから謁見する人間への評価を変えなければならない。相手は〝魔導王陛下と懇意にする薬師〟ではなく〝第0階層領域守護者の夫〟だ。自分とどちらの命の価値が重いか、考えるまでも無い。

 

「畏まりましたデミウルゴス様。では、御前失礼いたします。」

 

 そう言ってラナーは本日最後となる【魔導国宰相代理】の仕事へ向かっていった。

 

 

 ●

 

 

「アインズ様、御身が御傍に居ながら臣下の礼もとれずにいた不敬なるわたくしを御赦しください。」

 

 アインズとアルベドは完全不可視化を解き、即座に跪いたデミウルゴスの前に立つ。

 

「構わん、実に興味深い結果を見せてもらった。まずはデミウルゴス、あの女の能力について忌憚なき意見を述べよ。」

 

「はい。恐れながらわたくしはナザリックの内政については門外漢であるという前提に御座いますが、職務遂行能力だけをみればまだ伸びしろのある人材であるかと。」

 

「ふむ、アルベド。お前はどうみる?」

 

「平時である事を確認できる、という点であれば及第点ですが、突発的な異変が起きた際に適切な行動は取れないでしょう。まだまだ力不足です。」

 

 アルベドは厳しい意見を言うが、アインズはそこまであの女に求めていない。新入社員に会社の最重要機密をいじらせ「何故完璧に出来なかった。」なんて叱る上司がいたらパワハラを通り越し狂人の類だ。むしろナザリック最大知者の二人が無能と評価を下さなかった時点でラナー(あの頭のおかしい女)の価値を改めなくてはならない。

 

「なるほど、流石は二人が見込んだ人材だ。優秀な事は伝わった。その上で……ふむ。ふふふ。」

 

 アインズは二人の前で考え込むそぶりを見せ不敵に笑った。予想通りアルベドとデミウルゴスの顔に緊張が走っていた。ぶっちゃけ何も考えていないし、何も可笑しいことはない。だがこうすることで……

 

「アインズ様!あの女に記憶操作も防諜(カウンター・インテリジェンス)も施すことなく外へ行かせたのはそういう事だったのですか!」

 

「デミウルゴス!控えなさい!これは本来わたしの仕事なのよ!」

 

「ほぅ、二人が何に気が付いたか聞かせてもらおうか。」

 

 二人の脳内にしか存在しない【凄く優秀なアインズ】が何を考えているのか知る事が出来る。まるでポーカーで役なし(ブタ)の手札に全財産を投資する行為だが、こうでもしないとあの女の処遇をどうすべきか判断がつかない。

 

「あの女は<支配(ドミネート)>や<魅了(チャーム)>などの精神支配の魔法の術中に、自身が精神支配を受けている事を看破する頭脳を持っております。」

 

 アインズは早速〝何それ怖い〟と考えてしまう。確かにどちらも精神操作の効果中に起こったことは記憶として残るが、〝今自分は支配・魅了されている〟とまでは思えないはずだ。夢の中で「あ、これは夢だ。」と思うようなものだろうか?ラナー(あの頭のおかしい女)の異名【精神の異形種】という言葉を思い出す。

 

「<魅了(チャーム)>ならば効果はかなり薄れますし、<支配(ドミネート)>でも本来あり得ない不気味な独り言をつぶやきます。しかし術に完全に抗うことまでは出来ません。そこから導き出される意味は……」

 

「デミウルゴス!そこまでになさい!……そこで相手に二つの疑惑を抱かせることが可能かと。まずは法国の人間のように〝魔導国の者に術をかけても対策が施されているのではないか〟そして〝偽りの記憶を話しているのではないか〟という致命的な瑕疵となります。あの女は普段の精神状態であれば、<マスターソース>が本物であったことを看破出来たでしょう。しかし殺気にあてられ正常な判断が出来ておらず、後に思い返したとしても確信に至ることは難しいかと愚考いたします。」

 

「あの女はアインズ様のため即座に自害できぬ愚か者ですが、囚われとなった際、釣り餌として機能させる意味を持たせたのですね。仮に敵対勢力があの女から情報を得ようとしても、相手は勝手に堂々巡りの疑心暗鬼に陥る……。彼の法国は数度質問をすれば死に至る施術で対策をしておりましたが、【相手に如何に偽りの情報を与えるかが勝利への道】……正しくアインズ様の仰っていた通り、捕らえた身としてこれほど不気味なことは御座いません。」

 

 アインズは二人の説明に対し鷹揚に頷いた。……そしてラナー(あの頭のおかしい女)の価値を更に改める。

 

(アルベドの代理を任せられるかもなんて考えたが、少なくとも俺の側近は無理だ。色々な意味で扱いきれん。)




・<マスターソース>のオープン条件と操作については【玉座の間でしか開けない】以外、完全に捏造設定です。アルベドは扱いなどについても熟知している描写があり、アインズに許可を得ている様子もなかったので開けそうと考察しました。

 これは【守護者統括】のスキルなのか、NPCなら誰でも開けるのか。そもそもアインズしか開けないのか。操作はアインズとアルベド以外でも出来るのか……色々興味深いですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。