アルベドはあの忌々しい部下……ラナーの記した提案書に目を通し、自分の草案と比較して愛しの主はどちらを採択するだろうかと思考に思考を重ねていた。しかし焦燥が思考を鈍麻させ、普段のアルベドであればあり得ないような愚鈍な案ばかりが脳内を奔走する。
「
偉大なアインズ様の治める魔導国で軽々に重大事件など起こっては愛しの主のお顔に泥を塗るも同然、そのため
〝【金貨の預かり証明書】を法律によって強制通用力を定める〟というものだ。
この手法は元を正せばバハルス帝国の銀行が発行していた小切手である【金券版】の応用であり――そのアイデアも元を正せばラナーの発案を基軸としてジルクニフが採用したものだが――〝幻想の富〟を産む魔法のような手段である。
何しろ〝【金貨1万枚の預かり証明書】〟というエクスチェンジ・ボックスに入れればゴミにもならないような木の板や紙切れが〝実在する金貨1万枚〟と同じ価値を持つようになる。極論すれば【実在しない幻想の富】が倍に増えるようなものだ。
もちろん後に本物の金貨へ変換させるのだから、一時的なものでしかないが〝国家が法のもと安全性を持たせる〟となれば話は別だ。〝いつでも本物の金貨に変えられる〟という安心感から、【預かり証明書】が基軸通貨と同等の価値を持つようになり、〝幻想の富〟は加速度的に増えていく。
しかし人間の欲望とは際限がない。やがて【預かり証の預かり証】【預かり証の預かり証の預かり証】【預かり証の預かり証の預かり証の預かり証】とどんどんと幻想へ溺れていくことは目に見えている。
そして国家経済が
正に魔導国の経済を活発化させ、同時に
「あ、アインズ様へご報告へ……行かなければ……。」
アルベドは手負いの獣を思わせる歯軋りと深い息を吐きながらベッドから起き上がり、バインダーを手に指輪を起動させた。
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コン コン コン とノックの音が鳴った。
「入るわよ。」
クライムが鍛錬に出ており一人パンドラズ・アクターの財政計算を任されていたラナーは勢いよく椅子から降りて頭を垂れ姿勢を正し、嫋やかな笑みと演技を瞬時にこなす。
「はい、アルベド様。」
「そう改まらなくていいわ。頭を上げなさい。」
ラナーがゆっくりと顔を上げるとそこにはいつものように慈悲深く天使を思わせるアルベドの笑顔があった。しかしその笑顔は自分の笑顔と同じ仮面であることをラナーは知っている。だがその上でも……ラナーからみてアルベドの笑顔はどこか自信に満ちて勝ち誇っているような印象を覚えた。
「あなたの提出してくれた【金貨の預かり証明書】についてですが……。アインズ様は時期尚早であると判断をされました。しかしアイデアはとても良いと仰っておりましたので、いずれ私やデミウルゴスと協議しより完璧なものと致しましょう。」
ラナーは笑顔の演技を崩さないまま内心で大きな衝撃を受ける。自画自賛となるが、金貨や銀貨は希少な物質である以上、物理的な有限性がある。今後魔導国が繁栄するならば有限性のある物質に依存する経済の危険性は計り知れない。そのための布石と思ったのだが……
「アインズ様が望まれるのは全ての種族が永遠に被支配者でいたいと思われる蜜で浸したような世界。我々の尺度でものを考えるのはあまりにも不敬というものね。」
途中からアルベドはラナーにではなく、神域を見据え独り言を話しているかのようであった。ラナーもまた、あの智謀の怪物は自分の危惧をどのような形で解決するのだろうかと恐懼に近い念を覚え、ひとつブルリと震えた。
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アルベドの去った玉座の間で、アインズは支配者然とした態度を崩さないまま、また問題を先延ばしにしてしまったと後悔していた。未来の自分がなんとかしてくれるだろうと丸投げして実際なんとかなっているのは奇跡以外の何物でもないと解ってはいるのだが、成功体験とは恐ろしいもので、兎に角今日決めなくていいならば明日以降でいいと思ってしまう。
それに今回のアルベドの提案には未来へ丸投げしたい明確な理由があった。
(この世界で紙幣か……。絶対俺の顔だよな。え?勘弁してくれない?)