滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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避難訓練 ⑤ この瞳のために

 クライムはラナーに与えられた守護領域内、その扉の前に立っていた。

 

 〝避難訓練〟なるナザリックの定例行事で、自分の主たるラナー様が、あの魔導王の右腕であるアルベド様の代理という大役を任された。本来であれば自分が一番近くでお護りしなければならないのだが……。

 

(自分の非力が憎い……。自分のどこがラナー様の従者だというのだ。)

 

 クライムは恥辱と屈辱に(さいな)まれ、割れんばかりに歯を食いしばっている。【魔導国宰相並びに全守護者統括代理】という地位は、リ・エスティーゼ王国を蹂躙した化け物達でさえ易々と護衛を行える業務ではなく、それこそセバス様クラスの最高位……機知・強さ・礼節の揃った、文字通り人知を超えた存在でなければ側仕えすら務まらないという。

 

 そんな無慈悲な現実を、悲痛な顔をしたラナー様から告げられたクライムは、主の御心を痛めてしまった不甲斐なさと罪悪感で自害という言葉さえ頭を(よぎ)った。

 

 しかし自分の命はラナー様があの魔導王に自分を明け渡してまで救済されたもの。勝手に死ぬなど赦されるはずがない。自分に出来ることはラナー様が不在である間、守護領域を代理で護ること、そして主の無事な帰還を待ち続けることだ。

 

 今は本当の意味でラナー様を御護り出来ない自分でも、出来る最大限を行おう。大任を終え、心痛めたラナー様のご帰還を従者として一番に跪座し(いた)わること。

 

 今のクライムに出来る事はそれだけだ。無事に扉が開き、ラナー様のご帰還を待つ。まるで一刻一刻が無限と思える時間を、クライムは祈りを捧げることしかできない自分の不甲斐なさに押しつぶされそうな心持で耐え続けていた。

 

 

 ●

 

 

 エ・ランテルの王城へ戻ったラナーは本日最後の謁見者、ンフィーレア・バレアレが〝魔導王陛下〟に跪く姿を見て、〝魔導王陛下〟の正体を看破していない事に安堵を覚える。冒険者組合長であったアインザックと違い、こういった儀式に不慣れなのだろう、一挙手一投足がぎこちない。

 

「許可が出ました。拝顔の栄に浴しなさい。」

 

 本来であれば無作法とならないようゆっくりと顔を上げるのだが、跳ね上がる勢いで顔を上げ、髪に隠れた瞳は燦然と輝いている。

 

「お久しぶりです!ゴウン様!」

 

「ああ、そちらも息災のようだな。貴殿と話すならば過剰な形容句を省いた方が良いだろう。早速だが報告を聞かせてもらおうか?」

 

「はい。……えっと、その前に横にいらっしゃる方は、初めましてでしょうか。どうもンフィーレア・バレアレと言います。カルネ村で薬師をしております。」

 

 ンフィーレアはとってつけたような臣下の礼を崩し、おもむろに立ち上がってラナーにペコペコとお辞儀をしはじめた。一国の王を前にした謁見の儀ではあり得ない行動で、魔導国どころかリ・エスティーゼ王国ですら無礼千万と叩き斬られてもおかしくはない。バハルス帝国でこんな真似しようものならば〝鮮血帝〟の異名が表す通りの末路を辿るだろう。

 

(魔導王陛下に呼ばれ二人きりで話す事と〝謁見の儀〟の区別が出来ないほど礼儀知らずとも無能とは思えない。事実何度も謁見を行い、水薬(ポーション)発明の功績を讃えられ唯一ナザリックへ客人として招待されている。魔導王陛下との接触回数は上から数えられるほど多い人物。ならば普段から謁見でも魔導王陛下がこの無礼な態度を許している……と見るべきでしょうね。やはりナザリックにおいて、この男は特異点……。)

 

「お初にお目にかかります。わたくし新しくナザリックで創造され働くこととなりました、〝ソルシエール〟と申します。以後お見知りおきを。」

 

 宝石のような笑顔を向けて、ラナーは堂々と偽名を(かた)る。髪を結い伊達メガネをかける簡単な変装しかしていないが、ンフィーレアは自分が反旗を翻した国の元王女であることに気が付いていないようだ。

 

 ……カルネ村はナザリックの敵対勢力が本格的に侵略を考えた際、一番に襲われる可能性が高い。その際ンフィーレアは殺されず囚われの身となるだろう。以上を考察すると、自分の正体を明かすか否かの二者択一ならば、〝魔導王はアンデッドだけでなく、自分のような存在さえ容易に創造出来る〟〝もしくは【自分はナザリックのため創造された】と思い込ませる能力を有している〟という欺瞞情報を植え付ける――後者は本当に可能だが――メリットの方が高いと考えた。

 

「そ、創造ですか。……なんだかゴウン様とお話をするたびに、常識が削れていく音がしてしまいます。」

 

 目の前の薬師はラナーの嘘をいとも簡単に受け入れた。今後カルネ村関連で仕事をする際は、自分の嘘に矛盾が生じないよう行動しなければならないだろう。カルネ村の管理をしているルプスレギナ様にも後ほどご説明をしなければならない。

 

「なに、わたしの力を以ってすれば難しい話ではない。とはいえ、この話は他言無用で願いたい。さて、話が逸れてしまったな。本題に入ろう。」

 

「はいゴウン様。まずこちらをご覧いただければと思います。」

 

 ンフィーレアが〝魔導王陛下〟へ渡したのは、見たことの無い緑色の水薬(ポーション)だった。不思議と毒々しさは無く、以前コキュートス様とお話した際淹れていただいた【まっちゃ】なる飲み物に似た色をしている。

 

「<道具上位鑑(オール・アプレイザル・マジックア)……>ん、んん! ほう、見たことの無い水薬(ポーション)だ。どのような効用があるのかな?」

 

 未知のアイテムを前に暴走しかけた〝魔導王陛下〟にラナーが冷たい視線を送り、本人も我に返ったらしく〝魔導王陛下〟の職務を全うする。

 

「はい!以前ゴウン様から頂きました〝黄色の水薬(ポーション)〟から着想を得て、僕が様々な水薬(ポーション)を作成させていただいている事は御存じと思いますが……」

 

 その話はラナーも知っている。何しろこの薬師が開発した<精力剤>や<興奮剤>はクライムとの遊びにもたびたび利用させてもらっている程だ。

 

「その応用で、【精神を一定時間安定させる】水薬(ポーション)が出来上がりました。麻薬のような依存性は現在確認されておらず、【異常が起こってから治癒する】のではなく【異常を予防する】という画期的な発明であり、是非ご報告すべきかと!」

 

「……この水薬(ポーション)はわたしが渡している素材で作ったものなのか?」

 

「はい、ゴウン様と以前お話させていただいた範囲内、本来お返しすべき……言い方は悪いですが、余り物を使用させていただきました。成分はゴウン様から頂いた材料と手に入る薬草や薬石半々といったところでしょうか。」

 

 〝魔導王陛下〟は緑の水薬(ポーション)をしげしげと観察している。

 

「……いや、【精神を一定時間安定させる】という説明は間違っていないが正解でもないな。この水薬(ポーション)にはまだ低レベルの者にしか作用しないという欠点こそあるが【精神系魔法の効果を弱体化させる】効用を有している。ラ……ごほん、そこの者。この水薬(ポーション)の価値について意見を述べよ。」

 

 ラナーは突然意見を振られ、魔導王陛下が手にしている水薬(ポーション)の価値を改め、質問の意味を咀嚼し、話すべき事象の結論を出す。……この薬は劇薬だ。あのスレイン法国ですら精神支配の魔法には死で対策するしかなかったが、効果を弱めるという手札は例え効用を発していなくても相手に疑心暗鬼を生む。

 

 しかし魔導国内の冒険者相手であろうと、安易に流通させられない。魔導国では裁判に精神支配の魔法を使用しているのだ、下手をすれば魔導国の司法制度そのものを根本から見直す必要が出てくる。どの程度情報操作を行うべきか、内政ではアルベド様、外交面ではデミウルゴス様との意見交換が必要となる。自分が軽々に結論を断言できるものではない。

 

「はい魔導王陛下。我が魔導国の軍は多くがアンデッドで構成されており、元々状態異常に陥る者は多くありません。しかしながら、意識や感情を有する人間種・異形種を多く配下としており、一時的でも状態異常の効果が弱まるのであれば、そのメリットはあまりにも膨大で計り知れず、ここで全てを述べるには時間が足りません。具体例は後ほど書面で提出をさせていただきます事を御赦しください。一刻も早い効用時間・適応レベルや種族の実験、そして散剤化や錠剤化、解毒剤の研究を行うべきと具申いたします。同時に敵対勢力に渡れば、アンデッドの有する精神耐性無効化を初めとした【状態異常】の研究を(はかど)らせる危険があり、国家機密として徹底的に秘匿すべきと愚考いたします。」

 

 暗に【この薬師を本格的にナザリックへ幽閉させましょうか?】という意味を含んだ提案を行う。事が大きくなり、自分や〝魔導王陛下〟では判断が付かない。一刻も早く魔導王陛下へご報告し指示を仰ぐべきだろう。しかし、ラナーは先ほどから違和感を累積させるばかりであった。

 

「なるほど……。では書面は2日以内にまとめアルベドへ渡しておいてくれ。さて、ンフィーレア君。また込み入った話になりそうだ。近日中に使者を送る、そうだな……。また我が王城に家族水入らずで来てくれたまえ。あの可愛い義妹も連れてね。」

 

「えっと……。そこまでの、はい……。」

 

「すまないが帰りは馬車という訳にいかなくなった。シャルティアと連絡をとり、カルネ村までの<転移門(ゲート)>を開かせろ。」

 

「畏まりました。魔導王陛下。」

 

 ……いつの間に。ラナーは<伝言(メッセージ)>を起動しながら脳内で何度も逡巡していた。目の前にいるのはパンドラ様の化けた〝魔導王陛下〟ではない。正真正銘本物だ。時を止める魔法が操れる事は確認済みであったが、その間に入れ替わったのだろう。パンドラ様が時間停止を行い、その間に陛下と<伝言(メッセージ)>のやりとりをした可能性も捨てきれないが、あの魔導王ならばそんなまどろっこしい真似はしないだろう。

 

 歪曲した楕円の空間が出来上がり、薬師がカルネ村に帰ったことを確認したラナーは、即座に臣下の礼をとる。

 

「魔導王陛下、我々が力不足なばかりに足を運んでいただく不敬な事態となり慚愧の念に堪えません。」

 

「ほう、いつから気が付いていた?」

 

「……恥ずかしながらつい先ほど。入れ替わったのは、おそらく彼の水薬(ポーション)をご覧になっている間からかと。」

 

「ふむ……。こちらこそ避難訓練を行っている二人の能力を疑う真似をして済まない。これはわたしのワガママだ。未知の水薬(ポーション)にどのような効果があるのか一刻も早く手に取ってみたくなったのでな。」

 

「当然の事に御座います。」

 

「さて、わたしが出てしまった以上、訓練はここまでとしよう。【守護者統括代理】の責務、見事であったぞ。貴女の有能性を改めて見せてもらった。総括は玉座の間で行おう。」

 

 晴れて【守護者統括代理】という大任が解け、ラナーはそのまま崩れ落ちそうになる。しかし〝避難訓練〟は総括が終わってようやく終了だ。ラナーは残り少ない精神力を振り絞って、心に喝を入れる。この感覚をおそらくクライムが度々口にしていた【根性】と言うのだろう。

 

 

 ●

 

 

 ラナーは【避難訓練】の総括を終え、褒美と罰の両方を魔導王陛下から言い渡された。褒美は【魔導国宰相及び守護者統括代理】を失態なく全うしたことに、罰は【魔導王陛下が直接出なければならない力不足に対して】。魔導王陛下は罰は必要ないと仰って下さったが、アルベド様がどうしても〝罰は必要〟と譲らなかった。

 

 とはいえそんな重い罰ではなく【例の水薬(ポーション)に対する私見】をアルベド様に提出後、5日の守護領域での謹慎(ナザリック内であれば移動は自由)。褒美は5日の休暇という、ラナーからすれば実質10日の休暇を賜ったようなものだ。

 

 ラナーは自身の守護領域である一室の扉を開く。

 

「お帰りなさいませ、ラナー様! 【魔導国宰相代理】の重責、大変お疲れ様でした!」

 

 クライムが即座に跪き、自分を出迎えてくれる。気持ちは嬉しい、でも……今は顔を伏せないで欲しい。ラナーは慈悲深い笑みという最低限の演技だけを行い、クライムの目線までしゃがむ。

 

「顔を上げて、クライム。」

 

 しかしラナーの命令でもクライムは顔をあげようとしない。従者の責務を果たせなかった罪悪感に苛まれているのだろう。……今は力ずくでもクライムの顔を上げてしまいたい。

 

「もう一度言うわ。顔を見せて。」

 

 憂い気な声色は演技だっただろうか本音なのだろうか。自分ですら判断が付かない。しかし、ようやくクライムはラナーと顔を合わせる。ああ、この瞳だ。この世の全てを対価としてもいいとさえ思える多幸感がラナーの全身を巡る。今までの重責も疲労感も全てが溶けて消えていく。

 

「ねぇクライム。」

 

「はい!なんでしょうか、ラナー様!」

 

 そのままラナーはクライムの唇に口づけをした。以前不可抗力で奪われた<大切にとっておいた初めて>の一つだが、初めてを交換するならば今しかないと思ったためだ。クライムの顔が真っ赤に染まる。ああ、愛おしい。

 

 この瞳を護るためならば、自分はなんだってしてみせよう。




・【避難訓練編】終了となります。「せっかくだから長編にチャレンジしてみよう!」と書いてみましたが、④で書いたラナーから見たンフィーレアを⑤で書くべきだったとか、パンドラ要素をもう少し入れたかったなど反省点も多いですが、またネタが思いつきましたら挑戦してみます。

・今後はまたしばらく単発の短編が続くと思います。
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