滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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因縁の場所 ③

 クライムはこれまでのカルネ村の対応から、ラナー様に理不尽な暴力が振るわれる恐れは薄いと考えつつも、御傍にいられない焦燥を隠せずにいた。

 

 相手はこれほど強大なゴブリンを手足のように扱う噂に名高き血濡れの小鬼(ゴブリン)将軍、温厚であることは話の中で伝わったが、相手が本気で自分たちを殺す気になれば一瞬の出来事だろう。ましてここは将軍閣下の管理下にある村……生殺与奪の権限が握られている状況とは気分のいいものではない。

 

(しかし、ラナー様も決死の覚悟でエンリ将軍との対談に向かわれた。わたしもラナー様の御役に立てるよう、少しでも情報を集めなくては!)

 

 カルネ村の案内の中、最初は多様な異形種が手を取り合う摩訶不思議な光景に圧倒されてしまったが、落ち着いて見回すとクライムでも覚える違和感はいくつもあった。その中で最たるものが……

 

「アーグ様……この村とエンリ将軍は本当に素晴らしいのですね。」

 

「そうだろう!この部族の皆も親切だし、他からの移住者に荒くれ者が居たって一喝してひとまとめにしちゃうんだ!おいらもエンリ将軍と腕相撲したことあるけれど両手使ったってビクともしなかったんだぞ!」

 

 小さいながら知性を感じさせるアーグなるホブゴブリンに話しかけると、エンリ将軍の〝強さ〟に惹かれた瞳を浮かべる。だが……

 

「ええ、素晴らしい御方です。……その上で、気分を害す質問でしたら申し訳ないです。ジュゲム様はどうしてエンリ将軍に仕えているのです?」

 

 突然話題を振られた大剣を背負ったゴブリンが当惑した様子で、小考し始めた。

 

「お客人、何でったってあんたそりゃあ……」

 

「「エンリ」の姐さん)将軍)だから」ですよ……って!?」

 

 クライムはジュゲムというゴブリンの心を読むかのように声を被せた。クライムの周りが一瞬、無数の針で突き刺されるような敵意に包まれるが、一瞬で霧散する。クライムに悪意があって放った言葉でないと伝わったのだろう。

 

「お客人、知っている事を聞くのは失礼だとわたしは教わったんですが、小悪魔(インプ)の常識は異なるんですかい?」

 

「いえ、ジュゲム様……だけではないですね。わたしと同じ心持の方が幾千人もいらっしゃるようですので、不思議に思い失礼を承知でご質問させていただきました。ご不快を招く真似をして申し訳ございません。謝罪いたします。」

 

 クライムはジュゲムというゴブリンや強者の風格を持つ近衛のゴブリン、神官や聖騎士、騎獣兵や弓兵といったゴブリンたちに〝普通の村人〟とは違う、自分と同じ瞳の輝きを見て取った。

 

 自分も「何故ラナー様に仕えるのか?」と問われれば、同じ答えを返すだろう。人が息をするように、鳥が空を飛ぶように、魚が水の中を泳いでいくように、他人に言葉で説明できる明確な理由などなく、持ち合わせる忠誠に理屈や損得勘定も存在しない。

 

 恐らく魔導王に忠誠を誓う者たちも同じだろう。改めてエンリ将軍という理外の存在に畏怖を募らせる。しかしアーグを始めとした一部の異形種や人間の村人、オーガやドワーフにその瞳は感じない。その差異はなんであるかクライムは疑問を持った。

 

「クライム殿はよい目をお持ちですな。クライム殿の疑問にはわたくしが答えても?」

 

 綸巾をかぶり、羽扇を手にする髭をはやした理知的なゴブリンがやや驚愕した様子でクライムに声を掛けた。周りのゴブリンたちから異論はなく、そのままクライムは【軍師】を名乗るゴブリンに一礼をする。

 

「エンリ将軍閣下は我々の造物主様なのです。クライム殿が疑問を持った事はアーグ君やオーガ、ドワーフと我々の違いでしょう。エンリ将軍をこの村の(まつりごと)を治める為政者として尊敬こそすれ、我々とは忠誠を誓う理由が違うのです。」

 

「ぞ、造物主……。」

 

 クライムのエンリ将軍に対する畏怖の念が、魔導王を前にしたような根源的な恐怖に変わる。あの得体の知れない女はどれほどの力を隠し持っているのだろう。今すぐにでもラナー様のもとへ駆けつけ、共に脱兎のごとく逃げ出したい衝動に駆られる。しかしラナー様から命じられている【情報収集】の任務を放棄する訳にはいかない。

 

 クライムは相手の【地雷】を踏み抜く恐れと任務を天秤に掛け、意を決し一つの質問を口にした。

 

「カルネ村には5000の兵による襲撃があったと聞いています。その首謀者は今、どちらへ?」

 

 

 ●

 

 

「そう、バルブロお兄様の行方はやはり解らないのね。」

 

 魔窟カルネ村から無事ラナー様の守護領域に戻れたクライムは、自分が得た情報をラナー様へと伝えた。軍師を名乗るゴブリンは〝落としどころが無くなるから〟という理由でバルブロ殿下をあえて逃がしたという。クライムに嘘を見抜く頭脳も能力もないが、未だ行方不明になっていると聞いたゴブリンたちは一斉に驚いており、全員が全員名役者とも思えないので、嘘の確率は低いだろうと考えた。

 

(ラナー様はやはりお優しすぎる。自分を王位継承の道具としか見ていなかったあの男に対しこれほど傷心されるとは……。)

 

 王族や貴族ともなれば親兄弟だろうと敵とみなす冷酷さが必要なことはリ・エスティーゼ王国の中で学んだことだ。ラナー様にはその能力があまりにも欠落している。お優しさが陰ることのない事は従者として嬉しい限りであるが、このナザリックで生きるならば、冷酷さも持ち合わせなければならないだろう。

 

 もしラナー様のお優しさが変貌したとして、自分はどのような感情を覚えるだろう。そんなことを一瞬考えたが、天地が逆転することはあってもそんな事はあり得ないだろうと即座に脳内で否定する。

 

 ……もしもラナー様に〝誰かを救い誰かを切り捨てる〟。そんな選択の機会がやってくるとすれば、その業は従者たる自分が背負わなければならない。

 

 例え自分の命と引き換えになろうとも。クライムは自分の〝造物主様〟に対し、改めて仄暗い決意を新たした。

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