滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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屈辱の昼餐

 ラナーとクライムは幻術による変装を行い、魔導国首都エ・ランテルにある王城を訪ねていた。

 

 対応するのはエ・ランテルの王城でメイド主任を任されている、美しいというよりも可愛らしいといった表現が似合う二人よりもやや年上の女性。ツアレニーニャ・ベイロンは、ナザリックの一般メイドにも劣らない見事な礼節を見せて二人に対応した。

 

「ようこそお越しくださいました、ラナー様、クライム様。」

 

「ええ、本日はお招きありがとう。早速だけれども魔導王陛下からのご命令を遂行させていただけるかしら。」

 

 ラナーからすれば殺してやりたい人間の二大巨頭に入る忌々しい女を前に、必死で笑顔を作り能天気な姫の演技を行う。クライムとこの女が楽し気に話す様子など見ようものならば、卵の薄皮一枚で抑えている様な殺意が暴走してしまいそうなので、クライムには一歩下がらせて自分が率先して〝仕事の話〟をしている。

 

 【命令の遂行】という言葉を強調したのも、仕事なので仕方がないと自分に言い聞かせるために他ならない。何しろ今回賜った仕事と言うのは……。

 

「はい、ではお料理をお持ち致します。粗末なものですが、忌憚の無いご意見をいただければ幸いです。」

 

 この忌々しい女の手料理を食べてその味を評価しろという、ラナーからすれば恐怖公の眷属を食べる方が数億倍もマシと思える拷問のような仕事なのだから。命乞いに近い必死の説得……いや、最早懇願により、何とかクライムの口にこの女の手料理が入る事は無くなった。それでも目で見て匂いを嗅ぐだけでも到底許せない。出来れば連れてきたくなかったが、流石にそこまでは許されなかった。

 

 そもそもナザリックには料理を作れる者がほとんどいない。自分が知っている限りでは料理長とユリ・アルファ様くらいだ。<すきる>というものが無いらしく、あれほど聡明なアルベド様やデミウルゴス様でさえ、芋を蒸かすような簡単な料理すら作れない。更に言うならば〝人間(かとうしゅ)に対し下手に出る〟という接遇や演技が出来る者もまた少ない。

 

 今までは料理長が素晴らしい食事を作り一般メイドが接遇するという形で完璧な対応を行い乗り切っていたのだが、〝あまりにも完璧過ぎる〟という選択肢しか取れない事態は弊害を呼ぶ。

 

 魔導国は既に多くの力を見せている。食材ひとつ調理法ひとつとっても格が違うことは、魔導国だけでなく、バハルス帝国やローブル聖王国、最近国交を回復させたドワーフの国を行き来する商人や旅人を通じ、既に各国へ知らしめられた。その上で、今後王城に招く客が全員王族や重要人物ならば問題ないが、ただの使者にまで最上級の料理を提供するのは不自然極まりない。

 

 少し聡い者ならば〝料理の出所〟や〝不自然に美しいメイド〟という情報から要らない憶測を与えてしまうだろう。そういう意味で【ツアレ】という人間のメイドは、不自然なほど美しい訳でもなく、そこそこの料理も出来、見事な接遇も努力の賜物であると感じさせる。まさに【魔導国首都、エ・ランテルのメイド主任】という立場に相応しい、ナザリックと魔導国を区別させる上で重要な駒なのだ。

 

 その上で、元人間で王族でもあった自分が、現地の食材・調理法とナザリックの食材・調理法を比較し、〝どの程度の地位の者〟に〝どの組み合わせ〟を提供させるかアセスメントを行わせる適任者である理屈も理解できる。ただそれは【私念を除けば】という条件付きだ。

 

(魔導王陛下から直々にこの仕事を賜ったということは、わたしが如何に公私を分け業務を遂行する能力があるか試されていると考えた方が良いわね。)

 

「大変お待たせ致しました。わたくしにはまだ〝コース料理〟を作る技術が無く、単品の品が脈略無く続きますが宜しくお願い致します。」

 

 ラナーがそんなことを考えているうちに、テーブルの上に料理が置かれる。こうなれば仕方がない、腹をくくって目の前の【仕事】以外の感情は遮断しよう。

 

 一皿目は深めの皿に入ったスープであり、小さく切られた根野菜や葉野菜、腸詰が半透明なスープの中を泳いでいる。見た目に関しては及第点、香辛料を贅沢に使っているためか薫りも良い。

 

「【ポトフ】という家庭料理となります。」

 

「うわぁ……。美味しそうですね。」

 

 折角覚悟を決めたばかりなのに、後ろに居るクライムが料理の香りに反応しラナーを刺激する。ナイフとフォークを使う料理でなくて良かった。ナイフがあればツアレの心臓に突き立てたい衝動と格闘しなければならなかっただろう。

 

「ありがとう。ではいただきますわね。」

 

 ラナーは一切の邪念を捨て目の前の料理に没頭するため匙を取る。そしてスープを口に運んだ。本人は家庭料理と言っていたが、見た目同様〝一般家庭では絶対に出ないだろう豪華なスープ〟であった。ツアレは農奴の生まれであり慰み者とされ娼婦にされたと聞く。〝一般の家庭〟なんてものをそもそも知らないのだろう。

 

(調理者の腕というよりも、素材の味が比重を置く類いの料理ね。使者やそこまで重要でない客人に出すならば及第点かしら。)

 

 王宮の食卓に並んでも遜色ない、それでいてナザリック産ほど相手を驚愕させない料理として最適であると判定を下す。そのうえ〝専属の料理人ではなく、メイド主任の手料理〟という事実は相手に混乱を招かせる一手となるだろう。

 

「では二皿目を失礼します。〝ハンバーグ〟という料理です。お肉は牛肉と豚肉の合い挽きを、味付けはトマトソースにさせていただきました。」

 

 まるで未知の料理のように紹介されたが、ラナーからすれば見慣れた料理。とはいえ調理法が異なるのか、ラナーの記憶よりもふんわりとした印象を受ける。ラナーは用意されたナイフとフォークを手に取る。既に感情の遮断は完了したので、先ほどの様な失態を思い浮かべることはない。

 

(美味……というよりも優しい味といったところかしら。子供が一緒だった場合や年齢の低い相手には丁度いい品ね。それにしても……)

 

 ラナーは二皿目を食べたあたりで累積される違和感が確信に変わろうとしていた。目の前の女が作った料理を食べた際に、自分の中の悪感情が増していく感覚を覚えたのは単純に私念によるものと考えていたが、それだけでは説明のつかない……

 

 それこそ自分の思考基盤、その根底が変わってしまうような違和感を覚えた。ラナーは食事の手を止め思考する。

 

ツアレ(この忌々しい女)奴隷(スレイブ)のクラスを有している。〝奴隷(スレイブ)に作らせた料理を食べる〟という行為は善悪の……確かカルマ値と言ったわね。その数値に変調を来すのかしら。)

 

 一番ツアレの手料理を口にしているであろうセバス様がその事実に気が付かないのは〝ツアレ(この忌々しい女)が恋慕の情を抱いているセバス様相手に喜んで作っている〟からだ。つまり無理やり……仕事で仕方なく作った手料理の場合、相手のカルマ値を微弱ながら悪に傾かせる効果がある……可能性がある。

 

 もしラナーの考察が正しければ【ツアレの手料理】の価値は一気に跳ね上がる。ツアレのクラススキルを知らない相手ならば〝魔導国は食べ物で思考基盤を永続的に変えることが出来る〟という欺瞞情報を相手に与えられ、人々から消えつつある荒唐無稽な懸念……【魔導国の食材を食べるとアンデッドになる】という上層部なら一笑に付す話に信憑性を持たせることが可能だ。

 

 しかしそれを知るはある程度知識のある敵対勢力、今更危機を覚えて魔導国の友好国にこの話で一手を打とうとしても〝オオカミ少年〟だ。

 

「とても美味しかったわ。ありがとう。少食でごめんなさい、もうお腹が膨れてしまったわ。」

 

 ラナーはツアレに笑顔を向け、お礼を言う。目の前の女は目に見えて安堵している様子だ。帰ったら忙しくなる。流石は魔導王陛下、本来なんの使い道も無いと思っていた<奴隷(スレイブ)>というクラスにここまでの意味を持たせるとは……。

 

(本当、わたしよりも利用価値の多い人間ばかりで嫌になるわね。)

 

 ラナーは最初覚えていた怒りも忘れ、魔導王に改めて畏怖を募らせた。


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