滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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因縁の場所 ②

「……と、ここまでが大まかなカルネ村の設備になりやす。エンリの姐さん。こんなものでよろしいですかい?」

 

「ええ、ありがとうジュゲムさん。」

 

「わぁ素敵な施設ばかりなのですね!治癒魔法が無料で受けられるなんて聞いたことがありませんわ!」

 

「カルネ村は四大神の大神殿に属していませんからね。移住者の方にも一番驚かれます。まぁ僕もそんな話を聞いたら何の罠かと疑ってしまいますが。」

 

 絶句……。驚愕や称賛の例えは数あれど、脳が理解のキャパシティーを超えると精神の基軸が麻痺して言葉すら出なくなるらしく、クライムはただただ茫然とする。

 

 クライムはラナー様と共に、自分の胸程の背丈をした、大剣を背負ったゴブリンからカルネ村の案内をされていた。

 

 まずクライムの常識からすればゴブリンが知性ある生物として――小悪魔(インプ)になった自分が言うのも変な話だが――会話が成り立っていることに驚愕を覚え、5000は居るというゴブリン軍団の多様性と強さに恐怖し、その強者を統べるエンリ将軍閣下に畏怖の念を覚えた。

 

 更にはカルネ村の内部はリ・エスティーゼ王国の城下町さえも霞むほどマジックアイテムの普及が進んでおり、ドワーフの技術力によって建設された建物は、どれも全て見惚れるほどの造形美と機能美を持ち合わせている。

 

 更には信じ難いことに無料で治癒魔法が受けられるというゴブリン神官の在籍する神殿、ほぼ確実に3日後までの天気を予測できるという天候予報部署、治癒の位階魔法ではどうにもできない解呪が行えると言う聖堂、挙句の果てに娯楽を提供するという野外音楽堂まで完備されていた。

 

 どう考えても軍事技術を無理やり転用した歪な形状をもった設備ばかりであり、エンリ将軍の近衛をしている凶相のゴブリンは認めたくないが完全武装したガゼフ戦士長と同格か……下手をすれば上回る実力を感じる。それが13体……

 

 間違いない。この村を敵に回せばリ・エスティーゼ王国が健在していた時分でも一方的な虐殺が起こるだけだっただろう。クライムはナザリックに入ってから何度目か数える気にもならない常識の削れる音を聞いていた。

 

 ……いざとなればゴブリンと闘ってラナー様を御護りするどころの話ではない、クライムの力では数秒の足止めさえ叶わないだろう。自分の考えの甘さに頭を振る。如何に相手との【対面】という仕事を終え、害されることなくラナー様の守護領域に戻る事が出来るか。それが目標となってくる。

 

 相手の逆鱗が何処にあるのか解らない以上、失礼な態度や言動には一層注意しなければならないだろう。広場にはあの魔導王の石像が綺麗に保たれ飾られており、尊敬が見て取れることから少なくともナザリック内同様、魔導王を悪く言う行動は厳禁だ。

 

 クライムは談笑の輪を乱さないよう気配を薄め、決意を新たにした。

 

 

 ●

 

 

(ゴブリンたちは強大な力と非常に高い知性を持つ。けれど、【料理】や【簡単な治療】は専門職の一部を除いて不可能。典型的な【えぬぴーしー】ね。しかし忠誠は魔導王陛下ではなくエンリという女に誓っている。多形種が共存していて、移住者も歓迎……。敵国側ならば移住者に間者の一人でも紛れ込ませる好機のはずだけれども、不自然な対立や不和は無し。相手も相当慎重なようね、魔導国……いえ、ナザリックとの関連性は把握されていると見た方がいいかしら。しかし魔導王がこれ以上ない形ある褒美として家臣を与えるなど、この女はどんな偉業を築き上げたというの?……いえ。)

 

 ラナーは笑顔の裏でカルネ村のアセスメントを行っていた。以前よりラナーは魔導王陛下がカルネ村を【ナザリック第0階層】とみなしている節があると考察した。現地における様々な実験が行えると同時に、敵襲の予兆を一番に把握できる。

 

 そして生半可な敵ならばカルネ村だけで討ち取れるほどの実力を有し、魔導王陛下への忠誠もナザリックの者には劣るがかなり高い。少なくともどんな強敵が来ようと、武器を捨てて逃げる事は無いだろう。

 

 調べたところによるとカルネ村はナザリックがこの地に転移し、魔導王陛下が最初に目を付け助けたのがこの村であり、エンリ将軍とその妹であるという。

 

(未知の世界に転移し数日も経たぬ内に、ンフィーレア・バレアレとこの女の関係を見抜いていた?いえ、流石の魔導王陛下でも……)

 

 エンリ・エモットを【幸運にも魔導王陛下の叡智を賜ったただの村娘】と思い込んでいる者はナザリックにも多い。この村の管理を任されているルプスレギナ様はもちろん、あの聡明なデミウルゴス様でさえ……

 

 しかし【あのンフィーレア・バレアレが恋慕の情を抱いている女性】であることを最初から知っていたとすれば話は大きく変わってくる。ポーション作成の才能、ナザリックさえも崩壊させうる〝ありとあらゆるマジック・アイテムが使用可能〟というな類いまれな<生まれながらの異能(タレント)>。この男を手札に置くメリットは計り知れない。

 

 上司であるアルベド様を除き、【愛情】という鎖がどれほどの力を有するか正しく理解できる者はナザリックにいないだろう。富も地位も名誉も全てが茶番と思えるこの世で最も強力な鎖だ。

 

 実際エンリがいなければンフィーレア・バレアレがカルネ村に移住する事は無かっただろう。命を助けた恩で移住させられても、永住を決める決定打にはならず、新たなポーションの作製という偉業も夢に終わったかもしれない。

 

(本当に底知れない御方……。)

 

 自分が突然未知の世界に転移させられ、ここまで落ち着いた数手も数十手も先を見据えた手が打てただろうか?……答えは当然【(いな)】だ。ラナーは改めて魔導王陛下の叡智に畏怖を募らせる。

 

 ラナーは自分とエンリ将軍、ンフィーレアを天秤に掛け、どちらの命に価値があるか考察し……羽よりも軽い自分の命の価値に落胆を覚えた。

 

(クライムがエンリ将軍を未知の化け物と捉えている事が救いね。少なくともクライムと表面上仲良く話していてもわたしから芽生えた殺意を表に出さず我慢できる。……我慢か。ふふ。)

 

 ラナーはそんな事を考えると同時に、いつの間にか【妥協】なんてものを学んでいる自分に内心苦笑する。

 

(もう少し探りをいれてみようかしら。)

 

「貴重なお話をありがとうございます。魔導王陛下に忠誠を誓う若輩者として、先達たるエンリ村長に色々お話を聞いてみたいのですが、その願いは叶いますでしょうか?」

 

「そんな、先達だなんてわたしは大層な人間ではありませんから!」

 

「是非女性水入らずでお話してみたいのです。魔導王陛下の御城にいる皆様は聡明で素晴らしい方々ばかりですが、やはり若輩者のわたくしでは恐縮してしまいまして。」

 

 ラナーは横目でゴブリンたちの反応を見る。迂遠(うえん)な表現だがナザリックの者を(いと)う言葉を放ったのだが、誰も不快感を抱いている様子はない。やはりゴブリンたちの忠誠の全ては魔導王陛下ではなくエンリ将軍に向いていると考えて問題無いだろう。

 

(やはりゴブリンたちが急事に命懸けとなるのは魔導王陛下ではなく、エンリ将軍のため……。しかしエンリ将軍は魔導王陛下に心酔している様子。村民たちやカルネ村は将軍の家臣であり領土、侵略を許さない理由がナザリックと異なる。その差異を見極めなければ。)

 

「では、役に立つかわかりませんが、わたしでよければ色々と聞いて下さい。あ、話しにくいでしょうから護衛は外しますね。応接室を使うので門番をお願いします。何が聞こえてきても他言無用で。」

 

「でしたらこちらも……。そういう訳だからクライム、少しお話をしてくるわ。カルネ村の色々なお話をクライムも聞いて後で聞かせて。」

 

 クライムは心底焦燥した様子でラナーを見つめる。ああ、愛おしい。自分を一人で行かせることに反対したいのだろうが、理外の魔窟で厄介事を招く言動は控えたい。そんな二重拘束が瞳から透けて見える。ひとまずクライムの瞳に癒され、ラナーは【第0階層守護者、血濡れの小鬼将軍】との対面に挑むことにした。

 

 

 ●

 

 カルネ村応接室、()の一つも無い一級品の木材が使用されており、位階魔法によって多彩な(ろう)が塗られ光沢を放ち、絢爛豪華といって差し支えない内装となっている。机に置かれている焼き菓子が残り数枚になったあたりで、ラナーとエンリの会話は大きく弾んでいた。

 

「やっぱり男の人って辛そうな声を出すのが普通なのね……。良かったわたしが変なのかと思った。」

 

「素直じゃないんですね。甘く蕩けた声で〝やめて〟と言われた時本当に止めたらとても切なそうな顔をするじゃありませんか。ふふふ、わたくしあの顔が大好きなのです。」

 

「してみたことがないわね。恥ずかしい話だけれどもこっちも熱くなっちゃって……。」

 

「それはそれで旦那様も幸せだと思いますよ。でも色々な方面から責めたてるのも面白いです。例えば……。」

 

 粗方カルネ村の村長になるまでの経緯を聞き終えたラナーは、エンリ将軍の【幸運】の一言では片づけられない魔導王陛下との付き合い方や目に留まる方法を聞き終え――特に妹君だというネム様の話はとても参考になった――あとは雑談でもと思っていたのだが、エンリ将軍から惚気話を聞いているうちにこちらも触発されてしまい、あれよあれよと言う間に夜の営みにまで話が発展してしまった。

 

 恐らくエンリ将軍に相談できる相手などいなかったのだろう。堰を切ったように不安や女性として大丈夫なのかなど、実に人間らしい様子を見せて赤面しながらラナーに色々と相談をしてきている。

 

 これは仲良くなれるチャンスかもしれない。ラナーは将軍閣下からの相談に対し懇切丁寧に自分の経験談も混ぜて対応していた。

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