ナザリック地下大墳墓 第六階層「大森林」。
「……ラナー様!ドレスに泥がついてしまいます!やはり身支度を改めて出直すべきでは?」
「大丈夫よ。これは外出用のドレスですもの。それに休暇は有限なのですから、アウラ様とマーレ様の御許可を頂いた今のうちに【冒険】をたのしみましょう。」
頭から音符が飛び出ている様にも錯覚するほど楽しんでいるラナーを見ると、クライムも
ラナーもまた、天真爛漫な演技とは裏腹に心臓が握りつぶされそうなほどの心情をクライムの瞳で緩和していた。
今ラナーは魔導王陛下より休暇を賜り、今回の休暇で【冒険】なる行事を行おうと提案をした。しかしラナーの目的は第六階層の魔獣を見る事でも、森林浴を楽しむことでも、ましてや
御隠れとなった至高の41人と呼ばれるナザリックにおける絶対的な神。その一柱たる死獣天朱雀様の遺されたる秘宝が第六階層にある可能性を発見したからだ。
ラナーが〝遺された暗号〟の存在に気が付いたのは最近の事。
【
死よりも恐ろしい永劫の地獄を天秤に掛けた危険な賭けと知りながらも暗号を読み解くうち、ラナーは【禁忌の暗号】である可能性が高いと考えるようになり、同時にナザリックの謎を深める結果となった。
例えば至高の御方々が一人、ブループラネット様の記された【天体に関する考察】。そこには〝この黒い空の先には何があるのだろう〟という記述がみられている。抒情的な詩や詠と解釈する事も出来るが、気候そのものを変える第11位階魔法……いや正しくは超位魔法を操る魔導王陛下のお仲間にしては不自然すぎる一文だ。
<官能的>とされる情報をはじめ、政治制度、文化慣習、社会動向に関する知識があまりに少なく、あえて多数の書物に知識を分散するか、暗号化されているものがあまりに多すぎる。
おそらくナザリックのあった世界というのは、独裁に近い過剰な専制君主制でありながら、公民権運動や社会運動が活発……又は活発だった、という大きな矛盾を孕んだ歪な世界だったのだろうと考察できる。いや、そもそも【世界はひとつしかない】という常識から疑わなければ説明が付かない事柄も数多い。
(本当、ナザリックに来てからわたしの頭から常識が削られる一方ね。)
正直に言えばラナー自身秘宝になど全く興味はない。それこそ【触らぬ神に祟りなし】。ただ一室で与えられた仕事をこなし、クライムが横に居ればそれだけで世界一幸せと胸を張って誇れる。
それでも命懸け……いや、【用済み】の危険を冒してまでこんな真似をしているのは、【自分の考察が本当に合っているのか?】という答え合わせでしかない。
禁忌の暗号を読み解けるということはナザリックにおいてこれ以上ない劇薬だ、ラナーの考察が本物であった場合、知識の活用法について身の振り方を本格的に考えなくてはならない。もしすべてが勘違いであり、ラナーの空回りであれば自分はただの道化師だ。
今現在、あの智謀の王、魔導王陛下からアクションは無いが、その事実がまた恐ろしい。一度禁忌に手を出す覚悟を持った以上、中途半端は一番の愚策。
故にラナーは、暗号が本物か偽物か、そのどちらであるか確信を持ちたかったのだ。
「ラナー様、随分変わった木が御座いますね。」
(あった!)
生い茂り栄えた大森林を抜けると木々にのまれた廃村が広がっており、ひとつ異色を放つ存在が聳えていた。それはまるで箱のように立方体となっている樹木であり、高さはクライムと同じくらいだろうか。
「不思議ね~。どうやったらこんな風に育つのかしら?」
ラナーは気楽な様子を演技し、樹木を観察する。……間違いない。他の樹木と比較し含まれている〝でーた量〟が桁違いだ。その瞬間だった。
パァン! と空気が破裂したような炸裂音が轟く。
(やはり、最初から監視付きか……。)
件の樹木から発した音ではない。ラナーは驚く演技を行うが、その脳裏では自分のこの地における信頼の無さに改めて――確信していたこととはいえ――ゲンナリとした気持ちを抱く。
「ちょっと~。アインズ様のご命令だから
そこには鞭を手にしたアウラが不機嫌そうな顔をして
「あら、申し訳ありませんアウラ様。余りにも不思議な形をした木でしたので。」
ラナーは天真爛漫な演技を崩さずアウラに弁明をする。同時に横に居るクライムは剣こそ抜かないが臨戦態勢に入っており、場の空気は重いものとなる。気持ちはとても嬉しいのだが、ラナーとしてはアウラ様の心証が悪くなるのでクライムには大人しくしていてほしいものだ。
「正直に聞きたいんだけどさ、何を
アウラ様はアルベド様やデミウルゴス様のような人知を超えた知者ではないが、鈍い御方でもない。むしろ少女らしい第六感というべきか、直観力という意味では誰よりも鋭いかもしれない。……だからこそ下手な根回しなどせず、この場で駆け引きする方法を選んだのだが。
「隠していた訳ではないのですが……誤解を招く行動をして申し訳ございません。以前シズ様と歓談をした際、第六階層に不思議な木が生えていると聞いたことがあったものですから。なんでもシズ様でもその不思議な木の正体は解らないと仰っておりましたので、こうして【冒険】をしてどのようなものか見てみたかったのです。勿論、魔導王陛下の御許可は頂いております。」
「ふぅん。」
アウラはラナーの一言一句、一挙手一投足を怪訝な目で見つめていた。それでも嘘は言っていないと判断したのだろう。突き付けられていた殺気がみるみる薄れていく。
「なら最初からわたしかマーレに聞けばいいじゃん。これは祠って言って、至高の御方々が御造りになられたもの。ギミックじゃないからシズが知らないのも当たり前だね。」
「なるほど!でしたらその〝ほこら〟の中には何が入っているかアウラ様は御存じですか?」
「それを知って、あんたはどうするの?」
先ほど霧散した殺気が蘇り、緊迫した空気が廃村を支配する。アウラの殺気を浴びてなお、ラナーが湛えるのは宝石のような笑み。
「魔導王陛下へご確認したところ、自分で確かめるようご下命を受けましたので、わたくしへ給う試練と判断し、〝ほこら〟の中身を精査したいのです。」
アウラはラナーの言葉を
全く何を考えているのか解らない。何処まで知っており、何のためにこの場所へきたのか。祠の知識は本当にシズから得たのか。そして何より、〝知ってどうするつもりなのか?〟アウラの中の疑念がどんどんと膨らんでいき、目の前の笑顔を湛える下等種が得体の知れない化け物であるかのような錯覚へと陥ってくる。
(でもアインズ様が許可を出した……。ということは
常々アインズ様は〝自分で考える事〟の大切さを説いており、このような思考停止に陥るのは愚かの極みとわかっている。だが、どう対応すべきかの正解が見つからない。無下にも扱えないし、ましてこれ以上脅すわけにもいかない。……しかしながら〝このように考えるだろう〟と思考を誘導されているようで気味が悪い。
「わかった。本来神聖なものなのだからあなた如きが見られるものじゃないけれど、しっかり見なさい。祠の中身は……」
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ラナーは自身の守護領域にある椅子に座り、ぬいぐるみ代わりにクライムを抱きしめていた。クライムは顔を真っ赤にしながら色々と言っているが、今回の【冒険】を振り返る上で失態が多くあったことを考えると思考が悪循環に陥りそうなので、精神衛生を保つうえで必要な行為だ。クライムの戯言は無視してそのまま抱きしめていよう。
(〝ほこら〟の中にあった人間と思しき絵画を
ラナーの思考がどんどんと哲学的な命題へと発展していく。それは【神が居たとすれば、神は別の〝神〟を信仰しているのだろうか?】という観測のしようも考察のしようもない解決不能な大難題。
魔導王陛下へ【冒険】の顛末をお話したところ、〝ああ、なるほど〟と少しだけ微笑み、詳細については伏せるよう厳命された。
(アウラ様との関係を
ラナーはこれ以上の思考は無駄であると判断し、クライムとの幸せを維持するためにも禁忌の暗号については〝本当の最終手段〟と位置づけることとした。
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在りし日のユグドラシル。第六階層大森林、植物に覆われた廃村。
「いやぁ、流石はブループラネットさん。今は失われた気象の移り変わりをここまで再現するとは。」
「いえいえ、死獣天朱雀さんが天文学に関する様々な資料を送って下さったお陰です。なんとお礼をしていいやら。」
「お礼なんていらないよ。知識は熱意と心を持つ人間が活用すべきだ。それにしても……【天地創造】なんてまるで神様じゃないか。大きく君の祭壇でも建ててはどうかね?」
「勘弁してください。侵攻してきたプレイヤーに〝なんだこれ?〟って思われますよ。」
【困り顔】のアイコンがピコンと浮き上がり、かぶさるように【悪戯笑い】のアイコンがピコンと浮かぶ。
「しかし天地創造の神様が不在というのもよろしくないね。大地を治めるためにも祠くらいは立ててはどうだろう。」
「あの不自然な木ですね……。なんとなくわかっていましたよ。って!?朱雀さん!?これわたしですけれど、わたしじゃないです!」
「あはははは。なぁに、誰が見るわけでも無い。それにわたしの下手な絵では誰のことかサッパリ解らないさ。」