滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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因縁の場所 ①

 クライムが身に着ける鎧は虹色に揺らめく魔法の光をまとっており、腰に提げた剣もリ・エスティーゼ王国の秘宝、剃刀の刃(レイザーエッジ)に勝るとも劣らない一級品。しかしこれほど装備を整えようと、死の覚悟を決めようと、情けないことに己の意思に反し身体が言う事を聞いてくれず、過緊張から震えが止まらない。

 

 楕円形で構成された異空間を前に――<転移門(ゲート)>という最高位の転移魔法らしい――クライムは武者震いからか恐怖からか、鎧から金属音をカチャカチャと鳴らし続けている。

 

「大丈夫よクライム。わたしたちは魔導国……いえ、ナザリックからの使者なんですもの、いきなり襲い掛かってくるなんてことはないわ。」

 

 顔を強張らせすぎたか、ラナー様は宝石の様な笑みを浮かべて自分を励ましてくれる。だが今のクライムにとっては、敬愛すべき主からの慰めの言葉すら現状の再認識にしか聞こえない。相変わらずラナー様は疑う事を知らず、人の善性を信じすぎる。

 

 ……これから自分たちが訪れる場所はリ・エスティーゼ王国にとっての悪夢、【魔窟】カルネ村だというのに。

 

 ラナー様の異母兄弟、ザナック殿下と王位継承を争っていた第一王子、バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフはこの村を最後に、共に引き連れた5000の兵もろとも忽然と姿を消し、遺体すら見つかっていない。

 

 第一王子に……引いてはリ・エスティーゼ王国へ反旗を翻した開拓村だというのに、魔導王の大虐殺によって調査に割く兵力もなく碌な精査も出来ておらず、聞こえてくるのは風のうわさともつかない荒唐無稽な浮説や流言の(たぐい)ばかり。

 

 曰く〝悪霊犬(バーゲスト)を片手で捻り潰し、剥がし取った髑髏の杯で血を飲み干す将軍がいる〟。

 

 曰く〝無数の強大なゴブリンを手足のように使役する〟。

 

 曰く〝村ひとつで王国や帝国を攻め滅ぼせる軍事力を有する〟。

 

 ……そしてその将軍はまだ若き女性である。

 

 リ・エスティーゼ王国にいた時分から、何処までが誇張された話なのかクライムに判断はつかなかった。というよりもあの魔導王の力を見ていなければ鼻で嗤うような一考にも値しない話だっただろう。しかし第一王子と5000の兵が神隠しの如く姿を消したことは紛れもない事実であり、あの大虐殺と戦士長の一騎打ちを見た後ではとても笑えない。

 

 そしてナザリックに入ることで、あの〝カルネ村〟は魔導国が建国されるより以前に魔導王が目をかけ支援していた村だという真実を知り、全ての辻褄が(おぞ)ましい造形となって形成された。

 

(バルブロ殿下の行方不明にあれほど御心を痛めておられたラナー様の心境はどれほどのものか……。それに殿下の血族と知られればラナー様の命も危ない。もしもの際はラナー様が逃げられるだけの時間を作らねば……)

 

 クライムは決意を新たにし、小悪魔(インプ)用に仕立て上げられた翼を出すため背中を大きく開いたやや扇情的とも思えるドレスをまとったラナー様を先導するように、覚悟を決め<転移門(ゲート)>を潜った。

 

 

 正門前に転移したクライムは自分の想像が如何に甘かったか痛感する。強固であることを思わせる巨木を使った城壁に囲まれた大きな集落は、明らかに木製ではない建物や、紫の煙を出す煙突、おそらくは鉄以上の硬度をもつ金属によって造られた物見櫓(ものみやぐら)など、明らかに【村】と言うには無理がある光景が広がっており、高度な技術をもっていることが外からでもわかる。

 

 クライムが呆然としている間に、強固な正門が開かれる。クライムよりやや年上であろう素朴な村娘といった様子の女性、前髪で目が隠れた男性……そして強者の風格を漂わせたゴブリンにオーガといった魔物が自分たちに向かって一糸乱れぬ一礼をした。

 

「ようこそカルネ村へ。ゴウン様よりお話は伺っております。わたくしはカルネ村の村長、エンリ・エモット。こちらが夫のンフィーレアです。」

 

「お初にお目にかかります。わたくし新たに魔導王陛下のもと働くこととなりましたラナーと申します。横に居るのがわたしの従者クライムです。」

 

 ラナー様はドレスに土がつくことも(いと)わず、片膝をついて【エンリ将軍】に挨拶をする。その様子を見て一拍遅れ自分も片膝をついて礼を行う。そしてクライムはまたも混乱の渦中に叩き落された。

 

(エンリ村長の近衛……あの凶相のゴブリン、恐らくは一体だけでもデス・ナイトよりも強い。逆立ちしても勝てるはずがない。足止めしてラナー様を御守りする時間さえ作れるかどうか……。)

 

 薄々解ってはいたが、バルブロ殿下も率いていた5000の兵ももうこの世にはいないだろう。ひょっとすればオーガのエサになったかもしれない。せめて弔いの出来る場所だけでも聞き出せればと思ったが、こちらからその話題を出す真似はしないほうがいいだろう。わざわざ竜の尾を踏む所業は主の命を危険にさらす。

 

(ラナー様も恐らくはバルブロ殿下の死を確信されたはず……。どれほど御心を痛められているか。)

 

 クライムは何も出来ない自分の無力さに歯噛みする。

 

「そんな!顔をあげて下さい!わたしはそんな立派な者ではありませんから!」

 

 エンリ将軍は赤面し、あわあわとラナー様の行動に戸惑っている。自分は弱者であるという演技だろうか?クライムには挑発としか思えない発言だった。その言葉を聞いてラナー様は礼を崩し立ち上がったようだが今の自分は顔を即座にあげられない。

 

 恐らくは目に殺気と恐怖心と嫌悪感を宿しており、心を落ち着かせるのにもう少し時間が必要だ。

 

「エンリ、ゴウン様からは顔合わせの予定しか聞いていないけれど、折角だから村の案内をしようよ。」

 

「ありがとうございます。ではよろしくお願いいたしますわね。」

 

 上目でンフィーレアなるエンリ将軍の旦那を見る。声に張りも無く疲れ果てたように肌が乾燥しており、まるで<生気吸収(エナジー・ドレイン)>でも受けたかのように眼も虚ろだ。

 

 ……何故かクライムはンフィーレアなる男性に親近感を覚えた。

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