滅国の魔女、御身の前に。   作:セパさん

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嫉妬と試練

 薄白い塵埃(ほこり)に覆われた、瘴気に満ち満ちた石造りの一部屋。

 

 魔化の施された鎖で両手をYの字に吊るされたクライムは、全身に(ほとはし)る熱とも冷気と付かない耐えがたい痛みに(まぶた)をいっぱいに見開き絶叫を嚙み殺した。自分の身体を見回すと創傷や糜爛(びらん)があちらこちらに散見され、自害防止のためだろう口には枷が嵌められている。

 

 息を整えようとするも、気道には未だ乾ききらぬ血の塊が絡みつき呼吸もままならない。

 

 自分が何故このような状況に陥ったのか記憶を探るも、薄っすらと拷問を受けた記憶だけが蘇る。ただこれほどの拷問に掛けられた痕が残っているというのに、記憶が摩耗しているのは不自然極まる。記憶操作の魔法を掛けられた可能性も視野に入れなければならない。

 

 何より……

 

(ラナー様!ラナー様はどちらへ!?)

 

 クライムを焦燥させるのは自らの主であり神、ラナー様の安否だ。

 

「目を覚ましたか異形種よ。」

 

 邪気に溢れ、怨嗟と憎悪に満ちた声がクライムの耳朶を打つ。拷問官なのだろう、スッポリとローブを羽織っており、顔を見ることは出来ないが背丈は人間の男性ほどだろうか。

 

 ――スレイン法国、評議国、元リ・エスティーゼ王国……様々な可能性がクライムの脳裏に過るが、そんなことは今重要ではない。【明らかにこちらへ敵意と悪意を持った者】という認識で十分だ。

 

「はぃあほふへひは。」

 

 クライムは口枷をはめられている事も忘れ思わず相手に問う。ラナー様の名を口に出さなかったのは我ながら奇跡だと思う。相手がラナー様の所在を知らず、囚われたのが自分だけならば要らぬ情報を相手に与えていた。

 

「はいあ?ハハハ。ああ、何が目的かと?アインズ・ウール・ゴウン魔導国の内部事情について話して貰おうと思っていたのだが、<支配(ドミネート)>も<魅了(チャーム)>も通じない。こればかりは魔導王の隠匿魔法に舌を巻くばかりだ。おまけに拷問でも口を割らないのだからこちらはお手上げだよ。なので作戦を変更することにした。」

 

 あまりに歪で邪悪な笑い声が轟き、ゾっと悪寒が走る。

 

「魔導国に連絡し、君と引き換えに魔導王から直接情報を引き出すとしよう。要求を吞まず君ごと滅ぼすようならばそれはそれでこちらの益になる。」

 

 元リ・エスティーゼ王国の人間として「そんなことはやめておけ」と言いたくなる狂人の戯言を聞きながら、自分の現在の身分を整理する。魔導王は自分如きの命など塵芥ともみていないだろう。自分に人質としての価値などない。

 

 だが、あの慈悲深きラナー様が自分が囚われた一報を聞いたならば事態は変わる。あの悪辣な魔導王にどんな願いをしてでも自分の救出を願うだろう。そうなればただでさえ肩身の狭い思いをされているラナー様はあの化け物の巣窟でどのような目に遭わされるか分かったものではない。ともすれば配下の監督不行き届きとして重い罰が課される可能性まである。

 

(ラナー様。一度復活の叶ったお命でありながら……申し訳ございません!!)

 

 クライムはそのまま自身に武技<斬撃>を発動させた。発動部位は上腕部と前腕部を繋ぐ上腕骨の骨頭。鎖で遠心力を使い勢いをつけ、両腕の第一関節をブチブチと生々しい音を立てながら切断する。

 

「ラナー様!おさらばです!」

 

 そして狼狽する人間に目もくれず、恐らくは焼き(ゴテ)を熱するための炉であろう真っ赤に燃え上がった紅蓮のマグマへ身を投げ込んだ。

 

 

 

 パチン

 

 

 

 幻術を解いたアインズは目の前で気絶している少年を前に、一体どう落としどころをつけようかとがらんどうの脳みそをフル回転させていた。アルベドは陽炎のように怒りのオーラを漂わせているし、ラナー(頭のおかしい女)はガタガタと震えているし……。

 

 これはアインズの実験の一環であり、以前【自分(NPC達)が人質となりアインズへの交渉に使われたらどうするか?】という問いに全員が【迷惑にならないよう即行自害します】と答えた事を思い出し、〝ではNPC(仲間たちの子供)ではないシモベや現地人の配下、POPモンスターならどうするか?〟と今回の実験を行った。

 

 一口にシモベと言っても単純労働に従事する者からナザリックの内政を管理するものまで幅広い。それに本来ナザリックに居なかった蜥蜴人(リザードマン)やハムスケなど、今後も増えていくだろう現地人のシモベについても理解を深める必要がある。

 

 結論を先に言えば、元々ナザリックで創造された者たちは問答無用で自害した。そして恐ろしいことにハムスケや蜥蜴人(リザードマン)たちも筆舌に尽くしがたい拷問を受けながら――もちろん幻術だが――誰も口を割らなかった。記憶も消してさぁ実験終わりというときに問題となったのが、目の前の少年だ。

 

 この少年(クライム)にかけた幻術は【筆舌に尽くしがたい拷問を受けても口を割らないか?】【自分を人質に魔導国との交渉に使われたらどうするか?】というシチュエーションで、他のシモベたちと競う程の早さで即行……それもアインズさえ予想だにしていないエクストリーム自害を敢行した。ただ問題となったのが先ほどのように……

 

「いと尊き御名前ではなく、あなた如きの名を最期に……。あなたのペットは教育がなっていないのでなくて?」

 

「も、申し訳ございません。魔導王陛下!」

 

 アインズの名ではなくラナー(頭のおかしい女)の名を口にしたこと。アインズとしては全く気にも留めていないし予想もしないエクストリーム自殺まで敢行した狂信具合には若干引くほどだ。

 

(というかなんでアルベドはこんなに拘っているんだ?ペットなんだろ?別にいいじゃん。ザリュースたちに幻術をかけた時だって最期は家族の名前を叫んでいたし……。)

 

 やはり守護者統括として仮にも【領域守護者】の従者がナザリック基準に達していないのは我慢ならないのだろうか?

 

「よいアルベド。例えばの話だがシャルティアの眷属がナザリックの為に死ぬとするならば、わたしではなくシャルティアの為を思うだろう。それと同じこと。結果が全てであり過程をそこまで重んじる必要はない。」

 

「ですがアインズ様!」

 

「……わたしは満足のいく結果を観測させてもらった。それで納得できないのか?」

 

 権威で圧力をかける真似は好きではないが、この少年にナザリック基準を求めるのは酷というものだろう。アルベドは花が萎れたように怒りのオーラを収めて一礼する。

 

「ではこの少年の記憶を消して……」

 

「それには及びません、魔導王陛下。今回の失態に対し、クライムには記憶を残存させわたくしからの再教育を以って罰とさせていただきます。」

 

(えーー)

 

「まずクライムをニューロニスト様の……」

 

「それには及ばん。」

 

 アインズは前々から考えていた〝先方様の裁量にお任せします〟の支配者ロールを、鏡の前で練習した角度のまま言い放つ。

 

「貴女の手腕に期待している。話はこれでお終いだ。」

 

 ●

 

( あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 あの女 )

 

 いざという時のために精神の昂りを強制的に沈静化させるマジックアイテムでも貰っておけばよかった。などと思っても後の祭り、ラナーはクライムと転移で守護領域に戻るや否や演技すらも忘れて身を焦がしそうなほどの憎悪に支配される。

 

 ラナーが〝クライムを拷問実験の道具にする〟とアルベド様からお達しがあった際、一体自分はどんな粗相をしでかしただろうと戦慄したが、アルベドがクライムを使いラナーに行ったことは〝憂さ晴らし〟だ。自分が上位者であり、何時でも自分たちを始末できるという……生殺与奪の権限を再確認したに過ぎない。

 

 思えば最近のラナーは成果を上げ過ぎていた。特に以前魔導王陛下が階層守護者たちを集めて他種族を理解させるために使ったと言う【てぃーあーるぴーじー】なるものをこの地で人気の戯曲をベースにシナリオやルールを再構築し――パンドラズ・アクター様の御力も借りた――大々的に普及させた際には褒美の休暇を賜ったばかりか、晩餐会まで用意された。

 

 そして功績を上げれば上げるほど――特に魔導王陛下の関心を惹くもの――アルベド様の機嫌が悪くなっていくことにも気が付いていたが、無能を晒せば処分されるという二重拘束(ダブルバインド)によって、ラナーはどの道を通っても誤りである袋小路に追い詰められた。

 

(次はない、失態を見せると幻術では済ませないと見せつけたかった?いいえ、魔導王陛下に恋慕の情を抱かれているアルベド様の嫉妬……と見るべきでしょうね。)

 

 確かにラナーはナザリックへ入るにあたり相手へ首輪を差し出した。だが理不尽な理由で弄ばれれば手綱を握られた家畜だって怒り吠えるものだ。ラナーはやり場のない激情を持て余し、気が狂いそうになってしまう。

 

「ら、ラナー……さぁ」

 

「クライム!大丈夫!?」

 

「えっと、わ、わたしはまた、え、あ、復活……を……?」

 

「違うのよクライム、これは全部わたしのせいなの。」

 

 目覚めたクライムの前で自分は本当に演技が出来ているだろうか?リ・エスティーゼ王国の王女だった時分では絶対に有り得ない失態を犯しつつもラナーはクライムに抱き着き、これまでの状況を説明する。

 

「そうだったのですか。……わたくしの軽率な一言があったがために申し訳ございません。」

 

 クライムの忸怩たる思いのこもった純然たる瞳にラナーは煮えたぎる激情を落ち着かせ、今後についてを考える。まず贖罪としてニューロニスト様の部屋へクライムを送ることは魔導王陛下自身が却下した。恐らくは自分への依存が強まるだけと判断された。……というか激しい拷問の後優しく看護したい自分の下心を見破られただけだろう。

 

(まず考えるべきは魔導王陛下の仰っていた【手腕】ね。陛下はクライムがわたしの名を呼んだことを不愉快と思っている様子はなかった。であればわたしに求められていることは……。ああ!)

 

「ラナー様!お気を確かに!」

 

 力無く崩れていくラナーをクライムが支え、ラナーの瞳に涙が浮かぶのが見えた。

 

(わたし自身首輪の差し出し方が足りないと仰っているのね。そうね、クライムがどのようにすれば苦しむのか実践……いえ幻術でも構わないわ。それを示さないとならない。例えばクライムが身動きの取れない中わたしが嬲られる場面を見せられたり、他の男と恋仲に落ちたり、存在そのものを忘却されたり、目の前でわたしが為す術無く殺されたり……。)

 

 あは♪

 

 そんな場面を見せられたクライムはどんな瞳をしているだろう。幻術と知った際、安堵しながらも罪悪感に苛まれるのだろう。幻術とはなんて素晴らしいのだろう、何せ全部嘘なのだから。

 

「……クライム、あなたにはとても残酷な事をしなければならないわ。」

 

「はい!覚悟の上です!」

 

 凛とした忠犬の瞳はどのように歪んでいくのだろう。嘘と知ってもクライムが自分を愛して変わらない瞳を向けてくれるならば……。

 

 ラナーの演技の涙の中に、ほんの少しだけの歓喜の涙と、極々微量自分でも認知出来ない理解不能な感情の涙が混じっていた。

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