滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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装飾と完成

「下等種とは洗剤の作製も碌にできないのですか!?タイルを磨く際の洗剤は水20ℓに対し薬液は12ml、便器ならば25mlを徹底!分量機材は水平に、目線はメモリに対し真っすぐに!清掃手順もまるでなっていません!スポンジの繊維ひとつひとつから汚穢(おわい)をこそげとるように!もっと丁寧に!もっと美しく!ここでティーパーティーを開きたいと思えるほどまで綺麗に!」

 

「はい!エクレア・エクレール・エイクレアー様!」

 

 執事服に身を包んだクライムは、執事助手エクレアの指導のもと一心不乱にナザリックのトイレ掃除をおこなっていた。とはいえ、クライムから見れば既に何処を掃除していいのか皆目見当がつかないほど光り輝いており、〝自分の垢や髪の毛で逆に汚れるのではないか?〟と心配するほど荘厳な空間だった。

 

 ……現在クライムが剣の鍛錬を休んでまでペストーニャ様やユリ・アルファ様から礼儀や接遇、エクレア様から掃除やベッドメイキングなどの実務を学んでいるのは本人の希望があったためだ。

 

 クライムはラナー様の壱の従者としてこのナザリックで魔導王に忠誠を誓った。そしてナザリックでの生活を送るうち、【領域守護者】という肩書がこの地においてどれほどの重責を持つか理解し、その従者が自分しかいない異様性を自覚した。

 

 ラナー様は姫としてこの世に生を受けた。それもそこらの小国ではなく、リ・エスティーゼ王国という大陸に覇を唱えていた大国の第三王女として。ラナー様は母国滅亡に伴い、愛してくれた父親も、友人である蒼の薔薇のアインドラ様たちも、絢爛豪華な調度品も、専従の召使(めしつかい)も、専用の馬車も、大切にされていた花園も全てを失った。……ラナー様を道具としか見ていなかった王子二人はこの際どうでもいい。

 

 そしてラナー様はただ一室で、ペンと机・小さなベッドだけを与えられ、魔導王のためその聡明な頭脳を利用されるだけの立場となった。それでも慈愛に溢れた主は、自分を蔑む怪物たち(ナザリックの面々)にも笑顔を絶やさない。しかしいつお疲れが限界に達し、その御心が壊れてしまうか……想像するだけでクライムは恐怖で気が狂いそうになる。ただでさえ現在の状況は、自分の復活というラナー様の慈愛の代償なのだ。

 

 少しでもいい、ラナー様の理解者である自分がラナー様の身の回りの全てを行える領域まで存在価値を高めたい。例えば部屋の清掃ひとつとっても、いままではナザリックに属するメイドが行っていた。しかし最初に気が付くべきだった。

 

 あの【守護領域】……ラナー様に与えられた御部屋には部外者の立ち入る隙などないほどに、自分が完璧な存在にならなければならないことを。

 

「ふむ……。流石はエクレア。ツアレの指導の時といい、素晴らしいものです。」

 

「セバス様!」

 

「やぁセバス。わたしには完璧と程遠いレベルに見えるが、やはり愛しの彼女とは違うのかい?」

 

「彼の場合、メイド主任を拝命されたツアレとは目的が違いますので。」

 

 間違っても直属の上司に話すものではない口調で応対するエクレアだが、セバスは気にした様子もせず飄々と受け流す。いずれナザリックを支配すれば上下関係など逆転する……と考え行動するよう御方々に創造されている彼の言動はむしろナザリックの一員として歓迎すべきことである。

 

 セバスは目を輝かせて自分を見つめる少年……否、少年だった小悪魔(インプ)を見る。それは英雄を見つめる瞳であり、自分たちが至高の御方々に、決して届くことなど叶わないと解りつつも近づこうとする瞳だ。

 

 その瞳にセバスはいたたまれなくなってしまう。あの大虐殺の真相を知りながら嘘を吐き続けている自分。間違ってもそんな存在に向けられる瞳ではない。彼は巧みに騙され続けている。もし真実を洗いざらい彼に話せば、彼はどのような反応を示すだろう。しかしそんな真似は絶対に出来ない。

 

「邪魔をしました。それではクライム様。身体が鈍らぬよう後ほど軽く手ほどきをいたしましょう。そうですね……」

 

 セバスは胸ポケットから懐中時計を取り出してエクレアに目配せをした。

 

「ああ、掃除の指導ならばあと2時間で終わる予定だよ。」

 

「……では3時間後、いつもの部屋で。」

 

「はい!ありがとうございます!セバス様!」

 

 ……しかし真の幸せとは案外そのようなものなのかもしれない。セバスは釈然としない気持ちを抱えたまま、純粋な瞳に耐えきれないとばかりにクライムに背を向け去っていった。

 

 

 ●

 

 

 中心線のズレたアシンメトリーのシーツが敷かれたベッド――素人目には解らないだろうが――の上で、ラナーはまるで初めてトランポリンで遊ぶ子供のように舞い上がっていた。

 

「あは!ん―――!」

 

 スンスンと匂いを嗅ぎ、枕を抱きしめ、ゴロゴロと転がるその姿はクライムにはとても見せられない、それ故留守の内に堪能する必要があった。【ベッドメイキング】の完成度で言えばナザリックの完璧なメイドたちはおろか、王城の専従メイドの域にも達していない、しかし完全に毒気の落ちた清潔で整然としたベッドなぞ比べる事さえ烏滸(おこ)がましい【完璧】な空間といえた。

 

 何しろクライムが片付け、掃除し、洗濯をし、干して乾かし、その手で敷いたベッドの上だ。軽く見ただけで1437はある洗い残しも、754あるシワも、ラナーからすればクライムとの愛の証。

 

 今まで他の女の手垢がついたベッドで寝るなど不愉快極まると薄々思ってはいたが、愛する犬が自分の為にしてくれた行為が形になるという事がこれほど脳を快感に染め上げるとは思いもしなかった。

 

 だがこのベッドはまだ完成ではない。まだ舞台装置が整っただけだ。

 

 コン コン コン とノックの音が鳴り、ラナーは熱に浮かれた脳を冷却し、やや衰弱した顔の演技が完璧であることを確認する。

 

「おかえりなさい、クライム。」

 

「ただいま戻りました!ラナー様!」

 

 そこには何時もの鎧姿ではなく執事服に身を包んだクライムがいた。自分のために身を挺して戦う犬の姿もいいが、奉仕のため全身全霊を尽くす姿も甲乙つけがたい。

 

「早速でごめんなさい。さっき悪夢を見たの。少し傍に居てくれるかしら?」

 

「かしこまりました。」

 

 これで誘導は成功。ベッドの上という舞台装置にやっと材料が揃った。

 

「クライム大丈夫?この地での奉仕者の仕事は凄く厳しいと聞いたわ。その……掃除した場所を無理やり舐めさせられたり……。」

 

「それは……その……。」

 

 〝想像して眩暈がした〟演技をすると案の定可愛いワンちゃんは慌てふためく。クライムは自身を不潔な存在と認識して傍に居てもいいのか不安を覚えたのだろう。動揺の瞳が可愛らしい。

 

 ラナーはその不安を取り除いてあげるようクライムの頬に唇を落とす。匂いから察するに部屋へ戻る前徹底的に歯磨きし、手洗いし、清拭したことが伺える。なんとも健気な犬だ。

 

「……ああ、わたし。まるでクライムが汚いかのようなことを言ってしまったわ!そんなことはないの!本当よ!」

 

「いえ、ラナー様!えっと、ま、まず着替えをさせていただきます!!」

 

 クライムが否定も肯定も出来ないことを言うと、案の定混乱してくれた。

 

「離れないで、クライム。ゆっくりここで服を脱いで。」

 

「え……あ、は……」

 

 もしこのベッドがケーキの土台だとすれば、クリームと果実が装飾されることで完成する。

 

「クライムは汚くなんてないわ。ほら……。」

 

 そのクリームと果実は……二人の愛によるもの。ラナーはそう確信し、赤面し硬直するクライムに対し即座に行動へ移した。

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