滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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少年への考察

 絢爛豪華な調度品の置かれた応接室。机の上に置かれたティーカップにはまだ新しい(しずく)が付いており、談笑の後を思わせる。しかし部屋に満ちる気配は決して穏やかなものではなく、常人であれば意識を手放すほどの殺気に(あふ)れていた。

 

「さぁどうぞ、クライム様。何時でも打ち込んで来てください。」

 

 身体に一本筋が通ったような瀟洒(しょうしゃ)で凛とした立ち姿は、正に魔導王陛下の最側近である家令(ハウス・スチュワード)という大役に相応しく、クライムは訓練用の剣――それでも人間だった頃使っていた代物以上の一級品だ――を手に、無意識に震える剣先と身体を抑え込もうとする。

 

 未だセバス様に敬語で話されるのは強い違和感を覚えるが、【領域守護者の従者】という身分はクライムが想像する以上に大きな肩書であるらしく、セバス様でさえ軽々に廃することが出来ないとのことだった。

 

 戦闘態勢のクライムに対し、セバス様は後ろで手を組み直立不動の体勢を崩さない。それは驕りでも傲慢でもなく、本物の強者にのみ許される行為……。実力に絶望的な開きがあることは身をもって実感している。事実ただ睨まれているだけで、体力も精神力も急速に摩耗していく。

 

「クライム様は以前、自分の能力に対し〝才能がない〟と自嘲気味に仰っておりましたが、それは大きな間違いです。(あゆみ)は遅くなろうとも、成長に上限など御座いません。事実アインズ様でさえ、本来の能力では圧倒的に不利となる相手に対し、戦術・戦略を組み入れ見事勝利を収めておられます。至高の御方でさえ勝利のため邁進する中、シモベたる我々が自分の限界を定めるなど、万死に値する【恥】と知りなさい。……クライム様に命を懸けてでも護りたい主がいるならば尚更です。」

 

「はい!セバス様!」

 

 セバス様より激励を受け、クライムは精神を統一し、渾身の一撃を放った、クライムにしては会心の太刀筋だったのだが……。

 

「な!?」

 

 クライムの初撃は一歩も動かぬセバスに届くことさえなく、あっけなく空を斬る。覇気に圧され間合いを誤り、その様子はまるで見えない巨人の手に全身を押されるかのようだ。クライムは大きく崩れた重心を急いで整えつつ、二撃目を打ちこもうとするが……

 

「初手が首を狙った一撃でしたら、次は胴でしょうか……」

 

 二撃目の前に、セバス様より鋭い殺気を当てられ重心が更に大きく崩れ情けなく酔歩してしまう、何とか転倒を防いで次に繋げようとするが

 

「次は飛び上がっての<武技>ですかな?」

 

 再びセバスから局所を狙った殺気を込めた鋭い視線が飛んでくる。そしてクライムは透明人間に投げられたかのように体勢を崩し、勢いよく背中を地面に叩きつけられた。

 

「言いたいことはご理解いただけましたか?」

 

「……わたくしの剣筋は、読みやすいのでしょうか。」

 

「はい。恐らくクライム様の素直で一途な……悪く言えば愚直な性格にも起因しているのでしょう。わたくしでなくともクライム様と同格程度の熟練戦士であれば、予測はそこまで難しくないはずです。」

 

 クライムは才能がない分、基礎・基本を重点的に修練し、ようやく人並み以上の実力を身に着けた。やはり自分は戦士長やブレイン様とは持っているものが違う……。そんな自己嫌悪に陥ってしまっているクライムに、セバスは優しく声をかける。

 

「しかし素直な事も基本に忠実な事も、悪い事ばかりではありません。むしろ大変素晴らしいものです。何事も基礎・基本に忠実だからこそ、発展が可能……。まだまだ伸びしろを有している証左となります。事実アインズ様はあなたという剣士を非常に高く評価しておりました。」

 

 恐らくこのナザリックではこれ以上ない褒め言葉なのだろうが、クライムの心境は複雑だ。リ・エスティーゼ王国の最後……あの場でどの行動が最適解であったか、今更無駄と知っていても考えてしまう時がある。そして必ず〝何をしても無駄だった〟という結論に至ってしまう。どんな奇策を弄そうと、全身全霊で逃げようと、圧倒的強者の前で弱者が出来る事など皆無であることを嫌というほど思い知った。

 

「死を決意し、護るべき主のために立ち向かって死ぬ。シモベとしてこれ以上の誉れは御座いません。羨望を覚えるばかりです。」

 

 セバス様は目を細め、優しい声色でクライムに(さと)す。お世辞でもなんでもなく、本心からの言葉であることはクライムにも伝わった。魔導王陛下に剣を向けたクライムに対するナザリックの者の評価は著しく低い。しかし……

 

「そう言っていただけると救われるばかりです。わたくしの軽率な行動がラナー様へ害をなすなど、あってはなりませんから。」

 

 ……誰でもない魔導王陛下がクライムの(とが)を赦したため、面と向かって嫌悪感を顕わにする者はおらず、中にはセバス様のように好意的に捉えてくれる方もいる。本来であれば主であるラナー様もまとめて永劫〝死〟という慈悲すら与えられぬ大罪であると知らされたときは、生きた心地がしなかった。

 

「そうですか……。さて、以前の稽古……いえ、既に実戦でしたね。その時もお伝えしましたが【怯え】は大切な感情です。クライム様は【怯え】を厭うあまり、忠誠心で押し殺し自分を暴走させる節が御座います。上手くいけば相手の奇をてらう行動となりますが、下手をすれば手玉に取られ先ほどの二の舞となるでしょう。」

 

 クライムは先ほどセバス様の視線と殺気だけで手玉に取られた不覚を思い出し、不甲斐なく歯噛みしセバスに純粋な目線を向けた。

 

 【本当に不思議な少年だ。】

 

 セバスは改めてクライムの瞳を見て思う。魔導国は偉大なるアインズ様の御慈悲で弱者も商いを行う契機に恵まれたり、安全に暮らす改革が進められているが、この世界というのは未だ生まれや身分、強さ、賢さといった〝力〟が絶対であり、力無き者は悪事に身を(やつ)し薄暗がりを這い回るか、奴隷や娼婦、農奴として虐げられ生涯を終えるか……それでもまだ良い方だ。

 

 ツアレや目の前の少年のように、少しでも人生の歯車が狂っていれば薔薇色の記憶など何一つ無く人生を終えることも決して珍しい話ではない。それ故アインズ様より命令されたエ・ランテルの視察中にも、セバスの強さに憧れ、稽古や弟子入りを志願する者は――【目立たないよう行動しろ】とのご命令だったのでもちろん全て断った――後を絶たなかった。

 

 唯一の例外が目の前の少年だ。〝なぜ、あなたは強くなりたいのか?〟

 

 その問いに、今の様な純粋な瞳を向け、万感の思いが籠った端的な決意の言葉が返ってきた記憶は新しい。あの純粋な瞳を無視すれば、自分を創造してくださった たっち・みー様 への冒涜となるのではないかと考えてしまうほど、〝ただ力に憧れる者〟とは違う瞳。

 

 この少年には確かに武や勉学の才能こそないが、他のとんでもない……それこそ<生まれながらの異能(タレント)>のような力を持っているのではないかと疑ってしまうほどだ。

 

(しかし従うべき主があの女であるという事には驚かされましたが……いえ、それはお互い様でしょうか。)

 

 セバスはつまらない事を考え苦笑してしまう。それよりも今は武の訓練だ。目の前の少年がいくら強くなろうと、コキュートスの管理する蜥蜴人(リザードマン)たちやハムスケに比肩するのがせいぜいだろう。

 

 それでも〝偉大な存在に少しでも近づき並び立てる者になりたい〟〝偉大な方の御傍に仕えるに相応しい者になりたい〟と願う少年の思いを誰が笑えよう。

 

「いいですか、クライム様。弱点さえも武の技法とするのです。〝怯え〟と言う感情は飼いならせば危険探知の能力、言うなればセンサーとなります。0か100だけで物事を考えてはなりません、先ほどのように……」

 

 その思いこそ、ナザリックに生きる者の総意なのだから。

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