滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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太陽と忠犬

 クライムは真っ暗な廊下を記憶と勘だけを頼りに歩いていた。

 

 もちろんナザリックの照明が消えたわけではなく、訓練で不覚にも<盲目化(ブラインドネス)>の魔法を食らい、一時的に視力の全てを失っていた。厄介なことに<魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)>の宿った魔法であり、普通ならば数時間もすれば戻る視力だが、視力の回復には丸一日はかかるという。

 

 何時だか真の達人は目で見えず、耳に聞こえぬ敵さえも斬り捨てると聞いたが、もちろんクライムはそんな高みにいない。それでも歩きなれた帰路ならば誰の手も借りずラナー様の元へ戻れるだろうかと……半ば強がりで聴覚と嗅覚と研ぎ澄まし、ゆっくりと手探りで廊下を歩いていた。

 

(視力を失った中でどのような動きをすれば良いか、いい鍛錬になった……。しかしあの程度の魔法に翻弄されるなど、まだまだ修練が足りない。)

 

 思わず自分の未熟さに歯噛みする。全てはラナー様を御護りするために修練を重ねているというのに、五感のひとつを奪われただけで自分の身を守ることさえままならない。己の定めた道の険しさを痛感するばかりだ。

 

 そんなクライムの耳に、聞き間違えるはずのないやや切迫した足音が響きわたる。

 

「クライム!大丈夫!?訓練で視力を失ったと聞いたわ。痛みはない?怪我は……。あ、ごめんなさい。わたしが誰だか解る?」

 

「もちろんです!例え五感のひとつを失おうと、わたくしがラナー様を見誤るはずが御座いません。」

 

 ラナー様の憂慮を孕んだ御声に対して即座に臣下の礼をとる。これほど優しく慈悲に溢れた主へ何度も心労をかけるなど、何て出来損ないの従者なのだ。

 

「いいのよ、クライムが無事なら……。さぁ、お部屋に戻ってゆっくり休みましょう。」

 

 地に伏していた手に、小さく温かな手が重なる。そして優しく手を引かれ、クライムは不甲斐なさを嘆くと同時に主の慈悲深いお心遣いに万感の情を抱き、ラナー様に導かれるまま歩を進めていった。

 

 【従者クライム】が内心で己を叱咤すると同時に、ラナー様に手を引かれ歩く現状を【思春期の少年クライム】が夢ではないかと心弾ませる。

 

 ここがリ・エスティーゼ王国の王城であったならば、なんて不敬な話であるかと、自分の喉を剣で貫かなければならなかっただろう。平民以下であった自分が第三王女たるラナー様の従者であり続けるには、一切の失態を見せる訳にもいかなかった。

 

 しかし〝ラナー様と手をつなぎ歩く〟ような妄想をしたことが無いかと問われれば嘘になる。クライムにとって自分の手を引く女性とは神であり、憧れであり、光であり、己の道しるべとなる太陽のような存在。

 

 決して手の届かない、絶対に結ばれない、結ばれてはならない存在が自分如きの手を引いてくれている。思わず嗚咽と涙さえ押し寄せる中、クライムは激情を意思の力で抑え込んでいた。

 

「左に曲がるわね。……着いたわクライム。手を離すわね。」

 

 しかし何事にも終わりはやって来る。クライムの手から柔らかな温もりが離れていき、再び暗闇が訪れた。しかし先ほどまでの張り過ぎた弦のような緊張感も、暗闇に対する孤独から来る恐怖感も無い。鼻孔をくすぐるのはラナー様の<守護領域>特有の絶間なく溢れる何ともいえない良い香り。

 

 お部屋に香を焚かれているのは【侵入者が居た場合どのような行動をとったか解る様に】だそうだが、専用のマジックアイテムをあの魔導王から下賜されているのだろうか?クライムには才が無いのでマジックアイテムなのか普通のお香なのか区別がつかない。

 

 以前ラナー様の不在時に<守護領域>を訪れたのがどのメイドで、どの時間にどのような行動をとったのか一挙手一投足を部屋を開けた瞬間にピタリと当ててみせ、シャルティア様とソリュシャン様を驚愕させていた。

 

 ……それ以降、自分がラナー様の不在時に〝迂闊な行動〟がとれなくなったなど、口が裂けても言えない。リ・エスティーゼ王国時代自室で行っていた【不敬極まる行為】など言語道断だ。

 

「じゃあクライム、訓練の汗を流しましょう。お風呂は難しいから身体を清拭するわね。」

 

 クライムが思考に耽っている間に、ラナー様はお湯を準備されていたらしく、桶から水音響かせベッドの方向から声を掛けてこられる。自分の身体が赤くなる音が聞こえてくる。

 

「いけませんラナー様!この通り身体は無事ですので!御手を煩わせるわけにはまいりません!」

 

 ラナー様に清拭をしていただくのは初めてではない。最初に目が覚め小悪魔(インプ)となる前の復活直後、呼吸以外の全てを手厚く看護していただいた。〝もうあのような無様な姿をみせないよう〟訓練をしているのに、訓練の結果ラナー様の手を煩わせるなど本末転倒もいいところだ。

 

「その汗や泥はわたしのために頑張ってくれた証拠なのだもの。それに慣れても居ない状態で目をつぶって身体を拭くのは大変でしょう?横になって。」

 

 表情を見ることは叶わないが、きっと慈悲深い笑顔を浮かべておられるのだろう。躊躇してしまうクライムの手を再びラナー様は優しく取ってベッドへ誘導する。そしてクライムはあっという間に服を脱がされ成すがままに清拭をされる。

 

 最早こうなれば何の抵抗も許されない。全身、隈なくラナー様の御慈悲に甘える。

 

「どう?クライム。かゆいところはない?」

 

「はい! ございません!」

 

「そうそう!執事助手のエクレア様から〝完璧に綺麗になったか確かめる方法〟を教わったの!このナザリックでは綺麗にした責任者が必ずするんですって。」

 

 エクレア様はクライムも知っている。従者として掃除の基礎・基本を徹底的に教え込まれ、その教育は〝掃除〟という行為ひとつとっても他国とくらべものにならない厳しさであり……

 

「ラナー様!?」

 

 クライムは自分が掃除を仕込まれた際に言われた衝撃的なセリフを思い出し、現在の状況と統合し、脳裏に浮かんだあまりの倒錯的な光景に飛び上がろうとした。しかしその前に強烈な衝撃が脳を直撃する。

 

 布よりも重圧で柔らかく、湯よりも温かい妖しいぬめりが身体を這いまわって……。

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